二人だけの脱出劇
枝葉に鞭うたれながらジャックは魔犬に引きずられ、森の中を駆け走る。
クリス・ケラウスが奴らに連れ攫われてからすぐに後を追い始めたが、あれからずっとこの森の中を進んでいく。
既に仲間たちの姿を見ることはできない。
(クソ……やっぱりそうだ……こいつら、クリスを殺さないようにしながら走ってる。)
ジャックは先ほどから見せている魔犬の奇妙な行動に注目しながら追跡をし続ける。
奴らは自分の毛皮がクリス・ケラウスに触れないように、クリス・ケラウスを咥えている個体から若干距離を保ちながら走っている。
着かず離れずといった状態だ……首無し騎士のいうとおり、何者かの思惑がなければこんな行動を魔物がするはずがない。
ジャックが裏で手ぐすねを引いている何者かを考えながら走っていると、ジャックの矢……彼が移動手段にしている個体の魔犬が身じろぎをし始める。
(まずい……!痛み止め薬の効果がきれてきたか!?)
所詮、痛み止め薬は痛み止めでしかない。
重量の着いた矢が、ずっと傷口で悪さをし続けていれば、傷口は開き、高価はなくなってくる。
自分の存在がバレたが最後、この大量の魔犬に蹂躙され、クリス・ケラウスを助けることはおろか、自分も命を落とすことになるだろう。
ジャックは、矢に結びついていた縄から手を離すと、木々の枝に向かって跳躍し、身を潜めた。
「さて……ここからは、奴らの痕跡を見つけながら追跡するしかなくなったぞ……。」
ジャックは大量の足跡から奴らの進行方向を把握すると、改めて追いかけ始めた。
・
天井から滴った水が、岩肌に落ちる音でクリス・ケラウスは目を覚ます。
(ここは……?)
薄目を開け、あたりを確認するが、湿気のある洞窟内だということしか把握できない。
クリス・ケラウスの脳内に残る最後の記憶は突如背後から走った衝撃に身をよじったあの瞬間で終わっていた。
実際には身をよじったなどという小規模な勢いではなく、完全に吹っ飛ばされていたのだが……。
(そうだ……!みんなは!?)
クリス・ケラウスは改めてあたりを確認するが、仲間の姿は見当たらない。
まさか自分以外全滅してしまったのではないだろうか……?最悪なケースが頭の中に浮かび上がってくる。
「この使えない駄犬どもめ!!女を優先して攫ってこいと言ったはずだ!!」
突如洞窟内に男の声が響き渡る。
その声は酒焼けのようにかすれており、声の様子からも怒り心頭だというのが充分伝わってくる。
「普通狙うんならあの端正な顔をした女戦士だろ!!せっかく自分から仲間と離れたってのにそのチャンスを何故活かせない!!」
おそらく首無し騎士のことを言っているのだろうが、この声の主は女性なら誰でもいいのだろうか?
”端正な顔立ち”と言っているため、彼女の頭が首についていなかったことは目に映っていたはずだが……
「…………まぁ、いい……男の身体も、使えないわけではないからな。」
男は先ほどの声とは裏腹に、落ち着きを取り戻したような声を発している。
クリス・ケラウスは身じろぎをする。
まずい……これは非常にまずい事態だ……あの男は女の身体に用があるという素振りの発言をしていた……それも、男の身体に使い道がないというような発言も……。
もし、このままあの男の目的のために、この鎧を脱がされてしまえば……自分が女だということもバレてしまう……!
そうなればクリス・ケラウスはどんな目にあうか想像できたものではない……!何より……
パーティメンバーにすら打ち明けられておらず、誰も知り得ないこの事実を、何処の誰かもわからない輩に知られるなど……断じて容認できたものではない!!
