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変化

散乱する瓦礫の中から数冊の本を取り出し、埃をほろう。

その中に、風化防止魔法を施された一枚の紙がはさまっていた。


「ディネリントさーん!また見つけましたよぉ!」


兵士の姿をしたその男は、急ごしらえで作られたテントの中で、同じく風化防止魔法を施された紙に書かれている謎の暗号の解読魔法を編み出している最中のディネリントに話しかける。


「はーい、そこのテーブルにおいておいてー」


ディネリントは雑多に積まれた瓦礫の上に、これまた木の板を雑に敷いただけという簡素なテーブルの様なものを指さす。


「えー………っと、つまりは、この文字が母音の役割をはたしていて……この複雑な形の文字はそれらを圧縮したもの……同音のだけど意味の違う文字はまた別の形で全別されていて………あーーーーっもう!!もうこれ!暗号どころか新しい言語の域よ!!!前々から凝り性だとは思ってたけど!!!ここまで拘りが強い

とか!!!思わなかったんですけど!!?」


驚愕の言語生成能力に驚きを隠せないのと同時に頭を抱える。

勇者はとてつもなく突拍子のないアイデアを生み出すことが多かったが、これは群を抜いている……こんなものを生み出せるぐらい頭がよかったのなら、生前にもっと本領を発揮してほしかったところだ。

………しかし、勇者の死後である現代(いま)そんなことをぼやいても仕方がない。

今では唯一残った、勇者との思い出の品になるかもしれないのだ……内心期待に胸を膨らませている自分がいる。


「こんだけ高度な暗号で隠したかった内容よ……?いったいどんな恥ずかしいことを書いているのか………もしかしたら、私たちをどういった目で見てたとか、私たちの誰が特に好きだったとか書いてたりなんだり………ふへへへへへ!!!」


