商人の出処
中央教会に押し寄せた怪物の正体を探るべく、リリア・フォードリアス率いる聖騎士隊はクリス・ケラウスが怪物………怪物となる前の商人と動向を開始したと証言した《ファウストの町》に赴いていた。
「お待たせいたしました。こちら、依頼書の写し書きとなります。」
「ああ、ありがとう。」
冒険者ギルドの受付嬢から件の依頼書を見せてもらう。
依頼内容に特段おかしな点は見られない……至って普通のものだ。
これでは何の不信感も抱かぬまま、受注してしまうのも無理はない。
「ちなみに、この依頼はいつ頃から張り出されていたんでしょうか?」
「ええっと………記録によれば、受注される10日前からですね。」
「10日も!?そんなに足止めを食らっていたんじゃ、商人としては痛手なのでは!!?」
物流の要となる旅商人は各地に顧客を抱えている性質上、様々な街を転々と移動する必要がある。
各地から物を取り寄せ、運ぶため、その街では珍しくもない物を別の町で高値で売ることができるメリットがある一方で、あらかじめ契約を結んでる店舗に期日以内に商品をもっていかなければならないため、危険な道中も急いでいるとあらば、構わず進む危険性と隣り合わせになるというデメリットも存在する。
王都への道は往来も多く、定期的に聖騎士や兵士などが、巡回しているため、他の道より危険性はないが、絶対に安全とは言い切れない。
飛行する魔物などにはどうしても対処が後手に回ってしまう。
「………その10日間の間、その依頼人が他の冒険者に直接交渉しにいったりなどは?」
「いえ、私の記憶している限りなかったと思います。」
おかしい
それだけ待たされているのなら、一度くらいギルドに顔を見せてもいいはずだ。
何もこの冒険者ギルドだけではない……彼が所属していたであろう商業ギルドに傭兵の派遣をしてもらったって言い……。
にも関わらず、商業ギルドから傭兵をやとったりもせず、ましてや交渉が生業の商人が冒険者たちになんの接触も持たないのは不自然だ。
「………隊長、やっぱり商人を騙った何者かっていうのが有力なんじゃ……」
「いや、可能性は高いが結論を出すには早計だ……商人ギルドに聞き込みに行った奴らの報告を待とう。」
リリア・フォードリアスは他に何か気になった点、不審な出来事はなかったか、受付嬢に質問を投げかける。
「そういえば………」
「何かありましたか?」
「いえ、聖騎士様方がお調べになっていることとは関係ないかもしれないのですけど………数日前に他の商人さんが町近郊の空き家で殺害されたという事件がありまして……まだその事件が解決されていなかったような………」
受付嬢の話では、その事件を調査しているのは普段門兵をしているという兵士なのだという。
リリア・フォードリアスは早速その門兵の詰所へと足を運んだ。
・
「その事件……謎が多いんですよね。」
門兵の詰所に居たのは落ち着いた印象のある青年だった。
名前をドラ・トリモスというらしい。
「殺害現場の工作をしているものの、その偽装はすぐに見破れるほど稚拙で容疑者となっている『貧民街の少年』という人物像に合致している………にも関わらず、その少年はまるで霧のように姿を消している………まるで自分に疑いの目を向けさせている印象を受けます。………まぁ、単に殺害を依頼した人間は別に居て、用済みになったその少年を足がつかないように遺棄した可能性もありますが……」
ドラ・トリモスの証言を聞き、リリア・フォードリアスは考え込む。
確かに不思議な事件だ………しかし、自分たちが追っている事件とは無関係のようにも思える。
共通点と言ったら、殺されたのが怪物と同じ”商人”という一点のみ……。
「隊長!」
リリア・フォードリアスが思考していると、商業ギルドへと話を聞きに行った聖騎士が詰所に駆け込んできた。
「おお、勝手に移動してすまなかったな……商業ギルドの方はどうだった?」
「それが聞いてくださいよ!!例の商人、商業ギルドに登録してなかったんですよ!!」
「………それは本当か?」
「ええ!自分もギルド側が不祥事を隠したいがために言ってるものだと思って詰め寄ったんですが、本当に記録にない様子で……!」
嫌な方向で予想が的中してしまった……怪物は商人ですらない。
今聞き込みをしているこの事件との唯一の共通点すら、無くなってしまった。とんだ無駄足だ。
「すまない、時間を取らせてしまったな……失礼する。」
「いえ……これも仕事ですから。」
リリア・フォードリアスはドラ・トリモスに一礼し、詰所を出ようとする。
その時、一人の青年と鉢合わせになり、足を止めた。
活発そうな印象の……恰好からして門兵だ。
「わっと!すんません!!」
「いや、こちらこそ…不注意だった。」
リリア・フォードリアスとその青年は互いに謝罪すると、すれ違う。
背後からその青年が、ドラ・トリモスに話しかけているのが聞こえてきた。
「ああ、クルト…それでどうでした?」
「それがさぁ!聞いてくれよ!例の商人にあの獣人を紹介したの、何か別の商人らしいんだよ!!」
話の内容にリリア・フォードリアスは耳を傾けてしまう。
どうにも今まで追ってきていた人物が商人だと思っていたせいで、”商人”という単語に反応してしまうようになってしまった。
「へぇ……まぁ仲介者はいると思っていあmしたけど…アイツら、がめついし…。」
