逃走
『いいか、イライザ。恥のないよう堂々とした騎士道を歩め。』
記憶の中で父は自分の頭を撫でながら優しげな笑みで首無し騎士を見つめている。
この汚れた身に堕ちてから昼も夜も眠る事ができず、夜はこうしてかつての思い出にふけっていた。
偉大な聖騎士であった父親の後を追い、同じ道を進み、故郷である《リデオン王国》に戻ってからは故郷を守るために尽力してきた。
「ふふふ……これは盛られすぎだろう………」
首無し騎士は教会に保管されていた資料に目を通しながら思わず笑みをこぼす。
故郷を守るために尽力したと言っても流石に50万の魔物を一人で相手取り、最後まで戦い抜いたとはどんな怪物だ。
自分があの時撃ち倒したのはせいぜい3万から4万体程度の魔物であり、最後まで戦い抜いたというのも運が良かっただけだ。
その証明に最後はあっけなくあの憎き悪魔にこの首を取られてしまった。
「それにしてもそうか……あの青年はとっくに魔王を打ち滅ぼしていたか。」
魔王を倒したならば自分たちもこの不死者の身体から解放される……
いったい何を根拠にこんな願望に縋って300年もの間耐え忍んできたのだろう。
この記録によれば我々が殲滅させられたすぐ後に勇者はあの悪魔を両断している。
聖騎士隊が来なければ未来永劫あの場所で来ない救いを待っていたというわけだ。
「………あの少年には感謝しなければない。」
あの褐色肌の少年……あの少年が二度も自分に挑みに来なければ《リデオン王国》の中に10万もの不死者がいることも教会には伝わらず、聖騎士隊は到着しなかっただろう。
………いや、もう旧《リデオン王国》か。既に王は亡くなり、あの一帯はこの《リペリシオン王国》という国が収めているのだというのだから。
「旧世代の遺物は、早々に退場しなければ示しがつかんな。」
暗く静かな室内に首無し騎士の独り言だけが淡々と紡がれていく。
明日は“火葬”だ。教会の皆が、自分のために用意してくれる。
首無し騎士はその時、意識のはっきりしたまま焼かれる。
「なんで……私だけ祈祷が届かないのだろうな………。」
あの聖騎士隊の隊長が祈りを捧げてくれたあの時、ようやく解放されるのだと思った。
神の元へと魂は送られ、まっさらで新しい命として再びこの地へと生を受ける。
もしかしたら先に浄化されていった家族や旧友ともう一度会えるかもしれない。
そうしたら今度は普通の人生を共に送り、なんの変哲もない死を迎えよう………そう思っていたのに…………
光の手は自分に触れると、そのまま輝きを増して……静かに消えていった。
首無し騎士はあの時の彼女、リリア・フォードリアスの驚いた表情を忘れることができない。
きっと、自分も同じ顔をしていただろうから。
「主よ……私は……この姿で目覚めてから何日も、何年も……一日だってあなたへの祈りを欠かしたことはありませんでした………業火が私を燃やし、激痛がこの身を襲おうとも、それを耐え……あなたへの祈りを捧げてきました……」
だからこそあの少年が自分の前に現れ、聖騎士隊という救いを授けてくれたのだろう。
自分の祈りを聞き届けてくれたからこそ、民は…王は……家族は………浄化され、救われたのだろう。
しかし、その中に自分は含まれていなかった。
“自分は赦されなくてもいいから他の者は助けてください”
自分が心の奥底から望み、口にし、願ったことだ。
しかし、いざ自分に業火による“火刑”と、その後に終わることない永劫の苦しみが待ち受けていると思うと、とてつもなく恐ろしい。
元聖騎士の立場から……父の言葉から“火で焼いて葬ってくれ”と自分から口にしたが、怖くないわけではない。
