ヘッドレスホースマン
首無し騎士が出没するという《ドネラル森林》は想像以上に鬱蒼としており、繰り返し不死者が出没するというのも頷ける様相だった。
「この辺りは300年前にも見覚えがあるぞ……そうか、この近隣か…この辺りは浄化を繰り返してもなぜか元の様相に戻ってしまうんだ。」
周囲の風景をみた首無し騎士は昔のことを思いだしたのか、誰にでもなく呟く。
それに反応を示したのは、同じく300年前を知っているディネリントだ。
「山脈は300年ぽっちじゃ変わらないからね、この地形が変わらないとこの森林の状況も変わらないでしょ。」
ディネリントの言葉には”繰り返し同じ不死者が現れるのはこの地形のせい”というニュアンスが感じられる。
いや、単に”変わらない物もある”ということを言いたかっただけなのか……若輩者のジャックには判断がつかない。
「さぁ、昔はなしに華を咲かせているところ悪いけど、そろそろ仕事に取り掛かってもらうよ。」
「………ああ、そうだな。すまない、言ってくる。」
「魔法で視界共有してるから、頃合いを見て加勢するからねー!」
ディネリントの呼びかけに首無し騎士は振り返ることなく、片手を振ってこたえて、森林の中へと足を踏み出していった。
ドネラル森林の仲は外から観測した時の所感より、暗く、陰鬱とした空気が漂っていた。
生き物の気配など微塵も感じられず、感じられる気配と言ったら首無し騎士の背後、森林の前で待機しているジャックとディネリントのモノ以外存在しない。
故に、生者を憎む不死者はその気配の方向へと向かってくるのだ。
「………来たな。」
首無し騎士の前方、木々と木々が連なる暗闇から鈍く光る眼光が近づいてくる。
「あれがそうか…」
首無し騎士………片手に剣を持ち、片手で馬の手綱を握る”頭をなくした亡霊”……。
頭がないため、ヤツの目を見ることは叶わないが、少なくとも首無し騎士のことなど眼中にないことだけは確かだ。
奴の操る馬は、首無し騎士と相対しても尚、一定の歩幅を緩めることなく近付いてくる………このまま行けば、首無し騎士を素通りして、ジャックとディネリントの元へと向かっていくことだろう。
首無し騎士は腰に下げていた剣を抜き放つと剣先を首無し騎士に向けるように構える。
目の前で戦闘態勢を取られているというのに、首無し騎士は意に介さずに向かってくる。
「まずは、お前の機動力を削がせてもらう。」
首無し騎士は、歩いてくる首無し騎士に道を譲るように脇へとそれると、剣を上段に構える。
腕に力を込めながら、ヤツが素通りするのを待つ。
やがて奴の手繰る馬の首が首無し騎士の目の前を通り過ぎようとした瞬間………
馬の首を縦一文字に切断した。
馬の鈍く光っていた眼光は輝きを失い、絶叫する暇もなく胴体とお別れをする。
「今だ!!」
落馬する首無し騎士を足蹴にして拘束すると、首無し騎士はドネラル森林の外へと声をあげる。
すると、ちょうどいいタイミングでジャックが飛び出してきていた。
「《魂の束縛》!!」
ジャックが愛用している短剣を媒介に、呪文を唱える。
すると、ジャックの身体から半透明の何かが飛び出して、首無し騎士に取りついた。
「俺の魂の欠片じゃそんな長い間拘束できないからな!!」
「一瞬あれば充分!!」
ジャックの背後に控えていたディネリントが両手を前に着きだすと、木漏れ日として差し込んでいた太陽光が一転に収束されていく。
「聖属性の代用魔法……森妖精の底力見せてあげるわ!」
ディネリントの掌に収束していた光が一直線の光線となって解き放たれる。
それと、同時に《魂の束縛による拘束が切れ、首無し騎士が立ち上がったが、回避も間に合わず、首無し騎士ごと極大ビームに焼き払われる。
「私の開発した最強の草属性魔法………《太陽光線》………決まったわ…。」
「…………いや!馬鹿!!首無し騎士まで巻き込んでどうすんだよ!!!!」
あまりの威力に放心していたジャックだったが、我に返り、ディネリントに食って掛かる。
見たところ砂煙は立ち込めているものの、木々や地面は無傷のようだ………が、ディネリントは”聖属性の代用魔法”と言っていた……その言葉を信じるならば、首無し騎士と一緒に首無し騎士も吹き飛んだはずだ。
しかし………
「くそ……口の中に砂が入った………ディネリント!!なんだ今のは!?」
砂煙の中から、首無し騎士が姿を現す。
「あちゃ~……聖職者の祈祷で浄化されないからもしかしてと思ったけど、やっぱり無理だったかぁ。」
首無し騎士のすぐそばには塵となりながら霧散していく首無し騎士の姿があった。
