悲劇の要因
「こんなところでいったい何をしているんだ!」
詰め寄るように首無し騎士はツカツカと歩き、ジャック達の方へと近寄って来る。
その表情には焦りの様なものがにじみ出ているように思える。
「この宝物庫にあった物は全て換金してもらって、冒険者達の報奨金として支払ってしまった……もうここに目ぼしいものなど何もないぞ。」
首無し騎士の言う通り、扉を開けた宝物庫は既に空で……目立つのは埃と嗅がれた壁や天井の破片のみだった。
ジャックが侵入したのは、聖騎士隊が浄化作業をしている真っ最中だったので、今の今まで気が付かないままでいた。
「…………この城、本とかそういう類のモノはもうないのか……?」
「いや……ないこともなかったのだが、私はほんの管理などしたことが無くてな……多くは虫に食われたり、紙魚ができていたり……無事なもので希少性が高いというようなものも、宝物と共に聖騎士隊に預けてしまったのだ。」
首無し騎士の話を聞いて、ジャックは頭を抱える。
クリス・ケラウスの言う通り、先に相談をするべきだった……そうしていれば中央教会でリリア・フォードリアスを待ち、本の売却先を聞き出せたかもしれないというに……
そんなジャックの様子を見て、疑問を深めた様子の首無し騎士はさらに質問を重ねる。
「……結局、お前たちは何をしに来たんだ?それこそ、ケラウス殿達は宝物庫の中に何もないことなんて知っていただろう?」
「いや、城のどこに行こうとしていたのか僕らも知らなかったんですよ……クロスライトさんを妖精にするっていうジャックの目的も、今さっき聞かされただけで……」
「……………?私を、妖精に?」
疑問を浮かべている首無し騎士の様子を見て、クリス・ケラウスはハッとし、自らの口を両手で塞ぐ。
そういえば、このことをジャックは首無し騎士に秘匿しており、宝物庫にいく道中で、ちゃんと自分の口から説明するべきだと説いたばかりだった。
自ら言ったことを、自らの口で違えるとはなんとも滑稽なことだが、出てしまった言葉はもう呑み込めない。
「………そういや、何で首無し騎士がここにいんだよ。実家帰りはやめたのか?」
「え?」
唐突なジャックの質問に、首無し騎士は驚く。
何を隠そう、首無し騎士はジャックの”目的”というものがどうしても気になり、実家に行く振りをして、こっそり見張っていたのだ。
この、監視をするようなやり方に……首無し騎士は少々の罪悪感を感じていた。
「わ……私のことはどうでもいいだろ!それより、今はジャックだ!私を妖精にするというのは一体どういうことなんだ!?それと、王城の宝物庫に侵入することといったい何の関係がある!?」
首無し騎士は自らの後ろめたさを隠すように、ジャックにまくし立てる………しかし、”盗賊”や”暗殺者”としてそこそこ歴の長いジャックにとって、このごまかすような行為を見破るのはとても簡単だった……というよりわかりやすすぎてこれこそがブラフなのではないかと疑うレベルだ。
「いや、首無し騎士の人……そりゃ、ちょいと横暴すぎるぜ。」
「んぐ……っ!そ…そうだな……すまない。」
ロザン・リクレイの冷静な物言いに、首無し騎士は素直に謝る。
この素直さも首無し騎士の美徳であるところではあるが……
それにしても、首無し騎士のこの慌てようは不自然に思える……邪推かもしれないが、宝物庫前で見せたあの慌てた様子は不都合な何かを見られたくないというような……そんな心理が働いていたようにも思える。
「とにかく、もうこの王城には何もないんだ……こんなのは墓荒らしと変わらないし、今日のところは諦めたらどうだ……!?」
あやしい…………
ジャックのみならず、この場にいる誰もがそう感じた。
首無し騎士は、明らかに何かを隠している。
「首無し騎士、この際腹を割って話し合おう……俺はアンタのこと、昔に存在した”妖精”種の首無し騎士だって思ってる……俺はそれを証明したいだけなんだよ。アンタがこの先、生きづらさを感じないようにさ。」
「…………ジャック。」
「ジャックだけじゃないですよ、僕らだって貴女にはお世話になりましたから。」
思わぬ言葉に、首無し騎士の中で暖かな何かが膨らんでいく。
確かに自分は普通の不死者とは少し違うのかもしれない……生前の自我もあれば、聖属性の浄化すら通用しない……唯一通用し得ると思っていた炎魔法でさえも無効化するようになっていった。
自分があの醜き不死者ではないとしたら、どんなによかっただろうか…………
しかし、現実は残酷なのだ。
「…………気持ちはありがたいが、私が不死者ではないというのは………それはあり得ないんだ。」
「え!?」
