ドードリアンから
ドードリアンの教会、その敷地内にある少し広く取られた庭。
つい先日まで教会内に入りきらなかった多くの聖騎士たちが式布の上で横並びにされており、その合間を多くの聖職者たちがあわただしく往来していた場所。
そこには現在、一体の女性がおり、真剣な面持ちで木剣を構えていた。
女性の頭部は本来位置する場所には存在せず、自身の右手によって小脇に抱えられている。
教会という神聖な場所にいることを本来忌避される存在である不死者。しかし、彼女の姿を目撃したシスターは逃げるでも、慌てて神父に報告に行くでもなく、微笑みを向けながら彼女の鍛錬の様子を横目に見る。
何故ならこの女性こそ、公では聖騎士が討伐したとされている純血種の吸血鬼を一人で相手した影の立役者であり、このドードリアンに住む数十万の人々を救った英雄である首無し騎士だからだ。
「………………だめだ!!何も感じん!!!」
先ほどまで真剣な表情を浮かべながら剣先を見つめていた首無し騎士は一気に脱力し、その場に座り込む。
彼女が先ほどから何をしようとしているのかと問われれば、返答は一つ。魔法の練習である。
いや、正確に表記するならば上位不死者、首無し騎士としての特殊能力を発現させる練習だ。
記憶にも新しいあの純血種が吸血鬼の能力を最大限発揮し、即死魔法や召還魔法を巧みに操っていたことが苦戦した最大の原因だったのだ。
だからこそ今度同じ状況に陥っても手の届く人々を守れるように対策を取らなくてはならない。
そのために首無し騎士としてのチカラの開花を必要としていた。
「いま私が扱える特殊能力といったら”首無し死体に自分の頭をつけて操る”とかいう愚にもつかない能力しか知らない………自分の理性がなくなった時を恐れて脅威にならないよう努めていたことがこうして裏目に出るとは………」
勿論、すぐに浄化してもらう予定だというのに新たな力を蓄えることに矛盾や徒労感は感じる。
しかし、王都への短い道中だけでも騎士として周りの人々を守りたいというのも事実なのだ。
練習の最初は生前と同じく神への祈祷を込め、聖属性を扱おうとしていた。
しかし、不浄な不死者の祈りを神が聞き届けてくださるはずもなく、いつものように自身の身体が燃え、激痛が走るだけで終わった。
次に、ジャックが言っていた”杖や剣の先を見つめ続けながら集中力をあげ、自身の魔力を感じる方法”というものを試してみた。
しかし、元から自身の魔力など感じたことのない首無し騎士は魔力の”ま”の字も感じることのなく、現在に至っている。
(フォードリアス殿や、ここの神父様の浄化が私に効かないことを鑑みると、やはり私は不死者としても何処かがおかしいのだろう。)
そもそも不死者の精神に引っ張られることなく生前の感覚と精神を保っているだけでも異質なのだ。
あの吸血鬼が言っていた通り、”不死者としても生者としても不完全な歪な存在”というのが自分なのだろう。
(…………わずかな希望であった王都の司教様の浄化すら効くのかどうか不安になってきたな……)
そんな失礼極まりないことを首無し騎士は思ってしまう。もしそうなった場合は今度こそこの身を火に焚べてもらおう。
「鍛錬ですか?」
不意に背後から声をかけられる。
振り向いた先には杖をついた女性の姿。
「フォードリアス殿。」
つい数日前、教会内で生死の境を彷徨っていた首無し騎士の恩人であり、聖騎士隊を率いていた隊長、リリア・フォードリアス。
痛々しくまろび出ていた臓物も、下顎が吹き飛んで赤黒く染まっていた顔面も、シスター達の治癒の祈祷によって、元の端正なものに戻っていた。
しかし、生命機能を優先して治した結果、切断された両足は完全に治ることなく、障害が残った様子だ。
やはり歩き方がぎこちない。
「ジャックの奴が精進して新たに死霊術を会得したというのに、私が怠惰でいられるはずがないからな。」
首無し騎士ははにかみ、視線を逸らしながら返答する。
実際は違う。今回も最後は彼に助けられた。あのまま怒りに身を任せて戦っていたら負けていたのは自分の方だろう。
