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登山

「いやぁ、ほんとに助かりましたよ!」


ホロウ村へ戻ったジャック達は村人たちからの歓待を受ける。

情報収集の際にだいぶ村民たちと打ち解けていたようで、首無し騎士(デュラハン)には衝撃的な光景であった………が、やはり村民たちの首無し騎士(デュラハン)をみる眼差しには恐怖がにじみ出ている。

仕方がない、情報収集の際に首無し騎士(デュラハン)はいなかったし、そもそもこの村で問題を起こしていた不死者(アンデッド)と酷似しているのだ。石を投げられないだけありがたく思おう。


「当初の約束通り、一晩休憩させてもらいたいのと……できれば日持ちするような食材を分けてもらいたいんだけど…」


「どうぞ!どうぞ!!明日の朝には準備いたしますので、今日はゆっくりとなさってください!!」


村長らしき男性が、ディネリントと満面の笑みで話をしている。

首無し騎士(デュラハン)が村の外で待機している間にそんな交渉までしていたようだ。


「越冬も近いであろう人々にそんな物資を巻き上げるようなことを言ったのか!?」


「あのなぁ……無償で不死者(アンデッド)狩をしてやるって話よりも、ソレと引き換えに見返りを要求した方が、人々の心的負担は少ないだろうが 」


首無し騎士(デュラハン)は小声でジャックに訴えかけるが、呆れた様子で言い返されてしまう。

聖騎士隊に所属していた時はそんなことを気にしたことなどなかったが、確かに冒険者を名乗る怪しい一行に借りを作るのは、あとで何を要求されるか分かったものではないかもしれない。

そうなると、こうして取引の形にすることで手打ちにすることの方が、後腐れはないのかもしれない。


「そうだな……私が浅はかだった。」


これは素直に反省だ。



《リぺリシオン王国》王都、冒険者ギルド

その冒険者ギルドと運営を提携している宿屋、《眠れる鷹獅子(グリフォン)

