目的
「神よ……私はここに懺悔します。」
つい数時間前の騒動が嘘のように静寂に包まれる聖堂のなか、女性の声が響き渡る。
既に砕かれたステンド硝子や、怪物の餌食になってしまった聖職者の浄化を終え、聖堂にはこの人物一人しか存在しない。
「私は聖職者でありながら不浄な存在にこの身を堕とし、あまつさえすぐに自害などせず、永劫の苦しみに恐怖し、浄化での昇天に固執し、子孫に多大な迷惑をかけました………」
聖堂で懺悔を行っているのは首無し騎士、イライザ・クロスライト。
いつも以上に生気のない瞳で神々の像に自らの罪を告白している。
その様子を聖堂の入り口から眺めている人物が二人。
「…………もうかれこれ何時間もあの様子なんだけど……」
「………デューク司祭様に言われたことが相当こたえたらしい………」
このリぺリシオン王国中央教会までの旅路を共にした盗賊であるジャックと、首無し騎士が浄化の旅へとでるきっかけを作った聖騎士、リリア・フォードリアスだ。
首無し騎士がぶっ倒れ、デューク司祭が鼻を鳴らしながら聖堂を立ち去った後からずっとあの調子である。
「神よ……私は_______」
そうこうしている間にまた首無し騎士の懺悔の詠唱が再開される。
何度繰り返しても、神とやらからの返答も、天啓も得られないのだ。終わるわけがない。
ジャックは呆れた様子で大きなため息を吐く。
「だいだい、聖職者やリトス司祭が死人の浄化や、飛びちったガラスや破片の片づけをしている合間もずっとあの調子だ……邪魔で仕方がないよ。」
「言ってやるんじゃない………あのイライザが周りの様子が目に入らないほどショックを受けてしまったんだ………その心境は察するに余りある。」
ジャックとリリア・フォードリアスが二人で話している間にも、また新たに首無し騎士の懺悔が繰り返される。
「だぁーーーーーーっ!!もうやかましいなぁ!!!!」
ジャックとリリア・フォードリアスの二人は唐突に響き渡る声に肩を震わせる。
直後、二人の背後からディネリントがツカツカと首無し騎士に近付いていく。
「いつまでもうじうじしてんじゃないよ!!そもそもアンタ悪くないでしょ!!!」
ディネリントは首無し騎士の頭を強引につかむと、聖堂の外へと持ち出していく。
「ま……待て!!ディネリント!!まだ_______」
「まだも減ったくれもないよ!!!」
首無し騎士の頭を抱えたディネリントとそれを追いかける首無し騎士の身体は瞬く間にジャックとリリア・フォードリアスの横を通りすぎていった。
「……………」
「さすが長寿種族………。」
ジャックは感心した様子で呟いた。
・
中央教会の書庫。
椅子に腰をかけ、リトス司祭は一枚の紙きれを見つめていた。
魔王を打倒した勇者の残したとされる日記の一枚である。
「リトス司祭、彼女を連れてきたよ。」
書庫のドアが開かれ、首無し騎士の頭を抱えたディネリントが入室する。
それに続くように、ジャックとリリア・フォードリアス……そして頭を追ってきた首無し騎士の身体が姿を現した。
「おお、お手を煩わせましたね。」
リトス司祭は椅子から腰を上げると、皆を歓迎する。
ディネリントとリトス司祭以外、状況を呑み込めないでいた。
「リトス司祭殿……すまないが、私はまだ神への懺悔の途中で………」
「途中って………何週するつもりだったのさ。」
首無し騎士の言葉にディネリントは呆れた様子で語り掛ける。
これにはジャックも同意だ。
「ははは…それは申し訳ありませんでしたね、あまりお時間は取らせませんので。」
リトス司祭はディネリントに抱えられている首無し騎士…………と、ジャックに対しても視線を合わせる。
どうやら、用件というのはジャックにも関係があるらしい。
リトス司祭は仕草で皆を椅子に腰かけさせる。リリア・フォードリアスだけは立ったままだ。
「さて……早速本題に入るのですが……」
机の上に置かれた一枚の紙を三人の前に差し出す。
「これって……トールの日記ですよね?」
ディネリントの問いかけにリトス司祭は静かに頷く。
「前にも話したかとは思いますが、この手記は勇者様を輩出したクリミア聖王国に返還する予定となっているのです。」
リトス司祭の言葉にリリア・フォードリアスも頷く。
「無論ですが、この手記は価値の高いものです。返還中に何者かに狙われる可能性を考慮しないといけません………そこで大魔道師であるディネリント殿と、イライザ殿、ジャック殿にこの手記の運搬と護衛を頼みたいのです。」
ジャックはディネリントの表情を静かに見る。
結局正体がバレてるじゃないか。
しかし、そんなことを気にしていたのはジャックだけだったようだ。
