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勇者の手記

仮説テントの中で、本の崩れる音がする。

音源はディネリントだ。彼女が体勢を崩した際に、山積みとなっていた本の数々が崩れ、地面に落ちた。


「なに……コレ………」


ディネリントは机に手をかけながら立ち上がると、もう一度机の真ん中に置かれた紙の束に目を移す。

それは、”勇者の手記”と呼ばれている者で……最終戦争を終結させた勇者、トールの残した数少ない遺産の一つだ。

彼による直筆の手記には高度な暗号化が施されており、彼が秘密にしたかった……けれど、何かに吐き出したかった心情を(うかが)い知ることができる……。

いや、()()()()()()()()()()………解読魔法の完成によってその全文を読み解いたディネリントは彼の奥底に秘めた心情を知ってしまったのだ。


『5日目____この世界に飛ばされて、やっと紙を手に入れることができたので、日記をつけることにする。前の世界ではつける習慣なんてなかったけど、自分を見失わないためににもこの習慣は必要だ。』


『まず、僕の名前は宮島(みやじま) (とおる)……れっきとした日本人だ………だけど、鏡に映る僕の姿は見覚えのある黒髪ではなく、目の覚めるような赤い栗毛色をしていた……漫画やゲームでよく見る”異世界転生”に近い現象なのだと思う………しかしながら、僕に死んだ記憶はない。』


『10日目____どうやらこの世界では、いわゆる魔王や悪魔といった……それこそファンタジーでしか見聞きしない者たちが人々を襲っているのだといいう……人々の中には、”亜人種”という異形の人々もいるようだけど、正直見分けるのは難しい……だけど、不和を起こさないためにもこの世界のことを深く理解しないといけない……世界のことを知っていけば、元の世界に……家に帰れる方法もわかるかもしれない。』


『12日目_____驚いた……僕の住んでいる街に魔物の大群が襲ってきた。……幸いけが人のみで済んだが、やはりというべきかなんというべきか……僕には超人的なチカラが宿っているらしい。所謂”お約束”というものだ。わざわざ危険な目に合う理由も趣味もないので発覚に遅れが生じてしまったが、これはいよいよ面倒なことになりそうだ。』


『15日目_____街を救った栄誉を称賛するとのことで、王から勲章をもらうことになった……そこで判明したのだが、この街の名前は《クリミア聖王国》というらしい………なんとも奇妙な一致だが、僕はこの名前を知っている……子供の頃にやりこんだ《ストレンジ・ストーリー》というゲームに登場する国だ……全三部作におけるこのゲームはドット絵だったこともあり、気が付くのに遅れてしまった。どおりで、魔物名前や由来などが前の世界と似通っているわけだ………しかし、これはまずい………たしかあのゲームの始まりは”街を救った勇気ある青年を王が呼び出すところ”から始まったはず………このままいけば______』


『危惧していた通りになってしまった……勲章の授与と同時に、僕は”勇者”として祭り上げられることになってしまったのだ……魔族との戦闘が激化する最中、戦力となる者を遊ばせておく余裕はないとのこと………断れば、僕は反逆者として処刑されるだろう………それはごめんだ……しかし、光明も見えてきた。この世界がゲームの世界だというのであれば、ゲームをクリアしてしまえば僕は元の世界に帰れるのではないだろうか?漫画でも魔王を倒し、役目を果たした勇者が仲間と別れを告げて元の世界に帰還するというのは、それこそ”お約束”的展開だ……それならば、僕が魔王をやっつけてしまいさえすれば、僕は自分の家に帰れるのだと思う。正直、この世界での生活は不便の連続だ…特にトイレが汚いのが何よりもストレス………早く家に帰りたい。』


『24日目____魔族との戦闘は次第に激化して言っているが、何とかやってこれている。それも、頼れる仲間たちあってのことだ………旅を続けるうちに増えていった仲間たち……女性ばかりになってしまったのが若干気おくれするが、いち男としてはある種夢の様な状況ではないだろうか?何より、助けた人々から感謝されるのはとても気分がいい……これは……調子に乗ってイキリ散らかす漫画の主人公の気持ちもよくわかってしまう……しかし、これは危ない傾向だ、この感覚を残したまま前世に帰還したならば、普通に社会から浮きかねない……心を強く……鉄の意思を持って旅を続けよう。』


