討伐隊
「それでは、こちら報告金になります。」
ジャックはギルドの受付から鉄札を受け取る。
鉄札には金貨に記されている紋様と同じ印が記されており、7という数字がその印のしたに書かれている。
これで、金貨7枚分という価値になる。銀行という制度が作られたあと、街から街を転々とし、嵩張る硬貨を煩わしく思う冒険者や大手商業組合の会長などは多すぎる資材を銀行に預け、その証明としてこうした鉄札を渡される。
今では銀行の信頼度も強まっていて、この鉄札だけで取引が行われる程だ。
「あ……ありがとうございます。」
ジャックはそそくさとその鉄札を懐にしまうと、その場を離れる。
金貨一枚で一年は遊んで暮らせる……そんな金貨が危険魔物の報告金だけで7枚も支給された。
下位竜である腕翼竜一体の発見報告で銀貨5枚程度支給される……それだけ10万体の不死者が蔓延っているというのはとてつもない脅威だということだ。
しかも、その不死者の大群の中には上位種である首無し騎士が存在している……ギルドがジャックの報告の裏取りをしている期間に聞いた話では近々教会所属の聖騎士隊が討伐任務にあたるのだという。
そのため、ギルドでもその討伐隊に同行する人々を集め出しており、いつもより騒々しく……いや、賑やかになっていた。
「………っ!」
ジャックは帰り際、冒険者の群衆の中にかつての仲間達を目撃する。
即座に顔を背けると、そのまま声もかけずにギルドを後にした、合わせる顔もないからだ。
ジャックが所属していた時はたとえ首無し騎士一体だけの討伐依頼がギルドに張り出されていたとしてもパーティリーダーは受諾しなかっただろう……
しかし、今回は対不死者のエキスパートである聖騎士隊に同行するだけだ。パーティ資金の不足もあり、この討伐依頼にのらない手はないのだろう。
ジャックは自分のせいで陥ってしまった資金難を申し訳なく思いつつも、ここにパーティメンバーがいることに安堵する。
ここに彼らがいるなら拠点にしている宿の部屋には誰もいないはず……盗賊であるジャックならば簡単に侵入できるし、こっそりと彼らの財布にこの鉄札を忍ばせることができる。
それでもジャックが盗んだ金額には今ひとつ届かないが、返しにいかない理由にはならない。
ジャックは多少急足になりながら、街の人混みの中へと消えていった。
・
「あれが……《リデオン王国》跡…………。」
豪奢な鎧を身につけた凛とした姿の女性、聖騎士リリア・フォードリアスは空から望遠鏡を構え、報告にあった箇所を見据える。
その内部には報告にあった通り、幾万もの不死者がひしめき合っていた。
「これだけの不死者の大群を今まで見過ごしていただなんて……」
リリア・フォードリアスは望遠鏡を目から離すと歯を食いしばる。
すると、その隣にいるリリア・フォードリアスを飛行魔法で飛ばしている魔術師が彼女に話しかける。
「まぁ……今まで《リデオン森林》近郊の町にだけ流れている噂程度でしたからな、発見が遅れたのも仕方がないのでは?」
彼の言い分にリリア・フォードリアスは歯軋りをする。
仕方がない訳があるか、そもそも魔物の討伐をギルドや冒険者に丸投げにしているからこうなる……彼らだって命知らずなわけじゃない、上位不死者が一体出ればその依頼は誰も手をつけたがらなくなる。
だからこそ本来は噂程度でも教会が聖騎士隊を派遣し、真偽を確かめなければならないのだ……それだと言うのに今の教会の上位陣は“寄付金”の高い貴族の声しか聞こうとしない。
一番声を聞くことが必要な民草の訴えなど二の次だ。
リリア・フォードリアスは自身の無力さに歯痒さを覚える。
しかし、今この場は戦場……ならば今この瞬間は現場のことに神経を集中させるべきだ。
「そして……あれが件の首無し騎士か……」
報告によれば、中の不死者が外に漏れないように……それと外の生者が中に足を踏み入れないように見張っているという話であったが、確かに時折外に出ようとする不死者を押し返している様子が見られる。
城壁も上部に杭柵が設けられており、登ろうとしても内側は鼠返しになっていて知能の低い不死者は登ってもそこで落ちる仕組みになっている。
時折彷徨う霊体が漂っているのを目撃するが、あの不死者は死んだ場所からさほど離れることができないという性質を持っているため、放っておかれているのだろう。
「確かに……不死者をあそこに閉じ込めているようだな。」
しかしそうなると、あの首無し騎士は長い年月もの間、たった一人で人々を護っていたことになる。
騎士としては尊敬に値するくらいだ。
「しかし……ならばあの首無し騎士は閉じ込めるなんてまどろっこしいことしなくても、一人一人始末してくれたらよかったのに……」
後ろの魔術師が疑問を呈する。
確かに不死者といえど、霊体でなければ器である身体を壊して仕舞えば再起できなくなる。冒険者ならその討伐の仕方で間違いないだろう。
しかし、聖騎士や死霊術師のやり方は異なる。
「たとえ器である身体を破壊して動かなくなっても魂はその動かない身体に永遠に囚われ続けることになる。私なら守るべき民草にそんなことはできないな。」
だからこそ聖職者の修行と戦いの訓練をしてきた聖騎士が彼らを浄化し、神の元へ返す必要があるのだ。
「さて、皆の準備ができたら《リデオン森林》内に突入する!」
リリア・フォードリアスは魔術師に下ろすように合図すると、自身も突入準備に入る。
あの哀しき存在達に引導を渡すために。
・
(何故だ……何故こんなに人が集まってくる………)
首無し騎士は今までにない数の人間達の数に困惑していた。
あの少年にこの場所の危険性について警告したはず……それなのにどうしてこうも多くの人々がやってきてしまったのか……
(何が不味かった……?彼の言う“ぎるど”…?というのが関係しているのか……?)
