任務の終わり
《リデオン王国》王城の浄化を進めたこの数日間で首無し騎士のことでリリア・フォードリアスにはわかったことがある。
それは彼女……首無し騎士のとある一言がきっかけとなった。
「連日の作業で皆も疲れが出ていると思う、もしよかったら王城の大浴場を使ってくれ。あそこは国の不死者が入ってこないようにしておいたからな。」
そう言った彼女の提案に最初は誰もが遠慮気味だった。
なにしろ不死者多発地帯の浴場だ。安全を担保すると言われても気を緩めることはできないわけで、そんなところで装備を解除する気にはなれない。
しかも、気をつけることは不死者だけではない……聖騎士隊はともかくとして、冒険者の中には手癖の悪いものも多く、私物を盗まれることも警戒しているのだ。
なにより、こんな何十年何百年も放置されていた王城の大浴場が清潔なはずがない!
そんな理由が積み重なり、誰も大浴場に足を踏み入れようとはしなかったのだ。
しかし………
(なんか……すごい淋しそうな目をしてる…。)
リリア・フォードリアスは目撃してしまったのだ。
まるで飼い主に置いて行かれた小型犬のような哀愁をただよわせる瞳で、誰も近づくことない大浴場の入り口を眺める首無し騎士の顔を………
(出された好意を無碍にし、あんな顔をさせてしまうなんて……私はそれでも騎士か!!)
べつに魔物である首無し騎士にどんな顔をさせようが関係ないのだが、なんとも人間くさいせいか、生前の人格のあるせいか、同情的な気持ちになってしまう。
そのため、リリア・フォードリアスは勧められた大浴場を使用することにした。
この討伐隊の隊長である自身が率先して使用することで、せめて聖騎士隊だけでも使いやすくなることを期待したのだ。
「…………けっこうしっかりしてる……。」
装備を脱ぎ、大浴場に入ったリリア・フォードリアスは驚きの声を漏らす。
その大浴場は思い描いていた蔦と汚れた水の溜まる浴槽ではなく、しっかりとした大衆浴場ぐらいの清潔感を持っていた。
周りを見るに、昨日今日で掃除したものではなく、長年……それこそ何十年と丁寧に掃除してきたかのような老舗の大浴場に似たそんな雰囲気を覚える。
(この石鹸の匂い……首無し騎士の頭から香ってきた匂いだわ……。)
リリア・フォードリアスは2日前のことを思い出す。
メイド動死体を浄化したときのことを……
(あの首無し騎士の腐敗が進んでいなかったのは、自身の清潔さを保っていたからなのね……)
勿論それだけが原因というわけではないだろう……しかし身体を清潔に保つ、清めるという行為は悪霊や悪魔といった“負の者”から自身を護る大切なこと…。
300年もの間、自我を失わずにいたことへの要因の一つではあるだろう。
リリア・フォードリアスは洗身すると、湯船に身体を沈める。
「ふぅーーー………」
思えば不死者多発地帯に長く留まっているせいで神経も張り詰めていた。
こうして温かい湯船に浸かるだけで自然と吐息が漏れた。
(これだけしっかりと温度があるということはそれだけ大きく、良質な魔石を使っているのだろうな…)
魔石は純度が高いほど、秘めている属性のチカラも強力だ。
今でこそ魔石を使った魔道具の技術は発展しているが、300年前などはまだまだ発展途上で魔石のチカラを効率よくいき渡させることはできていなかったはず。
それこそ現代ならば拳ほどの大きさの魔石があればこのくらいの浴場を沸かすことができるが300年前であれば……
(人の胴体ほどの大きさは必要になるだろうな……)
浴場ひとつとってもそうだが、インフラの発達はそのまま国の力を表す。このような贅沢品の細部にまで気を配ることが出来るのならそれこそ国の基礎である政治や、国を守護する軍はその数倍の国力を注ぎ込んでいるはずだ。
そのような国が今現在栄えることなく、こうして廃墟と不死者が跋扈する国へと変貌している……。
(かつての魔王……その幹部ですら一体で国一つを滅ぼせるチカラがあったというわけか……)
教会が管理している歴史書、その記録にはこの旧《リデオン王国》について記されていたものがあったはずだ。