クリス・ケラウスのそんな感情などお構いなしに、背後から足音が聞こえてくる。
その足音はなんとも特徴的で、片足を引きづっているのか、ずり……ずり……という奇妙な音も聞こえてくる。
やがて、クリス・ケラウスのすぐ後ろで足音が止まると、視界一杯に逆さまになった男の顔が広がる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
酷く腫れた醜い顔……瞼、唇……鼻といった視界に入るものすべてが厚く、油を塗りたくったようにテカっていた。
「人の顔を見るなり絶叫するとか……失礼な奴だな。」
男はそれだけ言うと、おもむろにクリス・ケラウスの鎧の留め具を外し始める。
「な……!や…やめ……っ!」
「うるさい、じっとしてろ。」
クリス・ケラウスは身じろぎをしながら男の手から離れようとする。
しかし、無慈悲にも男の手はともることなくクリス・ケラウスの鎧を外そうとする。
やがて、鎧が取れ、男が服を脱がそうと、手を伸ばすと……とうとうクリス・ケラウスが隠していた事実が浮き彫りになってしまった。
「…………………?おまえ、女か?」
服の下に晒を巻いているとはいえ、触られてしまったらバレてしまう。
男はクリス・ケラウスの表情を確認すると、下卑た笑みを浮かべ、服を脱がす動作も乱暴になっていく。
「女!!女!!!女だ!!!処女か!?処女だよな!!?これで……!これで神に捧げる贄になる!!おお!神よ!!我が守護神よ!!私はやりました!!私はこれで私は!!私はぁぁぁぁあ!!」
男はクリス・ケラウスの服を剥くたびに、興奮し、大きな声をあげていく。
その様子に、久しぶりに感じる類の恐怖を覚えながらも、拘束されているクリス・ケラウスにはどうすることもできない。
対に、上の服が無残に引き裂かれると、男の興奮も最高潮に達し、身体をのけぞりながら彼のいう”神”へと大声で祈りを授ける。
「かぁみよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
男がのけぞると、初めて背後に誰かが立っているのに気が付く。
その”誰か”はひどく軽蔑したような眼差しで、男を見下ろしていた。
「下衆が。」
男を見下ろしていた褐色肌のその少年は、端的にそう言うと、のけぞった男の顎に短剣を突き刺した。
「おい!大丈夫か!!クリス!」
ジャックは、何の感慨もなく男から短剣を抜くと、その場に放置する。
彼の目に映っているのはクリス・ケラウスだけだった。
「ジャック……?」
ジャックによって、拘束から逃れたクリス・ケラウスは晒された晒を腕で隠すようにするが、ジャックは気にも留めていない様子で、周囲を警戒する。
「おい、早くここから脱出するぞ……あの魔物たちがこいつの支配から解かれて本気で殺しに来るかもしれない。」
ジャックはあたりに転がっているクリス・ケラウスの鎧をかき集めると、装着するように促す。
彼の表情からは驚きも、動揺も出ていない。
「ジャック……キミもしかして…………」
「話はあとだ……あいつらをごまかすのも強力してやる。」
やはり、ジャックは以前からクリス・ケラウスが女性であることに勘づいていたようだ。
一体いつから…?どのタイミングで?みんなに隠すのを手伝ってくれるということは、他の二人には隠し通せているということなのだろうか?
クリス・ケラウスは、疑問に頭を悩ませつつも、先導するジャックの後をついていく。
しかし、ジャックは不意に歩みを止めると、急に振り向き、ボウガンを構えてくる。
「クリス!!伏せろ!!!」
ジャックの呼びかけに素直に従い、クリスが身を低めると、ジャックは何のためらいもなくボウガンを発射する。
矢は一直線に飛んでいき…………何かにあたる前に、その動きを止めた。
矢は脂ぎった腕につかまれており……その脂ぎった腕は、さきほど顎を貫通させられた男の胴体につながっている。
それだけでも奇妙な光景なのだが……もっとも奇妙なのは、先ほど死んだはずの男が、二本の足で立っていることだ。
決して仕留め損ねたとか……回復したとかいう状態ではない……男は口や顎から、粘着質のある赤い体液をだらだらと流している。
「ぼぉぉぉまぁぁえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…………ぎひきのじゃまひゅるなぁぁぁぁぁ」
顎が貫通しているせいか、男は言葉にならない言葉を放っている。
そうかと思えば、突然犬の遠吠えを真似し始める。
その遠吠えは岩肌を反射して洞窟内に広がり………やがて、洞窟の影という影から魔犬が姿を現す。
「走れ!!逃げるぞ!!!」
ジャックはクリス・ケラウスの手を引きながら逃走を開始した。




