魔物を統べる者
「おい!どうなってんだよ!!なんで動かない!?」
「どうしたんだ!?首無し騎士!!」
背後からロザン・リクレイとジャックの叫ぶ声が聞こえてくる。
しかし、自身の身体がまるで他人のモノのように、動かすことができない。
「無駄だにぇ……!こいつはもうオデのもんだにぇ!!!」
隣で男がジャック達に対して啖呵を切っている。
今、ここで、剣を抜いて切りかかれば、頭を落とすことのできる位置に立っているというのに、指一本たりとも動かすことができない。
「アンタ……!首無し騎士に何をした!!?」
「何をした……?ただ”命令”しただけだにぇ!!」
「はぁ!?そんなことでクロスライトさんが言いなりになるわけ……!」
「にゃるんだにぇ!!!お前ら凡夫と違ってオデは神に愛されひゃ男にゃんだにぇえっ!!!!」
男の言っている意味が分からない。
神がこんな男を選んだというのか?
ならばやはり”神”とは何だというのだ!?
「神に選ばれたオデがこの祝福をもって!!貴様らに鉄槌を下してやるにぇ!!られ!!殺ひぇ!!首無し騎士!!!」
男がそう命じたとたんに、首無し騎士の身体が動き出す。
しかし、その動きは彼女が意図したものではない。
「や……め…ろっ!!」
首無し騎士がいくら顔をしかめ、抵抗しても、身体は言うことを聞かず、剣を抜き、ジャック達の元へと歩いていく。
「ふんふん……知能がある魔物を使役するとこうにゃるのにぇ……!これは後のことが捗るにぇ!!」
男の言葉にゾッとする……こいつ、何を考えているんだ?
「男どもは殺していいにぇ、人間の素は僕のモノで足りるにぇ……女は生け捕りにして……また逃げられると面倒だから四肢を絶つにぇ。」
「な……に……を?」
こいつの言っていることがわからない。
どうしてそこまで、クリス・ケラウスを連れ去ることに執着する?
男はまた、下卑た笑みを浮かべると、告げる。
「処女の血とオデの人間の素を岩に塗って、神様への貢ぎ物をするにぇぇ……」
男が言葉を放った瞬間、首無し騎士の脳裏に映像が浮かびあがってきた。
四肢を切断され、達磨の様な状態で命をつなぎ、男に辱められ、いたぶられるクリス・ケラウスの姿と、事を成した後に、彼女の命を奪い、洞窟の中に鎮座する大岩に、彼女の血と自らのイチモツを擦り付けるこの醜悪な男の姿が……
首無し騎士のこめかみに、青筋が浮き上がり、身体が熱くなる。
また”神”だ。
こいつも、”神”にすがり、”神”を騙る人間だ。
”神”とは、苦しむ者に手を差し伸べぬばかりか、こんな下衆に祝福を与え、善良なる者を苦しめ殺害するといいうのか?
おれが、”神”が望み、成すべきことなのか?
「………ふ……ざけるなよ………………」
首無し騎士の身体の奥底から、ふつふつと何かが燃え上がり、足を止める。
ようやく身体の自由を取り戻した彼女は男へと身体を向けた。
「ひょ?」
男は驚いたのか、間抜けな顔で……おどけたような顔で首無し騎士を凝視している。
その表情も、その眼差しも、その声すら…………何もかもが憎らしく、腹立たしい。
刹那、彼女の身体は、黒炎に包まれ、激しく燃え上がった。
「ひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「ふざけるのも大概にしろよ、下衆が……貴様の様な者が……神の名を騙るな………。」
首無し騎士は一歩踏み出す。
「もし……本当にそんなことを”神”が望んでいるのなら……」
首無し騎士はまた一歩踏み出す。
「”神”ともども……ぶち殺してヤル!!」
・
吹き付ける熱波の中、ジャックは即座に判断した。
「みんな!!急げ!!離れるぞ!!!」
「はぁ!?なにがどうなって……」
「いいから早く!!」
ジャックはクリス・ケラウスの手を掴み、全速力でその場を離れる。
自分の予測が正しければ、クリミア聖王国で見たモノと同じことが……いまここで起こる。
既に、森の木々たちは熱波の影響で火種が付き、燃え上がらろうとしている。
「ねぇ!?クロスライトさんは!!?」
「そんなこと気にしてる場合じゃないんだよ!!」
トト・ルトラの言葉に返答した、その瞬間…………背後から、爆発が起こるように、黒い炎が柱のように燃え上がった。
・
「にゃ………にゃんで……………」
男の目の前には、漆黒の炎に包まれた”鬼”が立っていた。
「にゃんれ……おみゃえみひゃいなのが………」
男は困惑しながら叫ぶ。
「なんでお前みたいなのが祝福を授かってるんだよぉぉぉぉぉぉおぉ!!!!」
こんなことはおかしいのだ。
これは”神”の祝福……自分の様な、”負け犬”……”落ちこぼれ”に……慈悲と自愛と共に授けられる最後の希望…………
パーティのために尽くしたにも関わらず、”無能”の烙印を押され、罵倒され、揚げ句のはてに迷宮の最奥に、置き去りにされるような……そんな”可哀そうな人”に与え得られるご褒美。
それが、この”祝福”のはずだ。
「それが……」
男は歯噛みする。
「それが……!お前みたいに……不死者のくせに………仲間に恵まれてるお前が受け取っていいチカラじゃないぃぃぃぃぃぃっ!!!」
男は首無し騎士に命令する。
「とまれっ!!!」
しかし、目の前の魔物は止まることなく、こちらに向かってくる。
「ひれ伏せ!!」
しかし、目の前の怪物は相変わらず、自分を見下している。
「ふじゃけんにゃ!!!」
男が罵倒するも、化物がは放つ熱波によって、自身の皮膚が焼けただれていくのは止められない。
「もういい……!もういいもういいもういい!!!もう贄も何も知ったこっちゃにゃい!!!そうだ!!神様も……こんな非常事態ならゆりゅしてきゅれりゅ!!!」
男は上着を脱ぐと、首無し騎士に向かって投げつける。
その上着は彼女に触れることなく、炭となって燃え尽き、消えていった。
「こうなったらオデの隠し玉……!つかっちゃうもんにぇ!!!」
男は大声を張り上げる。
あの迷宮の最奥……かつての仲間たちが逃げ出した原因。
この【傲慢の権能】に目覚め、最初に使役した最も強い魔物……
「踏みつぶしぇ!!強大な者!!」
男が叫んだ瞬間、森の一帯が揺れ動き、地響きがする。
辺りは地割れと共に、木々を呑み込み、燃え盛る炎をも地の底へと沈めていく。
「…………なんだ?」
やがて首無し騎士の目の前に……地の底から巨体が姿を現した。
それは牛のように巨大な角を持ち、皮膚からは肉の筋が浮かび上がり、体温のみで蒸気を放っている。
尾は杉の枝のようにたわみ、獄炎に肌がさらされようとも、ものともしていない。
頭は牛、身体は象、四肢は河馬……巨体の王にして、神話の怪物……
山がそのまま意思をもって動いているようなソレは、まさに”神の傑作”………かつて神々同士が争い、戦車を押す獣として創造された太古の魔物……迷宮の最奥に静まされたその者を奴は呼び起こし、使役していたのだ。




