純血種との対決:前編
ドードリアンの街から数キロ離れたところに存在する森林。
その中央部に鎮座する喜代田いな洋館がある。
この館はかつて名のある明主によって建てられた別荘低であったが、その一族の没落と共に遺棄されたという。
視界に映るその館にかつての栄光を感じることはできず、壁はヒビと蔦で覆われており、美しかったであろう庭園は草木が生い茂り、噴水の頭すら見ることがかなわない。
無事な窓硝子など存在せず、入り口の扉はすでに存在しない。
招かれざる客である首無し騎士は境界線を跨ぎ、洋館の中へと足を踏み入れた。
(純血の吸血鬼であるならば、まだ日の高いこの時間は暗闇に身を潜めているはず………)
基本的に吸血鬼という不死者は親である《始祖》の血が濃ければ濃い程、日光に弱くなる。
《始祖》は日に当たれば一瞬にして身体が灰になり、下等吸血鬼ならば、半日ほど日光に当て続けなければ灰にならない。
しかし、そのデメリットを鑑みてもあまりあるほどの戦闘力と魔法適正を《始祖》は持っていた。だからこそ恐ろしい相手だったのだ。
言わばその直系と呼べる《純血種》の吸血鬼ならば、《始祖》と近い戦闘能力を発揮していることも頷ける。
(まぁ……代わりに下等吸血鬼はにんにくや十字架……流水に触れられず、招かれなければ家に侵入できない、鏡に映らないなど日航以外の制約が多いらしいが……)
ちなみに”銀”に弱いというのは始祖~下等吸血鬼に至るまで共通である………が、効果はまちまちで、始祖に近い程効果は薄く、下等吸血鬼に至っては触れた個所から火傷したように皮膚がドロドロに溶けだす。
”銀”に弱い魔物というのはかなりの数存在し、生前から愛用しており、今現在鞘の剣先の部分で床をコツコツと叩いている死霊術師の剣も刃に銀が含まれている。
もし陥る不死者が首無し騎士ではなく吸血鬼だったらこの愛剣に触れることすらできなかっただろう。
そんな”もしも”のことを考えながらも首無し騎士は床を叩きつつ館の奥へ奥へと進んでいく。
捜しているのは”地下室への入り口”だ。300年前もそうだが、純血の吸血鬼は一切の日光を拒絶するために地下室のある建物を根城にする。
だからだろうか、奴らは巨大な建物を所有する貴族や国境などに位置する監視砦などを真っ先に襲うのだ。吸血鬼と聞くと”高貴な貴族”のような姿を連想するのはそのためだろう。
あと、《始祖》と呼ばれた魔王軍幹部の口調や佇まいもそのイメージに多大な影響を残している。
「………む?」
首無し騎士が叩く剣先に他と違う妙な感触が伝えられる。
どうやらこの廊下の突き当り……ボロボロになった絨毯の下に地下室への入り口があるようだ。
壁まで調べていたらそれこそ日が暮れてしまうため、首無し騎士は胸をなでおろす。
絨毯を剥き、剣をしまい、床を手で撫でるように調べると、程なくして埃に隠れていた床と扉の境目が姿を表す。
首無し騎士は慎重に中を確認しながら扉を上に持ち上げると、視界の先に暗闇が広がっていく。
(これほどの暗闇なら吸血鬼が身を潜めるには充分だな。」
首無し騎士はごくりと生唾を飲み込むと、地下室へと一歩一歩踏み出していく。
飲み込まれた唾は彼女の食道を通り、床へポタポタと落ちていく。
(生前なら剣身に《淡い光》を付与して、この暗闇を潜って行っていただろうな……。)
湧き上がる不安を払拭するように頭の中で軽口を叩きながら、下へ下へと進んでいく。
不死者となってからは夜目が効き、灯りがなくとも昼間と同じように見えているというのに。
出来るだけ足音を殺しながらゆっくり……またゆっくりと進んでいくと、やがて広い空間に出る。
その中央には木で出来た立派な棺が横たわっていた。
首無し騎士は剣を手にし、棺へと近づいていく。
