軟体粘液
迷宮の通路を臆することなく進んでいく……ように押されて進んでいく首無し騎士。
クリス・ケラウス達はその後ろをついて回っていた。
「結構ただの通路が続くね……。」
「そうだな、大体こんぐらい進めば罠の一つぐらいあったり、魔物とエンカウントしたりするもんなんだけどな。」
トト・ルトラとロザン・リクレイが会話している声が聞こえてくる……何もないことがそんなにまずいことなのだろうか?
「…………なぜ、何もないのにみんな不安そうなのだ?」
「罠や魔物の一つでも出現すれば、そこからこの迷宮の力量がある程度把握することが出来るんだ……そうすりゃどういう風に進むか、あるいは撤退するか、方針が決められるだろ?」
「な……なるほど。」
迷宮探索において、自分がどれだけ素人なのか思い知らされる……探索のセオリーについては皆に任せ……自分は囮や戦闘に注力した方がいいだろう。
そう思っていると、不意にジャックの足が止まる。
「どうしたんだ?」
「…………前方から魔物が近づいてくるぞ」
「何!?」
ジャックの一声によって全員が前方の通路へ視線を向け、構える。
どんどん近付いてくる水音を頼りに、ジャックがボウガンを構え……放つ。
「手ごたえがないな……」
「じゃあやっぱり……?」
「なんだ……?何が出てくるんだ?」
首無し騎士以外の全員が嫌悪の表情を浮かべている……先頭に立っている首無し騎士だけが何が起こるのかわかっていない。
通路の先へと目を凝らす首無し騎士の視線の先に、見覚えのない何かが現れ始める……。
それは、地面を這う水の塊のようで……半透明の身体は、その向こう側を透かしている。
「な…………なんなんだ!?あれは……!?」
「軟体粘液だよ……。」
「こりゃ……しょっぱなから面倒な敵が現れやがったな……。」
軟体粘液と言われた謎の魔物は、ぐちょぐちょという不気味な水音を立てながら自分達へと近寄って来る。
「な……なんだぁ!?なんなんだ!??アレはぁ!?」
首無し騎士は背筋を強張らせて悪寒を走らせる。
これまで幾千もの魔物を相手にしてきたが、アレほど生理的嫌悪を誘発させる魔物は不死者以外見たことがない。
「あれは迷宮に生息する軟体粘液って魔物だ……打撃や斬撃といった物理攻撃を全部無効化してくるやっかいな相手だよ……!」
「な……!?そんな奴いてたまるか!!ズルだ!ズル!!」
あまりの馬鹿げた魔物に首無し騎士は抗議の声をあげる。
しかし、そんなことを嘆いたところで現状は変わらない。
「くそ!もうどうにでもなれだ!!なんか対策ないのか!?」
「魔法攻撃は聞くからトト・ルトラを援護してくれ!」
「了解した!」
クリス・ケラウスはトト・ルトラの前に立ち、彼を護る体制に入る。
他三名は、軟体粘液の注意を引くために、けん制に出た。
「いいか!?あんまり近づくなよ!!こいつらは、体内に獲物を引きづりこんで溺死させ、死体を消化しちまうからな!!」
「なんだそれは!!どこまで気持ち悪いんだ!」
首無し騎士とロザン・リクレイは、剣を振って軟体粘液を近づけさせないようにするが、当の軟体粘液は壁を伝い、天井へと移動して二人に覆いかぶさろうとする。
「おい!よけろ!!」
「いいっ!」
ロザン・リクレイの掛け声のおかげで、間一髪天井から落ちてくる軟体粘液をよけることが出来た首無し騎士だったが、軟体粘液が地面に衝突した際に飛び散った粘液が顔に付着する。
その粘液が妙に粘っこく……水滴は勿論、虫系魔物の体液よりもはるかに強い粘着性を発揮している。
「うえぇぇ……!なんだこれはぁ!」
「気を付けろよ!あいつの粘液は全部消化液だ!」
ロザン・リクレイの忠告を聞いて、首無し騎士は顔に付着した粘液を拭い、壁に擦り付ける。
つまり、打撃攻撃を行なえば……効かないどころか、こちらばかりを負傷を受けてしまうということだ。
「みんな!避けて!トトの魔法が出るよ!」
クリス・ケラウスの掛け声に合わせて、軟体粘液の注意を引きつつ、左右に撤退する。
それを確認したトト・ルトラが炎系魔法を解き放つ。
炎系魔法である火球が直撃した軟体粘液はじたばた身動きをとりながらどんどん収縮していく……。
そして、最後には黒い炭の塊になって地面にことがっていた。
「ふぅぅ……いや……初手からこんな難敵出てくるなんて、この迷宮ヤバいんじゃないか……?」
ロザン・リクレイの言葉が気になり、首無し騎士が詳しく尋ねる。
どうやら、この軟体粘液はそうとう強力な魔物らしく、その物理無効化という初見殺しから初心者殺しとも言われているらしい……こいつがいる迷宮は攻略が難しいのだという……それでも、軟体粘液が出てくるのは大抵下層で、上層に出てくること……しかも、こんな入り口付近に出てくることなど、そうそうないそうなのだ。
「そうなのか……これは……どうする……?」
「どうするもなにも……俺たちはこのまま進んでいくしかないだろ。」
首無し騎士の質問にジャックが簡潔に答える。
確かに迷宮入り口に戻ったところで、あの地下通路に閉じ込められるだけだ……。
そうなると、自分たちはこのままこの道を進むしかないのだ。




