旧知の仲
「なるほどねー………大体の事情は理解したわ。」
ディネリントの視線が首無し騎士の身体を下から上へと這っていく。
「まさかあんなに不死者を嫌っていたイライザが上位不死者になっちゃうなんてねー……世の中何があるかわかったもんじゃないよねー………」
「や…やめてくれ……私だって好きで不死者になぞなったわけじゃ……」
当の首無し騎士は膝の上に置いている頭を手で隠すように抱えている。
そうとう”この状態”を見られるのが嫌だったようだ。垣間見える耳は焼かれたように真っ赤だ。
「これが”くっ殺”ってやつか。」
「その言葉、勇者が作った言葉の中で唯一気に食わんぞ。」
ジャックの独り言ちた言葉にリリア・フォードリアスが不機嫌そうにつぶやく。
聞こえるとは思わなかったジャックは両手で口を塞ぐ。
「……でも、《純血種》を葬ったのがイライザなら納得だわ。」
デリィネントはゆっくり立ち上がると、リリア・フォードリアスに視線を移す。
「それで、クラウディナの葬儀はこの教会でやるの?それなら私も同席したいんだけど。」
「いえ、遺骨は王都に持っていき、そこの教会にて葬儀を執り行うつもりでした。」
「……わかった、そしたら私も王都まで同行するわ。」
部屋から出ていこうとするデリィネントはドアを閉める前に振り返らずに呟く。
「イライザ……ありがとね。」
そういうと、首無し騎士が返答をする暇を与えずに、扉が閉まった。
・
翌日、リンドルマの街を出立した聖騎士一行はリペリシオン王国王都へと続く道を進んでいた。
ディネリントは結局首無し騎士の部屋にいたリリア・フォードリアス以外の聖騎士には正体を明かさず、”ジャックの知り合い”という体で同行している。
よっぽど英雄に戻りたくないと見た。
「私の記憶違いなら申し訳ないんだが………」
首無し騎士は馬車中で干し肉を齧っているディネリントに視線をくぎ付けにさせながら語り変える。
「キミは……というか、森妖精は菜食主義だったんじゃなかったか?前に《リデオン王国》に訪れた時は”こんな野蛮な食事口にしたくない”と言っていたじゃないか。」
ジャックは首無し騎士の発言を聞き、目を見開く。
やっぱりあの違和感は正解だったのだ。
「………いろいろ世界を回って価値観が変わったのよ。まぁ、トールの影響が一番大きいけれどね。」
「森妖精の価値観に影響を与えるとは………さすがは勇者というわけか。」
何気なく繰り広げられる会話にジャックは驚愕を隠せない。
「待って!?勇者ってそんな名前だったの!?」
「……え?何だ?知らなかったのか?」
「そういえば、その書物にも”勇者”としか記されてなかったもんね。彼しかそんな呼ばれ方した人なんていなかったからしょうがないんでしょうけど。」
この二人はなぜそんな平然と話しているのだろう。
勇者の本名……歴史から消された重要な情報………それがそれほど価値のあることなのか、二人は理解していない。
「彼の名前はトール・ミャジャというんだ。」
「ちょ……ちょちょちょ…待って!こんなとこでそんな重要情報不用意に発言しないで!!」
ジャックの慌てように首無し騎士もディネリントも首を傾げて見つめてくる。(首無し騎士は首は首でも手首だが)この二人は情報の価値というものをまるでわかっていない……あとで勇者の情報を聞き出した後に嫌というほど語っておこう。
そこでジャックはふとあることに気が付く。
「なぁ……あんた、長命な森妖精で復讐のために世の中を歩き回ってたんだろ?」
「え?まぁ………吸血鬼を捜すのにそれなりに歩き回ったけど………」
「じゃあさ、不死者の首無し騎士以外が出没する……あるいは首のない妖精の目撃情報がある地域とか心当たりないか?」
ジャックは真剣な面持ちでディネリントに質問を投げかける。
彼女は首無し騎士が故郷にとらわれている間も世界中を旅してまわっていた、いわば”生ける歴史書”だ。
そんな彼女であれば、あの書物に記されていた”ある地域”を把握しているかもしれない。
「不死者以外の首無し騎士って……それもう首無し騎士じゃないでしょ。」
「………知らないってことか?」
「寡聞にして聞いたことがないわね。」
ジャックの目論見はもろくも崩れ去る……。
300年以上生きている森妖精が知らないんじゃ、他の誰も知らないんじゃ……やはり、あの書物に書かれていたことは世迷言だったんじゃないだろうか………。
「ジャック……君はまた私のために何か調べてくれていたのか?」
「…………」
「ジャック……私はもう充分に世話になった、どう転ぼうが私の旅路は王都の教会で終わるつもりだ。これ以上キミに迷惑はかけられない……充分助けてもらったんだよ、ジャック。」
首無し騎士の諭すような口ぶりが心に痛い。
彼女がもう決心を固めていることなんて初めからわかっているのに………
「ま……まぁ、私も1800歳の若造だしさ、昔の古い話だってんならそれこそ森妖精の森の年より達のが詳しいんじゃない?ほら、上位森精霊とかさ!」
しんみりとした空気に耐えられなかったのか、ディネリントが大仰な身振り手振りで話を続ける。
「……だそうだ。王都での用事が終わったら、森妖精の森を目指してみるのもいいんじゃないのか?」
「………それじゃ遅いんだよ。」
ジャックは唇を尖らせて首無し騎士から顔をそむける。
視界の端に映る彼女の困ったような表情が、なんともジャックを苛立たせた。
・
その晩、聖騎士隊一行は野宿をしていた。
王都に到着するにはもうしばらくかかるということで、英気を養うそうだ。この地点で休憩を挟めば、明日の昼過ぎには王都に到着できるらしい。
人間たちが寝静まったあと、睡眠をとることのできない首無し騎士は一人で夜空を眺めていた。
「………寝れないっていうのも不便だよねぇ。」
ふと背後からディネリントの声が聞こえてくる。
振り返れば、目をこすりながら馬車の天幕を広げ、降りてくる彼女の姿がある。
「なんだ、見張りは私一人で充分だぞ。」
「ううん、眠れないだけ。」
ディネリントは首無し騎士の隣へやってくると、腰を下ろす。
「本当に、王都で幕を下ろす気なの?あの子……だいぶ寂しそうだったけど。」
「……しょうがないさ、本来、私はこの時代の人々に関わるべきじゃないんだから。」
首無し騎士は馬車の天幕へと視線を移す。
いつまでも惨めたらしく生に執着するべきではない。どんな結果になろうと、けじめをつけるべきだ。
しかし、首無し騎士にも心残りができてしまった。ジャックのことだ。
彼はどこか不安定なところがある。自分がいなくなったら、また一人ぼっちになってしまうのではないだろうか。
「ディネリント。」
「ん?」
「私がいなくなったら、あの子のことを気にかけてやってくれないか?できれば、旅に同行させてやってほしい。」
「私は別にいいけどさ、それジャック君が了承するかわかんないよ?」
「ディネリントなら上手くやれるさ。」
「自分勝手だねぇ。」
浄化の成功率をあげるためにも、未練は残さないで置いた方がいい。
無事に浄化さえできれば、ジャックも何も起こさないだろう……彼が懸念していることは、首無し騎士が焼かれて永劫の苦しみにとらわれることのようだから………。
「………上手くいくといいな……。」
首無し騎士は夜空を見上げ、独り言ちる。
自身が無事にあの満点の星空の一員になれることを願いながら。