冒険者ギルドと宿屋が提携しているといいうのは珍しく、《リぺリシオン王国》全体を見回してみてもこの《眠れる鷹獅子(グリフォン)》しか見受けれられない。

その特性上宿泊客には冒険者が多く、長期宿泊の滞在を想定した宿泊客は少ない。

この《眠れる鷹獅子(グリフォン)》の玄関で聖騎士たちに行く手を阻まれているクリス・ケラウス率いる冒険者パーティもその数多くいる宿泊客たちの一人だった。


「あの……えっと……」


目の前に立ちはばかる”壁”と言っても過言ではない聖騎士たちに委縮し、弱弱しい声しか出せないクリス・ケラウス。

額からは一筋の汗が流れ落ちていた。


「お……おい…なんなんだよ……アンタら……!」


パーティメンバーであるロザン・リクレイが庇うようにクリス・ケラウスの目に出る。


「先日、中央教会急襲事件のことで皆さんには聞きたいことがあります。」


「中央教会襲撃事件って……たしか、変な怪物が教会を襲撃したっていう……」


先頭にいる聖騎士の男性が言及した事件を思い起こすようにトト・ルトラが口を開く。

なんでも強大な力を持った怪物が中央教会を襲撃したと、王都内ではちょっとした騒ぎになっていた。

幸い、吸血鬼(ヴァンパイア)を討伐に向かっていた聖騎士隊がちょうど中央教会に帰省していたことで、街に被害を出すことなく収めたという話だ。


「そうだ、その襲撃者の王都侵入ルートを探っていたところ、あなた達が関与していたことが判明しました。」


「はぁ!?そんなバカな!!?俺たちの知り合いにそんな怪物いねぇぞ!!?」


聖騎士隊の口から発せられた衝撃的な言葉に声を荒らげるロザン・リクレイ。

無論、面食らったのはロザン・リクレイだけではない……クリス・ケラウスとトト・ルトラも同様に驚愕の表情を浮かべている。


「その点も含めて、お話を聞かせていただきたい。何もあなた達を疑っているわけではないのです。」


「どうか、情報の提供をお願いします。」


聖騎士隊員たちが丁寧にクリス・ケラウスたちに応対している。

確かに、今すぐどうこうしようというわけではなさそうだ。


「………まぁ…そういう事でしたら…」


「おい!いいのかよ!?」


「ここで変に拒否しても変な疑いを深めるだけだよぉ!」


相変わらず声を荒らげているロザン・リクレイをトト・ルトラが諫めている。

彼の言う通り、このままにしてしまっても云われない疑いをかけられ続けるのだ。

それではパーティの信頼度が下がってしまう……下がった信頼はなかなか回復しないし、任せてもらえる依頼(クエスト)も減少する………。

”クリス・ケラウスのパーティは中央教会襲撃事件に関わっている”という変な噂が流れないうちに潔白を証明する必要がある。

そういう”冒険者側の事情”を把握しているからこそ、こんな”宿屋の出入り口”というあまりにも目立つ往来で待ち構えていたのだろう。


「ご協力感謝します。」


聖騎士隊の隊員がうやうやしく礼をする。

大丈夫だ……もし強引なやり口をされそうになっても、こちらには聖騎士の知り合いがいる……隊長格の人だって……

頭ではそう思っていても、心中の不安を拭うことは簡単にはできない。

クリス・ケラウスを含む三人は緊張した面持ちのまま聖騎士隊に連れて行かれるのだった。



轟々と吹雪く雪山を、荷馬車を引いた首のない馬が進んでいく。


「なぁ!ほんとにこの道であってんのかよ!!」


荷馬車にかかっている幕の中からジャックが顔を出す。

鼻からは鼻水が垂れており、何とも寒そうだ。


「そのはずなんだがな……」


御車台の乗っている首無し騎士(デュラハン)が吹雪の中、目を凝らしながら返答をする。

クリミア聖王国は300年前から存在している国だ……一国そのものが移動するなんてことはあり得ないし、道は依然と変わらないはず。

ただ、300年前はこんなに積雪が酷かっただろうか?


「道があってるのは私も保証するけどぉ……確かにこの吹雪は異常かもねぇ。」


馬車の中からディネリントが震える声で語り掛けてくる。

見れば身体もガクガクと酷く震わせている。

ジャックもディネリントも、ホロウ村の方から防寒具を譲り受けていたがそれでも寒いようだ。

不死者(アンデッド)である首無し騎士(デュラハン)にはその寒さがわからない。この吹雪だから視覚情報で寒いのだろうということはわかるのだが………


「………少し休憩を挟むか、ちょうど向こうに洞穴が見える。あそこで焚火を起こして、吹雪が静まるのを待とう。」


二人の様子を鑑みた首無し騎士(デュラハン)首無し馬(コシュタ・バワー)の行き先を変更する。

いや、馬車を取り付けてもらったことで首無し戦車(コシュタ・ガン・ケン)と存在を変えたようだった。

洞穴に入った一行は入り口を荷馬車で塞ぎ、首無し馬(コシュタ・バワー)のみを召還終了する。

荷馬車から飛び降りた二人は馬車から取り出した薪に魔法で着火させる。


「はぁ~……もう見た目だけであったかぁ~い………」


ディネリントとジャックの二人は燃える焚火に手を当てながら、大きく息を吐く。

炎が苦手な首無し騎士(デュラハン)は少し離れるために、洞窟の奥まったほうへと歩いていた。


「それにしても……洞穴にしては広い………」


荷馬車が洞穴の中に納まるほどに拾いを洞穴を観察していく。

もし、この洞穴が熊や魔物の巣穴だったら一大事だ。


「本来なら薪を起こしたり、首無し馬(コシュタ・バワー)をしまったりする前に確認することなのだろうけどな………」


とはいえ、先ほどは早く暖を取らないと、二入とも低体温症になりかねなかったので仕方がない。

こういうことは氷耐性のある不死者(じぶん)が務めるべきだろう。


「野生動物の痕跡や魔物の痕跡もなし……しばらく休む分には大丈夫そうだな。」


洞穴の最奥まで来たが、異常はなし。

広さはあるが、深さはない洞穴のようだ。

首無し騎士(デュラハン)は踵を返し、ジャックとディネリントの元へ戻っていく。


「危険はなさそうだ、天気の方は私が見ておくから二人とも少し休め。」


「ありがとう……そうさせてもらうわ。」


焚火を設置したところまで戻ると、二人は一枚の毛布にくるまりながら震えている。

どうにかして二人の体温が奪われるのを抑えられないだろうか……


不死者(アンデッド)なら寒さに凍えることなんてないのに………)


震えている二人を見ていると、なんとも不憫に感じてくる。

じぶんはこんなにもふつうにうごけるのに…………


…………………………………………………………………………………………………


……………今、自分は何を思った?

何気なく感じた”想い”に首無し騎士(デュラハン)は戦慄を覚える。

寒さに震える仲間を不憫に思うことはいい……それは普通のことだ………

しかし、首無し騎士(デュラハン)はそれ以上の感情を抱いてしまっていた。

何故、不死者(アンデッド)を忌み嫌っていた自分が……不死者(アンデッド)になってしまったことをあんなにも嘆いていた自分が……不死者(このからだ)の利便性を称賛するようなことを思ってしまったんだろう………。

息遣いがどんどん激しくなっていく……鼓動していないはずの心臓がうるさい………。


「…………首無し騎士(デュラハン)?」


薄く開かれたジャックの瞳に自分の顔が映り込んでいる。

目を見開き、口を開け、恐怖に歪んだ無様な表情を浮かべている。

駄目だ……このままでは…………このまま二人と共に居れば……………


(いずれ二人をこの手で不死者に(ころ)してしまう。)