なんなら怒りに支配され、不死者の身体に精神を引っ張られていたかもしれない。そう言う意味でも今回はジャックに助けられた。
「本来は我々聖騎士が事態を解決しなければならなかったところを……本当に申し訳ない。」
「いや!!フォードリアス殿が謝ることではない!!私が勝手にしたことなのだ!!」
「それでも、私は隊を代表して貴女に謝罪と礼をしなければならない……それに貴女にはつらい思いをさせてしまった。まさか……伝説の英雄が吸血鬼の魔の手に堕ちていたとは………」
リリア・フォードリアスの言葉で、首無し騎士の脳裏にあの地下室での光景が思い起こされる。
あの後……ジャックと共に館の地下室へと戻ると、山のように積もった灰と、その中に混じった黒い腕輪……そして地下室の中央でバラバラになった人骨と、彼女の装備していた防具一式………。
首無し騎士とジャックが近づいても既に動き出す気配はなく、顎の外れた人骨はただ一点を見つめているのみだった。
「彼女の人骨は我々で浄化し、骨壷に収めました。王都の教会につき次第、丁重に埋葬いたします。」
「ああ………頼んだよ……。」
「…………故郷の不死者を見送るのさえ辛そうだった貴女に……また傷を負わせてしまった。あんな形で知人に再会するなど……私ではとても耐えられそうにない……やはり、貴女はお強い方だ。」
「よしてくれ…………そんなものではない。」
そう、そんな大層な者ではない。
首無し騎士は自分がどれほど弱いかをよく知っている。
過去に囚われ、自分自身の身体に怯える浅ましい不死者………それが自分だ。
過去の遺物である自分が現代でのうのうと活動していること事態がその証拠だ。
この鍛錬でさえ、まだ生にしがみつこうとしている浅ましさの現れなのかもしれない。
聖騎士リリア・フォードリアスに賛辞を贈られるような存在ではない。
「……フォードリアス殿、王都に向けてはいつ出立するのだろうか?可能ならば、私達も同行したいのだが…」
「ええ、あの盗賊の少年からも同じ申し出がありました。まだ回復しかっていない隊員達もいるので、彼らの傷が塞がり次第すぐにでも。」
「そうか……感謝する。」
「いえ、呼び出したのは私ですし、目的地も同じなので………それに………」
ふとリリア・フォードリアスは口を閉じ、何かを口籠る。
「王都の教会に到着した際には、司祭様の浄化の前に、貴女に頼みたいことがあるのです。300年前、勇者と関わりがあった貴女にしか頼めないことが……」
リリア・フォードリアスは真剣な表情で、首無し騎士へと語りかける。
余程大切なことなのだろう、その覚悟が瞳を通してビシビシと伝わってくるのだ。
「……そんな改めなくても……朽ち行くだけの私が役に立てることならば……そして、貴女の頼みとあるならば、私は喜んで力を貸しますとも。」
「貴女ならば、そう言ってくれると思っていたよ………それでも、感謝するよイライザ。」
二人はどちらともなく手を差し出し、握手を交わす。
時代を超えた恩人であり、友人。
不死者になってしまったことは忌むべきことだが、この出会いには感謝したい。
「では、私は隊員たちの様子を見てこようと思う。」
「ああ、私も鍛錬の続きをするとしよう。」
振り返り、教会へと戻るリリア・フォードリアスの背に向かって、首無し騎士は神の加護を祈るのであった。
・
教会の蔵書庫の中、山積みにされた本の傍にジャックの菅田があった。
普通は教会の人間以外こんな場所には入ること事態許されないのだが、吸血鬼を討伐したことを強調しながら神父に頼み込み、特別に入室を許可してもらった。
中には貴重な書物もあるので、持ち出さないことと、汚れがつかないように渡された手袋を着用し、飛沫が飛ばないよう口元を隠すことを条件にされての拝読であるのだが……
「目当ての記載はありましたか?」
監視をするように付いてきた神父がジャックが読んだ本を棚に戻しながら語りかけてくる。
「………いや、どれもこれも似たような記述ばっかり……詳しい内容は書かれてないね。」
ジャックが読み漁っている本は不死者の対処法などについて書かれている本だ。
