中央教会
太陽が最も高く光り輝く時刻、首無し騎士を乗せた聖騎士隊の車列はリぺリシオン王国へと帰還していた。
街行く人々は聖騎士隊の馬車が視界に入ると、足を止めてお辞儀をする。
子供に至っては満面の笑みをむけ、手を振っている。
「ずいぶん、聖騎士様たちは人々に親しまれているんだな。」
「それはそうだろう、なんたって魔物から人々を護る要だからな!」
首無し騎士はふふんと鼻を鳴らすと、誇らしげに胸を張る。
普段魔物を狩っているのは自分達冒険者なんだけどなという皮肉でジャックは語ったのだが、どうやら通じていないようだ。
しかし、首無し騎士や純血種の吸血鬼など、強大な魔物が出現した時には聖騎士隊は頼りになる。それは間違いがないのでジャックは訂正をすることなく口を閉じる。
「でも冒険者ギルドってのができてからはもっぱらの魔物は彼らが相手してるけどねー」
こういう風に歯に衣着せぬ森妖精がいることもジャックが口を閉ざした理由だ。
ディネリントに言われ、先ほどまで鼻高々だった首無し騎士はスンっと落ち着いてしまう。
冒険者ギルドというものがなかった首無し騎士の時代はそれこそ極小さな魔物被害でも聖騎士が駆け付けたのだろう。
各町に聖騎士が一人は在中していたなど、現代では考えられない話だ。
首無し騎士やディネリントの話では教会の神父の役割も兼任していたのだというのだから当時の聖騎士はさぞ多忙であったことだろう。
「………あれが現代の中央教会か。」
馬車の中であたりさわりのない話をしていると、目的地の教会が近づいてくる。
「ずいぶんと、立派なのだな。」
首無し騎士のつぶやき通り、視界に入った教会はいままで滞在してきた街のどの協会より荘厳な居住まいをしていた。
壁は石レンガではなく、継ぎ目の見えないように上から塗り壁をしていることがうかがえる。
その壁や柱に飾り立てられている彫刻も知身一つなく、目の覚めるような白さを保っていた。
巨大な石から教会をそのまま削り出したといわれてもそのまま納得してしまうだろう、それほど中央教会には金銭が使われていることがよくわかる。
「権威を示すためにはそれなりの建物が必要ってことでしょ。」
「そうなのか……300年前とはずいぶんと変わったのだな。」
首無し騎士の記憶にある教会はどれも同じ様式のモノだった。
かつての《リデオン王国》でさえ各地の村々や町と大差のない教会だったのだ。300年という時の流れが人心の信仰心をより強固にしたのかもしれない。
「しかし、寄付金を教会の維持費に回せるということは良いことだな。それだけ国が豊かで、飢えなどに苦しむ人々が少ない証拠だ。」
「いや、普通にスラムとかあるけど。」
「………何?」
ジャックの発言に首無し騎士は思わず聞き返してしまう。
「だがこうして立派に教会があるのだからスラムはあっても炊き出しとか、孤児院などは充分に機能しているのだろう?職はギルドというものが台頭して働き先は増えているだろうし……」
「いや、俺自身スラム育ちだけどさ、孤児院なんてなかったし、あってもかつかつですぐにつぶれるようなところばかりだったよ。炊き出しだって見たことない、冒険者になって各地を回るようになってから二、三回見たかどうかって感じだ………そもそもギルドへの所属が当たり前になりすぎて、ギルドの保証のない野良の商売人なんてやっていけなくなったし、そのギルドへの所属だって大変なんだぞ?簡単に入れるのなんてそれこそ冒険者ギルドくらいじゃないか?」
「それに、いまの教会は昔と違って貴族たちと近すぎるからねぇ~………私がたびに出る前にもすり寄ってくる奴らが多いのなんのって………」
ジャックとディネリントの話をきいていた首無し騎士は愕然とする。
それではまるで、中央教会が金儲けに躍起になっているみたいじゃないか……そんなわけがない……それでは教会の存続目的がまるっきり変わっている。
「いや!おかしいだろう!?じゃあ彼ら聖騎士はどうなんだ!?彼らは私から見ても素晴らしい聖騎士で………」
この教会に着くまでの道中だけでも聖騎士隊が慕われているのは一目瞭然だ。
教会がそんな状態なら、聖騎士たちがあれほど人心を集めているわけがない。
