王都手前の街
「さすがに王都から最も近いとされる国だけあって、栄えているな。」
首無し騎士は馬車の天幕から頭だけをのぞかせると、感嘆の声を漏らす。
今現在、ジャックと首無し騎士は聖騎士隊同行のもと、《リンドルマ》へと足を踏み入れていた。
《リペリシオン王国》王都から最寄りの街であり、王都ほどではないにしろかなり栄えている街だ。
本来なら身元の審査が厳重で、頻繁に出入りして門兵に顔を覚えられていない限りは街に入るのも一苦労なのだが、聖騎士隊が同行しているのも相まってかなりすんなり入ることができた。
「………鉄の牛が跋扈している………!魔物ではなさそうだが…………」
この街まで来ると、文明レベルが大きくなる。
魔道具の発展による恩恵が王都の次……あるいは同レベルで受けられるからだ。普通の街でも大層な衝撃を受けていた首無し騎士にとって目に入る何もかもが新鮮らしい。
「なるほど……あの”鉄の牛”は馬なしの馬車というわけか………!しかしこうして馬車自体はすたれてないところを鑑みるとまだ高所得者や貴族にしか手が出せない物と見える………」
「ハイハイ、そんなに頭を外に突き出したら生首だってバレるから……」
ジャックは何かを見つけるたびにリアクションをとる首無し騎士の身体を馬車の奥へと引っ張る。
幸いと言っていいのか、首無し騎士の装備していた鎧は先の吸血鬼との戦闘で大破してしまったため、身体を引き寄せやすい。
………まるで上京したての田舎娘の面倒を見ているような気分になるのだけ我慢すれば
「フォードリアス隊長、教会が見えてきました。」
「うむ、では一日教会にて休息をとり、また明日王都に向けて出立しよう。」
「了解です。」
御者台の方から聖騎士たちの話し声が聞こえてくる。
どうやらようやくこの尻の痛みから解放されるらしい。首無し騎士を極力人目に晒さないための措置とはいえ、数日馬車内にこもり切りというのは地味につらかった。
・
教会に着くと、リリア・フォードリアスがこの街の教会の神父にもろもろの事情を説明する。
もちろん、首無し騎士のことも含めてだ。
彼女はいま、武装という武装をしていない。壊れた鎧はもちろんのことだが、腰に携えていた剣も、槌矛も、聖騎士隊に預けていた。
理由は勿論、首無し騎士の危険度を抑えるためだ。武装している首無し騎士と片手がふさがっている首無し騎士では危険度がまるで違う。
おまけにこの首無し騎士は首無し騎士固有の能力というものを使いこなせていないことが吸血鬼との戦闘で判明した。
首無し騎士の十八番である《首無し戦車》の召還も、《首無し馬》の召還もできないのだという。
そもそも生前の愛馬は祖国である《リデオン王国》が滅ぼされた日に焼死させてしまったというのだ。もう骨すら残っていないという。
できることと言ったら祖国を守っていた時に偶然発覚した”首無し死体に自身の頭を乗っけると操れるようになる”というそれまで聞いたことのない能力のみで、はっきり言って今まで活躍したためしは数える程度しかなく、戦闘面においては全く意味のない能力だという。
………つまり、今の首無し騎士は”腕っぷしのいい片手の塞がった女性”ほどの戦闘力しかなく、万が一正気を失って暴れ始めても、周りの聖騎士で難なく対処できる状態ということだ。
正直杞憂でしかないと思うが、本人がそれで納得しているならジャックが口出すことではない。
「お話は伺いました。それではどうぞ中へ………」
リリア・フォードリアスとの会話を終えた神父がジャックと首無し騎士を教会のなかへ招き入れる。
「これはご丁寧に………」
首無し騎士は申し訳なさそうに神父へお礼を述べると、教会の中に入り、入り口の脇へはけると祈りをささげる。
よくみれば、先に教会内へ入っていった聖騎士たちも教会の中央に集まり、善なる神々の像へ祈りをささげていた。
「フォードリアス殿の言っていた通り、あの方は本当に元聖騎士の様ですな。」
首無し騎士の身体は徐々に火花を帯び始め、やがて首の炎が全身を包み、燃え広がる。
苦しそうな表情をのぞかせるが、火傷を負っている様子はない。
ジャックもすっかりこの光景を見慣れてしまっていた。しかし、そんな彼女や聖騎士たちと行動を共にしたところでジャックの信仰心は向上しない。
ぎゃくに最近のジャックは以前にもまして神々というものを信用できなくなっていた。
これほど熱心に祈りをささげている存在を無下にし、浄化も受け入れず、祈りを捧げれば淡々と罰の炎をあたえるような存在へどうして敬意を払うことができるだろう。
(くだらないな………。)
これがジャックの率直な感想だった。
聖騎士たちの祈りが終わるのとほぼ同時に首無し騎士の祈りも終了する。
炎がチリチリという音を出汁ながら徐々に消え始め、彼女の姿が露わになる。
代わり映えのない姿。あれだけの業火だったというのに火傷どころか着用している服すら燃えていない。
「………私たちと一緒に中央で祈ればいいのに。」
「いや、私のような卑しい存在が堂々と祈ることなどできないよ。」
リリア・フォードリアスの言葉に困った表情を浮かべながら首無し騎士は答える。
だからこんな脇で祈ってたのか。
「さて、せっかくのご厚意だ。私は早々に奥で休ませてするよ……馬車の旅は少々疲れた。」
嘘だ。
不死者は疲労など感じない。
どうせ自分がこの場にいつまでもいたら、拝礼にきた人を怯えさせてしまうとかつまらないことを考えたに違いないと、ジャックは察していた。
……いや、あの本の通りあの首無し騎士が妖精なのだとしたら疲れるのか?