しかし、下位不死者などの一介の冒険者でも相手どれるような存在の対処法は細かくなっているが、上位不死者……例えば今回対峙した 《純血種》の吸血鬼についてなどは詳しいことは何も書かれていない。
即死魔法のことすら記載されておらず、昨夜首無し騎士が聖職者たちに語って聞かせた話の方が詳細なほどだ。これから新しく本が出るならば昨夜の話を聞いた神父やシスターがメモを取った内容のものが出回ることになるのだろう。
それほど、300年前の……魔王軍の強大な魔物や不死者と対峙した騎士の生の声というのは素晴らしいものだった。おそらくあの情報だけでも大層な価値になるだろう。
こんな状態になるまでに300年前の最終戦争当時の記録というのは時の風化と、戦火によって失われているのだ。
「………そもそもあれだけ詳しい首無し騎士が知らないことを現代の不死者の本に書かれてるわけがないってことか……」
「それはまぁ……そうかも知れませんね。」
ジャックの呟きに神父も頷く。
あの夜はこの知的で大人びた様子の神父も、感銘を受けた子供のように首無し騎士の話に聞き入っていた。そんな彼も同意せざるを得ないというわけだ。
「300年前も、そして現代も、生前の精神を保ったままずっと不死者として存在することは不可能………ますますウチの首無し騎士のことがわからなくなる。」
もしかしたら……王都の教会ならもっと詳しいことを記した書物が出てくるのかも知れないが、そんなもの読めるはずもない。
読めるのならば、もう既に一般に公開され、写本として世に出回っているはずなのだから。
ジャックは半ば諦めた様子で次の書物を開く。
この本に既知以外の事柄が書かれていなければすっぱり諦めてこの部屋を出ようと……そう思っていた時だった。
「地方伝承の違い……?」
お目当ての首無し騎士の項目……その最後の方に珍しい項目を目にする。
「悪戯好きで知られるピクシーは妖精族という認識が一般的だが、取り替え子などの度を越した悪戯も相まって魔物とされる地方も存在する………それと同様に首無し騎士も不死者という認識が一般的だが、一部地域では死期を知らせる妖精族とする箇所も存在する……?」
首無し騎士が妖精だとする記述にジャックは思わず鼻で笑ってしまう。
生者を憎み、目を抉り、首を切り落とす不死者である首無し騎士が妖精?この著者はかなり多様的な視点を持っていたことが伺える。じゃあ何か?森妖精などと同じだとでも?かつて闇妖精も魔物と通ずるものだとして差別されていたというが、それと同じだと言いたいのだろうか?
いや、不死者は不死者だ。例外なく生ある者を憎み、危害をもたらす。どの歴史を振り返ってもイレギュラーは存在しない。
想像するに、その地域の者は不死者である首無し騎士に人が殺されるのを見て、気が動転し、死期を知らせにきたと思い込んだのだろう。そこにいたのが動死体でも干死体でも同じことを思ったはずだ。
唯一確認されている例外といえば…………
「……………首無し騎士。」
ジャックの連れている首無し騎士。彼女だけが今まで観測されてきた首無し騎士のなかでイレギュラーだ。
「もしかして………その地域でもかつてアイツと同じような首無し騎士が存在していたというのだろうか?」
はたしてそんなことがあるだろうか?そんな稀有な存在が身近に現れることなど……
「……確かめてみてもいいかも知れないな。」
ジャックはその“ある地域”について記載されている書物を探してみる。
…………しかし、この書物以外その地域どころか、首無し騎士が妖精だということに触れている書物は見て取れなかった。
「……………やっぱダメか……?」
ここに存在しなければやはり王都の教会に………?
いや、それは希望的観測に過ぎない。
第一首無し騎士が妖精だという話も半信半疑のものなのだ。全てを鵜呑みにはできない。
「…………でも、アイツが不死者じゃなくて妖精の首無し騎士なんだとしたら浄化が作用しないのも頷ける……そうなら、もし司祭の浄化が効かなくても火刑にされるのを防げるかも知れない…………。」
ジャックは一抹の希望を胸に、書庫を後にした。