「イライザ、現場に出る人間と内部に閉じこもっている人間じゃ認識が違うんだよ、意識の高さに格差がありすぎるんだ。」
歪すぎる。
首無し騎士の脳内にその一言が浮かび上がる。
まるでガラスの床を叩き割られ、奈落の底に一気に落とされていくような衝撃。
「………耳の痛い話ですね。」
先ほどまでの話を聞いていたのだろう、御者台の歩からリリア・フォードリアスの声が聞こえる。
馬頭にも近い会話……普通なら激昂してもいいような話題を制することなく、ただ一言呟くだけで、ジャックとディネリントの認識が間違っていないことを示唆している。
「そんな……馬鹿な……そんなことでは神が高度な奇跡をお許しになるはずがない!!」
「ええ、その通りです。ほとんどの高位司祭が祈祷を行う場面を私たちは目にしてません……きっともう奇跡を授ずからなくなっているのではと邪推しております。」
「馬鹿な!?そんな奴は追い出されるはずだ!!」
「追い出されません。それほど貴族との癒着が強いのです。」
通っていない血の気がさっと引いていく感覚がする、幻肢痛と似たような感覚。
首無し騎士にとってあまりにも衝撃的過ぎた。
「だから王都でクラウディアの葬儀を行うって聞いた時はもう心配で、心配で……思わずついていくって言っちゃったわ。」
「そこは心配しないでください。葬儀も、イライザの浄化も、私が信頼を寄せている司祭殿に頼んでいますから。」
ディネリントの発言にリリア・フォードリアスが苦笑して答える。
ディネリントは仲間の最期に立ち会いたかったわけではなく、王都の教会に仲間の遺骨を任せておけないからついてきていたのかと、首無し騎士は今更ながら衝撃を受けた。
「どうなっているんだ……全く……」
首無し騎士が文字通り頭を抱えて独り言ちるのと同時に聖騎士隊の車列が中央教会の門を潜る。
先ほどの話を聞いた後では、この黄金に輝く門すら見る目が変わってしまう。
教会の敷地内にある広場に馬車たちが止まると、聖騎士の一人が隊列から離れ、教会内部へと走り去っていく。
「彼が例の司祭様、リトス司祭様に取り次いでくれるはずです、私達は聖堂で待ちましょう。」
リリア・フォードリアスの案内で、首無し騎士達は教会の中へと入っていく。
内装すらも外観に負けず、荘厳で豪華な装飾に飾り立てられていて、まるで物語の神の園を想起させる。
「これは………すごいな……」
あっけにとられている首無し騎士の視界にちらほらと聖職者の姿が見え始める。
どの人物も首無し騎士を見る目は侮蔑と嫌悪で満たされており、明らかな敵意を感じる。
しかし、これは仕方のないことだ。生前であれば、首無し騎士も不死者へ同じ視線を送っていただろう。
リリア・フォードリアス率いる聖騎士隊に囲まれていなかったら、即座に襲われていたに違いない。
そんなことを考えながら歩いていくと、聖堂へとたどり着く。
色とりどりのステンド硝子がはめ込まれた天井からは太陽光が優しく降り注ぎ、聖堂の祭壇を中央に巨大な神々をかたどった像が鎮座している。
とてもこの世の光景とは思えない光景に、首無し騎士の身体は震えていた。
(しかし……この偉大な光景も、人々からの寄付金を費やして作られたもの……)
確かに感動する光景だが、過剰な装飾は無駄にしか思えない。
そうなると、いくら素晴らしい光景でも是とは言えない。
聖騎士隊たちは聖堂に着くと、横一列になり祭壇へと祈りをささげる。
ここでばかりはジャックも聖騎士に習い、祈りをささげるポーズをし、ディネリントも森妖精様式で額に両手をあて、祈りをささげる。
首無し騎士はそんな彼らから距離を取り、少し後方から祈りをささげ、自身の身体を灼熱の業火で燃やしていた。
「……まさか不死者が神々に祈りをささげる光景を見ることができようとは………長生きはしてみる者ですな。」
不意に首無し騎士の耳にしわがれた声が聞こえてくる。
目を向ければ、白い司祭服に身を包み、丸い眼鏡をかけた物腰の柔らかそうな司祭が視界に入ってくる。
「リトス司祭。」
リリア・フォードリアスの一声で、彼が例の司祭だと認識した。
「彼女が件の首無し騎士です、どうか司祭様のお力で導いてくれませんか。」
「焦らないでください、私も彼女と言葉を交わしてみたいのですから。」
リトス司祭はそう語ると、首無し騎士へと近づいてくる。
