首のない者たち
ドネラル山脈近郊の村、ホロウ村。
この一帯は古の時代、巨大な火竜が住み着いていたとされ、そのドラゴンが寝返りを打った際にできたのが、ドネラル山脈とその麓にある大きな窪みのような盆地である。
この地形の影響か、ホロウ村は夏は暑く、冬は寒いといいうよく言えばメリハリのある……悪く言えば過ごしにくい村となっていた。
馬車で向かえば一日そこらでたどり着ける距離に王都があるがゆえに若者が離れ、深刻な高齢化にも直面していている。
「ありゃ、雨桶の残りももう少ねぇな。」
「そうかぁ……しょうがねぇな、今年も雨は少なかったからよ。」
村の入り口近くで二人の村人がたわいない話をしている。
古にいたとされる火竜の因子が土地にまだ残っているのか、このホロウ村周辺では雨が少ない。
「しょうがねぇ……ちょっくら馬を出して、川から水をくんでくらぁ」
「おう、頼んだよ。」
村人の一人が自身の家の近くにある馬小屋へと向かっていく。
畜産業で村の生計を立てているホロウ村にとって水不足は問題だ。気づいたときに行動しておかねばならない。
「よーしよし、リリアン、出番だぞー」
男は馬小屋に到着すると、猫撫で声を出汁ながら馬小屋を開ける。
この馬小屋の中には、自らの愛馬、美しく白い毛並みのリリアンがいる。
毛並みだけでなく、馬力にも優れており、近く王都の聖騎士隊に売られることが決まっている自慢の”娘”だ。
そんな利口な馬の様子がおかしい。
普段おとなしいリリアンが、鼻息を荒くし、落ち着きなく足踏みをしている。
まるで何かに酷く怯えている様子だ。
「おいおい……リリアンちゃん、何がどうしたってんだ……」
男はそんな様子の”愛娘”を心配し、慌てて落ち着かせようとする。
どうどうと撫でてやると、足踏みは収まったが、依然として鼻息は荒く、怯えた様子は消えない。
「なにが……どうなってんだ………」
ここまで怯えた様子のリリアンの姿など、男は見た覚えがない。
そんな様子に男が狼狽していると、馬小屋の外から悲鳴が聞こえてくる。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーっっ!!首無し騎士!!!首無し騎士がでたわぁーーーーーーーーー!!!!」
声を聞いた途端、男は戦慄し、そのまま馬小屋の中に身を隠した。
・
ジャックとディネリント、そして首無し騎士の三人は村の入り口で立ち尽くしていた。
入村するや否や、視界に入るすべての人々が三人から逃げ出し、家の中へと入っていったからだ。
声をかけようと伸ばしたディネリントの手は行き場を失い、固まっている。
「なんだ……?どうしたんだ………?」
「いや、私のような不死者が現れたんだ。これが普通の反応だろう……やはり私は同行しない方が………」
「いやいや、それならいつもの誤魔化しが通用するだろ……言う暇もなかったぞ…?しかもあいつら聞いたことない名称叫んでなかったか?」
困惑気味のジャックと首無し騎士が互いに顔を見て合わせながら困惑している。
それとは対照的に、ディネリントは額に手を当てて悩ましげな表情を浮かべていた。
「あーーー………すっかり忘れてた…そういや、そんな伝承のある村あったっけなぁ……」
「知っているのか?ディネリント。」
訳知り顔の様子のディネリントに首無し騎士が語りかける。
「首無し騎士……確かこの地域に伝わる悪霊型の不死者だよ……不気味に光る目をした馬に乗った騎士風の不死者で、首無し騎士と同じような頭がない……」
「なんだそれは……聞いたこともないぞ?それに首無し騎士となにが違うんだ?」
「違いと言えば、“馬から降りることがない”点と、“頭自体がない”点かしら?貴女みたいに自分の頭を抱えてすらないの………聞いたことないのも無理ないね、この地域でしか目撃されてない不死者だし……」
ディネリントの説明を聞いた二人は納得したように頷く。
つまりは、その首無し騎士に首無し騎士は勘違いされたということらしい。
「他に相違点があるとしたら……首無し騎士と違って“首があり、光る目をした馬に乗っている”こと……動死体みたいな死体系不死者の首無し騎士と違って彷徨う霊体のような“霊体系不死者”であるということ……あと、本能的に目や首を狙う首無し騎士と違って“何処でも狙う”ところとか……その点は生前の記憶があって、魂が不死者に引っ張り切られてないイライザと同じね。それから…………」