あわよくば首無し騎士も浄化させてやろうと考えていたのかと察したジャックはディネリントに対し、身震いする。
首無し騎士は手にもっていた剣を鞘に納めると、二人の元に戻ろうとする。
「結局さっきのはなんだったんだ___」
「おい後ろ!!」
歩みながら話かける首無し騎士の背後を指さしながらジャックが叫ぶ。
何か……影が首無し騎士の背後でむくりと立ち上がったのだ。
(馬鹿な………!!首無し騎士は霧散したはず…!!」
首無し騎士は反射的に振り返り、後ろ飛びの要領でその影から距離をとる。
首無し騎士の視界に飛び込んできたのは馬だった。
それも、自身と同じように首がなく、切断面から青白い炎を宿している馬………毛並みは先ほど首を切断した”光る眼の馬”に酷似している………。
「あらら……眷属化したみたいだね。」
ディネリントの落ち着き払った声が聞こえてくる。
眷属化……一部の魔物、特に首無し騎士に多く見られる特殊能力。
動死体に殺された者は動死体に……純血種の吸血鬼に血を注がれた者は下等吸血鬼に………そして、首無し騎士に首を落とされた馬が……今まさに首無し馬へと変貌した。
「………どうする?連れてく・」
首無し騎士にすり寄るように体を擦り付ける首無し馬を見たディネリントは質問する。
「いや……不死者にしたままにするなど可哀そうだ……先ほどの魔法で浄化してやれないか?」
首無し騎士は一瞬逡巡した素振りを見せるとそう結論づけた。
しかし、その結論に異を唱える者が存在したのだ。
誰でもない、首無し馬である。”浄化”という単語を耳にした瞬間、無い首を振り回す動作をし、両脚を上げ下げして暴れまわり、”拒否”を表現する。
「お……おい!どうしたんだ!?」
「あー………もしかして、動物って人より”死”に対する忌避感が強いから、どんな状態であれ生きていたいのかも?」
「だからって……あのな!!今の状態は生きてるなんてとても言えないんだぞ!!?」
暴れまわる首無し馬を慌てた様子で宥め、説得を試みる首無し騎士………なんともシュールな光景だ。
そんな頓智気騒ぎの中、ふとジャックの耳に草木がこすれる音が聞こえてくる。
しかし、この森林内に生物の気配など微塵も感じることはない。
「まさか………」
ジャックは嫌な予感を感じながら、音の下方向を凝視する。
そういえば、首無し騎士が目撃されてから、ホロウ村の村民たちはドネラル森林内に足を踏み入れていないと言っていた。
当然、目撃証言もすべて”森林外”のもののみで、勝手に出没した首無し騎士は一体だけだと思い込んでいた。
事前の情報収集がどれほど重要かを、ジャックは改めて実感させられる。
「おい!!みんな!!!森林の外に走れ!!!」
「「え?」」
ジャックの荒らげた声と同時に森林の奥の暗闇から三体の首無し騎士が蹄の音を立てながら突進してきた。
ジャックやディネリントが慌てて走り出そうとするが、到底間に合うような速度ではない。
「二人とも!!」
弾かれたように首無し騎士は首無し馬に飛び乗り、走りながら左手でジャックをつかみ上げる。
ジャックはその瞬間、ディネリントを両手でつかみ、首無し馬に三人乗りをする。
「ディネリント!!さっきの魔法は放てないのか!?」
「そんなポンポン放てる魔法じゃないよ!!」
首無し騎士は首無し馬のわずかに残った鬣を掴み、速度を上げていく。
「ちょっとちょっと!!だんだん距離狭まってくんだけど!?」
「こっちは三人乗ってるからだよ!!」
いくら疲労を感じない不死者の馬だからと言っても、重量さで出せる速度には限度がある。
首無し馬と首無し騎士との距離はみるみるうちに縮まっていき、森林を抜けるころには首無し騎士の刃が届く距離まで接敵していた。
「これかなりまずいって!!」
ジャックはボウガンを取り出し、首無し騎士を射るが、大抵の矢は剣に弾かれるか、鎧に阻まれる。
鎧の隙間を射抜いたとしても、霊体の身体には効いていない様子だ。
「本体を狙うんじゃなくて!馬のほうを狙って!!機動力を落とすの!!」
ディネリントの放つ魔法。《氷の矢》が首無し騎士が騎乗する馬に突き刺さる。
しかし、流石は不死者の馬だけ合って、怯みはするものの、走りを止めることはない。
「炎魔法で馬を焼き払ってやろうかしら………!」
「冗談だろ!?こんな近くで炎魔法なんてぶっ放したらこっちだってただじゃすまないぞ!?」
依然、首無し馬と首無し騎士の距離は接線している。
