遭遇
(ここは………私が転がり落ちた個所か?)
木々の密集した地点に首無し騎士を抱えた毛むくじゃらの魔物が訪れる。
首無し騎士が転がり落ちてきた痕跡は雪によってすっかりなくなってしまったが、坂道を見上げた景色には見覚えがある。
この坂道を登れば、自分の身体があるはずだ。
(こんなところにこの魔物は何をしに来たのだろうか?)
意味もなくこんな場所を訪れたとは到底思えない、この周辺がこの魔物の採集ルートだから自分が見つかってしまったのか……それとも可食部を求めて、首無し騎士の胴体を捜しに来たのか……
(私の身体が無事に地面に埋まっていることを祈るべきか……それとも身体が幾分か外に出ているのを願って、攻勢に出るべきか………)
しかし依然として首無し騎士の身体はまるで拘束されているように動ける気配がない。
しっかりと地面に埋もれてしまっているように思える。
なんとかこの窮地を脱しようと、思考している間に首無し騎士の頭を担いだ魔物はあたりを散策し始める。
木々の様子を見たり、地面に降り積もった雪の様子を眺めているようだ。
首無し騎士にはさっぱり何をしているかわからないが、この魔物には降り積もった雪や、木の形状や傷など……そういった何かしらの違いが判るのだろうか?
そう考えていると、毛むくじゃらの魔物は坂道を登り始める。
しばらく昇っていくと、不自然に突き立てられた木の棒が見えてくる。
まるで、何かの目印として突き立てられたような木の棒だ。
魔物は迷うことなく、その棒へと一直線に向かっていく。
・
休憩所としていた洞穴から出てきたジャックとディネリントの視線の先、首無し騎士の身体を見つけた地点に何者かが動いている。
白い図体のせいで迷彩性能が高く、目を凝らさなければよく視認できない。
しかし、その何者かは二人にとって無視できないモノをぶら下げていた。
「あれ……首無し騎士だよな………?」
目の前の光景に戸惑っているのか、ジャックがディネリントに確認を取る………謎の存在は二人が捜している首無し騎士の頭を肩から背負っているのだ。
ディネリントも驚きを隠せないようで、無言でこくこくと頷くばかりだ。
しかし、二人が戸惑っている間も、その存在は首無し騎士の身体を見つけた地点を念入りに探っている。
一体何が目的なのだろうか……?
「あれ………やっぱり雪男よね?」
隣でディネリントがぼそりとつぶやく。
雪男……洞穴の中でディネリントが語っていた古代種のことだ。なるほど……実際に目にしてみると、行動の異質さが際立つ。
「結局何が目的なんだよ、頭だけ持って帰ったら可食部がなくて胴体を捜しに来たとか?」
首無し騎士の頭をよく見れば右頬の皮が剥がれて肉や歯茎が露出してしまっている。
「ああ……実は雪男って人間を襲ったことないのよ。巣穴に連れ帰ってやってた拷問っていうのも、本人的には介抱していたんだと今となってはそう思うのよね。」
ディネリントの言い方にジャックは違和感を覚える。
本人などという言葉は、普通人間や亜人種にしか使わない。
ジャックが思考を身具らせている間にディネリントがおもむろに雪男へと近づいていく。
「お…おい!」
あわててジャックはディネリントを呼び止めるが、時は既に遅く、例の雪男はデイネリントを視界にとらえている。
雪男に背負われている首無し騎士は何が起きているのかわかっていない様子だ。
雪男は近付いてくるディネリントをじっと見つめ続けているが、なにか行動を起こそうとする様子はない。
「やぁ、その子私たちの仲間なんだよね。助けてくれてありがとう。」
笑顔を作りながら、ディネリントは明るい口調で雪男に語りかける。
「そ……その声はディネリントか!?」
声に反応して、首無し騎士も声をあげる。
安心したような様子の声ではあるが、どこかよそよそしくもある。
まるで見つかることなど考えてもいなかったかのような…そんな声色。
「オバエ………コレ……ナカマ………?」
「そう、仲間、仲間。」
ジャックは予想外の出来事に、驚きを隠せないでいた。
普通、魔物は言葉を持たない。
それは知能の高い魔物とされている悪童鬼だってそうだ……奴らのコミュニケーションは鳴き声によって構成されている。
上位不死者や魔族といった例外はあれど、奴らは魔物を使役するという点で魔物に分類されている。
ならば、あの雪男は魔族なのか?