ディネリントは解読魔法の開発に加速(ブースト)をかける。

何故だか、彼女のやる気に火が付いたようだ。


「………やっぱ、勇者って結構な色欲魔だったのか?」


「まぁ……パーティも女性だらけだったというし…、各地に勇者の子孫を名乗る人物は多いし………”英雄、色を好む”っていう言葉があるくらいだからな。」


近くで瓦礫の撤去作業をしていた兵士たちが手を動かすついでに雑談をしている。

こういう地味な作業は、何かで気を紛らわせないとやってられないのも事実だ。


「そういや……今回の防衛線の立役者……”不死者(アンデッド)の英雄殿”はどこで何をされているのかね?」


「さぁねぇ……こういう肉体労働は、それこそ疲労を感じない不死者(アンデッド)に任せたいところなんだがな。」


「ははは!違いねぇ!!」


皮肉たっぷりなニュアンスをふんだんに含めて兵士たちは雑談に華を咲かせる。

彼らは既に、自分たちが王を置き去りにして真っ先に逃げ出したことを忘れているらしい。


「そこ!!無駄口が多いぞ!!」


「「「へーい」」」


三人の兵士は、黙々と作業をしている別の兵士に咎められる。

これは………撤去作業に何日もかかりそうだ。



急ごしらえであつらえたようなテントの近くに、その”不死者(アンデッド)の英雄”はいた。

このキャンプは、クリミア王宮が復旧をするまでの間、仮の政務室として作られたキャンプだ。

本来、こういった時には、宿屋や家屋などを借りる者なのだが、あの火竜(レッドドラゴン)の被害は尋常ではなく、街にある多くの建物が崩壊してしまった。

無事である建物など皆無に等しい状況であるために、こうした例外の緊急処置をとっている。

リぺリシオン王国から復旧助成の申し出があり、快く承諾したが……これでかの国が建国した当時に作った借りというものを返されてしまった………

これからは、真に対等な友好国として接しなければならないだろう……目に見えない痛手というものだ。


………話を戻すと、その仮執務室のテントの近く……いうならば、そのテントの焚火の近くに、”不死者(アンデッド)の英雄”、首無し騎士(デュラハン)が立っていた。

大層深刻そうな面持ちをしたまま、自身の手を見つめ………おもむろにその手を炎の中へと突っ込む。


「…………やはり、痛くも熱くもない…。」


先ほどの戦い……火竜(レッドドラゴン)の戦闘以前には感じていた炎に対する忌避感や、痛みといったものを感じなくなってしまっている。

炎の中にくべられていた自身の手をひっこめて確認するが、火傷でただれるどころか、傷一つ付いていない。

変わらず、血色の悪い青白い肌が首無し騎士(デュラハン)の視界に映っていた。


「………やはり考え得る原因は、あの黒い炎だよな。」


戦闘のあと、ディネリントが語っていた炎………。

話によれば、かつて魔王が使用していたモノと酷似しているという話だが、にわかには信じられない………行ってしまえば、首無し騎士(デュラハン)……イライザ・クロスライトは、魔王自身とは全く面識がない。

人づて聞いたとしても、半信半疑、話半分といった感じだ。


(………しかし、あの時、私が強い怒りの感情に突き動かされていたことは事実だ……。)


『何もない世界』『意味のない破壊』……そういった世界の不条理に対する漠然とした”怒り”……。

もっと言えば、こんなことが起きている世の中を静観し、容認している”神”に対する怒りだ……元聖騎士として背信的であるが、そんな怒りがふつふつと沸いてきている。

………正直、もう神に祈りを捧げる気すらも起こらない。


「………これも、不死者(アンデッド)に精神を引っ張られているのだろうか?」


ありえない話ではない。

元々この身体はそういった危険性を常に孕んでいるのだ……闇の神々に属する不死者(アンデッド)として、善なる神々に否定的になってもおかしくはない。

”雪山での件”もある……ここはまた一度、冷静になったほうがいいだろう。


「………とはいえ」


もう炎による排除は望めない。

燃えない死体になってしまったのもあるが、もうあの空間には耐えられそうにない。

次は本当に精神を病んでしまう可能性がある……しかし、聖属性による浄化にも期待できない。


「………はぁ……どうすればいいのか。」


文字通り頭を抱えたまま、首無し騎士(デュラハン)は考え込む。

まさか、死んでからの方がこうも悩みの種が尽きないとは………

首無し騎士(デュラハン)はため息を吐きつつ立ち上がると、踵を返して瓦礫の撤去現場へと向かう。

今もこの国の兵士たち、人々はあの積み上げられた瓦礫の山を撤去しようと尽力している………少しでも力になるためにこの国での滞在中、手助けをしなければ………


「やりたいようにやる………か……そうそう変わらないな。」


首無し騎士(デュラハン)は自分で自分に呆れながら、歩き始めた。



クリミア王宮跡地に足を踏み入れると、何やらボロボロになった書物に目を通しているジャックの姿が目に入った。

書物に目を通す姿は、真剣そのものである。


「………私も、あれくらい自由になったほうがいいのだろうか……。」


辺りを見渡せば、瓦礫の撤去作業に従事している兵士や市民……その横で炊き出しを行っている女性陣が見受けられる。

この状況の中で、こうも堂々と、自分のやりたいことを優先しているジャックは流石だと感嘆する他ない。


「ジャック…………何をサボっているんだ?」


首無し騎士(デュラハン)は、ジャックに近付きながら声をかける。

すると、その声に反応してジャックは本を閉じ、首無し騎士(デュラハン)の方へと顔を向ける。


「サボりって………ここはあいつらの国だろ…?それなのに火竜(レッドドラゴン)から真っ先に逃げ出したんだから、後片付けくらい自分達だけでやるのが道理ってもんだろ?首無し騎士(デュラハン)も!間違っても手を貸すとかするなよ!!」


ジャックは呆れた様子を隠すことなく、声を大にして言う。

無論、周りの人々にジャックの声は届いた様子で、全員が苦い表情を浮かべていた………そんなことを言っても、あの状況では民にどうすることもできない………むしろ、あの場にとどまらず、犠牲を最小限に抑えたことを評価するべきではないだろうか?