『30日目____もう長いことこの世界にいた気がするが、この日記を読む限りまだ一か月しか立っていないことに脅ろく。まぁ…何度か寝込んだり、気を失ったりして数日目覚めないということもざらにあるので、日記の日付を完璧に信用することはできないが……でも、この日記のおかげで、僕は前世の感覚を忘れずに済んでいるんだろう………いまだ、血肉を切る感覚は慣れない……これは慣れちゃいけない感覚だ……それこそ、この感覚に慣れてしまったら、僕は元の世界で過ちを犯してしまいかねない……クラウディナにはそのせいで隙が生まれやすいと叱られてしまったけれど、これは譲ってはいけない一線だ。』


『46日目____どう書き出せばいいかわからない……先日訪れ、苦楽を共にした国……《リデオン王国》が魔王軍幹部の襲撃を受け、滅びたと聞いた……。あの国には……あの街には、尊敬できる人がいた。少し抜けてるところがあるけど、それも愛嬌と呼べるような人だった……。でも死んでしまった。あれだけ人のために尽くせる人は、前世の日本でもそういない……やはりあの時、仲間に加わってもらうべきだったんだ………故郷を離れたくないという言葉に……ほだされるんじゃなかった。』


『ろくでもない人生を送ってきた。いつの間にか飛ばされたこの世界なら人生をやり直せると思った。本当に甘い考えばかりだ…………確かに前世と違って人々の役には立っている……でもこの世界になじめているとはとても思えない。魔物との闘いが恐い……日常生活が不便でならない…………つねに死との隣り合わせの生活。心が休まらない………思えば、親孝行すらできず、この世界に堕とされた…………帰りたい。母さんや父さんに会いたい…………帰りたい。家に帰りたい………この世界を平和にすれば、神様は赦してくれるだろうか。』


『48日目____あの一件以来、本当にこれでいいのかわからなくなってきた。聖女であるリリアナにも苦労を掛けている………僕の懺悔を毎回聞かされるのも迷惑だろうに、彼女はいつも微笑みを絶やすことなく受け入れてくれている。ディネリントにも気分転換に誘われることが多くなった………クラウディナは僕に夕食を多く配膳してくれている………いつまでもめそめそしてはいられない………今は前世に帰るためだけじゃない……《リデオン王国》の様な悲劇を起こさないためにも魔王を打倒さなければならない。』


『《リデオン王国》の一件から危惧していたことを考える限り……やはり、物語の進行に歪みが生じている……これも”お約束”というところだろうか……僕がゲームの知識を活かして冒険を進めることによって出来事が大きく異なってきているようだ……《ストレンジ・ストーリー》では多少の犠牲はあっても、国一つが丸々壊滅するといったイベントは存在しなかった……僕が犠牲を回避した分の帳尻合わせとして《リデオン王国》は壊滅してしまったんだろう……すまないイライザ……君が死んだのは僕のせいだ……』


『64日目____今日は魔王を討伐した式典があった………この世界の神様はどうやら底意地が悪いらしい……僕は今この瞬間にもこの世界にいる。立派な衣装に身を包んで、人々に笑顔の仮面を向けている………そもそもあの戦い……”最終戦争”自体が茶番だったんだ……リリアナやイライザが言っていた”善なる神々”も、魔王達が信仰していた”悪の神々”も……結局は同じだ………この世界で神々と言われる存在がいるのであれば、それはこの《ストレンジ・ワールド》を開発した制作陣でしかない………みんな……彼らの………いや、前世の世界である”僕らの”お遊びに突き合わされて……死んだんだ………神々の遊びに付き合わされたに過ぎない……』


『前世に戻れないのであれば、もうこの日記をつけることにすら意味がないだろう………僕は、僕の罪と共に生きていく。』


魔法を通してディネリントの頭の中で反芻される文字の羅列………それは、あの旅路の……あの戦争の真実と、最も愛した男の懺悔と怨嗟の言葉であった。


「うそ………でも……トールはそんな………」


彼の寿命が尽きるころ……彼はそんな様子を微塵も見せなかった……その場にいた誰もが、彼の安らかな顔を見守り……見送ったのだ………。

こんなこと……彼からは一言たりとも話されたことはない……おそらく、パーティメンバーの全員がそうだろう……彼の弱ったところなど、それこそあのリデオン王国の一件だけだ………