ジャックとディネリントの二人が権勢をしてくれているが、片手に頭を……もう片手で首無し馬を操っている首無し騎士には何もできないのがもどかしい。
そうこうしているうちに、一体の首無し騎士が首無し騎士達の隣に着き、攻撃を繰り出そうとしている。
「………神よ…!!」
首無し騎士は思わず、神に祈りをささげ、目をつむる。
こんな事態に神頼みをするなど言語道断であるが、今回はそれに助けられた………首無し騎士を包み込む、燃え盛る業火が、首無し騎士の剣に燃え移り、襲っていく。
業火に包まれた首無し騎士はあまりの激痛にもがき、苦しみながら、落馬し、横転している。
しばらくその場でもがきながら這いずっていたと思えば、灰となって消えていった。
「………そうか、裁きの炎。」
ディネリントはその様子を確認すると、確信したように呟く。
首無し騎士より発せられた青白い炎は無論ジャックとディネリントにも及んでいるが、不思議と熱くも痛くもない。
苦しんでいるのは、首無し騎士と先ほど燃え尽きた首無し騎士………そして首無し騎士とともに炎に包まれている首無し馬だけだ。
その首無し馬も首無し騎士が騎乗している影響か、不思議と傷はない。
「イライザ!!祈ったまま首無し騎士に接触!!!」
痛みと苦しみにより、わけがわからない首無し騎士であったが、ディネリントの言う通りに方向転換し、首無し騎士へと突進していく。
かたや、首無し騎士は無残に燃え尽きた同胞を目撃したにも関わらず、無謀にも突っ込んできていた。
不死者は恐怖を感じない……恐怖を感じないということは危機回避能力も欠如すると言うこと。
「ジャック!舌を噛み切りたくなかったら歯を食いしばって!!」
ディネリントが注意を促した刹那、二体の首無し騎士は業火に燃え盛る首無し騎士と正面衝突をする。
全員が馬から放り出され、落馬する。
鞭打ちになりながら、痛む体をむりやり起し、周囲の状況を確認するジャックとディネリント。
周囲を見回せば、業火に焼かれ、もがき足掻く首無し騎士の姿が視界に入ってくる。
「……………なんとか、危機は脱したようね。」
ディネリントはそう呟くと立ち上がり、同じように倒れている首無し騎士へと近づいていく。
「イライザのおかげで何とかなったわ……流石は元聖騎士、神様に見放されてないのねー。」
軽口を叩きながら、倒れ伏している首無し騎士へと近づくが、ある違和感を覚える。
反応がないのだ。
いつもなら“そんなことはない”と自分を卑下する否定の言葉の一つでも飛んできそうなものなのだが、首無し騎士の身体はひっくり返った甲虫のように、モゾモゾと気味の悪い動きを繰り返すのみだ。
「あ……あれ?イライザ??」
首無し騎士の身体を揺さぶってみれば、やっと人らしい動きを取り始める。
自分に触れている何かを確かめるように、ディネリントの身体をペタペタと触り始めたのだ。
よく見れば、首無し騎士の頭が何処にも見当たらない………先ほど落馬した際に、何処かに放り投げてしまったのか………。
「しょうがないなぁ……探してあげようか。」
ディネリントは首無し騎士の身体に肩を貸し、歩き始める。
もしかしたら遠くまで転がっていっているのかもしれない。
「ちょっと!待って!!ディネリント!!!」
背後から声が聞こえる。
振り返ると、遠方のほう……首無し騎士たちが燃え上がっている箇所からジャックが叫んでいる。
「なに俺たちを置いていこうとしてんだよ!!」
ジャックは置いて行かれそうになったことにご立腹のようだった。
ならば早く着いてくればいいのに……
そこで、ディネリントは先ほどのジャックの発言に違和感を覚える。
彼は確かに“俺達”と言っていた。
しかし、遠方に見える姿にはジャックしか見当たらない。
強いて言うなら、先ほど首無し騎士が眷属にした首無し馬が倒れているだけだ。
上手く起き上がれないのか、四肢を翔るように動かし、ジタバタともがいている。
「……………………まさか。」
ディネリントはある予想を立てて、ジャック達の方へと近づいていく。
そんなわけがない……そんな面白いことなんてそうそう起こるものじゃない。
高鳴る鼓動を落ち着かせて、ディネリントはジャックがしゃがんでいる首無し馬の首の方へと回り込んだ。
「………私の身体をこっちに誘導してはくれないだろうか…………」
あまりにも弱々しい声で首無し騎士はディネリントに訴えかける。
死人とは思えないほど頬を赤く染め上げている首無し騎士の頭が引っ付いていたのは、先ほどまで健闘を繰り広げていた首無し馬の首の付け根であった。
晴天の空の元、大きく吹き出した音が響き渡る。