「もういい、もういいわかったから……続きは改めて聞かなきゃいけないような時に聞くよ………」
止まらないディネリントの語りを首無し騎士が静止する。なんだか、自分とその首無し騎士を比べられているようで、気分が落ち込む。
「それよりどうするよ?この村は経由するだけだし、このまま山脈入りするか?」
「……………いや、不死者に困っているのなら放ってはおけないし、山脈入りする前に準備は入念にしておくべきだろう……ちゃんと休息を取るべきだ。」
「…………言うと思った。」
意見を聞いておいてなんだが、首無し騎士の結論にジャックは呆れ顔をする。
まぁ、山脈に入る前に準備と休息を取ることには賛成だ。
「じゃあ、兎にも角にも村の人達に話を聞かないとね。いつから再出現し始めたのか、どんな被害があったのか、何処に出没しているのかとか諸々さ。」
ディネリントの提案にジャックは賛同する。
どんな敵を相手にするにしても、事前情報ら欠かせない。
「こりゃ……すぐに首無し騎士との相違点の続きを聞くことになりそうだな?」
「………だ、だが…この村の人々が私を相手にしてくれるか疑問だな……。」
ジャックの揶揄いを無視するように、首無し騎士は話題を逸らす。
確かに、ジャックとディネリントの二人は兎も角、魔物であり不死者の……件の首無し騎士と酷似している首無し騎士と素直に対話できるとは思えない。
「首無し騎士には村の外で待機してもらうしかないんじゃないか?」
「まぁ……それが無難なとこではあるよね。」
「うぅ……面目ない。」
“放っておけない”と自分から言い出した手前、出だしから足を引っ張る形になってしまったことを首無し騎士は情けなく感じながら、村の外へと出ていくのだった。
・
「________________ええっと、つまり情報をまとめると……」
ホロウ村での情報収集を終えたディネリントとジャックは村外で首無し騎士と合流する。
もともと首無し騎士と同行していたこともあってか、話を聞くまでに難航したが、ディネリントが魔術師であること、ジャックも死霊術師の資格があること、村の外で待機している首無し騎士は使役しているだけ(嘘)ということを伝えると、掌を返すように話をしてくれた。
積極的に首無し騎士の討伐をお願いされるほどに………
「主に目撃が多いのは、盆地の中でもさらに深い麓になっている《ドネラル森林》の中……出現し始めたのが数週間ほど前……ちょうど、聖騎士隊が《純血種》の討伐で居なかったときだね。」
「上位不死者が同時期に出現って……何かの予兆じゃないよな……」
ジャックの不吉な物言いに、首無し騎士はゾッとする。
そんな不吉な予兆……当たっていて欲しくはないものだ。
「主な被害は森林に山菜や薬草をとりにいった人がやられたっていうのと……馬が一頭持って行かれたらしいね。」
「……馬?何故馬なんだ?ソイツは既に“光る目の馬”になっているんだろう?」
「気に入った馬を奪っては“光る目の馬”にしてしまうのよ……だから馬は質量があるし、鎧や剣なんかも生前着用してた鎧だっていうから物理攻撃できるみたいだし……」
「本当に霊体系の不死者なのか?」
話の内容に困惑を隠せない様子の首無し騎士……無理もない、事前に話を聞いていたジャックも同じ反応をした。
ディネリントが言うには、生前に装備していた鎧に憑依しているのだから霊体系不死者で間違いないのだと言う。
「なんでも近々聖騎士に譲る予定の馬がいるそうだから、狙われるまえに何とかしてほしいって話もあったわ。」
「それは……確かにそうだな、その馬が狙われてはフォードリアス殿も困ってしまうだろう。」
聖騎士隊に納品される馬の話を聞いて首無し騎士が更に意気込んでいるのが目に取れる。
首無し騎士は故郷の件で聖騎士リリア・フォードリアスに多大な恩義を感じている。
実にわかりやすいと、ジャックは鼻で笑う。
「よし、では行動を開始しよう……相手は霊体系の不死者だ、物理攻撃はあまり効果がないと思われる……私が前衛を務めるから、その間に二人は魔法攻撃と死霊術で相手に負傷を与えてくれ。」
「妥当ね。」
「死霊術の初実戦か……少し緊張する。」
ドネラル森林に向かっていった。




