森妖精の魔法使い
「それで?何を聞きたいんだよ?」
大通りに面した飲食店のテーブルにてジャックは頬杖を突きながら、目の前の森妖精をじっと睨みつけている。
当の本人は運ばれてきたハンバーガーに舌鼓を打っていた。
ジャックの認識では森妖精は動物性のものを口にしないというイメージだったが、どうやらそれは偏見だったらしい。
「そうね……まずは、現代の貧弱な聖騎士隊がどうやって《純血種》の吸血鬼を討伐したの?それとも、本当は下等吸血鬼だったとか?」
森妖精は口に着いたソースを親指で拭いながら質問してくる。
「いや、本当に純血種だったよ。」
「………やっぱり。」
聞きたかった返答だったのか、森妖精は納得したように頷き、ハンバーガーを頬張る。
いったい何がしたいのか、どんな情報を求めているのか、全く見当がつかない。
「なぁ、あんた……」
「それで……」
ジャックが質問を呼びかけようとするが、その言葉を遮断するように森妖精は口に入っていたハンバーガーを呑み込み、逆に質問を投げかけてくる。
はっきり言ってジャックの苦手なタイプだ。
「その純血種の吸血鬼、特殊な骸骨兵を使役していたと思うんだけど……知らない?骸骨兵にしては高価な盾と鎧を着用してたと思うんだけど。」
森妖精の質問にジャックは一瞬言葉を詰まらせる。
首無し騎士の話だと、その骸骨兵はかつての勇者パーティにて戦士を務めていた人物だったらしい。
首無し騎士にとっても大事な人物だったようだ。なぜ、この森妖精はそのことを知っているのだろうか?
「……いや、俺はそこまで詳しいことは知らない。」
「お願い、大事なことなの。」
一瞬の沈黙を森妖精は見逃さなかったらしい。先ほどまで両手に持っていたハンバーガーを皿の上に置き、真剣な眼差しをジャックに向けている。
「………大事なことって…どういうことなんだよ……。」
「その吸血鬼が、私の追っている仇かもしれないの。」
森妖精の発言に耳を疑う。
300年前の人物の骸骨兵を従えた吸血鬼が仇とはそういうことなのだろうか?
順当に考えれば、あの吸血鬼と骸骨兵に知人を殺されたとみるのが妥当だが、聞くところによると森妖精はとても長命で、一万歳を超える上位森精霊もいるらしい。
もし、この森妖精の仇というのが、あの吸血鬼だけで、吸血鬼のほうがその知人だとしたら……?
確か勇者パーティには一人だけ、森妖精がいたと語り継がれているはず………
「まさか……大魔導士………ディネリンド………?」
「………頭の回転が速い子ね。」
大魔導士、ディネリンド。
勇者パーティに所属し、現代魔法の基礎を構築した人物。
かつて魔物や魔族のみが魔法を扱っていた時代、人間は魔法陣や詠唱を介した魔術しか扱えなかった。
その常識を覆したのがこのディネリンドだ。
魔力のながれや媒体の工夫で、詠唱や魔法陣を介さず《魔法名》を唱えるだけで発動できる《魔法》にまで昇華させた功績は偉大であり、現代でも魔法陣を介させる《高位魔法》を無詠唱で行える人間、魔族両方から見ても規格外の人物。
勇者の死後に消息を絶ったとされている偉人がどうしてこんなところにいる?
