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帰還

「嘘でしょ……?」


「………首無し騎士(デュラハン)っ!」


ジャックとディネリントを含む、人々の眼前で、人型の灰が地べたに座り込んでいる。

頭だろうか……?コロコロと丸い灰の塊が、地面へと転がり落ちている。


それは、あまりにも一瞬の出来事だった……火竜(レッドドラゴン)へと立ち向かった首無し騎士(デュラハン)が奴の発する(ブレス)によって焼き焦がされ、瞬く間にへと変わっていったのだ。

不死者(アンデッド)である首無し騎士(デュラハン)は、炎に極端に弱く………助かっていようもない。


眼前の獲物を屠った火竜(レッドドラゴン)は目線をこちらへと向けている。

言葉を交わさずとも、その場にいた全員が視線に含まれる意味を理解した。


”これがお前たちの辿る姿だ”


その瞬間、クリミアの兵士たちは脱兎のごとく逃げ始める。

自分達が守護すべき主君を置いて、我先にと走り去ろうというのだ。


「待ちなさい!!」


主君である聖女王の言葉など、最早誰の耳にも入らない。

この場に、”勇者”など一人もいなかったのだ。


「聖女王!!アンタもまず逃げるんだよ!!」


「ですが……皆をまとめるべき私が逃げ出すなど!!」


「そのまとめるべき”みんな”は先に逃げ出したぞ!!」


ジャックは聖女王の肩を支え、逃走の準備に入る。


「ディネリント!!早くこっち来い!!」


「………いや…これ、逃げられるはずがないでしょ。」


三人の視線の先、防風の吹き荒れるその先に……破壊の象徴(レッドドラゴン)がいた。

奴が灼熱の(ブレス)を吐きつけようというその刹那、巨大な防壁魔法が獄炎行き手を防いだ。


「………誰かが足止めしないとさ!!」


「ディネリント!!!」


魔法防壁を発動させているのは、言うまでもなくディネリントだ。

しかし、今までの魔力の消費が激しく、この防壁も長く持たないだろう………。

その場にいた誰もが、彼女が死ぬ気だということを理解していた。


「馬鹿か!?後追い自殺でもする気かよ!!?」


勿論そんな弾ではないことは理解している、彼女は森妖精(エルフ)だ………長命種故に今まで数多もの知人を見送ってきたことだろう………それゆえに、誰かが死んだところでヤケなど起こさないはずだ。

彼女の判断は酷く合理的である。

このまま三人で逃げに徹すれば、あの獄炎によって全員がお陀仏になるだろう。

しかし、ここでディネリントが犠牲になる決断を下せば、確実に二人が助かるのだ。

しかし、そんなこと……まだ若く、理不尽がなによりも嫌いなジャックには到底受け入れられることではなかった。


「貴方が世界からいなくなるのは何よりの損失です!!どうか!!一緒に!!!」


「ここで逃げ出したんじゃ!!あっちでトールに顔向けできないって言ってんの!!!」


聖女王の発言をディネリントは強い言葉で突っぱねる。

彼女には彼女の……譲れないものがあるのだ。


「いいから早く!!私の魔力が持つうちに行ってよ!!!!」


しびれを切らしたディネリントが怒声をあげる。

強大な防壁魔法を何度も何度も展開しているのだ、魔力の消費が著しいことなど、本人がよく理解している。


________そして、ついに………防壁にひびが入り始める。

終わりだ、ディネリントの防壁展開は無駄に終わり、三人まとめて灰に帰そうとする………そう理解した。


「………おい、なんだあれ。」


ジャックの声に導かれ、誰もが彼の目線を追う。

防壁の外側、火竜(レッドドラゴン)の吐く(ブレス)のすぐ下。

いつからだろう?いつの間にか、()()()()()()() ()()()()()()


「_____テ__ヤル_」


その灰の塊から何かが聞こえてくる。

怨嗟に満ちた、苦痛の声。


「___やって_ヤル」


やがて、その灰の塊に肉が着いていく

いや、そんなはずがない……そうであるならば、アレに首がついているはずがない。


「やりたいように___やってやる!!」

挿絵(By みてみん)

露わになったのは、硬化した灰の皮膚を持つ、首無し騎士(デュラハン)の姿だった。

彼女の躰からは、なんとも禍々しい黒炎があふれ出しており、さながら炎の鎧のように見える。

その手には、黒炎でできた剣が握られており、その剣はまっすぐと火竜(レッドドラゴン)へと向けられていた。


「イライザ……?」


「ディネリント……もう少しだけ耐えてくれ。」


首無し騎士(デュラハン)………イライザ・クロスライトは炎の剣を振りかざすと、火竜(レッドドラゴン)の首元へと駆け出していく。

普通ならばありえない………いや、不死者(アンデッド)があれほどの火力の(ブレス)を受けて、こうして立っていることもあり得るのだが、そうではない。

炎を司る相手に、炎の武器で挑むこと自体がありえないのだ。

普通に考えて抵抗(レジスト)される……しかし、イライザ・クロスライトは臆することなく、向かっていく。

火竜(レッドドラゴン)は向かってくるイライザ・クロスライトを気に留める様子もない。

それはそうだ……気にする必要がないのだ。

奴にとって大抵の炎など、空気でしかない。


そう____大抵の炎ならば。


イライザ・クロスライトの握った剣が火竜(レッドドラゴン)の前脚へと振り落とされる。

その剣は、火竜(レッドドラゴン)の深紅の鱗にふれると、堅牢な鱗にひびをいれ、皮膚を切り裂き、肉を裂き、()()()()()()()()()()()()


「グォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!!!!」


あまりに予想外の事態に、火竜(レッドドラゴン)の悲痛な方向があたりに響き渡る。

それだけで、地を揺らすほどだが、イライザ・クロスライトは臆することなく、踏み込み、右前脚を切断せんとする。

しかし、火竜(レッドドラゴン)はその剣を振り払うと、たまらず地面を離れ、飛行する。

羽ばたき一つが荒れ狂う暴風となり、あたりの瓦礫を次々と吹き飛ばしていく。

当然、イライザ・クロスライトにも瓦礫が飛んでいくが、彼女の半径5メートルほどに近付いた瓦礫から瞬時に溶解していく。


「………憤怒の…炎。」


その様子を見つめていたディネリントが、小さく呟く。


「…………わけ知り顔って感じだけど……」


彼女の発したつぶやきに、ジャックが恐る恐る質問する。

当然だ……いまディネリントは、今まで見たことがないほど険しい顔つきを射ているのだから。


「………忘れもしないよ……だってアレは…かつて魔王が駆使していた、七つの固有能力(ユニークスキル)の一つだもの。」


ディネリントの発言に、ジャックも……聖女王さえも目を見開く。

かつて、世界に垂らされた一滴の悪。

その強大なチカラで世界を支配せんとした、恐るべき悪意の象徴。


「あの炎は……使用者の怒りが増せば増すほど、威力を増していく………かつて魔王が勇者に傷をつけられた時なんか……魔王の居城すべてを一瞬にして溶解せしめた強大なチカラ……」


