迷宮
「これは……どうなってる?」
地下通路から出ようと、入り口まで戻ってきた首無し騎士一行は目の前の光景に呆然と立ち尽くす。
光が差し込んでいたはず入り口には、石の壁が立ちふさがり、一切の光も漏れ出ていない。
「まさか……そんなはずないぞ!?」
首無し騎士は立ち塞がる壁を力いっぱい蹴り入れるが、びくともせず、目の前に存在している…………。
この脱出路は、確かに追手の目をかいくぐれるように通ったら自動的に扉が閉まるようになっている……しかし、その扉は中から簡単に開錠することができ……尚且つ、こんな殺風景な石の壁ではない。
ただの壁では開閉もなにもあったものではない。
「ちょっと、首無し騎士どいてくれない?」
焦った様子の首無し騎士を押しのけるようにジャックが前に出て、壁を一通り確認する。
「…………どうやら、この壁は侵入者対策みたいだね。」
「侵入者対策?」
「ああ、たぶんもしこの地下通路の中にまで追ってが入ってきて……王族に危害が加わった……つまり、王族の魔力反応か生命力か……そういったものを感知できなくなると、侵入者もろともこの通路の中に閉じ込められる仕組みになってるみたい。」
「はぁ!?それじゃ、もしそれが誤作動でもして王族が取り残されたらどうすんだよ!?」
「見た感じ、王族なら簡単に開錠できるようだ……今回は俺たちが罠を無理やり解除して進んだのと、通路の中に王族がいなかったのを感知したことが原因っぽいな。」
ジャックの説明に全員がわかりやすく動揺する……首無し騎士もこの仕様を知らなかったところを見るに……おそらく王族しか知る者はいなかったのだろう。
「ど……どうにかできないの……?ジャック。」
「いや……外からならともかく、この形式は相手を閉じ込めることに特化した仕様だ……中からの解除はほぼ不可能だと言っていい……万が一にも捕まえた相手が脱出できないよう、内側には機構どころか干渉できるような隙間すら作られていない……この様子だと、たとえ反対側の出口にたどり着けたとしても同じように閉じ込められている可能性が高いだろうね。」
ジャックの分析を聞いて、首無し騎士がその場に座り込み、頭を地面に置いた。
「すまない……私がこんなところを案内したばかりに……」
「いや、それを言うなら謝るのは俺の方だよ。ここに来たいって言いだしたのは俺なんだからさ。」
「今そんなこといってる場合じゃないよ!どうするか考えないと!」
ジャックと首無し騎士の間に入り、クリス・ケラウスが互いを庇う。
二人とも自分独りに責任を負わせようとする癖があるためだ。
「そうだな……クリスのいう通りだぜ、このままここに居ても空気が薄くなって窒息死するだけだ。」
「そうなっちゃったら不死者になっちゃうしね。」
トト・ルトラの発言を隣にいたロザン・リクレイが肘でつつき、注意する。
本人も、ハッとした表情をうけべ、首無し騎士の方を見つめている。
「ごめん……クロスライトさん。」
「え……?あ、いや、なに気にすることはない。」
騎士時代の遠征でも、危険な時ほど軽口やジョークが飛び交ったものだ。
トト・ルトラもそのニュアンスで言っただけに過ぎず……不死者になってしまう~しないように気を付けよう等の不死者ネタはこういう時の鉄板であり、怒ることではないのだ。
それどころか、彼が首無し騎士を不死者としてではなく、イライザ・クロスライトとして見てくれているのがわかり……少々嬉しかった。
「それで、これからどうしようか?」
「そうだな……こうなっちまえば、あの迷宮に行くのも一つじゃないかな。」
ロザン・リクレイの言葉に、全員が彼のことを見つめる。
「じょ……冗談じゃないぞ!?さっきはいかないって結論がでたじゃないか!」
これに反対するのは、勿論首無し騎士であった。
彼女は先ほどよりも慌てた様子でロザン・リクレイに詰め寄る。
「されは……そうでけどよ首無し騎士の人……このままここで手をこまねいてるわけにもいかないしさ……」
「しかしだな……第一、迷宮に行ったところでどうなるんだ!危険が増すだけだろう!?」
「それは……多分ロザンは、ここの迷宮を経由して別の迷宮から脱出しようって考えてるんだと思います。」
「別の……迷宮?」
トト・ルトラが出したロザン・リクレイへの助け舟に、首無し騎士は戸惑い、聞き返す。
迷宮と迷宮がつながっているなんて話は聞いたことがない。
「近年発見された事実ではあるんですけど……迷宮は低確率で、近郊の迷宮とつながっている状態があるっていうことが証明されたんです……冒険者の中にはいつも行っている迷宮から新規の迷宮を見つけた人もいるくらいなんですよ。」
「そんな……でもその言いようだと、必ずどこか違う迷宮につながっているってわけではないんだろう?」
「まぁ……それはそうなんですけど……ここで手をこまねいているよりはいいんじゃないかなぁ……と」
確かに……トト・ルトラのいう通りだ……こんなところで何もせずにいたら、自分以外全滅してしまう。
一か八かでも、賭けてみるしかないんだろうか。
「~~~~っ!ああ!こんな時こそあの変な炎の出番じゃないかぁ!」
首無し騎士は自分の頭をぽかぽか殴りながら忌々し気に立ちふさがる石壁を見つめる。
自分はこんなにも怒り心頭なんだぞと言わんばかりなのだが、どうにもあのどす黒い感情が湧き上がってくる気配はない。
なんて使い勝手の悪い力なのだろうか。
「はぁ……しょうがない……行こうか。」