「………俺は少し街を回ってきます。ドードリアンの街のこととか、どこまで噂になってるか確かめときたいんで」
「そ……そうか。」
ジャックは踵を返すと教会をあとにする。
苛立っていたことが伝わってしまっただろうか?まぁ……人間そういう日もあると受け流してもらおう。
・
教会を出たジャックが真っ先に向かったのはリンドルマの冒険者ギルドだった。
情報収集をするなら酒場か冒険者ギルドの二択だが酒場が開店する時間には少し早い。
それに、吸血鬼という不死者の情報収集なのだから、冒険者ギルドの方が情報は集まりやすいだろう………
そう考えていた矢先の出来事だった。
ドン!
ジャックの右腕に衝撃が伝わってくる。
「もぉ~!遅かったんだから!待ってたんだよ!?道にでも迷ってたの??」
声のする方角、右に視線を移すと金髪の女性がジャックに抱き着いていた。
効き馴染みのない声、白い肌、とがった耳………何より、小金色に輝く瞳がその正体を森妖精だと物語っていた。
しかし、騒然ながらジャックに森妖精の知り合いなど存在しない。
「なんだよ………まじで相方いたんだ……。」
「しかも男……ついてねー。」
森妖精のやってきた方向にはすごすごと人込みの中に消えていく男たち。
なるほど、どうやらあの冒険者パーティからの勧誘を断るための”当て馬”に使われたようだ。
男たちの姿が見えなくなるまで見送っていた森妖精はやっとため息を吐く。
「…………じゃあ、俺はこれで」
「ちょ!!ちょちょちょ!!!ちょっと待って!!!何かお礼させて!!!」
森妖精は男たちの姿がなくなっても尚、ジャックの右腕をがっしりホールドしたまま話そうとしない。
しかし、ジャックはできるだけこの森妖精と関わり合いになりたくなかった。
面倒ごとの気配がするのはもちろんのことだが、盗賊と暗殺者の役職を兼任し、四六時中周囲の警戒を怠っていないジャックに気づかれることなく抱き着いてきた時点でこの森妖精は只者ではないのだ。
おそらく同役職の実力者……力量は同系統の役職を重複して精度を上げているジャックに気づかれることなく近付いたことからジャックよりもかなり高位の実力の持ち主……。
関り会いにならないに越したことはない。
何故なら盗賊の実力者は泥棒や怪盗などその道で生計を立てている危ない奴だし、暗殺者なら要人の殺害などで生計を立てている危ない奴だ。
そんな奴が自分より実力が劣る人間に声をかける理由など、それこそ”勧誘”しかない。
「大丈夫です結構です間に合ってますそれでは」
「ちょっと!早い早い早い!判断が早い!!少しくらい逡巡してよ!!」
ジャックは無理くりにでもその場を……この森妖精から離れようとするが、一向に右腕から離れる気配がない。
ズルズルと足裏から土煙をあげてジャックにしがみついている。
「しつこいな!!あの男たちみたいに潔くあきらめろよ!!」
「いや!無理だから!!せっかく確保した手がかりだから!!!」
森妖精の発言にジャックは違和感を覚える。
手がかりとはどういうことだろうか?
しかし、その疑問は続く森妖精の言葉で解決する。
「アンタ!あの教会から出てきたよね!!?つまり聖騎士隊と行動してたってことでしょ!?討伐した吸血鬼のこと、洗いざらい吐いてもらうわよ!!」
「な………はぁ!?」
森妖精の必死な訴えにジャックはあっけにとられる。
此処にも吸血鬼について情報を求める者がいたのだ。