たった一体の魔物……魔族や悪魔と言われる存在が軍や民衆を一撃で屠り、最後まで耐え国を防衛していた聖騎士すら無惨に首を落とされてしまったと……
勇者一行が駆けつけた時には既に廃墟と化しており、勇者はその魔王軍幹部を打ち滅ぼした後、瓦礫の山から一人の赤子を持ち帰った。
その子供こそが現在この一帯を支配している《リペリシオン王国》の初代国王である。
「“首を落とされた聖騎士”と“聖属性にやたらと詳しい首無し騎士”か……」
教会から派遣された聖騎士が一国の騎士団長になることはそんな珍しいことではない。
あの首無し騎士の名前、イライザ・クロスライトと言うのも多分その記録の中で見聞きしたため覚えがあったのだろう。
あの不死者が元聖騎士であれば、この前聖騎士隊が日課である神への祈りを捧げていたのと時を同じくしてまるで隠れるように首無し騎士が同じように神への祈りを捧げていたという冒険者の目撃証言に納得がいく。
祈りの間、その身は首からの青い炎で全身を焼かれており、そのまま灰になってしまうのではないかと思えるほどの勢いだったそうだ。
(もし、あの首無し騎士がもともと聖騎士だったとして……自身の手で民草や仕えた王を浄化できなかったのはやるせなかったろうな。)
“神に背いた者は奇跡のチカラを授けられなくなる”。
それは不死者化も同じことだ。神は正しく産まれ、正しく生き、正しく死ぬことを望んでいる。
自らの生涯を受け入れず、死を無かったことにするなど、善なる神々にとっては許されざる行いなのだ。
例えそれが自ら望んでなったものでなくとも……
(私だったら正気でいられるか定かじゃないな……)
全てに絶望し、泣き叫ぶかもしれない。神に裏切られたと感じ、背信してしまうかもしれない。それ以前に精神が魔物に引っ張られ、手当たり次第に暴れ回る可能性だってある。
そう言う意味でもきっとあの首無し騎士は強かったのだ。
________________そんな首無し騎士の協力もあり、5週間はあっという間に過ぎていった。
「この三人で最後だ……。」
首無し騎士は厳重に封鎖されたとある屋敷から三体の不死者達を引き摺り出すと、横一列に並べる。
「彼等は私の父、母……そして妹なんだ。王や民を優先し、どうしても後回しになってしまったが……私の家族ならそう望むだろうと思ってな、待っててもらったんだ………。」
首無し騎士は一生懸命聖騎士隊に威嚇している動死体の一体の油まみれになっている髪を触ると、憂いと申し訳なさを含んだ瞳でその不死者を見つめる。
首無し騎士の仕草からしておそらくその個体が“妹”なのだろう……もう既にかなり腐敗しており、リリア・フォードリアス率いる聖騎士隊と冒険者の皆々には男か女かすらの見分けがつかないが……。
「………すまない、頼む、始めてくれ。」
首無し騎士は三体の動死体をしばらく見つめていたかと思うとスッと立ち上がる。
別れの挨拶もあったのだろうが、それもただ苦しみを長くさせるだけだと割り切ったのだろう。
「それでは始めます。二人とも、私と息を合わせて。」
リリア・フォードリアスの掛け声と共に聖騎士二人は《聖なる光》を唱える。
すると、三体の不死者は光に包まれ、徐々に灰へと変わっていく。
「みんな……先に行っててくれ……私もすぐ………」
リリア・フォードリアスの耳に首無し騎士の小さな呟きが聞こえてくる。
そう、この騎士の長年にわたるたった一人の戦いももう直ぐ幕が下ろされるのだ。
光に包まれた動死体達が完全に白い灰へと変わり、風に包まれて天へと駆けていくのを見届けると、首無し騎士は振り返り、集まった聖騎士と冒険者に声をかける。
「みんな……ありがとう……ありがとう…………よくぞ国の民を、我が王を……長年の苦しみから解放してくれた…………!」
首無し騎士の発する声は微かに震えており、必死に抑えているのが直ぐにわかる。
涙は出ようにもでないのだろうが、その声音だけで彼女が感極まっているのが伝わってくるのだ。
冒険者の中にも何人か涙を浮かべている者がいる……不死者に恐怖以外で泣かされるなど今までにない経験だ。
「首無し騎士……いや、イライザ……まだ終わりじゃないでしょ?」
