浄化
「お役に立てず申し訳ない……。」
中央書庫から出た首無し騎士は開口一番にリトス司祭へと謝罪する。
ディネリントと共に数時間ほど頭をひねったが、結局これといった糸口すら見つけられず今に至るのである。
「いえいえ、お付き合いいただいただけでも感謝しております。」
リトス司祭に引き連れられ、中央教会の廊下を歩いていると、前方から人影が近づいてくる。
遠目からでもわかるような金色のネックレスをかけ、指には大粒で高価そうな指輪をしている司祭服の男だ。
元々司祭服というのが白地に金のラインを刺繍しているのもあり、同じ司祭服でも印象が違う。
「おやおや……教会内で死臭がするかと思えば………これはどういうことですかな?リトス司祭殿?」
「デューク司祭殿。」
リトス司祭からデューク司祭と呼ばれた男は対面早々嫌味をぶつけてくる。
原因は言わずもがな、同行している首無し騎士が原因だ。
「神聖な教会内に穢れた不死者を招きいれるなど……明らかな背信行為だといわれても仕方ないですが?」
「いや……私は……」
「黙れ不死者、汚い声を私の耳に入れるな。」
「デューク司祭様!!」
弁明をしようと口を開いた首無し騎士にデューク司祭は侮蔑の眼差しと凍てつく声色で一蹴する。
その態度にリリア・フォードリアスは難色を示すが、首無し騎士は自然と受け入れていた。聖職者としては当然の反応だろうからだ。
生前の首無し騎士とて、自分の生活圏に不死者がいたら嫌悪感を示していただろう。
「ご心配には及びませんよ、デューク司祭殿……この首無し騎士殿は聖騎士隊に御助力いただいた方でして、本日お越しくださったのも、自らの浄化を願ってのことです。」
「ふん……不死者に助けられるなど、昨今の聖騎士隊は腑抜けているのではないか?」
「なんだと……っ!」
デューク司祭の苦言に、今度は首無し騎士が反応する。
しかし、それを制すようにリリア・フォードリアスが首無し騎士を静止した。
「不死者にしては見どころがあると思ったが、所詮不死者は不死者だな、凶暴な魔物だ。」
デューク司祭は首無し騎士へ侮蔑の困った眼差しを向けると、踵を返しその場を離れようとする。
「デューク司祭様……!今の貴方を祖先が目撃なされたらどう思われるとお考えですか!!」
「とうに滅んだ者の考えなど……知る由もない。」
デューク司祭は振り返ることなくそう言い放つとそのまま立ち去ってしまう。
ジャックは先ほどのリリア・フォードリアスの苦言も、デューク司祭の受け答えにも違和感を覚えた。
「あのような物言い……っ!」
「フォードリアス聖騎士隊長、そう怒らないことだよ、彼には彼なりの考えがあるのだからね。」
青筋を立てるリリア・フォードリアスをリトス司祭が諌めている。
しかし何故だろうか、そもそもリトス司祭はデューク司祭の物言い自体に腹を立てていないように見える。
普通出会い頭にあんなことを言われたら誰でも癪に触ると思うのだが……
(それだけ寛容な人ということなのか……何か裏があるのか……。)
人をまず疑うことからコミュニケーションをはじめるジャックとしては断然後者の可能性が高いと踏んでいる。
しかし、確証がないのと場を混乱させるだけの考えを無闇に口に出したりはしない。
「さて、では首無し騎士殿……改めて聖堂へと向かいましょう。」
「はいっ!よろしくお願いします!」
リトス司祭の導きにより、再び聖堂へと向かう。
ようやく、彼女の長い長い旅路が幕を閉じようとしていた。
・
《リペリシオン王国》王都の場末にある小さな倉庫。
そこから出てくる三人の冒険者がいた。
「では!依頼はここまでと言うことで!今回はありがとうございました!!」
「いやいや、こちらこそ助かったよ。」
このパーティのリーダーであろう盾戦士が商人の男に頭を下げ、軽戦士と魔術師を引き連れてその場を後にする。
中性的で可愛らしい顔は男娼でもやればかなり人気が出るのだろうと、商人は道中常々思っていた。
「………さて、いけないね。仕事仕事………」
商人は倉庫の中に戻ると、馬車から積荷を下ろし始める。
先程の冒険者たちにも道中決して中身を見せなかった木箱には割れ物注意の貼り紙が貼ってある。
彼らにはかなり高い皿だと説明し、決して不用意に触れないように言い聞かせ、目を光らせていた物だ。
「あの冒険者達には酷いことをしてしまったかも知れないな。」
王都までの道中が危険だからと適当に護衛依頼を出したのだが、あんなに気持ちの良い若者達が来るとは思っていなかった。
冒険者など気性の荒い奴が大半だからだ。
だからこそ、あんなに良い人達が知らずの間に“テロの片棒を担がされていた”と知れば少なからずショックを受けるだろう。
「自分たちがこんな物を護り、運んでいたとはつゆにも思っていなかったろうな。」
商人の男は木箱の封を切ると、蓋を開ける。
木箱の中には黒い蔦を幾重にも編んだような禍々しい杖が安置されていた。
「これで……至福を肥やすクソ聖職者どもに神の鉄槌を下してやる……っっ!」
商人の男が杖を手にすると、杖から蔦が伸びて男の手首へと絡まっていく。
やがて蔦は男の皮膚を突き破り、根を張るように侵食していき、牛虫が這いずり回るかのように身体を盛り上げていく。
