純血種との対決:後編
「やっと街に入ることができましたね。」
門兵とのやり取りを終え、通過した馬車の中にクリス・ケラウスが乗り込んでくる。
なんでもこのドードリアンの西部に位置する森林に上位不死者が現れたらしく、その討伐に赴いた聖騎士隊が壊滅状態で運ばれてきたため、他の訪問者を後回しにし、あの長蛇の列が形成されたのだという。
何事にも人名は優先されるべきであるため、これは仕方がないことだとはいえ、ただ待つだけでも疲労はたまるものだ。
しかし、彼らにとってこの街は通過点にすぎず、この街で休憩をしたのなら、また王都に向けて馬車の旅に戻ることとなる。
とはいえ、今夜は広いベットでゆっくりと身体を休められると思うと、それだけで幾分か気分が向上する。
「あれ……?あれって………」
ふと依頼主と一緒に御者台に座っていたトト・ルトラが声をあげる。その声を聞いたロザン・リクレイが馬車から御者台へ顔をのぞかせる。
「どうしたんだ?素っ頓狂な声出して」
「いや……あの前から走ってくる人さ……」
トト・ルトラに促され、ロザン・リクレイは前方へと視線を移す。
その視線の先には見覚えのある褐色肌の盗賊がこちらへと向かってきていた。
しかし、その盗賊はこちらに気づくことはなく、馬車を通り越して先ほど自分たちが通り過ぎた門へと走り去っていく。
「ねぇ……やっぱあれジャックだよね……?」
「…………ああ。」
トト・ルトラとロザン・リクレイのつぶやきが耳に入ったクリス・ケラウスはあわてて二人の視線の先を追うが、もうすでにそれらしい人物は消えていた。
「………たく、世の中って狭いもんだな。」
背後からロザン・リクレイの忌々し気な言葉がクリス・ケラウスの耳にはいってくる。
しかし、その言葉に返答するものはおらず、馬の蹄と車輪の回る音がただ三人の静寂を強調していた。
・
森林奥に佇む洋館の地下室から金属と金属がぶつかり合う音が響いてくる。
……実際には金属がぶつかり合う音ではなく、金属の剣と、それと同等の硬度を誇るほど凝縮した血液がぶつかり合う音だ。
純血の吸血鬼が首無し騎士へ、即死魔法を応用した回復を見せつけてからというもの、首無し騎士の剣筋は吸血鬼に一度たりとも通っていない。
それどころか、だんだんと吸血鬼の放つ剣撃に押され気味となっている。
それもそのはず、いくら痛みを感じないとはいえ、肋骨が折れ、腹に風穴があいた首無し騎士の身体はレスポンスが遅く、思う通りに動いてくれない。
そのため、吸血鬼の一撃一撃に対応するのが精一杯で、なかなか攻撃へと転じることができないのだ。
「ほらほらほら!!どうした!!!このままではやがて壁に押しやられてしまうぞ!!?」
吸血鬼のいう通り、奴の猛攻が始まってから首無し騎士はすでに散歩程後退してしまっている。
いくらこの地下室が広いといっても所詮は室内。このままいけば袋の鼠になるのは明らかだ。
「くっ!!」
首無し騎士は苦し紛れに吸血鬼の足を蹴り上げようとするが、抵抗虚しく、吸血鬼はその姿を霧へと変化させ、蹴りを回避する。
騎士にあるまじき行為をしたにも関わらず、吸血鬼に一撃を食らわせられないことに歯噛みする。
「ほぉら!!ここだ!!!」
吸血鬼の鋭利な爪と細い腕が霧の中から出現し、首無し騎士に一撃食らわせようとするが、首無し騎士は即座に身をかがめ、攻撃を回避する。
不意打ちだというのに、声をかけるという間抜けな行為に助かっているもののこれもどこまでもつか………いつ吸血鬼が失態に気づき、改善してくるかわかったものではない。
首無し騎士は霧から姿を現した吸血鬼の足を切りつけようとするが、脅威の反応速度で防がれる。
剣と血の剣がかちあたる音が地下室に響き渡る。
「くっ……!」
こう着状態……いや怪我を負っている分、こちらが不利だろう……何しろどちらも不死者であるためにどちらかが先にスタミナ切れということはなく、このまま続ければいずれ無理矢理動かしている首無し騎士の身体にガタが来て動きが鈍るだろう。
今の状態でこう着状態なのだ……さらに動きが鈍くなれば吸血鬼の剣撃に太刀打ちできない。
痛みを感じないせいで、今自分がどれだけ余力を残しているのかわからないことも首無し騎士に焦りを与えていた。
「なんと無様なことだろうか。」
対して向かい合う吸血鬼は余裕の笑みでこちらを見下している。
