出戻り
現在、首無し騎士とジャックはディネリントと別れて、リぺリシオン王国へと帰還しようとしていた。
あの火竜が炎の柱を生み出した影響で、ドネラル山脈を直通することが不可能になった。
話では国境門のところはほぼ壊滅状態に陥っているらしい………そのために二人はドネラル山脈を大きく迂回し、リぺリシオン王国へ戻る経路を取っていた。
大きな谷を越えなければならないが、あの灼熱の黒岩と化した道を通るよりは幾分もマシだろう……。
「しかし……なんであんな怪物がいきなり現れたんだろう。」
首無し戦車からドネラル山脈を見ながら呟く。
確かに、300年以上前に伝説となっていた古代の竜が何の前触れもなく、突如目覚めたことには違和感がある。
存在も定かではなかった言い伝えの存在が、ああして一国の城を壊滅させている……
滅多にあることではない……この年、この時代に、たまたま目覚めただけと言われればそれまでだが、どうしても何か作為的なものを感じずにはいられなかった。
「せっかく勇者が平和を………いや、その勇者も弄ばれた者の一人か…」
ジャックの独り言に答えるように首無し騎士は呟く。
しかし、首無し騎士はその言葉に返事を求めている様子でもなく、ただ前を見据えたまま首無し馬の手綱を握っている。
クリミア聖王国を出るときから首無し騎士の様子がおかしいと、ジャックは思っていた。
どことなく落ち着きがある……というより雰囲気が暗くなったように感じる。
決定的だったのはあれだけ欠かすことのなかった神への祈りを一切行わなくなったことだ……。
まるで”人が変わったように”思える。
(まさか……不死者に精神を引っ張られ始めているなんてことはないよな…。)
ディネリントの話では”憤怒の炎”という魔王因子というものに首無し騎士が覚醒したらしい……。
その見解を信じるならば、首無し騎士はまた一歩、魔物寄りになったことになるのだが…………
「だんだんと谷が近くなってきたな………ジャックは寒くないのか?」
「いや……?別に……」
「そうか……疲れたりしたら言ってくれ、私はほら……この通りだからな。」
山脈に近付いてからというもの、首無し騎士はジャックの体調をしきりに心配している。
山脈越えをした時に寒さに打ち震えて休憩したことも心配する要因としてあるのだろうが、それにしても過保護だ……それもクリミア聖王国を経ってから特にだ………魔物寄りになった存在の庇護欲が強くなるなど聞いたことがない。
どう考えても、精神の不死者化が進んだとは思えないのだが、変化は変化だ……気にならないわけがない。
ジャックはより一層、首無し騎士に目を光らせることにした。
・
疲労を知らない首無し戦車のおかげで、ほとんど休むことなく谷を越えることができた。
後は目の前の山を越えれば、リぺリシオン王国の領土内に入ることができる。この山自体はドネラル山脈の末端に位置しており、横断は容易だ。
一番の難所であった谷さえなければ、ここに国境門が設置されていたというのだから当然だろう。
「どうする?山越えをする前に一度休憩を挟むか?」
「いや、このまま行こう。」
休憩の判断を蹴って、二人はそのまま山の中へと入っていく。
ジャックとしてはさっさとリぺリシオン王国の王都へ火竜の件を伝えたら、旧リデオン王国跡地に出向きたいのだ。
そこに、首無し騎士が不死者ではなく、妖精として存在できる可能性があるかもしれないからだ。
………そうすれば、この心優しき首無し騎士が希死念慮にとらわれることもなくなるだろう。
山道ともいえない道を首無し戦車は進んでいく………
こういう人気のない道というのは魔物の巣窟となっていたり、山賊の狩場になっていたりするものだが、二人はそんな心配など微塵もしていなかった。
全社であれば、首無し戦車である上位不死者に喧嘩を売る魔物はいないだろうし、後者であればそもそも上位不死者の時点で手を出さない………。
厄介ごとが自分から近付かないのだ、気に留める必要自体ない。
……………そのはずだったのだ。
突如、山の中で小さな破裂音が響き渡る。
「なんだ!?」
「何やら聞いたことのない音だが……?」
異音を聞いたジャックは飛び上がり、首無し騎士は首無し戦車を止め、周囲を警戒する。
すると、もう一度例の破裂音が響き渡った。
「この音………銃声だ!!」
「じゅう…せい……?何だそれは……?」
疑問符を浮かべる首無し騎士を横目に、ジャックが馬車の荷台から飛び降りる。
「火属性魔法を応用した……火薬で鉄の弾を射出する武器だよ!!誰かが襲われてるんだ!!」
「なんだと!?」
ジャックの言葉を聞いた首無し騎士は、御者台に置いていた自身の頭を持つと、地面に降り立つ。
発砲した方が魔物に襲われているのか、それとも誰かを襲うために発砲したのか……それは定かではないが、どちらにせよ襲われている人がいることは確かだ。
二人は気配を殺しつつも、急いで銃声のした方角へと急ぐ。
・
簡単な護衛任務のはずだった。
村で薬草を作る材料を採取するために同行してほしいというありふれた内容。
その場所というのも、さほど強い魔物が生息しているということもない……さほど難易度の高くない地帯………依頼人のそばを離れずに行動し、襲ってくる低位の魔物を追い払うだけで、済むはずの仕事だった………。
それがまさか……こんなことになるだなんて……