リリア・フォードリアスの言葉に首無し騎士は瞼を閉じ、微かに微笑む。
「そうだ……そうだな……………私もようやく休める…………」
首無し騎士は片手で自らの頭部を抱え、受け入れるように片手を広げると、リリア・フォードリアスの真正面に向き合う。
リリア・フォードリアスは両手を組み、神への祈りを捧げると、自身の授かることの出来る最高の奇跡をその身に宿す。
以前別の任務で谷底に出現した別個体の首無し騎士を一撃で葬り去った祈祷。
「いきます………《光の導き》!」
リリア・フォードリアスの唱えが響くと、彼女の背後から何本もの光の腕が翼のように現れ、首無し騎士へと伸ばされる。
その手達はまるで迷える子供の手をとるように首無し騎士を掴むと、どんどん輝きを増していく。
首無し騎士は何か懐かしいものを見たような表情を浮かべると、静かに目を閉じ、やがて安らかな表情で________________
・
「おい、お前だろ。俺らの宿屋に金品置いていった奴。」
夜の酒場にドチャリという硬い音と、男の不機嫌な声が響く。
その音の正体はテーブルの上に放り投げられた硬貨袋であり、そのテーブルの席には褐色肌に白髪の盗賊、ジャックの姿があった。
不機嫌な声を出しているのは軽戦士のロザン・リクレイだ。
「な……なんの話…?」
ジャックは挙動不審というか、何処となくぎこちないというか、少々固い動作と震える声でロザン・リクレイに問いかける。
その様子にロザン・リクレイは更に苛立ったのか、ジャックの着いていたテーブルをバンっ!と叩くと、ジャックに顔を近づける。
ジャックはその様子に肩をビクリと震わせると、硬直したままロザン・リクレイの顔を凝視する。
「しらばっくれんじゃねぇよ!!お前あの《リデオン王国》跡地の情報提供者らしいじゃねぇか……そんでこの鉄札はギルドへの情報提供者へのお礼金だろ!?」
ロザン・リクレイは懐から鉄製の札を取り出し、ジャックの目の前に差し出す。
それは確かにジャックが宿屋に忍び込んで財布の中に入れたものだ。
「こいつはいい……情報提供のお礼っつう真っ当な手段で手に入れた金だからな、有り難く返してもらうぜ………だがな!!こっちの硬貨袋は別だ!!!」
ロザン・リクレイはまた硬貨袋の置かれているテーブルをバンっ!と叩く。
すると、またジャックはビクリと肩を震わせた。
「お前!こんな大金どうしたんだよ!!ええっ!?真っ当な手段でこんな短期間にこんな大金が稼げるわけがねぇだろぉがっ!!!!」
ロザン・リクレイの怒鳴り声が酒場中に響き渡る。
すると、酒場の看板娘がおどおどした様子で二人の席に近づいてきた。
「あの……お客さん………揉め事なら外で……………」
酒場の看板娘の言葉にロザン・リクレイは少し冷静さを取り戻したようで、大きくため息を吐くと、看板娘に謝罪する。
「すいません……直ぐ出て行きますから………おい!ジャック!!!」
唐突に名前を呼ばれたジャックはまた肩を震わせた。
「お前……また盗みを働いたわけじゃないよな?……一応昔の仲間のよしみで言っとくけどな、そんな生き方じゃ碌な死に方しないぜ。………それと、もう盗んだ活動資金なんて返しにくるな。もうお前と俺達はなんの関わりもねぇんだからな!!」
ロザン・リクレイの言葉にジャックは声も出すことができずにただ頷くことしかできなかった。
その様子がまたロザン・リクレイの逆鱗に触れたのか、しかし、看板娘に注意されたのもあって彼は嫌味を呟きながら酒場の出口へと向かう。
「クソ………っ!魔物の不死者でもあんなに立派な奴がいりゃ、人間でもお前みたいなクズがいるんだもんな!!」
ロザン・リクレイの去り際の言葉にジャックはやっと声を上げる。
「それって……!もしかして……あの首無し騎士のことか……?」
ジャックは思わず口について出た言葉に自分自身で驚いている。
立派などとわかるぐらいコミュニケーションが取れる魔物などジャックはあの首無し騎士しか思い浮かばない。
何気にずっと気になってはいたのだ、あの後あの首無し騎士はどうなったのか。
「教えてくれ………あの不死者……どうなったんだ………?」