そして棺の横に立つと、蓋の上からひと思いに串刺しにした。
剣先から貫かれた棺はバリバリと音を立てて破壊されていく。
…………が、首無し騎士の腕には一切の手がかりも感じられない。
棺の蓋を剣で引っ掛かるように放りなげると、その中は空洞であり、塵ひとつ残ってはいなかった。
「しまったっ!!」
首無し騎士が気づいた時には既に手遅れであり、天井に止まっていたであろう一匹の蝙蝠が彼女の目の前に姿を表す。
すると、その蝙蝠は肉がこねくり回されるような水音とメキメキと骨が小刻みに折られるようなグロテスクな音をたて、目の前で姿を変えていく。
やがて、蝙蝠は人の形を露わにすると、指を鳴らし、立派な生地の服を見に纏う。
戦闘体制に入った首無し騎士の目前にはウェーブのかかった金髪に赤黒い瞳を持った、貴族風の男が立っていた。
暗闇で妖しく光る瞳と、血の通ってないような首無し騎士と同じ青白い側が目前の存在を人外として証明している。
「《形態変化》か……」
《始祖》と呼ばれた吸血鬼が所持していた特殊能力のひとつ……
かつて《始祖》はその能力で勇者の仲間に変貌し、彼等を翻弄したという……まさか、そんな特異な能力を《純血種》までもが扱えるとは思いもしなかった。
「………なんだ?またあの小五月蝿い人間どもが性懲りも無く遊びにきたのかと思えば………同じ不死者じゃあないか。」
「貴様などと一緒にするな。」
首無し騎士は目の前の吸血鬼に向け、剣先を向ける。
吸血鬼にとって不可解な行動をとる目の前の存在に吸血鬼は顎に手を当てながら首を傾げた。
「いったいどうしたと言うんだ?私は君に何かしただろうか?しかし、失礼だが私は君の顔に覚えがない。もしや、魔王軍時代に面識があったとか?」
「面識などない!問答無用!!」
首無し騎士は吸血鬼との間合いを詰めると、胴体目掛けて横一文字に斬りかかる。
しかし、その刃先は吸血鬼を捉えることなく虚空を斬る。
当の吸血鬼は涼しい顔をしながら天井に逆さまになって張り付いていた。
「おいおい、危ないではないか?面識がないのから何故貴女はそれほどまで私に怒っている?」
「……何を白々しい………っ!貴様その毒牙にいったい何人もの人々を手にかけた!!」
「……質問の意味が理解出来ないな。」
首無し騎士と吸血鬼は問答を続けながら戦闘する。
いや、これはまだ戦闘などではない。首無し騎士が放つ剣撃を吸血鬼は涼しげにひらりひらりとかわしているだけだ。
その姿にはある種の優雅さのようなものまで感じられる。
「……………先ほどの質問だが、つまりは“ちゃんと食事を摂っているのか?”という趣旨の内容だと理解していいのかな?」
「きさまぁっ!!」
首無し騎士が放つ剣撃の猛攻の中、吸血鬼は余裕な表情を崩すことなく会話をする。
やがて首無し騎士の放った一筋の剣撃が吸血鬼の左肩を捉えたかと思うと、瞬時に左手人差し指と中指によって挟まれ、塞がれる。
「…………っっ!?」
しかし、その剣身に触れた箇所は肉の焼ける匂いと煙を立てながら吸血鬼に痛みを走らせ、慌てて弾き返す。
「……………銀を含んだ……剣……?」
吸血鬼は初めて表情を崩すと、目の前で剣を構えている首無し騎士へ視線を向ける。
火傷したように爛れた自信の指と、首無し騎士とへ交互に視線を移すと、頭を抱える。
「これは……先ほど私に歯向かって来た聖騎士どものとは違うな………この剣は、かつて逆らった聖騎士の剣だ……。」
そう呟くと、吸血鬼はまた視線を首無し騎士に移し、高笑いをする。
「くくく……くははははははっ!!まさかっ!!まさかとは思うがっ!!かの聖騎士がっ!!善なる神の使徒が!!!!まさか貴様らが浮上だと揶揄し、嫌う!不死者になったというのかっ!!!??」