「………いや、ありえない。そうだとしたら……魔法使いの接近を俺が察知できないはずがない……。」
「それは”経験の差”ってやつだよ。盗賊と似たことができる魔法くらい発明する時間があったってだけ。」
恐ろしいことをさらっと言ってのける。
そんな魔法が広まってしまえば、盗賊や暗殺者という役職は必要なくなり、ただでさえ高い魔法使いの需要は鰻登りになるだろう。
………ということはあの男たちもこの森妖精の仕込み………
しかし、そんなジャックの不安などお構いなしにディネリントは質問の返答をせかしてくる。
「それで!?どうなの?居たの!!?」
「………ああ、いたよ。その骸骨兵も浄化されて、今は聖騎士隊が骨粉を持ってる。」
「……そっかぁ…仇討ちができなかったのは残念だけど、あの子が無事に浄化されたんだったらそれに越したことはないよ。」
ジャックの返答を聞いたディネリントはほっと胸をなでおろす。
本当はむやみやたらに教えてはならないんだろうけど、かつての仲間だっていうのなら問題ないだろう。
「218年前にクラウディナの死が他殺だって判明してからいろいろ歩き回ったけど……これでようやく肩の荷が下りた気分だわ……ね、その聖騎士隊に取り次いでもらえない!?直接お礼言いたいわ!!」
ディネリントの顔がグイっとジャックに近付いてくる。
「………アンタほどの人が名乗り出ればすんなりあってくれるでしょ。」
「急に現れた森妖精が名乗りを上げたって信じてもらえるわけないでしょ。それに………」
「それに?」
ジャックは思わず聞き返す。
「もし信じてもらえても、また窮屈な日々に戻されるだろうしね。」
そっちが本音か。
・
教会に戻ると、聖騎士隊の面々が食卓を囲んでいた。
「おや?盗賊の方……そちらの方は?」
一番手前に座っていた聖騎士がジャックに声をかけてくる。いつもリリア・フォードリアスと共に行動委している聖騎士で、首無し騎士の頭を攫った時も一緒に探し回っていた男だ。
「いや、こいつは個人的な客で……首無し騎士どこにいるかわかるか?」
ジャックの隣にいるディネリントはマントについているフードで長い耳を隠している。
よっぽど自分が大魔導士ディネリントだとバレたくないのだろう、森妖精であることから隠すつもりのようだ。
………まぁ、そんな思惑もあと少しで水泡に帰すのだが
「ああ、首無し騎士殿なら奥の部屋でフォーリアス隊長と共にいるはずです。」
「そっか、ありがとう。」
ジャックはそれだけ聞くと、ディネリントの腕を引っ張って奥へと進んでいく。
そんなジャックの様子に違和感を覚えたのか、耳元でディネリントが質問してきた。
「ちょっとちょっと!さっきのが聖騎士隊の人たちでしょ!?お礼言わないと!!それに首無し騎士って!?」
「いいんだよ。あの人たちは吸血鬼に手も足も出なかったんだから。」
質問の後半には答えず、疑問の表情を浮かべるディネリントをよそにジャックは足早に聖騎士隊から離れていく。
当然だ、公には純血種の吸血鬼を討伐したのは彼ら聖騎士隊ということになっているし、その聖騎士隊の口から不死者の名が出てくれば困惑するだろう。
しかし、お礼を述べたいというのであれば、ちゃんと本人にいうのが筋だと思うのだ。
ジャックは目的の部屋に到着すると、軽く扉をノックする。
「首無し騎士、いる?」
「ジャックか、大丈夫だ。入ってくれ。」
首無し騎士の返答を確認したジャックは部屋の中に足を踏み入れる。
中には聖騎士隊の隊長であるリリア・フォードリアスと膝の上に頭を抱えている首無し騎士が向かい合う形で座っている。
「……なんだ、アンタもいたのか。」
「なんだとは何だ。」
先ほどの聖騎士との会話で、部屋にリリア・フォードリアスがいるのはわかり切っていたが、白々しく言葉を投げかける。
「そちらの方は?」
リリア・フォードリアスはジャックの後ろで口をパクパクと開閉させている森妖精に気が付くと、ジャックに質問を投げかけた。
しかし、その返答に答えたのは、ジャックではなく首無し騎士だ。
「もしかして……ディネリント!?」
首無し騎士は驚きのあまり、ベットから立ち上がり、ディネリントを凝視する。
「もしかして……この首無し騎士……イライザ・クロスライト!!?」
魚のように口を開閉してばかりだったディネリントはようやく声を張り上げる。
そうの様子を見て、ジャックは笑いをこらえるのだった。




