毛むくじゃらの男
リぺリシオン王国王都に聳える中央教会。
その中の接待室と言われる部屋に、クリス・ケラウス率いる冒険者パーティが待機させられていた。
「すごい……豪華な部屋だよねぇ。」
「ああ……俺らじゃ一生縁遠いものだと思ってたぜ……。」
トト・ルトラとロザン・リクレイが部屋中を見回しながら、感嘆の声をあげている。
扉の前でこちらを監視している聖騎士の視線が痛い。
「いいから……少しおとなしくしててって…」
クリス・ケラウスは少し赤面しながら二人に注意する。
こういう時にジャックはおとなしかったなとしみじみ思う。
しばらく部屋で待機していると、扉が開かれる。
「すまない、待たせてしまったな。」
「フォードリアスさん!!」
待ちわびていた人物の表情に、一気顔がに明るくなる。
それはトト・ルトラやロザン・リクレイの表情も同じだ、部屋を見回したりして気にしてないように見せていたが、なんやかんや言って不安だったんだろう。
「急に呼び立てるような形になってしまってすまなかったな……まさかあの怪物に関与しているのがあの遠征に同行していた冒険者だったとは………」
「いや!そのことなんですけど!!俺たちほんとに身に覚えがなくて!!」
リリア・フォードリアスの口から発せられた言葉にロザン・リクレイが慌てて反論する。
この人に関与を疑われてしまえば、聖騎士隊内で擁護してもらえる人物がいなくなってしまう。
「落ちついてくれ」
「落ち着いていられないですよ!!」
トト・ルトラも同じように冷静さを欠いてしまっている。
このままではテロを起こした大罪人にされかねないのだから当然だろう。
「わかっている、連れてこられた時も云われたと思うが、何も期みたちが犯人と深くかかわっているとは思っていない………だが、”利用されたこと”は事実なんだ。」
「どういうことですか?」
本当に連行されたわけではなかったらしい……ならば、関与している……利用されたといいうのはどういうことなのだろう?
「これをみてはもらえないだろうか?」
リリア・フォードリアスから渡された資料に目を通す。
それは、”写真”と言われる代物だった、転写術式というものを施した人工の魔道具を使用して、紙に目の前の光景を映し出した代物………300年前、勇者が提唱した技術らしい。
その写真に写っていたのは、どこかの倉庫内の風景だった。
「この馬車に見覚えはないか?」
「馬車に見覚えないかっつてもなぁ………」
隣で困った表情を浮かべたロザン・リクレイが口をへの字に曲げながら必死に考え込んでいる。
馬車など、たいして違いがないうえに町中どこででも見受けられる。
正直、印象に残らない…………。
「そうか……じゃあこれはどうだろう?」
リリア・フォードリアスが次に提示したのは、どこかの場末の倉庫だった。
「あれ……?この倉庫………」
同じく隣で見ていたトト・ルトラが首を傾げて写真をのぞき込む。
どうやら記憶に引っ掛かるところがあったようだ。
「ここって……ほら、あそこですよ!王都までの護衛依頼で、商人を送り届けた場所!!」
「あーー!あそこか!!確かに言われてみれば!!!」
トト・ルトラの証言にロザン・リクレイも合点が言ったようにフィンガースナップを利かせる。
あの時は日が暮れ始めていたこともあり、雰囲気が異なるが、言われてみれば確かにあの倉庫のように思える。
「その倉庫はあの怪物……いや、調べによれば”呪われた魔道具を使用した人間”が拠点にしていたと判明した地点だ………君たちのその反応を見るに、その商人が犯人の身元だろう……。」
自分達の反応をみたリラ・フォードリアスが合点が言ったように頷く。
”関与している”というのはこういうことだったのか。
「それで……君たちはその依頼をどこで受けた?」
「何処って…確か《リデオン森林》近郊の町から行った先の……」
「初心者冒険者を多く輩出することから《初めの街》って言われている、《ファウストの町》です。」
リリア・フォードリアスの質問にクリス・ケラウスが簡潔に答える。
あの街では知り合いが死亡したのもあり、よく覚えている。
「そうか……あの街…わかった、ご協力に感謝するよ。」
そういうと、リリア・フォードリアスは立ち上がり、他の聖騎士に扉を開けるように指示を出す。
「少ないが、捜査協力に恩賞もだそう。君たちの時間を頂戴して悪かったな。」
リリア・フォードリアスはそそくさと退出する。
「…………忙しそうだね。」
「……そうだな。」
・
「……………身体が動いてる感覚がなくなったな。」
首無し騎士の声が降り積もった雪の中でくぐもる。
何時間か前に両足が拘束されたみたいに動かなくなった感覚がしたが、今はろくに手足を動かせない。
身体がしっかり地面の中に埋もれたからだろうか?
