仲裁
首無し戦車は整備された街道を避けながら、リぺリシオン王国王都へと歩を進めている。
街道を避ける理由は簡単で、”襲われない”ようにするためだ。
今までは徒歩での移動や人気のない道路を通っていたから問題にならなかったが、王都への道中となると話は別だ。
王都へ近付けば近づくほど、人通りが多くなる……人通りが多くなれば、首無し戦車は人目に晒されることが多くなり、異様な見た目の首無し馬と首無し騎士という異形達が操る馬車などすぐに討伐される対象になってしまう。
面倒ごとを避けるためにも人目がない通りを移動するしかないのだ……まぁ……人通りが少ない通りというのは、別の危険性を含んでいるのだが……
しかし、その別の危険性とはさらにまた違う危険が、馬車の中にいるトト・ルトラの前で勃発していた。
首無し戦車の荷車の中……その狭い空間の中は険悪なムードに包まれていたのだ。
今現在、御者台の後退により、表に出ているのは首無し騎士とクリス・ケラウスの二人……クリス・ケラウスと交代する形で馬車の中へ休憩しに入ってきたジャックをロザン・リクレイが認識下瞬間に、馬車内の空気は一気に重苦しい物へと変貌したのだ。
(は……早く次の交替の時間になってくれ……!)
次交替するのは、夜明け頃……順番的にはトト・ルトラだ。
彼は二人の静かな争いに巻き込まれないよう、極力気配を澄ましているが……狭い馬車内だ、簡単なことではない。
三人は常にそれぞれの視界に入っており、気づかれないように過ごすなどできないからだ。
……いや、普段であれば盗賊であり、暗殺者であるジャックなら可能なのかもしれないが……今は常にジャックを意識しているロザン・リクレイがいることにより難しいのだろう……。
この馬車の中に安息など存在しなくなってしまったのだ。
・
「馬車の中に残るのがキミじゃなくてよかったのか?」
「いいんです、いきなり核心に触れたら出発前のようにロザンとジャックで喧嘩しかねませんから……少し時間をおいて、”相手がいて違和感のない状態”になってから話を切り出しますから……要するにジャックにはロザンに、ロザンにはジャックに慣れてもらうんです。」
「な……なるほど……?一応考えてはいるのだな……?」
「はい!勿論!」
色々と策を考えている様子のクリス・ケラウスに首無し騎士は頷く。
しかし、いまいち合点がいっていない…機を見て話を引き出さなければならないほど、ジャックとクリス・ケラウスのパーティが抱える問題は因縁の深いものなのだろうか?
特にあのロザン・リクレイという軽戦士の青年が肝のようであったが……
「そのためにも……もう少し進んだあたりで、ご飯休憩にしていただきたいのです……食べ物を口にすれば、自然と胸襟も溶けて、話がしやすくなると思いますから。」
「わ……わかった。」
首無し騎士は顔を近づけて、ひそひそと小声で話すクリス・ケラウスにどぎまぎしてしまう。
近くで見ると、本当に顔の整った青年だ……童顔のせいで、少年のように思える……。
まさに美青年……ふるまいも、どこか気品さを感じさせる……。
(まるで生前の、リデオン王国第一王子のよう……。)
あの方も端正な顔立ちで、幼いながらも将来を期待されたお方だった……
あの方は既に亡くなられてしまったが、せめてジャックを含む、この若者たちには明るい未来が訪れてほしいと、願わずにはいられない。
・
首無し騎士一行は、道中の少し開けた地点で休憩をとる。
この場所で休憩するのには理由があり、その一つが外敵の早期発見だ。
人通りの少ない道中で警戒すべきは魔物などの”外敵”に襲われるリスクだ。
人通りの多い街道でもそういう事態に遭遇する確率は0ではないが、人の往来が激しい分、兵士や冒険者などの警邏も多い……そのため、そういった非常事態に遭遇することは少ないし、もし遭遇したとしても簡単に対処できる。
今回はその”兵士”や”冒険者”の眼を気にして大きい街道を避けているので、本末転倒になってしまうのだが……
まぁ、つまり外敵の接敵を早く確認できるように、見晴らしのいい地点で休憩を行う必要があるわけだ。
首無し騎士は周囲から薪になりそうな感想した枝を集めてくると、石で作ったサークルの中に置く。