いや……ディネリントを襲わなかった時点でその結論は否定された。
その点を考慮したうえで、導き出される結論は一つ………。
「………つまり…あの雪男ってのも、亜人種っていうわけか…」
かつて言語体系が異なり、見た目の異質さから魔物だとされてきた蜥蜴人………それと似たようなことがはるか昔にも起こっていたのだ。
蜥蜴人を亜人だとする考えが広まったのも、近代のこと……彼ら雪男はそういった認識の改めが行われる前に絶滅してしまったのだろう。
…………いや、絶滅したと思われていた。
「さすが!やっぱり君ってば賢いよ、ジャック!」
ディネリントが首無し騎士の頭を受け取りながら、ジャックを褒める。
スラム育ちでまともな教育など受けてこなかった自分に賢いなどと……皮肉でしかない。
「あちゃー……結構ベロンと剥がれちゃってるねぇ……」
「……………すまない……いろいろと迷惑をかけた…。」
戻ってきた首無し騎士と言えば、やはり妙によそよそしい……思えば、首無し騎士が遭難したのも、自分からいきなりあの猛吹雪の中、飛び出していったのが原因だ。
何かに怯えた様子であったが、結局何に怯えたのかわからず仕舞いだった。
「ありがとう雪男、これささやかだけど。」
そういってディネリントは懐から干し肉を取り出し、雪男に手渡す。
いったいいつの間にちょろまかしていたのか……絶対つまみ食いするつもりだっただろ。
干し肉を受け取った雪男は満面の笑みを浮かべて雪原の中に消えていく。
彼はこのままこの山脈の中、一人で過ごしていくのだろうか……?なんだかやるせない気もする。
「さて、また吹雪いてくる前にこの山脈を越えちゃおう!」
ディネリントの一声によって、また馬車のおいてある洞穴へと戻っていった。
・
「うう……跡がついてる……」
首無し騎士は自身の身体を見回しながら、独り言ちる。
先ほどまで、彼女の身体が変にうごいて怪我をしないように、簀巻きにされていたのだ。
おかげで、身体のあちこちに縛った後がくっきりと残っていた。
「その右頬よりかマシだろ。」
辛辣な一言が言葉のナイフとなって首無し騎士を突き刺す。
彼らには本当に迷惑をかけた……すべては首無し騎士の自業自得であり、こういわれるのも仕方がない。
「………なぁ…ジャック……」
「なんだよ?」
「………ぁ……………………なんでもない…。」
「はぁ?………なら早く馬出してくれよ。もうこっちは準備終わるぜ?」
馬車の中へと入りこむジャックの後ろ姿をただ見つめながら、首無し騎士は立ち尽くす。
もしかしたら、私はお前たちを襲ってしまうかもしれない。
そんなことを言えるわけがなかったのだ。
首無し騎士にとって、あまりにもハードルが高すぎる。
(………クリミア聖王国は勇者誕生の地だけあって宗教色の強い国だ……そこで今度こそ…私のことを焼いてもらおう………。)
一人胸中だけで、そう決意をした首無し騎士は馬車の御車台に近付くと、首無し馬を召還する。
馬と馬車をつなぎ、首無し戦車となった自身の召還物に首無し騎士は乗り込んだ。
「さて……ここからは下り坂になってくるからな……酔いには注意してくれよ。」
首無し騎士は御者台から頭をのぞかせると、荷台にのっているジャックとディネリントに忠告をする。
登坂と違って、下り坂は揺れが大きくなる……揺れが大きくなれば、その分当然酔いやすいというわけだ。
荷台の二人が頷いたのを確認すると、首無し戦車を出発させた。
・
場所は変わり、リペリシオン王国王都近郊。
中央教会での取り調べとのような情報聞き込みから解放されたクリス・ケラウス一行は出発の日取りを1日ずらし、王都を後にしていた。
「………なぁんか最近、妙な出来事に巻き込まれるよなぁ……」
「………どうしたんだよ、急にさ。」
ロザン・リクレイの呟きにトト・ルトラが反応を示す。
「いや、ほらさぁ……ジャックの件の前に依頼くれてた商人は俺らに依頼頼もうと接触してきた後に殺されただろ?今回の商人だって、王都まで俺らが護衛してた奴がテロリストとして聖騎士達に調べられてるし………商人絡みで事件が続きすぎだよなぁ。」
「言われてみれば……確かに……」
ロザン・リクレイの発言を受けて、クリス・ケラウスは考え込んでしまう。
自分たちのパーティがどうこうと言うことではない。
「それは自惚れが過ぎるよ……僕らのパーティがそう言ったことに2回も遭遇するほど、多くの商人が何かに関わっているってことじゃないの?僕らはそのうちの一部に関わられてしまったというだけで……」
トト・ルトラの言葉にクリス・ケラウスも同意する。
自分たちのような規模の小さいパーティが遭遇した例など微々たるものだろう。
それこそ、冒険者ギルドなどで聞き込みをすれば、かなりのパーティが似たようなことに遭遇しているのではないだろうか?
「…………まぁ、どっちにしろ……人同士の変な争いには極力巻き込まれたくはないよね……。」
クリス・ケラウスはそうしみじみと語ると、足早に歩き始める。
人同士のそう言った策謀が嫌で家を出たのだから、自由を手に入れてまでそんなものに付き合うつもりはない。
「確かに……魔物相手の方がシンプルでいいわな。」
ロザン・リクレイもクリス・ケラウスに続き、同意する。
そう、善悪がはっきりしている魔物相手の方が簡潔でわかりやすいのだ。
「………じゃあ、そろそろジャックとちゃんと話をしようよ。」
「それとこれとは話が別だ。」
クリス・ケラウスの提案をロザン・リクレイはすぐさま却下する。
もうここまでくると、クリス・ケラウスにはロザン・リクレイがただ意地を張っているようにしか見えないのだが……
「でもさ、もしジャックにも何か事情があるんだとしたらさ……」
「パーティの活動資金ちょろまかす事情って何だよ。」
取りつく島もないとはまさにこのことで、ジャックの話題を出した途端、ロザン・リクレイはまともに話をしてくれなくなる。
活動を共にしてきたからこそ、ショックが大きかったのはわかる。
しかし、共に活動してきたからこそ、言い訳でも弁明でも、話はしっかりした方がいいのではないだろうか?
しかし、そう言った話をすることができないまま、ロザン・リクレイは二人を置いて、歩く速度を早めていく。
「………クリスもさ、もう終わったことだし……それ話題に出すのやめようよ。」
「…………はぁ」
二人は速度を早めたロザン・リクレイに駆け足で追いついていく。
また何処かでばったり遭遇しないだろうか………そうすれば、今度こそ話し合いの場を用意して見せる。
クリス・ケラウスは胸中でそう決心するのだった。