当然だ、吸血鬼はまだ余力を残している。魔力が続く限り、即死魔法を行使する余力がある限り、吸血鬼に敗北はないのだ。
(あまりにも考えなしだった………脅威にならないと踏んでいた即死魔法がこうも面倒になるとは……)
しかし自分以外にこの吸血鬼を任せられないのも事実だ、不死者である自分以外では即死魔法がネックになる。
たとえあのネックレスを装備していてもだ。あのネックレスも万能ではない、経年劣化もするし、無効化できる回数にも限度がある。
(打開策としては、ヤツが自身に即死魔法を使用しようとするときに魔法が宿っている腕に私が触れるか、奴が魔法を使用する前に両腕を切り下すか………)
首無し騎士は立ち上がり、改めて剣を構える。
しかし、何を思ったのかその様子を見て吸血鬼は口角をあげる。
「必死に即死魔法に対する対抗策を巡らせているところ悪いが、キミと私の違いはそれだけではないんだよ。」
吸血鬼は片腕を垂直に上げ、手のひらを地面に向ける。
その動作をみた首無し騎士は仕掛けられる前に即座に吸血鬼へと近づこうとするが、間に合わない。
「《亡者召還》」
吸血鬼がそう唱えた瞬間、ヤツの足元に黒い魔法陣が展開され、骸骨兵が姿を現し、向かってくる首無し騎士の剣を盾で受け止める。
「く……!!」
「ふははは!!これが能力を最大限発揮できるものとそうでない者の格の違いというものだ!!」
骸骨兵は首無し騎士の剣を受け止めたその盾で首無し騎士を押しのける。
しかし、妙だ………下位不死者である骸骨兵が上位不死者である首無し騎士の一撃を受け止め、あまつさえはじき返すなど吸血鬼に召還された個体だとしても腑に落ちない。
しかし、その謎は骸骨兵が持つ盾が解明してくれた。
盾に刻まれた双竜をかたどった紋様、あの盾を持つ者を首無し騎士は一人しか知らない。
あの者たちが《リデオン王国》を訪れた際には何度も手合わせを行った。
最近見聞きした話では子供を産んだという記述だけが残された、一番初めに私を勇者パーティに誘ってくれた人物……
「クラウ………ディナ…………?」
「おや………?そうか、キミは300年前の人物だったな。そう、この骸骨兵はクラウディナ・バレンティン。あの憎き勇者一行の戦士だった女だ。」
その言葉をきいた瞬間、首無し騎士の頭は血の気が引く幻覚に襲われる。
恐怖を感じないはずの自身の身体がカタカタと震え、視界が急速に狭まっていくのを感じる。
「いやはや……勇者が寿命を全うしたと聞いた時は苦虫をかみしめる思いだったが、勇者の仲間を寿命を迎える前に一人だけでも見つけ出すことができたことは僥倖であったな。もっとも………下位不死者の骸骨兵にしかならなかったのは不思議でならなかったが、一介の聖騎士であるキミが上位不死者の首無し騎士になっているところを見るに、老婆となり、弱くなっていたことが原因であろうな。」
言い当てられたのが嬉しいのか、それとも首無し騎士の表情をみて楽しんでいるのか、目の前の吸血鬼は流暢に言葉を紡いでいく。ペラペラとよく回る舌だ。
「貴様………っ!貴様だけは絶対に殺してやるぞ………っっ!!」
魂の奥底から湧き上がってくる負の感情、明確なる殺意。
首無し騎士の目は醜く血走り、怒りの形相を露わにしていた。
「くくく……いやはや恐ろしい。だが、その憎悪こそ不死者として正しい姿だ。」
吸血鬼が指を鳴らすと骸骨兵が切りかかってくる。
首無し騎士は剣でその一撃を受け止め、足蹴りをくらわそうとするが、すんでのところで躊躇ってしまう。
そんな隙を吸血鬼が見逃してくれるはずもなく、血の剣で首無し騎士の脇腹を突き刺した。
「小癪な真似を!!」
首無し騎士は骸骨兵の剣をはじき、その勢いのまま吸血鬼の肩へ一撃を食らわせる。
怒り任せに放ったその一撃は深々と突き刺さり、傷口から覗かせる吸血鬼の肺や胃は痛々しく銀による炎症を起こしていた。
「ぐぅぅぅぅっっ!!小癪なのは貴様だ!!」
吸血鬼は首無し騎士を蹴り飛ばし、剣から逃れる。
「《即死》!!!」
「させるか!!」
吸血鬼が即死魔法を詠唱し、黒い靄を自身の胸に押し当てようとするが、首無し騎士がタックルをかまし、それを阻止する。
「邪魔をするな!!おい!骸骨兵!!!!」
吸血鬼の叫び声を受け、骸骨兵が首無し騎士の背中に切りつけるも、首無し騎士はひるむことなく吸血鬼の腕を頭を持った方の脇で抑え込んでいる。
それどころか、首無し騎士の身体に触れた《即死》はみるみるうちに首無し騎士が受けた損傷を治していった。