「まずは……はるばるやってきていただいて、ありがとうございます。」
「いえ、とんでもございません!私こそ、このような穢れた身で神聖な場に踏み入ったことを謝罪いたします。」
「そんなことは構いません。死して尚、人々のために尽力していただいた騎士を咎めることがありましょうか。」
「ですが……」
なおも食い下がろうとする首無し騎士にリトス司祭は手のひらを向け、発言を制す。
「時に、先ほどの業火は熱くはないのですか?」
「いえ……熱いし、痛く苦しいです……しかし、これも神罰と受け入れております。」
「それでも神への祈りも欠かさないと……神に裏切られたとはお思いにならないのですか?」
「望まぬとも、先に神に背いたのは私です。」
首無し騎士はリトス司祭から目をそらさず、またリトス司祭も首無し騎士から目をそらさない。
「………あなたのような信徒が神罰を受け賜わり、何故彼らがのうのうと至福を肥やしているのか……」
「リトス司祭、その変で……」
嘆かわしいようにため息を吐くリトス司祭をリリア・フォードリアスが止める。
リトス司祭もわかっているように、こくりと頷いた。
「心配せずとも、浄化の祈祷は行います………しかし、その前に貴女様に頼みたいことがあるのです。」
「そのことなら、フォードリアス殿より承っております。」
「話が早くて助かります、どうぞこちらへ。」
リトス司祭の誘導をうけて、首無し騎士たちは後を続く。
しばらく歩いていくと、リトス司祭は大きな扉の前で立ち止まった。
「中央教会の書庫になります。」
「うっそ!?」
あまりの衝撃にジャックは思わず声をあげてしまう。
首無し騎士の伝承を調べるために見せてもらえないか、交渉をしようと考えていた手前、この展開は渡りに船であった。
リトス司祭は扉を開けると、”頼み事”の内容について語り始める。
「数日前、この教会書庫より古い紙がみつかりまして……調べたところ、《クリミア聖王国》に安置されている”勇者の手記”その一部だということが分かったのです。」
「うっそ!?トールの手記!!?」
続いてリトス司祭の言葉に驚いたのはディネリントだった。
急に声を荒らげたことを恥ずかしく思ったのか、ごまかすように「そういえば彼、日記とかつけてた気がする」とブツブツとつぶやいている。
「近く、クリミア聖王国に返還する予定なのですが……なにせよ勇者様の手記は高度に暗号化されており、現在でも多くの学者によって解明が試みられましたが、上手くいっていないのが現状です……そこで、勇者様と同じ時代を生き、面識のある貴女様なら解読の方法も知っているのではないかと……」
「そうでしたか……しかし、私も彼の日記など今初めて知りまして……」
「私も見たことはあるけど、人の日記なんてそんなまじまじと読まないしなぁ……」
首無し騎士とディネリントは互いに顔を見合わせ、首を傾げている。
ディネリントはあまりの衝撃で、自分が大魔導士ディネリントだということを隠すというのを忘れているようだ。
「それでも、なにか気が付くことがあるやもしれません……見るだけでも構いませんので……」
そういうと、リトス司祭はガラスケースを開け、一枚の紙を首無し騎士たちに手渡す。
そこに記されていたのは見たことのない記号の羅列だった。
一本や二本で構成された簡易そうな記号と、いくつもの線で構成された記号がいくつも並んでいる。
「な………なにこれ……トール、こんな難しい暗号なんて考えてたの……?」
「これは……学者先生たちが頭を悩ますのも無理はない………すまないが、力になれそうにないな……。」
「そうですか……。」
二人の反応にリトス司祭は目に見えて肩を落とす。
「これだけ高度な暗号表だ……考えた本人も簡単には覚えられなかったはず……どこかに解読表なんか存在するんじゃないのか?」
ジャックの疑問にリトス司祭は静かに首を横に振る。
「残念ながら現在に至るまでそういうものは発見されておりません……。」
「もとが紙ゆえ消失してしまったのかもしれないが……もしかしたら今回みたいにひょっこり見つかるかもしれないからな……。」
しかし、ジャックには疑問だ。
これほど高度な暗号を残してまで勇者は何を隠し、何を残そうとしたのだろう。




