対話
潰れた怪物の傍らに、その血肉で真っ赤に染まった首無し騎士が立っていた。
既に、怒りの黒炎は鎮火しており……生まれたままの状態で、巨大な肉塊を眺めている。
その背後に、ジャックは近付くと、馬車から持ってきていたローブを首無し騎士に手渡した。
「ああ……ありがとう。」
首無し騎士は手渡されたローブを既に頭部が外れてしまっていた首に通し、身体を隠すように、纏う。
その様子をジャックは視界に入れないように、つぶれた肉塊を見つめていた。
「こんな怪物を屠れるなんて……初級魔法も侮れたもんじゃないよね。」
「確かに……この威力は初級魔法の域を超えているな……。」
ジャックの軽口に、首無し騎士はわずかに微笑むと、腰を下ろす。
肉塊の下を覗いてみるが……当然のごとく、あの男の遺体を確認することはできない。
「……やっぱりアイツが使ってたチカラが気になるの?」
「ああ………おそらくだが……私の認識が正しいなら、アレも、私と同じチカラなのだろう。」
ディネリントから教えてもらった、魔王が使用したという七つの固有能力。
魔王はありとあらゆる魔物を使役し、“軍”として編成し、人々を蹂躙してきた。
あの男のチカラは、まさしくその領域だったのだ。
おそらく、首無し騎士がアイツの支配から逃れることが出来たのは、奴と同じチカラを掌握していたからだろう……もし、首無し騎士が魔王因子に覚醒していなったら……想像しただけで、首無し騎士は身震いをした。
「…………それは、そうと……ケラウスどの達は無事なのか?」
「勿論、トトやロザンと一緒に荷馬車で待機してるよ。」
「そうか、ならば早く戻らないとな…………あと、しっかり説明してもらうぞ?ジャック。」
首無し騎士の言葉に、ジャックは辟易した様子で肩をすくめる。
首無し騎士に加勢しに来る前、クリス・ケラウス達を荷馬車に送り届けた時も、ロザン・リクレイに散々詰め寄られたのだ。
全ては首無し騎士と戻ってきてから話すとその場は切り抜けたが…………このまま有耶無耶になることはなさそうだ。
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荷馬車を停めていた地点にも、血肉の濁流は押し寄せた様子で、あたりの木々は薙ぎ倒され、荷馬車は赤く染め上げられていた。
外に出していた飯盒などの器具は、さらに遠くへ押し流されてしまったのか、あたりには見当たらない。
ジャック等が荷馬車に戻ると、中からひょこりと三人が頭を乗り出した。
「ジャック!!よかった!無事だった!!」
ジャックの姿を確認したクリス・ケラウスは、横転した荷馬車を乗り越えて、駆け寄ってくる。
彼女は、すでに破かれた服とは別の服を着用しているが、晒を巻いていないのか、胸部が膨らんでいることがわかる。
………まぁ、もうバレてしまったのだから、好き好んで苦しい思いをしようとは思わないだろう。
「はぁ……よくあんな化け物相手にして、無事に戻ったよ。」
クリス・ケラウスの後から駆け寄ってきたロザン・リクレイが視線を逸らしながらジャックに語りかける。
これまでのこともあり、素直に賞賛することが出来ないのだろう。
「そうだよねぇ……ジャック……それにクリスにも、たぁっぷり説明して貰わなきゃいけないことが山程あるもんねぇ。」
最後に到着したトト・ルトラも会話に参加する。
やはり、話をするしかないようだ。
横転した荷馬車をもとに戻すと、首無し騎士は首無し馬を召喚し、荷馬車を繋がせると、首無し戦車として、出発する。
御者台には首無し騎士のみが、座っており、荷馬車内ではかつての仲間たち水入らずで話し合いが行われていた。
クリス・ケラウスが、自分が性別を騙っていた理由と、自身の本当の出自……本名がクリステラ・ケラウヌスであることを赤裸々に語るのをみて、ジャックも意を決する。
自分がクリス・ケラウスの正体に気付いたこと……前に依頼を発注してきた商人も、クリス・ケラウスの正体に気付き、口止め料に金品を要求してきたこと……それをパーティの活動資金からちょろまかして姿をくらませたこと……黙っていなくなったのは、話してしまえば、クリス・ケラウスに心労をかけ、尚且つ隠してきた事実を話すことになってしまうからということ…………何もかもを話した。
「……………じゃあつまり、こういうことだな?結局お前ら二人は、俺らのことを信用出来なくて、相談もしてくれなかったし、隠し事もしてたわけだ?」
「え!?ロザン!??その言い方は違うんじゃ……」
