飛来した悪魔
砕かれたガラスの破片が陽光に照らされ、ダイヤモンドダストのように輝いている。
その中心には、陽の光をまるで後光のように背負った人影………。
………………しかし、その姿は神々しさや神聖さなど微塵も感じさせることのない極めて異質な姿をしていた。
歪に盛り上がった皮膚は絶えず蠢き、右によった首にぶら下がった顔は苦悶と怒りの表情を帯びている。
身体からは黒い木の根が幾重にも突き出しており、背中から突き出た根はまるで翼のような形状をしている。
________________醜悪。
これほどまでにこの言葉が似合う存在をリリア・フォードリアスは知らない。
これまで目撃し、退治してきたどの魔物よりも邪悪で、歪な存在…………
あえて呼称するならば……………
「__________天使だ。」
リリア・フォードリアスの耳にありえない言葉が飛んでくる。
発言元は件の成金司祭の一人だった。
顔は恐怖で歪みながらも必死に笑顔を作り出している。
身体は震え、祈るように重ねられた手はブレブレで、服の下からは汚水を垂れ流している。
ありえない、恐怖で錯乱するあまり、目の前の現実から目を背けようと必死だ。
「馬鹿をいうな!アレの何処が神の御使だと言うんだ!!」
「口を慎め!!天使でなければなんだと言うのだ!!!」
血走った目、口の端に溜まる泡は発言と共にその場に飛び散る。
狂気に陥るとはああいう状態を指すのだろう。
「おごっ」
その次の瞬間、リリア・フォードリアスの視界の先にあったその顔が醜く歪む。
先ほどまで唾を飛ばしていた口から……血走っていた瞳から………木の根のようなものが突き破り、花を咲かせる。
根の先に突き刺さった眼球はまるで水を含みすぎた白玉のように、重力に負け、垂れ下がっている。
無惨にも人間植木鉢となってしまった成金司祭は受け身も取らずにそのまま倒れ伏す。
「フォードリアス聖騎士隊長!祈祷で身を守りなさい!!呪われますよ!!!」
リトス司祭の言葉によってリリア・フォードリアスはやっと我に帰る。
ふと周りを見ればリトス司祭の祈祷とディネリントの防御魔法によってジャックと他聖職者が守られている。
身体の内側から木の根が生えた人物は成金司祭と、その周りに避難した者たちだけだった。
成金司祭達はとうに守りの祈祷など扱えないのだから。
「あの野郎の右手……あの杖みたいなので呪いを振り撒いてるみたいだ。」
ディネリントの防御魔法に守られているジャックがそう呟く。
この状況で自分のできることをしている少年をリリア・フォードリアスは素直に感心した。
「相当な魔力を帯びているね……!多分だけど、あの杖が本体!!」
「そうか……ならば切り離すのみ!!」
ディネリントの予測を受け、首無し騎士が防御魔法の外側へと駆けだしていく。
「イライザ!!これを持っていって!!」
ディネリントが防御魔法を展開している右手とは逆の左手で魔力を終結させ、何かを練り上げていく。
やがてその何かは徐々に剣の形へと変貌していき、首無し騎士の方へと飛び出していった。
「すまない!!」
首無し騎士はその剣を受け取ると、柱や壁を器用に伝いながら怪物へと向かっていく。
「我々も続くぞ!!」
リリア・フォードリアスの掛け声によって聖騎士隊の陣形が怪物の真下に展開された。
「くらえ!!」
怪物の元へとたどり着いた首無し騎士が上段から剣を振り下ろす。
しかしその一撃は怪物の身体から伸びている蔦によってはじき返されてしまった。
「何!?」
剣ごと弾かれた首無し騎士は身体を翻しながら地面へと着地する。
その時……怪物の口……蔦と花の生い茂った口から言葉が発せられた。
「不死者ぉぉ……神の裁きの邪魔をするなぁぁ!!!!」
悍ましい呻き声を彷彿とさせる声が鼓膜を震撼させる。
しかし、その言葉はこの場にいる聖職者は勿論、首無し騎士とて聞き捨てることのできない内容だった。
「神の……裁き…………だと…………??」
あの怪物は確かにそういった。
あの倒れた成金司祭ではないが、自分のことを神の代行者だと勘違いしているのか?
あそこに転がっている死体の惨状が、神の望んでいることだと?