「待ってくれ!!私は首無し騎士だぞ!?聖王国になど入国できるわけないだろう!?」
「その話は我々聖騎士隊が行うと話がついていたはずです!!」
首無し騎士とリリア・フォードリアスがほぼ同時に声をあげる。
「聖騎士隊の皆さんは先の怪物との戦闘でかなりの痛手を負っているでしょう?動ける人員が少ないのですから、できればあの怪物が王都に侵入したルートを割り出して欲しいのです。」
このリトス司祭の提案にリリア・フォードリアスは口を紡ぐ。
確かに今聖騎士隊は《星光の鎖》の発現に信仰力を大きく消費してしまったため、動ける要員は少ない。
「それから、イライザ殿……入国の件に関しましては、こちらからクリミア聖王国側へ一方入れますし、招待状も書きますので、心配なさらずとも大丈夫ですよ。」
「しかしだな……それならば私が出向いてしまうよりディネリントとジャックのみで向かえばいいと思うのだが………」
「いえ、イライザ殿も向かうべきです。」
リトス司祭は首無し騎士の頭をまっすぐ見据えたまま断言する。
このまま目的もなく首無し騎士を一人にすれば何をするか、この人にはお見通しなのだろうと、ジャックは感じた。
「いいじゃん、その話引き受けるよ。」
「ジャック!?」
ジャックの言葉にディネリントの膝の上で驚愕する首無し騎士。
ディネリントの表情を見れば、彼女の首無し騎士を連れていくことを決めているようであった。
既に彼女は勇者の手記をスクロール風に丸めて、懐に収めている。
「さぁ、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行くよー」
「待ってくれ!!私は………!!」
ディネリントに連れられ、首無し騎士は書庫を後にする。それを追いかける形で首無し騎士の身体も書庫を後にした。
「ジャック殿。」
最後に、ジャックが部屋を出ようとすると、リトス司祭に呼び止められる。
「私は、イライザ殿が浄化されないのは、何かしかの使命……神の導きによるものだと考えているのです………どうか、彼女のことを頼みますね。」
リトス司祭はそれだけ語ると、ニコリと微笑み、今度はリリア・フォードリアスとの話し合いを始めている。
やはりリトス司祭はジャックと同じことを危惧していたのだ。
中央教会での浄化は叶わなかった………であれば、遅かれ早かれ首無し騎士は覚悟を決めて焼身し、自害する。
そうさせないためには、ちゃんとした”目的”を絶えず与え続けるしかないのだ。
たとえ、本人が望んでいなくとも………
「言われなくてもそのつもりだよ……。」
不服そうに呟くと、ジャックは二人の後を追う。
・
リペリシオン王国王都を出立した三人はクリミア聖王国との国境であるドネナル山脈を目指していた。
「ディ……ディネリント……そろそろ私の頭を身体に返してはくれないだろうか?」
「えー……?返してもちゃんと度に同行し続けるって言うなら考えてもいいけど?」
中央教会を出てからと言うもの、この二人はずっとこの問答を繰り返している。
正直、首無し騎士はもう諦めてついてくる決心をしているように思えるのだが………
「アンタ、もう首無し騎士のこと揶揄いたいだけなんじゃないの?」
「やっぱ、ジャックくん鋭いよね。」
ジャックは呆れたようにため息を吐く。
こればかりは誰が見ても明白だろうに………
言い当てられて満足したのか、ディネリントは首無し騎士の頭を胴体に返す。
先ほどまで方向感覚を掴み難く、フラフラと歩いていた首無し騎士の胴体はやっとまっすぐに歩き始めた。
「……………あ、そうだ、首無し騎士はいこれ。」
ジャックは皮袋と一緒に背負っていた剣を首無し騎士へと手渡す。
「旅するのに手ぶらってのは不安だから一応アンタの剣だけでも持ってきといたから。」
「な………っ?!…………そうか、面目ない。」
首無し騎士は一瞬険しい顔をしたかと思うと、すぐにジャックに礼を言う。
大方、聖騎士隊に預けた剣をジャックが勝手に持ち出したのを咎めようとしたのだろう。
しかし、首無し騎士固有の能力も使えないただの手ぶらの首無し騎士など二人の足手纏いにしかなないのを自覚し、飲み込んだ……そんなところだろう。
なんともわかりやすい人物だ、清々しいほどに正直でジャックは心配になってくる。
「…………あ!ほら、経由予定の村が見えてきたよ!」
先頭を歩いていたディネリントの声に二人は反応し、視線を向ける。
彼女の言う通り、木で出来た柵と、小さな家々が見えてきた。
「あれが、ホロウ村か。」
誰にともなく、ジャックが呟いたのだった。