「貴様だけは……!!!貴様だけはどうあっても殺してやる!!!!」
なおも骸骨兵の攻撃は首無し騎士の背中を襲うが、そんなことはお構いなしに首無し騎士は吸血鬼をぎっちりと脇で腕を挟み込んだまま拘束している。
そしておもむろに剣を振り上げ、吸血鬼の右目を串刺した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ぐりぐりとねじ込むように剣を押し込められている右目はジュウジュウと焼き印を押されているように焼け焦げていく。
首無し騎士は剣を引き剝くと、同じように左目へ剣を突き刺す。
「ああああああああああああああっ!!!!!!」
吸血鬼の両目は水分を蒸発させながら痛々しい悲鳴と共に焼き焦げていく。
吸血鬼の両目をつぶした首無し騎士は剣を引き抜くと押さえつけていた吸血鬼の右腕を切り落とす。
「ああああっ!!!ああっっ!!!」
吸血鬼は視界が奪われ気が動転しているのか、情けない声をあげながら這いつくばり、距離をとる。
「即死!!即死魔法!!《即死》!!!!」
吸血鬼は残った左手で呪文を唱えるが、その手の平を踏みつぶされる衝撃が吸血鬼を襲い、直後、左肩に鋭い痛みが走る。
首無し騎士が吸血鬼の左肩を突き刺し、剣を回転させながらちぎったのだ。
「がぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!!」
両腕を落とされ、まるで芋虫のようになった吸血鬼は転がりながら首無し騎士との距離をとる。
「何をしている!!!使えない骸骨兵め!!!足止めぐらいしろ!!!!」
何も見えない暗闇のなか、吸血鬼は泡を吐き散らしながら、骸骨兵へと命令する。
骸骨兵は首無し騎士へと切りかかるが、その一撃一撃を首無し騎士は受け止める。
しかし、足止めに専念しているせいか、骸骨兵は一歩も引くことはなく、それに伴い首無し騎士も前に進むことができない。
「くッ!!」
遠くから聞こえてくる鍔迫り合いの音で足止めできていることを感じ取った吸血鬼はほくそ笑みながら魔法を唱える。
「闇魔法《自殺》!!」
吸血鬼が魔法を詠唱した瞬間、グチョグチョという水音を立てながら肉が再生し、肩傷と両腕を修復していく。
最後には両目を生成し、視界を確保すると、目の前で骸骨兵と鍔迫り合いを行っている首無し騎士を見て吐き捨てる。
「どうだ!!これが持つ者のチカラだ!!不死者としても生者としても不完全な貴様に私が倒されることなどない!!!」
勝利を確信した吸血鬼は下品な高笑いを地下室に響かせていた。
「でもさ、一人に二人がかりで挑んでる時点で実質的な負けだよね。」
何処からともなく聞こえてきた生意気そうな声に吸血鬼の高笑いは止まる。
「この声………。」
「なんだ!?何者だ!!?どこにいる!!!??」
正体不明の声に吸血鬼は慌て、周囲を見回すが、地下室内には骸骨兵と首無し騎士、そして自分自身しかいない。
「もっとよく見なって。」
二言目にてやっと声の出どころに見当がつく。
それは背後。視界のないなか、首無し騎士から逃れているうちに、いつの間にか地上へと続く階段の前まで来ていたのだ。
そしてその先、地上への入り口には褐色肌の人間。
見る限り聖騎士というわけでもなさそうだ。みすぼらしい軽装備に身を包んでいる。
「人間如きが……何を…?死にたいのか?」
「だから、人の話聞けないのかな?よく見ろって。」
階段の先にいる人間の少年は自身の腕を二度ほどポンポンと叩く。
一体それが何なのか見当もつかないが、そんなものを見せたところであの人間になんのメリットがあるのか。
「だーかーらー!!お前の腕!!!」
全く意図を察しない吸血鬼にしびれを切らしたのか、褐色肌の少年は荒々しい口調で叫ぶ
少年のいう通りに生え変わったばかりの自身の腕に視線を向けると、身に覚えのない黒い腕輪が目に付いた。
いつの間にこんなものをつけられていたのだろう?いや、そんなことはわかり切っている。
それは即死魔法を使用した際、腕が生え、視力を取り戻す間のほんの数秒の間しかこんなものをつける隙など無かったはずだ。
「貴様!!何者!!!」
そう吸血鬼が叫び、視線を階段の先に戻した時にはもうすでに少年の姿はなかった。
地下室の扉が開いているため、逃げたのだろう。
(いったいなにが目的だったのだ……?時間稼ぎ??)