そして、ディネリントを含むパーティのみんなは……彼のその弱ったところにつけこんで、関係を持った。

誰も……勇者の本当の傷口に気が付くこともないまま………


「う゛………う゛え゛………!!」


吐き気が一気に込み上げてくる。

自分の欲望しか見ていなかった自分自身の浅ましさに………

彼の死に際の顔があんなにも安らかだったのは………すべてから”解放”されることへの安堵と、喜びからだったのだ。

人々は……自分を含めた世界の者達は、自分たちを救ってくれた救世主をずっと苦しめていた。

こんなにも残酷な真実を、ディネリントは知りたくなかった。


「………隠さないと」


ディネリントは机の上に置かれた勇者の手記を乱暴にかき集める。

解読魔法をかけてしまったこの手記は……もう誰でも簡単に理解する(よむ)ことができる………。

彼の隠し通したかったこの気持ちを人々に晒すわけにはいかない。

でも、彼の残した手記を処分することなど……ディネリントには到底出来そうもない………

だからこそ、とれる手段は”隠すこと”なのだ。


「ディネリント、少しいいだろうか?」


天幕を開けようとした瞬間、首無し騎士(デュラハン)が顔をのぞかせる。

ディネリントは咄嗟に持っていた勇者の手記を後ろに隠し、応対する。


「な……なに?」


「いや、実はな…子供達が勇者の話を聞かせてほしいというんだ。ディネリントも休憩がてら付き合わないか?」


はにかんだ笑みを浮かべている首無し騎士(デュラハン)

おそらく彼女も勇者の真実を知らない……この手記を見られることはできない………

この手記には、勇者の真実どころか……彼女が心の支えにしてきた()()()()()すらつまびらかにしてしまうものだ。

ただでさえ”憤怒の炎”に目覚めた彼女に追い打ちをかけることはできない……そんなことをすれば、イライザ・クロスライトが第二の魔王になりかねないのだ。


「えっと……私はもう少し、作業を進めたいかなぁー……なんて…ほら、キリのいいところまでさ!!」


「そうか…………ならば、待とう。一時期会ったことがあるだけの私よりも、ともに苦楽を乗り越えた仲間の話の方が、子供達も聞きたいだろうしな!どこまで作業が進んだんだ?」


首無し騎士(デュラハン)は覗き込むようにしておくのテーブルに視線を向けるが、そこに勇者の手記などあるわけがない。

勇者の手記は、今まさにディネリントが持っているからだ。

ディネリントは首無し騎士(デュラハン)の視界を自身の胴体で遮ると、首無し騎士(デュラハン)に話しかける。


「いや、まだ全然進んでないよ!……トールってば、かなり難しい暗号を考えたっぽくってさぁ!!」


「そんなにか………ディネリントも大変だな。」


「まぁ……まぁね……だから、イライザが先に子供たちに話を聞かせてあげててよ…!一段落ついたら私も行くからさ!!ね!?」


「そうか……いや、邪魔して悪かったな。」


そういうと、首無し騎士(デュラハン)はテントをあとにしようと、振り返る。

その様子に胸をなでおろしたその瞬間だった。


「ディネリント様、勇者様の手記の解読の方は………」


首無し騎士(デュラハン)がテントをでようとしたのと同時に、聖女王が入ってくる。

二人がぶつかったところで、後ずさった首無し騎士(デュラハン)の背中に今度はディネリントがぶつかり、後ろ手に持っていた勇者の手記を落としてしまった。

勇者の手記はひらひらと舞いながら、転がった首無し騎士(デュラハン)の頭の周りへと散乱する。


「ああ!すまない!!今ひろう!!」


「ちょ……!待っ……」


声を荒らげたディネリントだが、時は既に遅く……首無し騎士(デュラハン)の身体は散らばった紙を拾い上げる。

そのついでに頭を拾い上げた首無し騎士(デュラハン)の視界に、勇者の手記は問答無用で映り込んでいた。


「イライザ!!駄目!!!」


慌てて勇者の手記を取り上げるディネリントであったが、もう首無し騎士(デュラハン)は手記を見てしまった……文章を一目見たが最後……魔法の効果で、その内容は頭に入っていくだろう。