「おい!!クリス!!!下がったほうがいい!!!」
同じ前衛であるロザン・リクレイの叫ぶ声が聞こえてくる……。
みんなを護るのが役割である盾戦士のクリス・ケラウスが足に銃弾を受けてしまったころで、すでに戦線は崩壊している。
「クリス!!早く回復薬を飲んで!!」
「動くな!!!おかしな真似をしたら……その瞬間に端正な顔に風穴をあけてやるぜ!?」
目の前で山賊の一段が短銃を構えながら、舌なめずりをしている……。
何故……こんな見るからにみすぼらしい山賊なんかが、高価な銃など持っているのだろう……。
「くそ……!!卑怯者どもめ!!!」
「おこちゃまがよぉ!!戦いに卑怯もへったくれもあるかよ!!ばーか!!!」
ロザン・リクレイは動くことができずに山賊たちに啖呵を切る。
しかし、優位に立っている山賊たちはわかりやすい陽動乗っかるはずもなく、銃口をクリス・ケラウスへと向けている。
ここから立て直すのは絶望的だろう……。
(なんとか僕が動けば……その間に二人に依頼人を逃がしてもらって………それで………)
盾を使えば、数秒時間を稼ぐことが可能だろう………隙さえ作ることができれば軽戦士であるロザン・リクレイは戦線を脱することができる………トト・ルトラも後衛職であるため、依頼人を連れて逃げることができるはずだ………ここは覚悟を決めて二人を逃がすことに徹するしかない。
「この………!!」
覚悟を決めたクリス・ケラウスが盾を杖代わりに立ち上がろうしたその瞬間、視界の端から何かが飛んでいくのを目撃する。
その”何か”は一直線の軌道を描くと、後ろの方でニタついていた山賊の頭に命中する。
ドサリといいう大きな音をたてて、その山賊は倒れた。
「なんだ!?」
周囲に動揺が走る。
倒れた山賊の頭には矢が突き刺さっており、絶命していることを容易に想像できる。
次の瞬間、今度は別方向から先ほどと同じ矢が飛び出し、また一人山賊を打ち仕留める。
「なにもんだ!!?どこに居やがる!!」
銃を持った山賊は、木々の闇の中に出鱈目な射撃を繰り返す。
しかし、何かに当たった気配はなく、無為に弾数を消費するだけだ。
「なぁ……この仕留め方って………」
「うん………間違いないよ……」
ロザン・リクレイは見覚えのある戦い方を確かめるように、トト・ルトラへと話しかける。
トト・ルトラも見覚えがある様子に、ロザン・リクレイは思わず舌打ちした。
そうこうしている間にも次々と山賊の数は減っていっている。
「ふざけるな!!姿を現しやがれ!!!」
業を煮やしたのか、先ほどクリス・ケラウスを銃撃したリーダー格らしき男が人質を取るようにクリス・ケラウスに銃口を突き付ける。
「てめぇ!!汚ねぇぞ!!!」
「馬鹿が!!だから戦闘に汚いも何も____」
ロザン・リクレイと山賊が言い争っている間に、茂みの影からガサリという音が聞こえてくる。
その場にいた全員が音のした方向へと視線を向かわせた。
「キャァァァァァぁァァアァァァァァァぁァアァ!!!」
物陰から出てきた者の正体に、依頼人の少女が悲鳴を上げる。
ゆらゆらと揺らめく炎が木々の暗闇を怪しく照らしている………その炎は首から発せられており、頭の先がないことを暗に物語っていた。
見当たらない頭を捜すように、自然とその存在を観察してしまう………右手に抱えられた端正な顔に生気などなく、青白い肌から血色など見て取れるはずもない………。
髪の隙間から覗く瞳は揺らぐことなく、まっすぐ山賊をとらえていた………そんなはずがないのだ……切り離された頭が、鬼の様な形相で獲物を見据えることなど……あるはずがない。
反対の手にしっかりと握られた剣が前に出る………それは、その存在が動いた証明に他ならない。
否定する間もなく、ソイツは一歩……踏み出してくる……一歩……また一歩と人ならざる者はこちらに近付いてくるのだ。
「あ…………あああああああああああああッッ!!!!」
不死者………あまりの恐怖に鈍くなった思考が目の前の存在をそう結論付けた瞬間、リーダー格らしき山賊が叫び声をあげた。
「あ………不死者…っ!!!」
「にげろ!!!殺される!!!!!」
「ひひぃっ!!!!」
リーダー格の男の悲鳴に弾かれたように、周りの山賊たちが逃げていく。
「お……おおお………」
山賊のリーダーが何かを言おうとしたその時……先ほど逃げ出した山賊たちが倒れる音が茂みの奥から聞こえてくる。
殺された……
そう直感する………
呪いか魔法かは定かではないが、逃げ出した奴は全員殺された。
「ば………ばぁ…バケモノぉ…………」
恐怖にまみれた山賊の男は汚水を漏らしながら、震える手で銃口を突き付ける。
しかし、視界に入った銃は………ほんの一瞬のうちに自分の腕ごと消えていた。
少し遅れて、ボトリと嫌な音が鳴る。
視界の端に………あるはずのない場所に……銃が……自分の腕が……落ちている。
「ひ……ひぃうああああああああぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁ!!!!!!!!!」
遅れてやってきた激痛に男はもうないはずの腕を抱きかかえる様にしてうずくまる。
すると、自分の上に影が落ちてきたことを感じ取る。
恐る恐る視界をあげれば………バケモノが剣を振り上げていて…………
「や………やめ……………」
そこで、男の意識は途切れた。