暗い地下室に吸血鬼の笑い声が響き渡る。
無理もない。
かつて、勇者という存在とともに、自分たちへ歯向かった者の一人が、まさかこちら側へ堕ちていたというのだから。
「やはり……やはり人と言うのは愚かだな!?どれだけ綺麗事を並べようとも死への恐怖に抗えない!!死ぬのが怖くなったのか!?聖騎士様よ!??怖くなり、自身が散々蔑んだ不死者と同じ存在となったのだな!?」
「………っっ!黙れ!!!何も……!何も知らないくせにっ!!!!」
吸血鬼の高笑いに激昂した首無し騎士の一撃が、吸血鬼の右手首を斬り落とす。
しかし、吸血鬼は身体を翻すと、左足で首無し騎士の胴体を蹴り飛ばし、壁に激突させる。
「あーーーっ!痛いじゃないかぁ!不浄な聖騎士様よ!!手首が焼き爛れて再生できやしない。」
壁に叩きつけられた首無し騎士は崩れる壁から立ち上がると、吸血鬼に剣先を構える。
不死者故に痛みはないが、先ほどの蹴りで骨を何本か折られただろう。
鎧が凹んでいるのだ、無事なわけがない。
すると、今度は吸血鬼の方から首無し騎士目掛けて突進してくる。
間合いを詰め、拳を首無し騎士の頭目掛けて突き出してくる。
首無し騎士は右手に持っていた頭を瞬時に引っ込めながら左手に持った剣で吸血鬼の突き出した左手に斬りかかる。
しかし、吸血鬼は瞬時に自身の身体を霧へと変化させ、首無し騎士の一撃を交わす。
「くっ!!逃げたかっ!?」
首無し騎士はあたりをキョロキョロと見回し、吸血鬼を目で追う。
まだ表の日は高いく、表には出られない。
この暗い地下室の何処かに挟み、こちらの隙を窺っているはずなのだ。
「きみ、その身体のこと何もわかってないだろ。」
不意に首無し騎士の背後から吸血鬼の氷のように冷たい声が聞こえてくる。
しかし、気付き振り向こうとした瞬間には既に遅く、首無し騎士は姿を現した吸血鬼に両脇から拘束され、その衝撃で自身の頭を床に落としてしまう。
「人間の時と同じように、馬鹿みたいに剣を振り回すだけでさ、首無し騎士の特殊能力も扱えるはずの魔法も、何もしやしない……そんなことで私に勝てるはずがないじゃない。」
どんどん吸血鬼は両腕に力を込め、首無し騎士の身体を締め上げていく。
彼女の身体を纏う鎧がギシギシと悲鳴を上げ始め、凹み、割れていく。
「同じ首無し騎士でも魔王軍にいた首無し騎士とは雲泥の差だ!!!」
「くっ……!止めろ!!!」
首無し騎士は唯一自由が効く足で吸血鬼の足を蹴るが、弱点以外で痛みを感じることのない不死者には意味をなさず、吸血鬼は微動だにしない。
とうとう悲鳴を上げ続けていた鎧はバキャっという強い音と共に割れ、大きな音を立てて地面に転がり落ちる。
「くっ……!う゛っ!!」
地面に落ちる鎧は容赦なく首無し騎士の頭の上にも落ち、視界が妨げられる。
「ほらほら!どうにかしないとこのままお前の腕も肩から落としてやるぞ!!身体を破壊してどうにもできなくなったら頭のお前を使って人間としての矜持をズタズタに引き裂いてやるっ!!!立派な不死者に変えてやるからなっ!!!」
鎧越しに吸血鬼の愉悦に塗れた声が聞こえてくる。
奴の言っていた言葉……“この身体のことを何も知らない”というのはその通りだ……首無し騎士の能力など、首をすげ変えればその身体を操れることしか知らない。しかし、その能力はとても一対一のこの状況で有効だとは言えず、結局自身の剣技に頼るしかない。
その剣技とて拘束され、視界が遮られたこの状況では打つ手がないのだ。
(………いや、あの身体のことならもうひとつ知っている!)
首無し騎士は左手を前にだすと、指で回転させながら剣を持ち変え、剣先を自身に向ける。
(私の身体は首無し騎士で……不死者だっ!!!!)