首無し騎士は諦めたように自分の頭をもって立ち上がると、全員であの迷宮の入口へと歩いていく…………死に物狂いで、みんなを護らなけばならないと心に誓いながら……
・
迷宮のある地点へ戻れば、異様な様子の門が禍々しい口を開けて自分たちを待ち構えている。
改めて迷宮の前に立った首無し騎士はごくりと生唾を呑み込んだ。
「うわ……なんか垂れてきた」
「しっ!」
「もしかしてなんですけど、クロスライトさんって迷宮初めてなんですか?」
「な……っ!あ……ああ……私は国仕えの聖騎士だったし……あの時代は、迷宮に挑むのも勇者ぐらいしかいなかったからな……。」
「へぇ……」
「キミたちの知る伝説の勇者が現れる前はこういう迷宮に挑む者を、その勇気を表して”勇者”と呼んでいたものだ……。」
「へぇ……!」
「じゃあ、俺たちみんな勇者ってわけだ。」
ロザン・リクレイがクリス・ケラウスの肩を叩きながら、茶化すようにいう。
もっとも……生前首無し騎士はこんなところに入って命を落とす者を嘆き……”何が勇気だ、蛮勇の無謀者だろ”といいようには思っていなかったのだが……
「さて……充分な準備をしたとは言い難いけど……この際仕方がない……みんな、慎重にいこう。」
「ジャックは相変わらず小心者だな。」
「でも、そのおかげで助かった面も多々あるよ。」
「トトのいう通りだね……第一、ロザンだって最初は迷宮に潜るの反対してたくせに」
「うるせぇ!あれは撤退って選択しがあったからだよ!」
「ハイハイ」
首無し騎士の背後で、若者たちが互いに軽口を言い合っている……これこそが、彼らの信頼の証であるのだろう。
首無し騎士は彼らに向けていた頭を、門の方へと戻すと……自分が一歩を踏み出した。
「まずは私が先を確かめてくるから、みんなは後に続いてくれ。」
「おう」
「わかりました。」
・
______________そこは何とも不思議な光景だった。
門を潜った先には、明らかに人工物だと思われる石レンガの通路が伸びており……火の光など差し込んでいないというのに、松明なしでもほんのり明るい……壁自体が微妙に発行しているのだろうか?
首無し騎士は数歩進み、罠の類がないかどうかを確かめ……みんなを呼ぼうと、振り返る。
「あれを……私は潜ってきたんだよな?」
首無し騎士の視線の先……潜ってきた門からは光が差し込んでいるようであり、向こう側を視認することができない。
まるであの先は明るい地表に通じているように思えるのだが……入ってきたところが地下通路な以上、そんなことはあり得ないのだが……。
「でたらめだな……。」
首無し騎士は門に自分の左腕を突っ込むんで見る。
門に入れた左手は、まるで切断されたように光の膜で途切れてしまっているが、伸びている指先の感覚はしっかりとある。
まるで異なる次元と次元を紡いでいるようだ。
首無し騎士が手招きをすると、ジャック達が続々と迷宮内に入ってくる。
「…………どうやらこの迷宮は人工型の迷宮っぽいな。」
「いやぁ、洞窟型じゃなくてよかったぁ……僕あっち苦手なんだよねぇ。」
「人工型……?洞窟型…………?」
「ああ……首無し騎士は迷宮初めてなんだっけか、見た目そのまま、こういう如何にも”人の手で作り上げました”みたいな構造をしている迷宮を〈人工型〉、いる組んだ洞窟のような構造のものを〈洞窟型〉、まるで地表の様な光景が広がっているものを〈自然型〉って言ってるんだよ。」
「まぁ……発生メカニズムがどうなってるのかは未だによくわかってないんですけどね……魔法学における人気ジャンルの一つですよ?迷宮は」
ジャックとトト・ルトラの解説を聞き、ほぉ……と声を漏らす首無し騎士。
300年前は挑む者自体稀でだったものだが……そういう専門用語ができるほど身近なものになったのかと驚愕する。
「でも……廃城の地下通路に人工型の迷宮が出没するあたり……出来上がる地形と因果関係があるって学説に信憑性が増すね。」
「なんだよ、じゃああの坑道に現れた〈自然型〉の迷宮は何なんだ?その話だと、あそこの迷宮は〈洞窟型〉か〈人工型〉どっちかじゃないとおかしいじゃないかよ。」
「あ、そっか。」
「…………そんなことはどうでもいいから、先に進むぞ。」
トト・ルトラとロザン・リクレイの会話を呆れた目で見ながら、ジャックは先に進んでいく。
「あ……!おい待てジャック!私が先頭をはる!ここは不死者である私が適任のはずだ。」
「…………まぁ、いいけど。」
ここから先は未知の領域……何があるかわからないのだ。
あの”漆黒の杭”の影響が、どこまで続いているかわからない以上……むやみに先へ進ませるわけにはいかない。
首無し騎士は、慎重に一歩一歩床や壁を確かめながら先に進んでいく……
入念に……入念に………二度三度確かめてから、次の一歩を踏み出して……
「遅いよ!そんなとこに罠なんてないから!!」
あまりの牛歩……いや芋虫の様な進み具合に、たまらずジャックが声をあげる。
「いや……!しかしだな!!万が一巧妙な罠が仕掛けられていたら……!」
「罠が仕掛けられてれば俺がわかるから!!15分経って散歩しか進んでないじゃないか!」
「ジャックでも気が付かないような巧妙な隠され方を……!」
「なめんな!こちとら盗賊が専門じゃ!!」
首無し騎士はジャックに強引に奥へ奥へと進まされる…………
この状況を見て、先が思いやられるとため息を漏らしたのは…………ロザン・リクレイであった。