次の瞬間、首無し騎士(デュラハン)は逃げるように洞穴から走り出していた。

背後から……洞穴からジャックの叫び声が聞こえてきた気がするが、振り返ることなくひたすらに駆けていく。

吹雪による純白の闇の中、己の内側に芽生えた恐ろしい感情から逃れようと、必死に走る。

いくら走っても身体は疲労せず、やるべきことがあるのに行動に移さなかった時のような焦燥感だけが雪のように降り積もっていく。

ただ闇雲に、がむしゃらに走っていると、雪に隠れていたのであろう岩に足を取られ、転び、倒れ伏した胴体から投げ出された頭はどんどん坂道を転がり落ちていく。

やがて、頭は木々にぶつかり、雪雲を見上げる形で止まっていた。


(………皮膚、剥がれたかも………)


勿論痛みなどない。

しかし、あれだけ盛大に転がったのだ……死体の脆い皮膚など、簡単に剥がれてしまっているだろう。

現に、首無し騎士(デュラハン)の右頬の皮は口の端からきれいになくなっていた。

挿絵(By みてみん)


(このまま………二人の前から消えてしまった方がいい………)


そうすればあんな恐ろしいことを二度と考えずに済む。

いや、もう不死者(アンデッド)に精神を引っ張られ始めているせいで、これからどんどん生者に恨みを持つようになるのだろうか?

せめて……あのまま王都に残って、火あぶりになっていれば……まだ”人”としての最期を迎えられたかもしれないのに…………


「…………全部、永劫の苦しみから逃れ続けた罰か。」


周囲の環境に甘え、己の恐怖心に従い、運命を受け入れなかった罰。

浄化され、神の元に行けるかもしれないという甘い思惑を捨てきれずに、だらだらと生き恥……いや、死に恥をさらし続けてきたことに対する報い。


「私はこのまま……じわじわと人間性を失っていって………最後には…………」


国境の山脈を彷徨い、人を襲い続ける首無し騎士(デュラハン)に…………

何とも情けないことだろうか、せめて他人を襲うことのないように、どこかにある自分の身体は埋めてしまった方がいい。

身体の感覚のみを頼りに首無し騎士(デュラハン)は穴を掘り始める。

上手く地面に沈んでくれるといいが………


「二人は大丈夫かな………頼むから、愚かな私を捜してくれるなよ……。」


自分で言っておきながら、自意識過剰さと身勝手さに口からおのずと冷笑が漏れ出てしまう。

ジャックはああ見えて現実主義的だ………雪山に消えていった不死者(アンデッド)など、冷静に切り捨てるだろう。

ディネリントも勇者や、仲間と長く旅をしてきたのだ……吹雪の雪山を散策するなんて無謀を侵すはずがない。

首無し騎士(デュラハン)は自分にそう言い聞かせて、雪の降り注ぐ曇天を見上げた。



ジャックは目の前でひっくり返った虫のように、うごうごと蠢いている首無し騎士(デュラハン)の胴体を見下ろす。


「………なんだこれ」


何かに怯えた表情を浮かべ、駆け出した首無し騎士(デュラハン)をすぐさま追い始めたジャックは自慢の聴力で雪に倒れる小さな音を拾い上げると、その方向へと向かっていったのだ。

そして、その先に見つけたのがこの光景である。


「これ………絶対頭どっか行ったよな。」


周囲を見渡せば、雪玉を転がした跡のようなものを発見することができたが、この吹雪のせいで既に消えかかっている。

早く見つけなければ、首無し騎士(デュラハン)の頭自体が雪に埋もれて発見しにくくなるだろう。


「とはいえ………それこそこの吹雪の中捜索を続けるのは現実的じゃない……。」


捜索に出たはずが、自分も遭難してしまう……吸血鬼狩り(ヴァンパイアハンター)吸血鬼(ヴァンパイア)になったのでは洒落にならない。

ここは、一度洞穴に戻って吹雪が病んでから捜索を再開した方がいいだろう。

幸いと言っていいのかわからないが、遭難したのは不死者(アンデッド)である首無し騎士(デュラハン)だ……凍死や餓死のような衰弱死は心配しなくていい。

…………熊や魔物に掘り返されて食い殺される可能性はなくはないが。


「はぁ………面倒ごとを起こしやがって全く………」


ジャックは両肩に首無し騎士(デュラハン)の両脚を担ぐと、引き摺るように運んでいく。

視界を遮る吹雪の先ではディネリントが魔法で灯している光だけがかろうじて見えている状態だ。

その光を目指して、ジャックは小さな体を無理やり動かしていた。


「さっきまでの寒さが嘘みたいだよ全く………」


先ほどまでガクガクと震えていたジャックの身体は発熱しており、防寒具の中は汗ばむくらい熱気が籠っていた。

洞穴に戻ったら、汗を拭かないと、吹雪が止むのをまっている間に凍死してしまう。

焚火や、ディネリントの風魔法で濡れた服を乾かせるであろうことが幸いか。


「なんだよ……身体が温まると、頭がよく回るじゃん。」


さっきまでただ毛布にくるまってただ震えてたのが阿保らしい。

この頭が回るうちに、吹雪が止んでからの捜索方法を考えておこうと決心し、ジャックは洞穴へと帰還していった。

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