違和感
しばらく人差し指で天井を指さしていたジャックが不意に歩みを止める。
「なんだ?敵か?」
「いや…………やっぱりおかしい……。」
「おかしいって……何がだよ?」
ジャックは湿らせていた指を服で拭うと、振り返り、背後の通路へ目を向ける。
「…………もしかすると、俺たちはもうこの迷宮の罠にはまっているのかもしれない。」
不可思議な発言に、全員が戸惑う……罠も何も……道中ではそれらしいものを一つも目にしていない。
このどこまでも続く通路で目にしたものと言えば、魔物以外壁、壁、壁…………
「罠があったんなら、お前が気が付かないのはおかしいだろ?ジャック。」
「過信しすぎ……と言いたいところだけど、罠があったら気が付くって言ったのは俺自身だしな……。」
ジャックは深いため息を吐きながら、全員を押しのけてもと来た道を歩いていく。
「なんだよ?ジャック、お前まで諦めて撤退するって言わないよな?」
「…………勿論、進むつもりだよ……でも、その道を歩いたところで先には進めないと思う。」
「…………どういう意味だよ、ちゃんと説明しろって……その言葉足らずのせいでめんどくさいことになってたのもう忘れたのか?」
「……………。」
ロザン・リクレイの歯に衣着せぬ発言がジャックの表情を強張らせる。
こんなに率直に意見をいう彼がいながら、あれだけ関係がこじれたのは……それだけジャックが多くを語らず、強情になってしまったからなのだろう。
「………………はぁ、これはあくまで推測なんだけど……俺たちは同じ道をずっとループして歩いてる。」
「はぁ!?そんなわけないだろ?ここまでは紛れもなく一本道だったぜ?」
「そうだよ……それに、進むごとに違う魔物が現れて……」
ジャックの発言に、各々驚くメンバーたち……その要素をみたジャックは「だから説明が難しいんだけど……」と前置きを置いてから自分の推測を離し始めた。
「まず、最初に違和感を覚えたのはまさにそこで、その魔物たちが出現する頻度が一定間隔すぎるんだよ……まるで決められた距離を移動すれば、自動的に召還されているような印象を受ける。」
「…………言われてみれば確かに?延々と続く通路とこの薄暗さで把握しずらいけど……」
そのクリス・ケラウスの発言に、ジャックは「その把握のしづらさも、この通路の目的なんだろう」と付け加える。
一本道の単純な通路なら、延々と同じ道を辿っている……などと疑うことすらしない。
「でも……だからと言って同じところをぐるぐる周ってるとは限らないだろ?」
「ああ……だから一回ちゃんと確かめたかったんだよ……まず、この通路の空気には動きがなさすぎる……この先に大きな場所や分かれ道、さらには出口があるとするならこの空気の動かなさは異常だよ……まるで密室空間にいるような感覚を覚えるし……」
そこまで語ったジャックは足元の床を指さしながら、つま先でトントンと合図する……そのつま先の前、床に敷き詰められた石畳には何かが擦れたような跡がついていた。
「…………これは?」
「首無し騎士がスライディングした跡だよ。ほら、あの牛頭の魔物と対峙した時の」
ジャックの指摘に、全員が声をそろえて頷いて見せる。
確かにあの時、魔物の股抜きをして見せたし、脚の腱に攻撃もした……その時に付いたキズだと言われれば、そのように思える。
「つまり、何らかの魔法罠ってこと……?確かに水魔法の中には、霧を発生させて幻影を映し出すものもあったりするけど……」
「まぁ、魔法なのは間違いないだろうね。でも魔法の罠は、効果を持続させるためにリソースを使うから、そこに穴が空きやすい……どこに罠の解除要因になる穴があるかわからないけれど、罠が想定していない行動をとれば誤作動を起こす可能性はある。」
「それが……逆走?」
「そう……ここまで前へ前へと進ませる工夫があるってことは、前に行かせたい理由があるからだよ……この状況で、そうさせたい理由は、罠を持続させるためだと思うね。」
「……迷宮の方も色々考えて生成されているんだな……この様相も相まって、まるで誰かが意図的に造っているように錯覚する……。」
首無し騎士は文字通り”頭を抱えて”ジャックの後をついていく……この手の話は、自分はどうも苦手だ。
こういう時、自分はなんと単純な脳みそをしているのだと悲観さえしてしまう。
全員がジャックの行く先に付いていこうとしたとき、トト・ルトラが声をあげた。
「ねぇ……罠が誤作動を起こす挙動をするといいならさ、二手に分かれて進むのはどうかな?このまま前方に進む組と、戻る道を行く組でさ。」
「…………なるほど、確かに全員が同じ行動をとったら、軌道を修正されて逆側に延々ループさせられる可能性はあるしな……よし、魔法罠であることは明白だし、魔法職の意見も取り入れるべきだろう。」
トト・ルトラの意見も含め、二組に分かれる。
戻る道を進むのに、ジャック、ロザン・リクレイ、トト・ルトラの組。
前方に進むのに、首無し騎士、クリス・ケラウスの組だ。
「もしかしたら、片方の罠だけが解除される可能性も、両方同時に解除されるが別々の通路を進まざるをいけない場合もある……その時は、まず全員の合流を最優先にしよう。」
「ああ。」
「了解。」
二組はそれぞれ分かれて歩き始める。
____________すると、数十メートル進んだあたりで通路に霧が立ちこみ始める。
こんな現象は、進んでこの方初めてのことだった。
「これは……どっちだ?進んでようやく地形が変わったのか……それとも罠が解除されかかっているのか……?」
「さ……さぁ?どっちでしょう。」
前方を進んでいた首無し騎士とクリス・ケラウスは困惑しながらあたりを見回している。
クリス・ケラウスのパーティに魔法職は一人しか存在せず、罠に詳しい盗賊ももう片方の組にいる。
これは明らかな失態なのだが、ジャックかトト・ルトラのどちらかをどちらかの組に分けるべきであったのだ。
しかし、そのことに気が付いた時にはもう遅く……首無し騎士とクリス・ケラウスの両名は、そのまま通路を進み続けた。
二人とも、時折後ろの通路を確認するように振り向き、また歩みを進める。
もしあちらが不正解の道なのであれば、ジャック達が引き替えし、こちらの方へと戻ってくるはずだ。
もう少し、詳しい合流方法や、合図の様なものを決めておくんだったと若干後悔しながら霧の立ち込め始めた通路を進んでいると、負に何かにぶつかる。
「痛……っ!なんだ……?」
「大丈夫ですか?クロスライトさん。」
「あ……ああ……」
何に当たったのか確認するべく、首無し騎士は前方を目あげる。
そこにあったのは、そそり立った壁だ。
通路の壁と同じく、石レンガできた壁が……通路の行く先を塞いでいたのだ。
「……………つまりこれは、行き止まりということか?」
「おそらく……そうなんだと思います。」
クリス・ケラウスと首無し騎士は、互いの顔を見合わせると、息ぴったりに踵を返す。
早く、三人と合流しよう…………外れの道を引いたことに一抹の安堵感を抱きながら歩を進めた。