自分は、父の言うように“恥のない堂々とした騎士道”を体現できていない。
「………こんなことでは駄目だな。せめて、みんなにはそう思ってもらえるように振る舞わないと……」
聖騎士、イライザ・クロスライトは最期まで立派だった。
下賎な不死者の身に堕ちようとも自身を見失うことなく、人々を護りきり、役目を終えたら潔く自身の消滅を選んだ。クロスライト家に恥じぬ立派な最期だった。
せめて人々の記憶にはそう残るようにしよう。
この記録に残るイライザのように……
そのあとは永劫の苦しみを味わったとしても我慢することはない、いくらでも泣き叫べばいい……幼子のように泣きじゃくりながら終わりのない苦しみを受ければいい………
もう誰に見られることもないのだから。
「…………っっ!」
身体が震えている……
不死者は恐怖心を感じないというが、あれは嘘だな……普通の不死者は恐怖心を感じるだけの知性がないだけだ。
現にこうして首無し騎士はこれから先自分に降りかかるであろう苦痛に今から怯えている。
かつて……この不死者の身が夜目がきくと気づく前、夜に備えて焚き火を準備していたことがあった。
少し火の粉が首無し騎士に飛んできただけでかなり痛かった。あれが不死者特攻へのダメージなのだろう。
明日はあの時とは比べものにならない業火で灰になるまで焼かれる。
そしてそのあとはその焼かれた場所に永劫に止まり続け、苦しみを与え続けられる。
「やめろ!!考えるな!!!」
何度自分にそう言い聞かせただろう。
しかし、考えないようにしようとすればするほど、思考は明日のことにさかれていき、恐怖心が込み上げてくる。
「私は……私は弱い…………こんな英雄譚に出てくるような騎士には………ならなかった…………。」
とうとう自分の口から明確な弱音が溢れてしまった。
出もしない涙を流すために涙腺が刺激され、瞼がぴくぴくと痙攣している………なんて情けない姿なんだろう。
「そんなに嫌なら逃げればいいじゃん。首無し騎士のチカラなら簡単でしょ?」
「そんなわけに行くか!!私は誇り高い騎士だ!!!」
自分の弱い精神が聞かせた幻聴だろうか?最悪な提案が聞こえてくる。
首無し騎士はその言葉を自身の声で咄嗟に否定する。
「そんな今にも泣きそうな顔しといて?今のアンタは自分の気持ちに蓋をして、我慢してる子供みたいだよ。」
「うるさい!それの何がいけない!?立派じゃないか!!!」
思いもよらない言葉に首無し騎士は自分自身の心の声などではないことに気がつく。
思えばこの声は何処かで聞き覚えがあるような気がする。
「姿を現せ!悪魔め!!私を惑わせて何をする気だ!!!」
悪魔は甘言を吐いて、相手を誘惑すると言う。安心感や信頼を得るために耳心地の良い安心するような声で語りかけるとも言う。
「やれやれ……悪魔は酷いんじゃないの?不死者がさ。」
「君は……っ!」
首無し騎士の呼びかけによって、暗闇から姿を現したのはあの褐色肌の少年であった。
しかし、未だ油断はできない。
「悪魔はその者が信頼する姿で眼前に現れると言う……なるほど、確かに君の姿なら納得だな……っ!」
少年に出会ったことで首無し騎士の故郷の人々は浄化され、救われた。
ならば信頼を置いている相手として不足はないだろう。
「まぁ……悪魔を疑うんならそりゃそうなんだろうけどさ……」
褐色肌に白髪の少年は一歩歩み寄ると、片手を差し出す。
「まだ名乗ってなかったよね?俺はジャックだ。」
ジャックと名乗った少年の手を首無し騎士はとりあぐねていた。
どうも怪しい……もし本当に悪魔だった場合、この手を取った瞬間に意識を奪われ、魔物である不死者の首無し騎士としてこの大勢の人が住んでいる町で暴れさせられかねない。
