プライド
夜闇に包まれる森の中を二人は逃走する。
その夜闇のどこからともなく遠吠えが聞こえてくる。
「くそが!!」
木々の中から魔犬が飛び出してくるのをジャックがボウガンで仕留めていく。
しかし、迫ってくる魔犬の数は収まることなく、油断をするこてゃできない。
「どうしようジャック!!」
「馬鹿!逃げるしかないだろ!!」
ジャックは魔犬達がクリス・ケラウスを攫った時につけた足跡を頼りに仲間たちのところへと向かおうとするが、そう簡単に奴らは逃走を許してはくれない。
どう進もうと、木々の闇を伝って先回りし、二人を襲おうとするのだ。
(幸いなのは、クリスを生け捕りにするために即死魔法を使ってこないことか……)
時折ジャックには体当たりをしようとする素振りを見せるが、クリス・ケラウスに当たることを懸念しているのか、代々は爪や牙による攻撃が主だ……これなら、ただの野生動物と大差ない。
その体当たりも、同じようにクリス・ケラウスを気にして動きがぎこちなく、勢いがない。
これならば、ボウガンで冷静に打ち落としていけば、充分に対処が可能だ。
(問題はあの不気味な野郎だ……あいつはいったいどうやってこれだけの数の魔犬を使役しているんだ……?)
明らかに尋常の魔物使いが使役できる数じゃない……何か別の種がないと、成立しない数だ。
ジャックはそこに勝機がないか考える。
何かの魔道具であれば、それを奪取……あるいは破壊すれば解決するが、あの男を突き刺した際そんなものは確認できなかった。
あの男の固有能力の線も考えられるが、これだけ破格のチカラを発揮する能力だ……それに見合う代償があり、それが弱点になるはず……
しかし、これも同じく、あの男からそんな素振りは微塵も感じられない……上手く隠し通しているのだとしたら大したものだが、あの男にそこまでの知性があるとは到底思えない。
(くそ……!あまりにも情報がなさすぎる…………!!)
情報は武器だ。
盤上の戦いも情報を集め、事前の準備ですべてが決する。
それゆえに、戦闘を仕掛ける方が絶対的に”有利”であり、仕掛けられた側が絶対的に”不利”なのだ。
今回、ジャック達は奇襲された側……攻撃を仕掛けられた側だ……この不利な状況でジャックが盤上でできることは、攻撃を避け、逃げながら、相手の情報を少しでも得ること。
相手の駒の動きを誘導し、相手が想いもよらないような奇襲を仕掛けるしかない。
勿論、相手のミスを見逃すことなく、適切な一手をいれることも忘れてはならない。
「やることが多い!!」
ジャックはクリス・ケラウスの手を引きながら、森の中を駆け回る。
もう仲間たちとの直接的な合流は無理だ。
何故なら、ジャックが追跡に使用した道は既に先回りされているし、首無し騎士達の方にも足止めか、なにがしかの手を打たれているだろう。
もし、足止めを突破できたところで、盗賊も自然探索者もいない首無し騎士達はこの森の中、逃げ惑う自分たちに合流できない……なら……
「俺たちの居場所を知らせながら戦うしかないな……」
「正気!?それじゃあ逃げてる意味が……!」
「どのみち場所はもう既にバレまくっているんだ!今更だろ!!」
逃走ルートは魔犬によってあの男に筒抜けだ……ならば何も遠慮をする必要がない。
ジャックは〈淡い光〉のスクロールを取り出すと、ボウガンに付与する。
魔犬にも聖属性の特攻が入るし、照明弾としても使えるからだ。
(効果が持続しているうちに首無し騎士達が来てくれるといいけど……)
ジャックにとってこれじゃほとんど賭けだった。
事前の打ち合わせをしていたわけではないし、敵の誘導だと深読みされる危険性もある……。
何より、首無し騎士はともかく、ロザン・リクレイとトト・ルトラが助けに来てくれる保証も…………
「いや……それは杞憂か。」
「え……?なんて?」
この場にはリーダーであるクリス・ケラウスがいる……二人の信頼を一身に背負っている彼女がいる限り、二人は必ずパーティリーダーを助けに来る。
ジャックはボウガンに装填された一射目を夜空に向かって発射する。
その隙を魔犬が見逃すはずもなく、ジャックに向かって突進を仕掛けてくる。
「させないよ!」
ジャックと魔犬の間にクリス・ケラウスが割って入る。
すると、突進を試みていた魔犬は転がりながら回避し、距離をとる。
「おい!馬鹿なことすんな!!」
「ふざけないでよね!僕だって一応盾役なんだから!」
クリス・ケラウスとて、いつまでも守られるだけのお姫様ではいられない、困っている人を護るために冒険者に……仲間を護れるように盾戦士となったのだ。
愛用の大楯がこの場になくとも、この身を削ってでも、仲間を護って見せる。
ジャックはボウガンに矢を装填すると、退いた個体の魔犬に向かって射出する。
放たれた光る矢は魔犬の太ももに見事命中する。
「これで、アイツが追ってくる限り、光る矢が俺たちの居場所を首無し騎士に知らせてくれるはず……!」
ジャックとクリス・ケラウスは森の外を目指して逃走を続けているが、いまだ森は暗い闇に包まれている。
日の出まではまだまだ遠い。
・
「おじょい………おじょい……まだ捕まえれれないのか!やくたひゃず!!」
男は焦る気持ちを抑えられず、護衛として傍らに控えさせている魔犬に八つ当たりをする。
魔犬はされるがまま、「キャン!」という声を発しながら転がっていく……しかし、立ち上がると、男に反撃をするでもなくまた傍らに控える。
男はその様子を特に気に留めるでもなく、薄汚れ、ギザギザに損傷した爪を齧り始める。
「神に……神にささぎぇるにぇを……早く…ひゃやく取り戻さにゃけれびゃ……!!」
男の目は血走り、とうとう自らの爪を噛みちぎり、剥がしてしまう。
男には相当の激痛が走ったはずだが、それも気に留める素振りはなく、契り撮った爪をそのまま口の中に含み、噛み始め………揚げ句の果てに、呑み込んでしまう。
あの日……あの時………パーティメンバーに見捨てられた迷宮の最奥で手に入れた圧倒的なこのチカラに……神に与えられた奇跡の御業に感謝を捧ぐために……男には贄が必要なのだ。
「さっさと…………さっさと捕まえてきゅるにぇーー!!!」
男は地団太を踏みながら、魔犬に命令を放つ。
その姿は駄々をこねる子供そのもので…………欲望のままに下々へ命令を放つ”傲慢”な暴君のようにも見える……。
もうあの迷宮に置いて行かれた哀れで無能な男は見る影もなかった。