その威力は痛い程よくわかる。

今……まさに目の前で、火属性の頂点ともいえる存在を焼き切ったのだから。

溶解した地面の上に立つイライザ・クロスライトに、火竜(レッドドラゴン)は魔法を発動させる。

大空に浮かび上がった巨大な魔法陣を目撃し、ディネリントが驚愕の声をあげる。


「まさか……!!隕石(メテオ)!?」


ディネリントの叫びと同時に、魔法陣の彼方後方………天空の向こう側から、何かが迫ってくる。

その何かは次第に輝きを増していき、肥大していく。

いや、肥大していたのではない……()()()()()()()()のだ。

獄炎を纏った巨大な岩が、魔法陣を標準として、イライザ・クロスライトへと向かって落下していく。

あの竜は、イライザ・クロスライトごとこの辺り一面を焦土に変えようというのだ。


「まずいぞ!?どうにかなんないのか!!?」


「どうにかって!!魔力足らないし!!」


向かってくる隕石(メテオ)を確認すると、火竜(レッドドラゴン)はさらに空高く飛び上がろうとする。


「させるかよ!!テメェだけ無傷で済まさねぇから!!!」


その様子を目撃したジャックは、死霊術(ネクロマンシス)である《魂の束縛(ソウルバインド)》を唱え、発動させる。

一瞬、身体の自由を奪われた火竜(レッドドラゴン)は翼のコントロールも失い、そのまま地面へと自由落下していく。

地響きと共に、倒れた火竜(レッドドラゴン)は首をあげ、天空を見つめる。

隕石(メテオ)はすぐそばまで迫ってきていた。


「私の周囲をドーム型に防壁を貼って衝撃を殺すから!早く私につかまって!!!」


ディネリントの指示に従い、ジャックと聖女王はディネリントにしがみつく。

ディネリントは出来得る限り防壁を圧縮させ、自身らを囲む球体を作り上げる。

その刹那、クリミアの王宮は巨大な衝撃に襲われ、地鳴りを引き起こす。

轟音よりも……爆音という表現すらぬるく感じる音の衝撃、防壁越しでもチリチリと肌を焼く熱風、目を開ければ失明しているであろう光の暴力が三人を襲う。

全ての衝撃がおさまったころには、あたり一面が灰色の世界に変わっていた。


「お……王宮が………」


聖女王の向ける視線の先……あれほど白く、煌びやかだった王宮は灰色の瓦礫の山へと姿を変えていた。

あの王宮の中には勇者由来の貴重な品が幾つも安置されていた……これではいくつ無事か…わかったものではない。


「気を緩めないで……まだ終わったわけじゃないから…」


ディネリントの緊迫した声にジャックと聖女王は咄嗟に振り向く。

あの瓦礫の山が動いているのだ………瓦礫の隙間からは深紅の鱗が見える。

火竜(レッドドラゴン)は瓦礫の山を崩しながら頭をあげる。

あの衝撃の暴風の中、奴は何事もなかったかのように立ち上がったのだ。


「…………バケモンだろ」


ジャックの震える声が虚空に消える。

流石は太古に謳われた伝説の存在……対する者に等しく絶望を与える真なる竜………

火竜(レッドドラゴン)は焦土と化したクリミア王宮を見回すと、満足げに飛び立とうとする。

しかし………それを許さない存在がいた。

その一帯だけが……その一帯の瓦礫だけが、赤く染まっていく。

やがて瓦礫はドロドロに溶解し、中から一人の人物が姿を現したのだ。


「………首無し騎士(デュラハン)。」


火竜(レッドドラゴン)が破壊の化身ならば、今のイライザ・クロスライトは怨嗟の主だろう。

彼女は酷くも崩壊した王宮を確認すると、自身から噴き出す黒い炎をさらに燃え上がらせていく。


「この………恥れ者がぁ!!!」


イライザ・クロスライトは、怒号と共に黒炎の槍を生成し、火竜(レッドドラゴン)へと向けて投擲する。

その槍はぶれることなく、一直線に飛んでいくと、火竜(レッドドラゴン)の肩を貫通させ、片翼を切断する。

翼膜に黒い炎が瞬時に燃え広がり、火竜(レッドドラゴン)は巨体を地に堕とした。


「グォォォォォォォォォ!!」


悲鳴に似た咆哮をあげるが、先ほどまであった大地をゆる明日ほどの勢いがその咆哮には感じられない。

明らかに衰弱しているのが見て取れた。


「この地の者が……お前に何をしたというのだ!!!!」


火竜(レッドドラゴン)に近付いたイライザ・クロスライトが奴の眼に炎の剣を突き刺し、焼き焦がしていく。

火竜(レッドドラゴン)も抵抗し、イライザ・クロスライトを振り落とそうと、首を振るうが、それでも彼女は落ちる素振りを見せない。


「不条理ばかり押し付けて!!!何故その力を!!共存のために振るおうとしない!!!」


イライザ・クロスライトは怒りの丈を火竜(レッドドラゴン)にぶつけながら、火竜(レッドドラゴン)の身体をどんどん焼け焦がしていく。


「お前たちは!目に映るものをすべて破壊しようとする!!!!!!見るな!!貴様のように薄汚い肉塊が!!この世を見るな!!!!」


やがてイライザ・クロスライトの憤怒の獄炎は火竜(レッドドラゴン)の両目を焼き尽くすと、そのまま突き刺し、神経を焼き、脳を………焼いた。



築かれた瓦礫の山の上に、横たわる火竜(レッドドラゴン)の死骸。

死して尚、その存在感を示す竜の上に、イライザ・クロスライトは座っていた。

彼女の首は取れ、すっかり元の首無し騎士(デュラハン)の姿に戻っている………クリミア聖王国に着く前に剥がれてしまった頬の皮も、炎が消えた時には戻っていた。

彼女は自身の頭を抱えた状態で………体育座りをしている。

理由は単純で、何も着ていない素っ裸の状態だからだ。


「………首無し騎士(デュラハン)…なんだよな?」


火竜(レッドドラゴン)の死骸を登ってきたのか、ジャックが首無し騎士(デュラハン)の背後から布を羽織らせ、問いかける。


「………………そうだ……痴態を晒すしかできない不死者(アンデッド)首無し騎士(デュラハン)だ。」


首無し騎士(デュラハン)は羽織らされた布に顔をうずめると、包まってうずくまる。

相当まいっているようだ。


「……でも、アンタのおかげで最悪は防げたと思うよ。」


「………そうだろうか。」


ジャックはうずくまった首無し騎士(デュラハン)の横に腰掛け、励ましの言葉をかける。

これは、紛れもない……ジャックの本心だった。



「見ぃつけちゃった、見つけちゃったねぇ……」


ドネラル山脈の山頂、冷え固まった溶岩の上で、独り言ちる人物がいた。


「魔王様の因子……見つけちゃたねぇ………」


くるくると回りながら、ある一点……クリミア王宮のあった個所を注視している。

回りながら注視………といいうのは疑問が生ずる表現かもしれないが……何も難しい光景ではない。

身体はオルゴールの人形のように回転しているが、頭は回っていないのだ。

比喩表現ではない。

彼女の頭は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

まさしく異様な光景だ………それだけで、彼女が人間(ヒューマン)ではないことの証左となるだろう。


「でも……まさかその因子が、あの時の実験場の不死者(アンデッド)に生じるなんて……もっとちゃんと観察しとけばよかったねぇ……」


少女の様なその者は火口に近付くと、手をかざす。

すると、火口から数人の人間(ヒューマン)獣人(ビーストマン)の遺体が浮かんでくる。

もっとも、どれもドロドロに溶けており、どれが誰だか判別がつかない。


「《不死者生成(スポーンアンデッド)》」


少女の様な何かがそう唱えると、直ちにその死体たちは蠢き始め、うめき声をあげる。

どれも知性の欠片も感じない、下位の不死者(アンデッド)どもだ。


「うーん………だめだねぇ……強い怨嗟や怒りが関係ないのかねぇ………でも彼女はそうなったわけだしねぇ……」


少女の様な異形は悩まし気な声を発すると、その場から霧のように消えていく。

その場に、蠢く肉塊を残したまま………

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