「そんでな!?その仲介料なんだけど!!金じゃなくて変な魔道具を貰ったらしくて!!」
「魔道具……?あの獣人達が現金以外で反応するのは珍しいですね。」
「だろ!?俺も不審に思ってよぉ!詳しく聞いてみたら、あの商人が昔にどっかの伯爵から買い取った杖らしいんだよ!禍々しい木の根っこみたいな形をしてて、『伯爵も呪いの道具だー!』って手放したがってたのを安値で買いたたいたものだって商人が言ってたのを他の獣人が目撃してる!!」
二人の話を聞いていたリリア・フォードリアスは踵を返し、二人の話に割って入る。
「それは!!どこから聞いたのだ!?」
「え!?ちょっと何!!?」
禍々しい木の根のような杖……それは間違いなくあの怪物が所持していた代物だ……。
思わぬ点で二つの事件がつながった。
「いいから!!答えてくれ!!」
「ええ…西地区にある貧民街にある獣人コミュニティで……」
「恩に着る!!!」
リリア・フォードリアスは大きく頭を下げると、今度こそ詰所をあとにする。
「………なんだったんだ?いったい………」
「なんでもいいですけど、これで僕らが抱えている事件も解決してくれるといいですね。」
・
聞き込みの結果、商人と取引をした獣人たちは貧民街や獣人コミュニティでも異質な存在だったということが分かった。
人間と獣人で構成された組織であり、この貧民街一帯を牛耳る勢いだったというのだ。
”だった”というのも、その組織はあの”商人殺し”の事件からすっかり消えてしまったという話で、実際拠点にしていたと思しき、空き家に踏み入ってみたが、人一人おらず、荒れ果てた部屋に何やら奇怪な図形が記されているのみだった。
しかし、その図形を目撃した聖騎士の誰もが、身構え、息をのんだ。
見開かれた目の奥に鎮座する星。
墜落する天使の翼に、図形の周りから這い出ようとするかのような6本の腕………
あの忌まわしき時代……魔族たちがこの紋様を掲げ、虐殺の限りを尽くし……狂気に飲まれた一部の人々も獣のように喚き、信仰していたという図形。
最終戦争の記録に残り、あの狂気の象徴として、聖騎士隊に知らしめられ、見つけ次第排除対象となっている呪われたグラフィティ…………
「邪神………信仰……。」
聖騎士の一人がの語から絞り出した声で呟く。
魔族たちが信仰し、善なる神々の創造物であるこちらの世界に侵攻してきた元凶。
悪なる神々……その象徴となる図形だ。
「………リトス司祭に……いや、リぺリシオン王城に伝えろ………これは由々しき事態だ………」
リリア・フォードリアスの震える声がことの重大さを暗に物語っている。
思えば立て続けに起きた上位不死者の出現も、この前触れだったのかもしれない……。
「また………あの時代が戻ってくる可能性がある……!」
緊迫した空気の中、聖騎士隊の誰もが、そのグラフィティから目を背けることができなかった。
・
ドネラル山脈を越えた首無し騎士一行はクリミア聖王国の国境で足止めを食らっていた。
理由は勿論………右頬の皮を失ってしまった首無し騎士が原因だ。
クリミア聖王国は勇者が降臨した地として勇者を使わした善なる神々に対し、強い信仰を持っている。
それは、周辺諸国でもトップクラスであり、当然、悪なる神々の創造したとされる不死者や、それを使役する死霊術師の形見は狭い。
魔物を使役する《魔物使い》も同じように忌避されている。
故に、こういったことも想定内ではあったのだが………
「まさか書状を持ってて、連絡も来ているはずなのにこんなに時間がかかるなんて………相変わらず頭の固い連中なんだから。」
ディネリントはわざとクリミア兵に聞こえる声で愚痴をこぼすが、当のクリミア兵は眉一つ動かさない。
微動だにせず、首無し騎士へと槍を向けている。
とうの首無し騎士と言えば、剣も頭もさしだして身体は槍の前で正座していた。
なんとも奇妙な光景である。
「ここまで従順になってる首無し騎士に対して警戒しすぎじゃないか?」
「まぁ……クリミア聖王国内だと不死者は駆逐されつくしてるし、新たに不死者が生まれないように死体の処理は徹底してるし………見たことのない不死者が単純に怖いってのもあるんじゃない?」
今度はクリミア兵に聞こえないようにジャックとディネリントが互いに話をしている。
流石にこの発言は相手の逆鱗に触れかねない。
奇妙な膠着状態の中、国境の向こうから一人のクリミア兵が歩み寄ってくる。
「確認が取れた、通ってよし!」
その男の号令と共に、兵たちが首無し騎士の身体を開放し、頭を返す。
………が、
「その不死者が武装することは禁ずる。国内にて剣を首無し騎士に少しでも触れさせた瞬間、極刑になるものと思え。」
そういうと、兵士たちは首無し騎士の持っていた剣をディネリントに渡す。
手渡されたディネリントは「おっも!」という声と共に、その剣を背負うのだった。
「召還魔法にて不死者を召還しても同様だ、不死者が魔法を行使したと判断しても、同様に極刑にする。」
「………ずいぶんと過敏じゃないか?」
「適法内だ。」
ジャックの発現に初めてクリミア兵が反応した。どうやら、ここは譲れないらしい。
「私のせいで迷惑をかけてしまって……申し訳ない………やはり、私はおいていった方がいいのではないだろうか?」
「ここまで来て何言ってのよ、さっさと行くよ!」
ディネリントに腕を引かれ、首無し騎士は国境を超える。
若干の後ろめたさを感じつつも、足を踏み出すしかなかったのだ。