ロザン・リクレイがこうして元気にここにいると言うことはあの首無し騎士は討伐されたことに間違いはないだろう。
わかりきったことだが、最期はどんなだったのか聞いておきたい自分がいた。
「……………残念だったよ……不死者相手に言うのもおかしな話だけど、あんないい人だったのにさ………」
ロザン・リクレイの言葉でジャックは確信する。
やはりあの首無し騎士は討伐されたのだ。
「まさか聖属性魔法の効かない不死者がいるだなんてよ……あんなに頑張ったのに自分だけ浄化されないなんて報われねぇったらねぇよ………。」
続いて紡がれたロザン・リクレイの言葉にジャックは我が耳を疑った。
《リデオン王国》の宝物庫から財宝を奪うため、侵入の折を見計らうため聖騎士隊の同行を伺っている時、彼等はあの首無し騎士とかなり打ち解けている様子であった。
宝物庫を略奪した後、あの斧を持った冒険者チームが何か余計なことを喋っていないか監視もしていたが、やはり人間と魔物とは思えないくらい親しい雰囲気を醸し出していた。
まさか、そんな相手を浄化ができないと言うただそれだけの理由であの誰もいなくなった廃墟に置いてけぼりにしたのだろうか?
「じゃ……じゃああの首無し騎士はどうなったんだ?」
ジャックは恐る恐る質問を続けてみる。
自分でもなぜこんなにもあの不死者のことが気がかりなのか分からないが、何故か聞かずにはいられない。
「どうなったって………まさか上位不死者をそのまま放置するわけにもいかないだろ?だから死霊術師と聖騎士の監視下の元、捕獲して明日炎魔法で火葬されるんだよ。」
ジャックは思わず立ち上がる。
炎魔法で焼かれる?浄化ではなくて?
「それ……どう言う意味かわかってるのか………?聖属性魔法以外で葬られた不死者はその場所に縛られて終わることのない永劫の苦しみを味わうんだぞ!?」
あの《リデオン王国》に忍び込むため、不死者対策について情報を集め回ったからこそよくわかる。
魂が擦り切れ意識というものが消失してしまった不死者にさえ“永劫の苦しみ”とされているのに、正常な人間の意思を持った状態でそんなところに縛られたらどうなるのか……
「わかってるよ!!俺らが何のために6週間も作業してたと思ってんだ!!!それでも!そのままにしとくわけにもいかないだろ!!それにこれはあの首無し騎士が言い出したことで、了承済みなんだよ!!!」
ジャックの声に負けないくらいロザン・リクレイも声を張り上げる。
彼も……いや、彼はジャックよりもあの首無し騎士と長い時を過ごしてきた。
彼だってこんなことに納得などいっているはずがないのだ。それでも無理矢理納得するしかない。首無し騎士は強力な上位不死者であり、決して野放しにしていい存在じゃないからだ。
ジャックは一度剣を交え、数回言葉を交わした程度だ。
それだけの関わり合いしかないが、ジャックの脳裏には首無し騎士のあの祈りを捧げている姿が離れない。
あの哀しそうな、今にもポッキリ折れてしまいそうな表情がずっとよぎるのだ。
それでも声をかけると、気丈に振る舞い、騎士として警告を発したあの姿がどうしても頭にこびりついている。
その時にはジャックは既に走り出し、ロザン・リクレイを通り越して酒場を飛び出していた。
「おい!何処いくんだよ!!」
はるか背後からロザン・リクレイの声が聞こえてくるが最早気にしている場合ではない。
何故たかが不死者にこんなにも心を乱されるのかわからない。
いままで不死者など、討伐して終わりだった。
炎魔法だろうが、聖属性魔法だろうが、殴打だろうが関係なく、動かなくなれば手段などどうでも良かった。
不死者などただの魔物の一種類でしかない。
それだというのに………
(この正体を確かめないとダメだ……!!このままだと……冒険者など続けていられない!!!)
もし同じようなことが他の不死者で起こったら?他の魔物は?その時が戦闘の最中だったらどうする?倒すのを躊躇するのか?その間にこちらが殺されてしまう。
そんなことで冒険者など続けていられない。
ジャックの足は迷うことなく聖騎士隊が帰還し、在留している町の教会へと向かっていた。