「これでいい……あとはこのまま私が雪の中に埋もれてしまえば……」
残念ながら首もない頭だけの状態では自分で埋もれていくことなどできない。
吹雪によって運ばれてくる積雪に期待するしかない。
それに……ここまで陥って、こんなことを思うのは恥ずかしい話だが”永劫の苦しみ”よりも”永劫の暇”の方がよっぽどいい。
なんともあさましい精神だ。
__________そんなことを考えていると、何か振動を感じる。
「地面が………震えている?」
いや、雪から何か振動が伝わってくる……。
ぎゅむ…ぎゅむ………という音だ………。
(これは……雪を踏む音か?)
雪玉を力任せに押しつぶしているときのような音だ。
もしかすると、ジャックやディネリントが自分のことを捜しに来たのだろうか?
(まずいな……ここで二人に見つかるわけにはいかない……もしかすると次に会った時には………)
二人を襲ってしまうかもしれないのだ。
首だけになった不死者に何ができるものかと思うかもしれないが、油断してはいけない。
首だけの状態で、兵士を食い殺してしまう動死体の話には暇がない。
ここは息を殺して、足音が過ぎ去るのを待つほかない。
………………しかし、無慈悲なことに足音はどんどん近付いてくる。
(まっすぐ近づいてくる……!?まさか……バレて……!!)
慌てたところで、首無し騎士は文字通り手も足も出ない。
みるみるうちに雪を踏み固めるぎゅむぎゅむという音は近付いてきており、まとめていた後ろ髪を乱暴につかまれる。
「………!!待て!ジャック!!私は________」
目を疑った。
眼前に現れたのは毛むくじゃら男だ。
………いや、男かも怪しい獣だ………獣なのだろうか?魔物に近しいのかもしれない。
少なくとも、300年前にはこんなやつを見たことがなかった。
「………マダ……イギデル。」
「…………………へ?」
数秒の沈黙の後、首無し騎士はまるで革袋を背負うように背中から担がれる。
勢いよく背中に回されたせいで、頭皮からブチブチという嫌な音が聞こえてきた。
「お………おい!!離せ!!私をどうする気だ!!!」
せめてもの抵抗と言わんばかりに首無し騎士は大きな声で抗議する。
しかし無慈悲かな、首無し騎士の頭は力なくプラーンプランとぶら下がり、全く脅威にならない。
こうして毛むくじゃらの男と、首無し騎士の頭は吹雪の中へと消えていった。
・
降り注ぐ雪と体温を急速に奪っていくこの吹雪が煩わしい。
チリチリと火の粉を飛ばす焚火の減りが、否応なく時間の経過を感じさせる。
このまま手をこまねいている間にもこの止む気配のない吹雪と積雪で首無し騎士の頭の捜索難易度はどんどん上がって行く。
「そんなにソワソワしても、吹雪は止んでくれないよぉ~」
持ち帰った首無し騎士の身体を拘束していたディネリントがのんきな口調で語り掛けてくる。
仲間が遭難似合っているというのに、こいつはのんき過ぎやしないだろうか?