「うるせぇ!実際そうだろうがよ!」
全てを聞いたロザン・リクレイが怒りを隠しきれない様子で口を開く。
そのロザン・リクレイを宥めようと、トト・ルトラが口を挟むが、聞き入れていない様子だ。
実際、ロザン・リクレイの言うことは尤もだ……自分は信頼して命を預けていた相手が、自分のことを信用していなかった……それだけで、命を預け合う“冒険者パーティ”というのは亀裂が入りやすい。
「そんな大事な話こそ、パーティで話し合うもんだろうがよ!!クリスだってクリスだ!!リーダーが女だったって理由だけで俺らが目の色変えるとでも思ってたのかよ!!」
「それは……ごめん……でも、男女間トラブルが冒険者パーティ内で多発するのも事実だし……」
「それでも、今まで一緒に冒険してきた仲じゃないかよ!!今までの旅の中で、やってきた中でも俺らにゃ打ち明けても大丈夫だって思ってくれなかったのかよ!!」
「思ったよ!!!思ったけど………少しでもパーティの関係性が崩れるのは……嫌だったんだよ……それだけ、このパーティは居心地がよかったんだもん。」
クリス・ケラウスと、ロザン・リクレイの言い合いは激化して行く。
ロザン・リクレイはジャックの件もあり、裏切りには人一倍敏感になっている節がある……それは、裏切り以前に、“嘘”についてもだ……彼は、信じてきた仲間に嘘をつき続けられていたことが、何よりもショックだったのだろう。
「ジャックもジャックなんだよ!!クリスのこと話せないと思ったにしても、黙って消えるこたなかっただろ!!あの商人に脅されたとか、相談してくれれば……!」
「言ってもどうしようもないだろ……それに、金を持ち出して奴の話をどこまで信じてくれるかどうか……」
「あの場で話してくれれば信じたって言ってんだろ!!俺が気に食わないのはなぁ!!お前が俺らを信じなかったことに対してなんだよ!!」
「でも結局、俺のことは目の敵にしてたじゃんか!」
「そりゃそうだろ!!お前が本当のこと話してくれねぇんだからよ!!」
馬車のなかの口論は激化して行く。
一触即発の中、トト・ルトラがなんとかことを納めようと、オロオロと二人を宥めている。
「……くそ、なんだよ……結局俺だけ馬鹿みたいじゃんか。」
「あ、いや、僕も二人の話は初めて聞いたんだけど……」
憤慨して座り込むロザン・リクレイとトト・ルトラ。
クリス・ケラウスは彼らに嘘をついていたこともそうだが、今までジャックに、自分の嘘のせいで、重い荷を背負わせてしまっていたことが何よりつらい。
…………それに、気付かず、ジャックを執拗に追いかけ回していた自分の愚かさを恥じるばかりだ。
「………….いいパーティじゃないか。」
不意に御者台から声がする。
声の主は、無論、首無し騎士だ。
「…………ジャックの嘘の件もそうだが、ケラウス殿の隠し事だって、パーティの仲を案じてのことだ、リクレイ殿が怒っているのだって、何も知らなかった自分に対する怒りが表面化してるだけのようにみえる……ルトラ殿も、この状況で冷静だ……さすがは後衛職なだけある……全員が全員、パーティのことを案じているいいパーティだ…………それに、親しい仲でも隠し事の一つや二つぐらいあるものだぞ?」
「……………………そんなこと、わかってんすよ。」
「いやぁ……僕はロザンが憤慨してるから、逆に冷めてみれてると言うかなんていうか……」
「おい!それどう言う意味だよ!」
ロザン・リクレイの怒号が、広野に響いて行く。
ほんの少しだけ、昔の彼らに戻れたのかもしれない。
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巨大な肉塊のそばに、小さな子供が立っている。
「ダメだったねぇ……ダメだったねぇ……やっぱり人間じゃ、魔王様のチカラは使いこなせなかったねぇ。」
少女はオルゴール人形のように回ると、ピタリととまり、肉塊に手のひらをむける。
「……………………やっぱりダメだねぇ……私のチカラじゃ、“神の傑作”を手駒には出来ないねぇ。」
少女はため息をつくような素振りを見さると、またくるくると回り始める。
「でもでもぉ……【憤怒の炎】に続いて、【傲慢の権能】……二つの魔王様の因子を所持した存在が出来上がったんだねぇ……………このままいけば、魔王様の復活も近いかもしれないねぇ!」
少女は壊れた人形のようにケタケタと笑い始めると、また音もなく煙となって消えて行く。
その場には、ドロドロと朽ち果てる肉塊だけが残されていった。