首無し騎士は剣を構えて向かってくる人々を待ち受ける。
道を覆うほどの人の数…これだけの人々を殺さずに追い返せるだろうか。
首無し騎士は剣を地面に刺し、自身の声が響くようにヘルムを外すと、声を張り上げる。
「下がれ!!ここから先、命の補償が出来ない!!この先には10万の不死者がいるのだ!」
《リデオン王国》内に大量の不死者がいる……なんとも情けない話だが、彼らの命には変えられない。
引いてもらうためにも真実を告げなければならないのだ。
首無し騎士が声を張り上げ、警告すると、人々の軍団の中から幾人かの白銀の甲冑姿の人物達が現れる。
その甲冑の胸部分には教会に認められた聖騎士の証たる聖印が刻まれていた。
「おおっ!!」
首無し騎士は思わず感嘆の声を漏らし、手から剣を離す。
いくらこの日を待ち侘びていただろうか……自分がこの場を離れ、町の教会に赴けば話も聞いてもらえずその場で浄化されかねない。
そうすると、この《リデオン王国》内に残された民達や王はそのままになってしまい、最悪ここを出て人々を襲ってしまうかもしれないと危惧し、なかば諦めていた教会の聖職者達による浄化。
その希望が、いま目の前に現れたのだ。
「神は……私達を見捨ててなどいなかったのだな……。」
首無し騎士は感動のあまり込み上げてくるものを感じる。
もう鼓動もしていないこの身体が感動するなど二度とないと思っていた。
「聖騎士隊隊長、リリア・フォードリアスと申します。貴女の先程の言動を確認し、こうして名乗らせていただきます。どうか、お力添えを。」
一番先頭に出てきた女性聖騎士が胸に手を当て、首無し騎士に挨拶をしてくる。
その様子に首無し騎士は慌てて返事を返した。
「私は……いまはこんななりをしているが、この《リデオン王国》戦士団隊長イライザ・クロスライトだ。こちらこそよろしくお願いしたい。」
リリア・フォードリアスは首無し騎士の名前を聞き、何か引っ掛かる。
何処か……そう、いつか何処かでその名を聞いたことがあるのだ。
しかし、そんな疑問に答えを出す前に首無し騎士がリリア・フォードリアスの前で跪く。
「どうか……どうか…皆を……解放してやって欲しい………」
首無し騎士は震える声でリリア・フォードリアスに懇願する。
これで、やっとこの苦しみから解放されるのだ。
「大丈夫です、ここには死霊術師にも同行してもらっています、彼らに中にいる不死者達を大人しくさせてもらい、確実に浄化していきましょう。」
リリア・フォードリアスの言葉に首無し騎士は安堵する。
なんとも頼もしい聖騎士なのだろう、その言葉だけで今までの頑張りが報われたように感じる。
しかし、そんなリリア・フォードリアスの後ろで一人の聖騎士が提言する。
「……しかし、10万の規模の不死者でしょう?我々の祈りが待ちますかね?途中でチカラ尽きる可能性も……」
「なんなら、俺らも力を貸しますかい?打撃武器があれば戦士は戦えますし、炎魔法を使えば一網打尽にできますぜ?」
聖騎士に混じった戦士風の男も提言する。
その言葉に首無し騎士は慌てて割って入った。
「わ……私達なら何日でも、何年でも待てる!!時間がかかっても構わない!!だから…どうか!どうか!浄化をしてやってくれ!!!このままこの地に縛られ続けるのはあまりにも…………っっ!」
首無し騎士のあまりの慌てように戦士風の男はもちろん、聖騎士も何人かはたじろぐ。
その中でやはりリリア・フォードリアスは疑問を浮かべていた。
(……いち騎士にしてはあまりにも浄化に対する見聞がある……)
浄化以外での不死者に対する対処法では魂が壊れた肉体やその他に縛られ、輪廻の輪から外れてしまうと言うのは聖職者や死霊術師の間では常識だ。
しかし、この冒険者のようにそれ以外ではあまり知られていない……それだというのに一国の騎士隊長がこんなに実感を持って恐れているというのは不思議に感じずにはいられない。
「わかっています、ここに残されているのは貴方が身を挺して護っていた大切な民衆なのですよね?時間はかかるでしょうが、しっかりと浄化させていただきます。」
「ああ……ああ!有難い……!」
「しかし、中の不死者達が死霊術師の支配から逃れて暴走したり、収拾がつかないくらい雪崩れ込んできたりと……不測の事態にはそれ相応の対処はさせてもらいます。」
「ああ……それで構わない、貴方達の身の安全のこともある……その時は微力ながら私も……」
“力になろう。”首無し騎士はそう答えようとしたが、そこから先は言葉にすることができなかった。
長年守り抜いてきた民草達を果たして切ることができるだろうか?
「では、早速取りかかりましょう。死霊術師達、準備を」
リリア・フォードリアスの掛け声に合わせて黒いローブの男達が前線に出る。
これから《リデオン王国》跡地の浄化作業が始まろうとしていた。