「………首無し騎士の身体の方はどうなったんだよ。」
「ああ、簀巻きにした途端急におとなしくなったから洞穴の奥に安置してきたよ。」
ディネリントが指さす向こうにはなんとも情けない恰好で放置されている首無し騎士のい身体がある。
まるで魔物の巨大芋虫のようだ。
「………アンタ、アイツの旧友だろ?なんかこう……扱いが雑じゃないか?」
「イライザだからこそだよ、彼女は自分のせいで誰かが傷つくのを極端に嫌うからねぇ……普通の騎士じゃなく、主に魔物を相手取る聖騎士になったのもそこが大きい。」
ディネリントは落ち着いた様子でそう語ると、焚火の前に座り、コップに雪を淹れてお湯を作る。
コーヒー豆の粉を固めたものをその中に放り込むとまた焚火に当てて温め、溶かして飲み、一息ついた。
「イライザの身体が変に動いて、間違っても人を傷つけないためにも、簀巻きにするのは必要なことだったよ。」
「そうだとしてもさぁ……」
ジャックが足の爪先を上下に動かして外を眺めていると、ディネリントがコーヒーを差し出してくる。
「ジャック、イライザはキミなんかよりも数多くの修羅場を乗り越えてきている。少し雪山で一人になったところで、彼女なら生き延びられるさ。」
確かにそうだ。
あの首無し騎士は300年前の勇者の時代……最終戦争の時代を生きた人物だ。
この時代に生まれたひよっこのジャックが気を揉むのなどお門違いだろう………。
しかし…………
「…………300年前は首と胴体がつながってただろ。」
「…………それは…違いないけどさ。」
そう、いまの首無し騎士は頭だけの状態だ。
そのような状態で不測の事態に陥ってしまっても、対処のしようがない。
どうにか、変なことに巻き込まれていないことを願うばかりだ……………………。
「はぁ………こんなとき、あの古代種がいればよかったんだけどねぇ…ジャックは知ってる?古代種。」
不意にため息を交えて、ディネリントが問いかけてくる。
馬鹿にしないで欲しい……ジャックの育ちが悪いからと言って馬鹿にしているんだろうか?
「馬鹿にしないでくれ、背中に島を背負った首長の竜とか……それこそ、このドネラル山脈を寝返りで作ったっていう火竜だって古代種だろ?」
「あれは……古代種っていうよりほぼお伽話に近いけどね、そもそもこの山脈はアレに作られたんじゃないし……たまたまアレの生息地がこの近辺だったってだけ………って今はそんなことどうでもいいや。」
ディネリントは外れてあらぬ方向に行きそうだった話の軸をもとに戻す。
「まぁでも、背中に島を背負った首長の竜……《島竜》に関してはその通り……今は絶滅した古代の魔物だね……実はこの山脈にも、かつて古代種が生息してたんだよ。」
思わぬ発言にジャックは口に含んでいたコーヒーでむせこみ、胸を叩く。
「ははは!!そうそう!そんな感じで威嚇してたりしたっけ!!」
ジャックの様子にディネリントは上手い上手いと、指をさして面白げに笑う。
何かの物まねをした覚えはないが、結果としてその古代種に似ていたらしい。
「このドネラル山脈山頂付近……雪の降り積もる地帯にしか生息しなかった魔物……その個体数の少なさ故に瞬く間に絶滅した雪山の住人、雪男。」
・
「だから!!私は飲食はできないんd」
首無し騎士の口の中に血の滴る肉が突っ込まれていく。
ぬめりとした舌ざわり、鼻孔から抜ける血生臭さが襲ってくる。
生前の名残である生理現象によって反射的に口から押し出そうとするが、目の前の魔物は力任せに喉の奥へと生肉を押し込めてくる。
そして、その生肉は首無し騎士の喉を通り抜け、無残にも地べたに落とされた。
「だから!!言ってるだろう!!?私は飲食ができないのだ!!!」
目の前の毛むくじゃらの男は地面に落とされた生肉を拾い、首無し騎士の眼前に持ってくる。
いったいこれで何回目だろうか………何度も口と喉を出入りしているせいで、生肉はすでに肉塊に成り果てている。
(こいつは一体何が目的なんだ……)
この洞穴はこの魔物の巣穴のようで、ジャック達が休憩している洞穴と違って生活感のある汚れがいたるところに散らばっている。
血のような跡も見受けられるが、ここに連れてこられた時は取って食われるかと危惧していたが、そういうわけでもなく……意味の分からない拷問を繰り返されている。
そしてまた……拾い上げた生肉をまた首無し騎士に押し込み始めたのだ。