そこへトト・ルトラが簡易的な炎魔法で火種をつくり、焚火を起こすのだ。
「現代は便利なものだな……昔はこれほどまで精密に魔法の威力を制御するのは至難の業だった。」
「え……?そうなんですか?」
「ああ、先ほどの火球にしても、術者の魔力量によって威力は大体決まっていたからな……勇者パーティの魔法使いぐらいだったよ、かつて魔法の威力を自在に操れた存在はな。」
「へぇ……!」
こういった魔法技術の発展が目覚ましいのも、勇者パーティの中で唯一ディネリントが長命だったからだろう……もしも彼女が戦士で会ったなら、発達していたのは別の技術だったかもしれない。
そんなことを考えつつ、首無し騎士は視線を他の場所へと移す。
見ているのはジャックとロザン・リクレイ……その間に挟まれているクリス・ケラウスの三人だ……彼らあは馬車の中に積んでいた食物、主に野菜類の下ごしらえをしている。
作業をともにすることで、仲間だった当時の心境にすこしでも立ち返らせるという案のようだったのだが、ジャックとロザン・リクレイの二人は首無し騎士が薪を集めてくる前と変わらず、無言でもくもくと作業をしている。
これが、当時と変わらぬ光景というのなら問題ないのだが、必死に話題を振っているクリス・ケラウスのあの気まずそうな表情を見ると、そうではないのだろう……。
「あの二人……大丈夫なのか……」
「さぁ……ジャックが本当のところを言わない限りずっとあの感じじゃないですかね…。」
「……キミはジャックのことをどう思っているんだ?ケラウス殿のように、仲直りしたいのか?」
「正直……僕はどっちでもいいんですよ……僕の中では彼が資金を持ち出したのは事実だし、それに何か理由があったとしても、それを仲間である僕らに相談しなかったことも……それについて一言も謝罪がない時点で許して無いです……でも、その彼がきっかけでロザンが不機嫌になって空気が悪くなるのはもっと勘弁ですが……」
「そうか……」
クリス・ケラウスの話だと、ジャックは資金を持ち出し……そのまま姿を消したのだという。
彼らにとっては資金云々よりも”それについて何も言及しなかったこと”が裏切り行為であり、許せない線なのだろう。
だからこそ、クリス・ケラウスもそのことについてジャックの発言を引き出したいように思える。
(難儀だな……)
首無し騎士は、四人の様子を眺めながら試案を巡らせる……。
この件については観念に部外者である首無し騎士にあれこれいう責任はないが、しかしとて、この場を設けたことによる発言の権利はあるはずだ。
この中では最も年長者であるからこそ、何か気の利いた言葉やアドバイスを言いたいところなのだが………
(正直……私は誰かに助言ができるほど、人間関係に強いわけではないし……現代の……それも若者の感性とは隔離していると思うし……そう言ったものか……。)
正直、首無し騎士はこの道中ずっと彼らのことで頭を悩ませていた。
自分が担う役割は何か……どう行動すればいいのか……人間関係において……それも自分の関りのない関係において、これほど難しいものはない。
何故ならこの問題において、正解など存在せず……常に最善手を模索し続けなければならないからだ。
………なんにせよ、勝負は食事時、みんなが腰を落ち着かせ、顔を突き合わせたときに仕掛ける必要がある。
首無し騎士は決意を固めると、勝負の時を待った。
・
日もすっかり暮れはじめ、焚火の明かりだけが煌々を周囲を照らしている。
四人はそれぞれ、焚火の上に吊るされているスープを容器に取り分けると、焚火を中心に腰掛けた。
クリス・ケラウスを挟んで、向きあうようにジャックとロザン・リクレイが座っている。
二人とも一切口を利かず、視線を合わせず……ただ器に盛られたスープを静かに口に運んでいる。
「………一緒に行動していて思ったのだが……」
食事が始まってしばらく経った頃に、首無し騎士が口を開く。
「これは私個人の勝手な意見として聞いてほしいのだが………」
首無し騎士がそう語るのとほぼ同時に、暗闇の中、遠吠えが響き渡る。
その遠吠えを知覚した各々は瞬時に立ち上がると、周囲を警戒し始めた。