吸血鬼が思考を巡らせているまさにその瞬間、奇妙なことに吸血鬼の肉体が発火する。
「は?」
あまりの唐突な展開に吸血鬼の思考は追いつかず、素直な疑問の声を発してしまう。
自身が燃えているのを知覚し、認識した瞬間、得も言われぬ激痛が吸血鬼を襲う。
「あ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッっっ!!!!」
全身をほとばしる激痛。この世のすべてを呪いたくなるような不快感。
間違いようが無い。いまこの瞬間、吸血鬼は日光に焼かれている!!!!
「《一蓮托生の腕輪》………!!」
苦しみ藻掻く吸血鬼の背後で首無し騎士が呟く。
あの腕輪は間違いなく、ジャックが脅しに使った装着者の片方が死ぬともう片方も死ぬという呪いの腕輪だ。
「まさか……!!ジャックのヤツ!!!!」
あの腕輪を装着して日光を浴びたのではないだろうか!?もしそうなら日光が弱点の吸血鬼が日の光の届かない地下室で火だるまになっているのも頷ける。
しかし……そうだとしたら……火だるまになっている吸血鬼の影響を受けてジャックも火だるまになっているのではなかろうか!?
「ぐぉぉぉっぉぉ!!!外れん!!!!ふうぁずぅれなっぁいいぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
階段の前では情けない断末魔をあげながら、半ば炭と化した吸血鬼が必死にのたうち回り、腕輪を外そうとしている。
腕ごと切り落として外そうとしたのか、片腕を大きく振り上げるが、炭となった腕はその勢いに耐え切れず、ボロボロと崩れている。
いつの間にか骸骨兵も微動だにせず、虚空を見つめていた。
「ジャック!!!」
首無し騎士は燃え盛る吸血鬼を飛び越え、階段を駆け上がる。
持っていた剣も煩わしくなり、階段の途中で投げ捨てた。
館へと昇り、一心不乱に外へと駆け上がっていく。
「ああ……………」
首無し騎士の視線の先、日の当たる場所に灰の山が築かれていた。
その灰の山からきらりと光る白い腕輪。
首無し騎士はよたよたとその灰の山に歩み寄り、必死に灰をかき集める。
「だめだ……!だめだジャック…………!!」
首無し騎士は声を震わせて必死に灰の上にうずくまる。
出もしないはずの涙を出そうとして、喉の奥がきゅうっと締め付けられる感覚がする。
また一人、自分のために他人を犠牲にしてしまった。
「なぜだ……なんでだ……ジャック……あんなに死ぬのは嫌だと……言っていたじゃないか………。」
首無し騎士はまだほのかに温かい灰を持ち上げ、握りしめる。
目をつぶれば、彼と出会ってから続いた旅の思い出が呼び起こされていく。
「いや……あの……悲しんでくれるのは嬉しいんだけど……」
この声だ……脳裏に焼き付いた彼の声が幻聴のように語り掛けてくる。
「いや、悲しまれても困るっていうか………」
「困るとはなんだ!!私がどれほどお前のことを想って………!!」
ふと違和感に気づく。
声が背後からしているのだ。
恐る恐る振り返ると、館の壁に寄りかかりながら何とも言われない視線をこちらに向けるジャックの姿があった。
「いやまぁ……確かにその兎を捕まえるのはそれなりに苦労したからまぁ………報われるのかな?」
「うさぎ…………」
ジャックが言うにはこの灰の山は兎なのだという。
つまり、白い腕輪を捕獲した兎に装備させて、日の光に浴びせたのだろう。
それで兎は吸血鬼とともに燃え始め、同じように灰になったと…………
首無し騎士は身体を震わせる。
吸血鬼へ向けたものとは違う怒りが首無し騎士の奥底からワナワナと湧き上がってくる。
「紛らわしいことをするな!!!!!!」
首無し騎士の怒号が響き渡り、木々を揺らし、野鳥が驚きのあまり飛び立っていく。
何処までも続く晴天は首無し騎士の声を遮ることなく、遠くまで運んでいくのであった。