・
「それで、なんで魔物がいればよかったって話になるんだよ。」
先ほどのディネリントの発現にジャックが疑問を呈する。
一種類とはいえ、魔物が絶滅したという話ならいいことのように思うのだが、ディネリントは”こんな時に居ればいいのにな”と発言していた。
「ああ……その魔物がね、ちょっと特殊だったんだよ。」
「特殊って?」
「遭難した人を巣に持ち帰ってたんだ。」
魔物や動物の中には獲物を巣穴に持ち帰るものも存在する。
なにも特殊なことではないように思えるが………
「なにが特殊なんだ?そんなのいくらでもある話だろ。」
「ここまではね?でも、雪男が特殊たる所以はその後の行動によるんだよね。」
「巣穴に持ち帰った後の行動?」
「そう、なんでも巣穴に連れて行かれた人の証言だと……もれなく妙な拷問にあったっていうだ……自分たちを玩具にしていると感じたそうだよ。」
捕まえた人間を玩具の代わりにして弄ぶという魔物……その話が本当なら、相当知能が高いことになる。
「…………待てよ?それで、なんでその拷問にあった人の証言があるんだよ?魔物の巣に連れ込まれた人の生存率なんて極端に低いだろ?」
「いや?雪男の巣に連れ込まれた人々は漏れなく生存して帰還しているわよ?」
ジャックの脳内に疑問が生まれる。
獲物を被虐的にいたぶるような知能の高い行動を鑑みるに、悪童鬼のような魔物だと予想していた。
しかし、悪童鬼のような被虐性の高い魔物につかまれば、まず生存は見込めない。
そこらの魔物に襲われた人間の死体よりも数倍無残な遺体を覚悟しなければならない。
女性など、極稀に生存した人間がいることもあるが、それでも心身の損傷は尋常ではない……ちゃんとした証言ができるほど精神が壊れていない人などいないのだ。
「ありえない………。」
様々な事態を想定してみたが、どう考えても矛盾が生じてしまう。
それこそ逸話や根拠のない噂だといわれないと納得できない。
「それはね………」
ディネリントが話始めると先ほどまでうるさいほどに鳴り響いていた風音が弱くなっていく。
視線を馬車の裏に移すと、吹雪が弱まっているのを目に見えて実感する。
「まぁ……話はイライザを見つけてから、ゆっくり話しましょうか。」
吹雪が弱まっていくのを確認したディネリントが腰を上げる。
それにはジャックも同意で、一刻も早く首無し騎士を捜しだしてやりたかった。
その瞬間、簀巻きにされた首無し騎士の身体がビクリと跳ね上がる。
「なんだ!?」
先ほどまでも何やらもぞもぞと動いてはいたが、ここまで強烈に蠢くことはなかった。
「………もしかして…イライザの頭になにかあったのかも?」
ディネリントの言葉に不安を覚えたジャックは急いで洞穴を飛び出す。
「ちょっと!?ジャック!!」
ディネリントの静止の声も空しく、ジャックは全速力で、首無し騎士の身体を見つけた時点へと駆け出して行った。
・
首無し騎士の頭は魔物の巣穴に放置されていた。
それも、獣の毛皮を乱雑に散りばめられたような場所にだ………鼻孔を鋭い獣臭さと生臭さが襲ってくる。
「……………本当に……何がしたいんだあいつは……」
当の毛むくじゃらの男は首無し騎士を放置して、どこかに行ってしまった。
本来なら、この隙に逃げ出したいところなのだが、生憎今の首無し騎士には頭しかない。
コロコロ転がっていければいいのだが、遠心力を駆けれるほど首も長くないのだ。
疲労しないはずの首無し騎士の表情には疲労感が滲み出ている。
生前がよく元気な子供が人形をぞんざいに扱って遊んでいたが、こんな気持ちだったのだろうか?
そうこうしている間に魔物が巣穴に戻ってきた。
迷いなく首無し騎士に近付いてくると、ここに連れてきた時と同じようにぞんざいに持ち上げた。
「何をする気だ!?」
言葉が通じないのはわかり切っているのだが、今現在首無し騎士にできる反抗など、言葉による抗議しかなく、声を荒らげるほかない。
魔物は首無し騎士の頭を担ぎ、洞穴を出る。
陽光に照らされた氷雪が銀色に輝き、首無し騎士の眼を刺激する。
あれだけ猛烈に降り注いでいた吹雪がいつの間にか収まっていたようだ。
(こいつ……私を連れてどこに行く気だ……?)
首無し騎士の心配をよそに魔物はどんどんと進んでいく。
晴天となった空とは裏腹に、首無し騎士の心境は沈んでいくのだった。