「お前………その場の判断で、逃走するしたことが犠牲を最小限にしたとか考えてんじゃないだろうな?甘いんだよ……じゃあ、あの時あの場所に首無し騎士(デュラハン)やディネリントがいなかったらどうするんだ?誰が自分たちの王を護った?誰が逃げうるだけの時間を稼いだ?あの場にアンタらがいなかったら全滅だったんだからな?」


なおも続くジャックの批判に反論する者などいなかった。

兵士は勿論のこと、一般市民もだ……誰もジャックに反論をなげかえる者などいない………。


「いいか!?間違っても瓦礫の撤去に手助けなんてするなよ!?俺らがやることはもう全部やったんだからな!!!褒章を貰ったっていいくらいだ!!!」


改めて首無し騎士(デュラハン)釘を刺したジャックは、瓦礫の山を下り、離れて行ってしまう。

しかし、こういう時こそ誰もが手を差し伸べ合い、助け合うべきではないのだろうか?

ジャックが少々他人に冷たい傾向がある。


「…………ふん、私は私のやりたいようにするって決めたのだ。」


首無し騎士(デュラハン)は、口をとがらせながらそう呟くと、視界が確保できるように自身の頭を瓦礫で積み上げた台の上に置く。

そうして両手がフリーになった首無し騎士(デュラハン)は、瓦礫の撤去作業を始めるのだった。



「………ったく、助けられたくせにその助けた相手を侮辱するような奴ら……ほっといても何の問題もなし!!」


ジャックは瓦礫から取り出した一冊の本を小脇に抱えながら、どこか一人になれる場所を探す。

この本を見つけたその場で中身を確認し始めたジャックは、クリミアの兵士たちの話を聞いてしまった。

それは助けてもらった者に対する皮肉……。

ディネリントのことは”大英雄”と手放しで賛美する癖に、首無し騎士(デュラハン)については”不死者(アンデッド)の英雄殿”と皮肉たっぷりに話し、好き勝手に語っていた。

それも、人目をはばかることなく、ジャックやディネリントの聞こえる範囲と声量で堂々と………それにジャックは腹を立てていたのだ。

しかも、”不死者(アンデッド)の英雄殿”に対する話は、必ずその”本人”のいない個所で話されている。

明らかに意識して避けている………首無し騎士(デュラハン)は間違いなく今回の立役者であり、自分たちは命を救われた立場であるというのに………


「今この場で……自分たちが不死者(アンデッド)にならずに済んだのは、その”不死者(アンデッド)の英雄殿”が尽力した賜物だろうがよ……!」


あの場で、あんな理不尽な死に方をしたら……それこそ未練たらたらで不死者(アンデッド)化していそうだ……全員が全員、(ブレス)で跡形もなく焼かれて死ねるわけじゃない。

そもそも民はともかくとして自国の王を見捨てて逃げ出したクリミアの兵士が率先して咎めるべきだろ う………何故一緒になってほざいているのか………。

ジャックの怒りはとどまるところを知らず、愚痴がとめどなくあふれ出てくる。

顔をあげ、瓦礫の山の惨状に目を向ければ、楽し気に笑い合いながら、火竜(レッドドラゴン)の解体をしている人々の姿が目に映る。

ただでさえ”竜”の素材は希少だ……鱗や爪、角などは武器や鎧の素材に……内臓や油は生活用品の加工に使え、肉は大変美味だと知られており……まさに捨てる部位のなし。

竜の死体そのものが”宝の山”と言って過言ではない。

そのうえ、今回仕留めた火竜(レッドドラゴン)は古代の伝説に名を遺すほど強大な(ドラゴン)だ………そこらへんに時たま現れる竜種など目にもならない。

その死骸を、クリミアの人々はまるで我が物顔で解体している………あれを仕留めたのは、紛れもなくアイツ等が軽蔑する首無し騎士(デュラハン)だというのに………


「恩知らずのくそ馬鹿野郎共め……」


解体の様子を見ながらジャックは独り言ちる。

あの様子では鱗の一片たりとも首無し騎士(デュラハン)やジャックには還元されないだろう……ディネリントにはどうかわからないが、不死者(アンデッド)死霊術師(ネクロマンサー)にアイツ等は絶対に還元しない。