………つまり、首無し騎士(デュラハン)は勇者の手記の内容を把握してしまったのだ。


「そうか……」


首無し騎士(デュラハン)がぽつりとつぶやく………


「ち……違うよイライザ……あくまでこれはトールの見解で………」


恐る恐るディネリントは首無し騎士(デュラハン)に話しかける。

次の瞬間にも、彼女の”憤怒の炎”が爆発し、このテントが火の海になりかねないのだ。


……………しかし、そんな事態には起こりえなかった。


「いや……そうだな、そうだとも……わかっているよ。」


ディネリントの予想に反して、首無し騎士(デュラハン)の口調は穏やかで、落ち着いていた………どこか得心のいった表情にもとれる……。


「イライザ………貴女まさか………」


ずっと疑問だった………。

何故、イライザ・クロスライトが”憤怒の炎”に目覚めたのか………

最初は災厄を振りまく火竜(レッドドラゴン)に対する怒りだと思ったが……そうではない……そうだというのなら、魔王軍に故郷を滅ぼされたとき……首無し騎士(デュラハン)になってしまったその瞬間から目覚めているはずだ………

彼女の怒りの原因は、裏切り………最も敬愛し、信頼を置いていた神に裏切られたことによる怒りが、彼女に眠っていた魔王の因子を呼び起こしたのだ。


「イライザ……?あの時……何があったの………?」


「…………なにもなかったよ。」


彼女の語るその表情はひどく達観したような………いや、諦観したようにうかがえる。

もうイライザ・クロスライトの中に、”信心”というものは存在していない。


「………聖女王様、どうやら勇者トールは……この手記を決して誰にも読まれたくないようです。」


首無し騎士(デュラハン)は静かに聖女王に顔を向けると語り掛ける。

首無し騎士(デュラハン)の話題の変えように一瞬驚きつつも、思わぬ助け船にディネリントは慌てて乗っかる。


「そ…そうみたいです!!私からもお願いします!!」


「………………………」


ながい沈黙が、テントの中を支配する……。



しばらくして……その静寂を、やっと聖女王が破った


「…………わかりました……貴女方がいうのであれば……そうなのでしょう……。」


「聖女王様……。」


「ありがとうございます!」


ディネリントと首無し騎士(デュラハン)は深々と頭を下げる。

………が、その動作を聖女王が手で制して止めた。


「ですが……勇者様の手記は大変貴重なものです……処分ではなくディネリント様のお力で、封印という形にとどめられませんか?」


「ええ…!私としてもそのつもりでした!」


「…………それと」


聖女王は改めて首無し騎士(デュラハン)の方へと向き直る。


「その………大変申し訳ございませんでした。」


「え………!いや!!ぶつかったことなら御気になさらないでください!!この通りなんともないですから!!」


突然の謝罪に、首無し騎士(デュラハン)は慌てふためく。

しかし、聖女王は姿勢を崩すことなく続けた。


「いえ……そうではなく……この国にきてからの貴女に対する非礼の数々……そのすべてを、国を代表し、謝罪申し上げます………そして、我が民達を護っていただいたことに、深い感謝を………」


聖女王の言葉を聞き、首無し騎士(デュラハン)は戸惑う。

不死者(アンデッド)になって、ここまで真摯に感謝の言葉を告げられたのは初めてかもしれない……。

聖女王は真剣な眼差しで、まっすぐ首無し騎士(デュラハン)を見つめている……。

その態度に答えるように、首無し騎士(デュラハン)は片膝をついた。


「……ありがたきお言葉でございます。私としても……騎士として、人々を救うことができたことは至高の喜び………その賛辞、謹んで承ります。」


数分の静寂がまたテントの中を支配した。

…………しかし、先ほどの静寂と違い、こんどのものはなんとも心地の良い無音の称賛であったのだ。

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