「お…おおおおお………っ!」
男の目は黒く濁っていき、瞳孔は広がり、黒一色の瞳へと変貌する。
倉庫から盛れる光が男の影を投影し、醜く歪むその姿を克明に表していた。
「…………待っていろ、中央教会の豚ども………お前ら全員…神の御前で悔やませてやる……っ!!」
男だったその怪物は倉庫をでると、右手に癒着した杖をかざす。
すると、怪物の両足はみるみるうちに地面から離れ、空高く舞い上がった。
・
首無し騎士の身体が燃えている。
浄化のせいではない。彼女が祈りを捧げているからだ。
リリア・フォードリアスにより、首無し騎士へ聖水がかけられると、まるで油を撒いたかのように炎は一層激しく燃え広がる。
しかし、聖堂に炎が燃え移ることはなく、業火の中心にいる首無し騎士の身体も焼け爛れることはない。
ただただ首無し騎士の表情が襲いかかる痛みによって苦痛に歪むだけだ。
「神よ……どうかこの者を慈愛なる心によってお導きください………《神聖なる吐息》」
リトス司祭がそう唱えると、ステンドガラスから差し込む陽光が彼の目の前を照らしていく。
その光に照らされると、まるで心地の良い微風に包まれる感覚がして、ジャックやディネリントの疲労を回復していく。
「高位の回復系の祈祷……すごい、聖女ちゃん以外で使える人がいるなんてね。」
ディネリントが感心するように呟くと、首無し騎士を包む業火に異変が生じる。
まるで焚き火に風を送るが如く、彼女を包む炎が一層勢いを増したのだ。
「〜〜っ!!!っっっ!!!!」
これまでにない激しい痛みに襲われ、首無し騎士は倒れ伏しそうになる。
しかし、ほとんど気力だけで祈りの体勢を保ち、踏みとどまる。
瞼をぎっちりと閉じ、下唇を食いしばり、懇願するように祈る。
________________しかし、いくら痛くとも、首無し騎士の意識は薄れることなく、徐々に周りの炎は鎮火していき、最後には彼女の周りを燻る火の粉へと変わる。
「そんな……!聖女ちゃんの時は首無し騎士どころか魔王にだって重傷を負わせたのに………っ!!!」
ディネリントの声が周りを……遠巻きに見ていた聖職者達までも動揺させる。
誰もが……上位不死者があの奇跡を受け、その場に存在しているところなど見たことがなかったのだ。
リトス司祭の浄化でその身を灰に変えなかった不死者など……首無し騎士、イライザ・クロスライトが初めてだった。
当の本人は苦痛と哀愁の混ざった表情で呆然と座っている。
「これは……これほどまでに神がこの者を拒む理由はなんなのだろう………」
リトス司祭も動揺を隠しきれず、リリア・フォードリアスに言葉を投げかける。
しかし、当然ながら理由などわかるはずもなく、ふるふると首を左右に振るだけだった。
「きっと、この者はとんでもない大罪人なのでしょう。」
不意に大聖堂へと響き渡る声。
数人の司祭服を着た男達がぞろぞろと聖堂に入ってくる。
先程みたデューク司祭のように……いや、それ以上にじゃらじゃらと豪華そうな装飾を身体に纏わせている。
リトス司祭の服を見ていなければ、彼らが同じ司祭であると認識できなかっただろう、それほど彼等の装飾は露悪的で成金的だ。
「それか、リトス司祭殿の御力が衰えたか……信仰心が足りていないのではないですかな?」
「…………どの口が」
司祭達の言葉にリリア・フォードリアスは嫌悪感を露わにし、独り言ちる。
その目には明らかな敵意が宿っていた。
あの場にいるどの司祭もリトス司祭が扱った《《神聖なる伊吹》はおろか、初歩的な聖属性も扱えないだろう。
それほど奴らの寄付金の徴収は背信的で、神に拒まれてるのは明らかだからだ。
「もういい……私を火に焚べてくれないか…………。」
「首無し騎士!!」
首無し騎士の弱々しい声にジャックが叱咤を飛ばす。
「そうだよ、何か原因があるかも知れないし、もしそうならそれさえわかれば……」
「いいんだ…もう……初めから決めていたことなんだよ……。」
ディネリントもなんとか説得しようと試みるが、帰ってくるのは首無し騎士からの弱々しい拒否。
首無し騎士は浄化がされなかったこともそうだが、それにより敬愛する神にここまで拒まれているという事実を突きつけられ、絶望してしまいそうなのだ。
経験したことない永劫の苦しみの漠然とした恐怖よりも、その事実がつらく感じる。
「………だそうだ、なにボサッとしているお前達。早くありったけの薪を広場に集めろ。」
成金司祭の一人が周りの聖職者を顎で使うように呼びかける。
「………後から来といて偉そうに…」
ギリギリとリリア・フォードリアスが歯を食いしばる音が首無し騎士のすぐそばにいるジャックに聞こえる。
……それと同時に何かの低い音も
「…………なぁ、大型の魔物が飛来する時みたいな……そんな低い音が聞こえないか?」
「え?なにその音……」
ジャックは近くにいたディネリントに質問するが、疑問を露わにするだけだった。
どうやらこの音はジャックの耳以外拾えていないらしい。
しかし、その音はどんどん大きくなり………
「………ん?確かにへんな音聞こえ___」
ディネリントの発言と同時に聖堂のステンドガラスが砕け散った。