そうすると、第二の《リデオン王国》の完成だ……そんなわけにはいかない。
「信用する姿を取るなら残念だったな……それならここの聖騎士隊隊長のフォードリアス殿のほうが適役だったと思うぞ?」
最も、聖騎士である彼女ならこんなことはいわないだろう。覚悟を決めた騎士の決心を揺らがずすようなことを言うはずがない。ましてや、上位不死者をこの世に残すような選択を……
「じゃあその時点で俺が悪魔じゃないって証明にはなったでしょ?ほら、ね?姿も変えられない。」
ジャックはくるくるとその場で回ってみせる。
首無し騎士ははぁーっと息を吐くと
「そうか……悪かったよ疑って……この前私が入れた蹴りは大丈夫だったのか?」
「は?あの時蹴りなんて入れられてないけど。」
引っ掛けには引っかからない。あの時お見舞いしたのは頭突きだ……どうやら本当にあの少年のようだ。
「すまない、意地悪をしてしまったな……しかし先に意地悪を言ったのは君だからな。なんであんなことを……」
「いや、俺は本心で言ったんだけど……」
首無し騎士はジャックの言葉に耳を疑う。
「君は何を言ってるんだ!?不死者をこのまま野放しにして良いわけがないだろ!!私とて例外ではない!!」
「それでも!こんなの報われなさすぎるだろ!!なんか良い方法があるはずなんだよ!!」
首無し騎士の言葉にジャックも食い下がる。どうやらどちらも引く気はないようだ。
「なんて強情な……私たちのもとに聖騎士隊を寄越してくれたことには感謝しているが、そもそも君には何ら関係のない話だろ!?」
「そうだけど………さぁ!!」
口論の最中、突如首無し騎士の目の前からジャックが姿を消す。
「なっ!?」
すると、突然首無し騎士の視界は床を映し出し、誰かに頭を抱えられている感覚に陥る。
「相手の意識外、視覚に瞬時に移動する盗賊の技能さ。」
頭上からジャックの声が聞こえたかと思うと、そのまま視界は移動していき、首無し騎士の隔離されていた窓辺へとたどり着く。
信用されていることは嬉しいのだが、逃げ出すことを想定して窓は厳重に封鎖しておくべきだろう。
「ちが……!そんなこと考えてる場合じゃ………!!」
開け放たれた窓からジャックはとびおり、屋根から屋根へと軽々と移っていく。
もうすでに教会の窓からこちらへ手を伸ばす自らの胴体は遠ざかっていった。
攫われた。
そう感じた頃には既に遅く、首無し騎士の口はジャックの手に塞がれ、叫び声すら上げることは出来なくなっていた。
「むごごっ!!むごーーーっ!!!」
「ちょぉっ!どさくさ紛れに手袋舐めるなっ!!」
別に舐めたくて舐めてるわけがない。どうにかして頭を奪い返さなければ……っ!
(そうだ!なんとか胴体をフォードリアス殿のところへ誘導すれば筆談や身振り手振りで……っ!)
首無し騎士はなんとか神経を集中させ、自分の身体を動かしてみる。
まるで漆黒の闇の中を手探りで動いているようなもので、壁らしきものにぶつかるわ、こけるわで全く進んでる様子がない。
そもそも取手のある壁を見つけなければドアかどうかすらもわからないだろう。
(………これはかなり無謀な策だぞ…)
そんな首無し騎士の胴体とは裏腹に、ジャックはどんどん頭を遠くへと連れていってしまう。
頭のほうは頭のほうで、今のうちに街並みや道順を覚えておかないと、逃げ出せた時に上手く聖騎士隊に合流できない。
胴体の操作と道順の暗記……首無し騎士の頭はどうにもパンクしてしまいそうだった。
(どうして……どうして死んでからの方が気苦労が耐えないんだ………っっ!!)
首無し騎士は出るはずのない疑問を抱えながらジャックに抱えられて夜の街並みへと消えていった。