そういう風土が出来上がっているのだ。

ジャックは気に飛び乗り、腰掛けると、小脇に抱えていた本を広げて目を通す。

表紙には”不死の書”と書かれており、様々な死霊術(ネクロマンシス)が事細かに記載されているとともに、不死者(アンデッド)の詳細も観察日記を交えて事細かく解説されている。

日記の最期には自身も永遠の命を求め、死の魔法使い(リッチ)を目指したところで記載が途切れている。

ジャックは気になった死霊術(ネクロマンシス)を別の紙に書き留めながら、目的の項目を捜していく。

その項目とは勿論、首無し騎士(デュラハン)のことだ。

ある地方に伝わるという妖精(フェアリー)とされた首無し騎士(デュラハン)の記載……この書物ならばその地方の名前も載っているかもしれない。

聖職者による浄化も、火竜(レッドドラゴン)(ブレス)も聞かないなど……やはりあの首無し騎士(デュラハン)はただの不死者(アンデッド)首無し騎士(デュラハン)ではない……今回の戦闘で、ジャックはこの考えにより一層の確信を持っていた。

本を読み進めているうちに、お目当ての項目を発見する。

首無し騎士(デュラハン)についての項目………目や首を優先して攻撃してくること………使用してくる魔法の種類に、固有能力(ユニークスキル)による召還魔法………。

事細かな詳細が書かれている項目の最期に、気になる一文を発見する。


____”遥か古代、リデオン王国周辺がまだ小さな集落の集まりだった時代には首無し騎士(デュラハン)が訪れ、玄関先に血液をつけると、その家の者が寿命でなくなるという伝承があったと、わずかな古文書に記載があった。彼らはその首無し騎士(デュラハン)を死期の近い家族や知人との別れの時間をくれる存在として認識していたようだ。”_____


_________一致する。

ジャックが前に見つけた書物……妖精(フェアリー)とされた首無し騎士(デュラハン)の記載と、見事に一致するのだ。


「あの……首無し騎士(デュラハン)が守っていた土地が………俺が調べていた土地だってのか?」


灯台元暗しという言葉があるが、まさしくその通りだ。

あの首無し騎士(デュラハン)が異質だというのなら、その異質な不死者(アンデッド)が生まれた場所こそ訝しむべきだったのだ。

自分の愚かさに、ジャックは心底呆れてしまった。


「こらーーーー!!やめなさい!!!さっさと返すんだ!!!」


不意に聞こえてきた首無し騎士(デュラハン)の声に、ジャックは肩をびくつかせる。

本を盗み出していたことを咎められるのかと思ったが、先ほど首無し騎士(デュラハン)とあったとき、すでにこの本を自分は持っていた。

その時に何も言われなかったのだから、そうではない………いや、首無し騎士(デュラハン)のことだから今頃気づいて叱責にきた可能性も捨てきれないが……

ジャックが首無し騎士(デュラハン)の声のした方へ視線を向けると、小さな子供たちが叱責する生首を持ちながら笑って走っている。

その後方には、よたよたと走ってくる首のない身体……時折こけては、地面を確かめるようにゆっくりと立ち上がっている。

首無し騎士(デュラハン)の身体が立ち上がり、子供たちを再び愛駆けだすと、子供たちはワーーやキャーーといった笑い声をあげてまた走り出す。


「………大人なんぞより、子供たちの方が受け入れるの早いな。」


ジャックはその様子をしばらく見つめると、クスリと笑みを浮かべて本に視線を戻した。

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