「なんで!?どうしてだよ!」
困惑の声が各々の口から放たれる。
首無し騎士は、一呼吸置くと……宝物庫の天井を見上げた。
「ちょうど……この上なんだ。」
小さな声でそうつぶやくと、誰の横やりも許さず、首無し騎士は言葉をつづけた。
「私の故郷は、あの最終戦争時……魔王軍幹部の攻撃を受けて全滅したということは……浄化作業を手伝ってもらった時に話したと思う。」
ジャック以外の全員が、首無し騎士の言葉に頷く。
確かに、あの日々の中で首無し騎士は聖騎士隊……ひいては作業を手伝ってくれていた冒険者たちに包み隠すことなく話して聞かせていた……そこに相違はない。
「………おかしいと思わないか?いくら魔族に殺されたとはいえ、民全員が……一人も余すことなく不死者になってしまったということに」
その言葉によって、トト・ルトラがハッとした表情を浮かべる。
そう……死んだ人間全員が不死者になるわけじゃない……ちゃんと弔われなかった場合、不死者になる確率は上がるが、必ずなるというわけではない。
あくまで確立があがるだけだ。
トト・ルトラたちは今まで、大勢いた国民の一部が不死者になってしまったのだと勘違いしていた……まさか、あの不死者達は紛れもなく……漏れなく、正真正銘全国民だったということだとは夢にも思っていなかったのだ。
トト・ルトラのその表情を確認した首無し騎士は、自分の手で持っている自身の頭を確かめるように手を添えると、目を伏せる。
「…………私も、腹を割って包み隠さず話そう、ついてきてくれ。」
それだけ言うと、宝物庫を出て王城の大広間まで戻る。
無論、ジャック達も彼女の後についていった。
首無し騎士は迷うことなく、大広間から上に伸びている朽ち果てた階段を登ると、さらに脇の通路から螺旋階段に向かっていく。
「ここは崩れやすくなっているから注意してくれ……私など、頂上からここまで真っ逆さまにおちてしまったからな。」
冗談を言い、はにかんで見せるが……その表情はこわばっていた……無論、聞かされたクリス・ケラウスや他の面々も苦笑いを浮かべている……………表情を一切変えないのはジャックのみだ。
慎重に……慎重に歩を進めていく……首無し騎士も後続するジャック達のため、念入りに確かめてから階段を登っていった。
「おいおい……まだかよ………」
「すまないな……だが、もう少しだ。」
途中にあった出口を何度か無視して昇って行った先に……首無し騎士の言った通り、螺旋階段は終わりを告げる。
出口からは陽光が煌々と差し込んでおり、中から外を確認することはできない。
クリス・ケラウスを先頭に、生者の面々が出口から外にでる……眩しい光に、一瞬目を細めるが、それもすぐに落ち着き……現前に瓦礫の国が広がった。
「ここからリデオン王国が一望できるんだ……王妃様に連れられ見たあの景色が私は一番好きだった……。」
今でも、目をつぶればあの頃の景色が浮かんでくる……きれいな街並み、活気のある民草たち………このテラスから聞こえてくる喧騒が、かつて聖騎士だったイライザ・クロスライトに活力を与えてくれたのだ。
「…………それで?本題は?まさかそんなこと聞かせるためにここまで連れてきたわけじゃないだろ?」
「おい、ジャック!」
ロザン・リクレイとクリス・ケラウスに両脇から肘で疲れる。
ジャックの声で、瞼をあげた首無し騎士の眼前に、瓦礫の山が広がる……かつての喧騒も、活気も……すべては過去の遺物………もう戻ってくることは無い。
その事実に、首無し騎士は気を落としつつも、ジャックの質問に答えた。
「ああ………ああ、そうだ……みんな、ここからあそこを見てくれないか?」
首無し騎士が静かに指さす方向をみんなが見つめる……それは、ちょうど宝物庫があった位置だ。
「あそこは……宝物庫の屋根か?」
ジャックも宝物庫へ侵入する際に確認している……間違いない、あそこは宝物庫だ……しかし、あの時は屋根の上までは確認していなかった。
その屋根の上に、何かが突き刺さっている……黒い、杭の様な何かだ。
「あれが、私たちがこんな無様な姿になってしまった原因………あの時……このリデオン王国を襲ったのは、一人の小さな少女だった。」
思わぬ言葉に、全員が首無し騎士の顔を見る。
その顔には、悔しさと怒り……そして何より、国を護れなかった悲しみが浮かんでいた。
「そいつの正体は……【傀儡のアリス】………魔王軍幹部の、不死者だった。」
その時の様子を思いだしたのか、首無し騎士の口からギリギリと歯を食いしばる音が聞こえた。
眉間には深い皺が浮かびあがり、瞳からは涙を流すように、一筋の血液が頬を伝って流れ落ちた。