「神を愚弄する気か………」
リリア・フォードリアスの口から絞り出されるように言葉が吐き出される。
首無し騎士も瞳はこれ以上なく鋭く、怪物へと向けられている。
あのような惨状を神が望み給うわけがない。
確かにあの司祭たちは聖職者としての務めを十分に果たしていなかったのかもしれない。
しかし、それは人生を全うした後に神直々に審判が下されるものだ、決してあのような理不尽な死は肯定されてしかるべきではない。
そんな常識が死ぬときなど、戦時中だけで充分だ。
「聖騎士隊!祈りの体制に入れ!!神の使いを騙る不埒者を地面に這いつくばせろ!!」
リリア・フォードリアスの掛け声とともに円形に陣取った聖騎士隊が一様に剣先を怪物へと合わせる。
「「「《星光の鎖》!!!」」」
聖騎士隊の剣から光り輝く鎖が怪物へと延びていく。
その鎖はまるでポーラのように怪物に巻き付くと、聖騎士たちがいっせいに剣ごと怪物を下へと引っ張りだす。
「邪魔だ!!じゃ邪魔!!じゃじゃじゃままままままままっ!!!」
怪物がまた悍ましい声を上がたかと思えば、次の瞬間に身体が波打ち始める。
まるでスライムのように波打った体から無数の木の根が血しぶきと共に展開され、光の鎖を引きちぎる。
「もう!!毬栗じゃないんだからさ!!!!」
ディネリントがそう叫ぶと、先ほどの隙に作りだしていた火球を怪物めがけて発射する。
しかし、怪物はその火球を空中で身体を翻し交わすとまた杖を掲げる。
「あの呪いが来ます!!」
リトス司祭が叫ぶが、聖騎士隊の非難が間に合わない。
リトス司祭もディネリントもすでに他の聖職者を護るために防御を展開し、動くことができない。
誰もが、聖騎士隊の全滅を覚悟した次の瞬間_______
「《護りの防壁》」
何処からともなく響いた落ち着きのある声と同時にでき死体の頭上にリトス司祭と同じ、防壁が展開される。
「…………デューク司祭…様?」
「嘘だろ……?あのおっさん奇跡卸ろせんのかよ……たしか不信神者には扱えないって話だったよな…?」
驚愕の声をあげるリリア・フォードリアスとジャックの視線の先、聖堂の入り口にデューク司祭の姿がある。
両手で聖騎士たちを防壁で守り、自身を光り輝くネックレスに帯びた加護で守らせているようだ。
「…………だから聖騎士隊が腑抜けていると忠告したろう。」
デューク司祭の険しい顔つきがさらに険しくなる。
「貴様……貴様も至福を肥やす……腐れ司祭かぁ………!!」
「………ばかめ、これはすべて自費だ。」
怪物は不規則に飛び始め、喉を掻きむしるかのように暴れたかと思うと、その喉が左右に避ける。
喉から覗いた物は血に濡れた棘のついた茎であり、その棘が一直線にデューク司祭へと飛んでいく。
「させるか!!!」
首無し騎士は弾かれるようにデューク司祭の前に立ちはだかると、目にも止まらぬ剣捌きで、向かってくる棘を次々に打ち落としていく。
「いらん世話を……不死者なんぞに助けられるほど落ちぶれておらんわ。」
デューク司祭は自身に聖騎士隊にかけていた防壁を解除すると、右手を拳を握るように突き立てる。
「そこの素手の魔術師、合わせろ。」
ディネリントへ端的に声をかけると、デューク司祭の右手中指に装着されている指輪が赤く輝く。
「《火球》」
「ちょっと急すぎ……!」
デューク司祭の指輪の先に錬成された火球とディネリントの錬成した火球が両方向から怪物を襲う。
「くっ………!!」
首無し騎士はすんでのところで後ろから飛んできたか火球を交わすと、二つの火球が怪物へと直撃する。
どうやら首無し騎士が火球を隠すカーテンになったようだった。
「おおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」
視界の先では怪物が自身の身体にまとわりつく炎によってもがき苦しんでいる。
炎がどんどん蔦へと燃え広がり、もはや取り返しがつかないことは誰の目からしても明白だった。
「デューク司祭様!!!彼女に当たったらどうする気だったのです!!」
「………元から焼かれる気であったのだろう?一緒に焼かれれば手間が省けたというのに。」
「デューク司祭様!!」
デューク司祭の冷徹な物言いにリリア・フォードリアスが抗議している。
しかし、その通りなのだ。あの火力なら首無し騎士にあたっても勢いは衰えることなく、怪物へと向かっていっただろう。
なんなら、炎を纏った首無し騎士があの怪物に飛び込めばよかったのだ。
しかし、首無し騎士は反射的に火球を避け、今まさに巻き込まれなかったことにほっとしている自分がいる。
(なぜ………)
自分に自分で問いかけるが、理由はわかり切っていた。
口ではどうとでも言っていられるが、実際は火にくべられ、永劫の苦しみに陥るのが恐かったのだ。
聖職者として、騎士として、あまりにもろい。
「いや………それよか、俺はおっさんが普通に奇跡を卸したもんだからそっちの方にびっくりだわ………てっきり、寄付金を不当に巻き上げてるいけ好かない司祭の一人だとばかり………」
「おやまぁ……デューク司祭殿の身に着けている魔道具は全て自費によるもので、ネックレスに至っては自分で加護を施したものだよ?」
未だに信じられないといった様子のジャックをリトス司祭が笑顔で諭す。
どうやらリトス司祭がデューク司祭に起こらないのは実力が伴っているかららしい。
「それに、この中央教会へ一番寄付をしてくれているのは、デューク司祭殿のご実家、クロスライト公爵家なんだよ?」
「ふん……私の出した金を着服していた馬鹿どもが一掃されて、少しは教会内もきれいになったろうよ。」
リトス司祭の言葉にデューク司祭が鼻を鳴らして答える。
しかし、そんなことよりも先ほどのリトス司祭の発言のなかで聞き捨てならない言葉が首無し騎士の耳へとはいってきた。
「…………まて、クロスライト公爵家だと?」
首無し騎士は打ち上げられた魚のように、目を見開き、口をパクパクとさせながら、デューク司祭を凝視する。
視界の端では、リリア・フォードリアスが何か言いたげな顔でこちらを見つめていた。
「…………旧リデオン王国での一件の後……イライザの実家の場所と、デューク司祭様の家系図を照らし合わせ、最近分かったことなのだけれど……イライザの父君の弟から連なるクロスライト家の家系で、貴方にとっては5世代先の甥になるようでな………。」
リリア・フォードリアスの口から紡がれるあまりに衝撃的な内容に首無し騎士の頭は真っ白になる。
つまり自分はこの人物の大叔母……拍叔祖母になる………?
首無し騎士は瞠目した表情を崩せずに、またデューク司祭の方へと視線を向ける。
「…………聖騎士の身でありながら首無し騎士に堕ちるとは…………クロスライト家の恥さらしめ。」
次の瞬間、首無し騎士は倒れた。