首無し騎士の持った剣は躊躇なく彼女の腹を貫き、吸血鬼の胴体ごと串刺しにする。
「ごぉぉぉぉぉっぉぉぉおっ!!?がっ!!!」
吸血鬼は腹から走りわたる激痛に耐えかね、首無し騎士の身体を突き飛ばし、剣から逃れる。
同じ不死者でも首無し騎士に銀は有効ではないが、吸血鬼には有効だ。
首無し騎士は突き飛ばされながら、鎧の破片をどかし、頭を回収すると、身体に突き刺さった剣をぬき、構える。
「………………いいじゃないか……人間の精神の抜けていない半端者と……甘くみていたよ。」
かなり負傷をおったのか、吸血鬼は膝をつき、貫かれた箇所を左手で押さえている。
あと一息……あと一息で純血種の吸血鬼を始末することができる。
「本当に……甘く見て遊びすぎたよ……流石は大戦時代の聖騎士様だ……現代の聖騎士とは比べものにならない。」
吸血鬼は立ち上がると、口角を上げる。
首無し騎士はその態度に異様なものを感じ取り、警戒する。
戦いは、最後に油断した方が負けるのだ。
「お詫びに面白いものを見せてあげよう……きっと君も気に入ってくれると思うんだ。」
そう言うと、吸血鬼は左手を広げ、突き出してくる。
嫌な予感がする……そう感じた首無し騎士は、先手を取ろうと突撃し、距離を詰める。
「闇魔法、《即死》」
吸血鬼の左手に黒いモヤがまとわりつく。
闇魔法《即死》はあの黒いモヤに触れたものの生命を瞬時に奪う。
………しかしながら、既に命のない不死者に即死魔法は意味をなさないはず……それは300年前に不死者の大群と人々の乱戦の中、魔王軍が使った即死魔法が人の命だけを奪ったことで証明されている。
不死者対不死者のこの戦闘において、即死魔法は意味をなさないはずだ。
…………しかし、首無し騎士の解釈は見事に外れていた。
吸血鬼は即死魔法でできたモヤの纏う自身の左手で自身の胴体に触れる。
すると、みるみるうちに吸血鬼の腹部の傷が塞がっていき、切り落とされた右手は再生していく。
「なっ!!?」
首無し騎士は目の前の光景に驚き、一瞬動きが止まるが、瞬時に立て直し、吸血鬼に斬りかかる。
しかし、純血の吸血鬼がその一瞬の隙を見逃すはずもなく、勢いの落ちた首無し騎士の剣撃は吸血鬼の蹴りに弾き返される。
「ど………どう言うことだ………?」
困惑の表情を隠せない首無し騎士が余程おかしかったのか、吸血鬼は額に手を当てて高笑いをする。
「ははははははっ!!?驚いたろう!?かつての大戦じゃ間抜けな人間達は最後まで見抜けなかったからねぇ!!」
吸血鬼は歪み上がった口角を隠すことなく、狂気の含んだ瞳で首無し騎士に語りかける。
「回復魔法だよ!回復魔法!!私たち不死者にとって即死魔法は回復魔法なのさ!!!お前ら聖職者の使う治癒の祈祷とは比べものにならないだろ!?」
吸血鬼から放たれる言葉に首無し騎士は愕然とする。
治癒の祈祷は負傷を回復させてくれる……しかし、回復速度も回復量も奴が行った即死魔法の回復とは比べものにならないほど遅く、少ない。
吸血鬼が負っていた傷と同じものを直そうとするならば、かなり時間がかかるし、手首から上を再生できても障害が残る可能性が高い。
不死者にかけても負傷を与える程度だ。即座に消滅させるわけじゃない。
瞬時の回復、障害の残らない完璧な治癒……そして不死者を即座に消滅させるほどの治癒の祈祷が可能な者など……首無し騎士の記憶では勇者に同行した聖女しか知らない。
「さて……わかったかな?同じ上位不死者だとしても、自分の能力を把握できてない君と私じゃ勝負にならないんだよ。」
吸血鬼は淀んだ笑みを浮かべると、自身の指先を爪で引っ掻き、ダラダラと流れ出した血液から鋭利な剣を形成する。
(困ったぞ………確かにこのまま同じように戦いを続ければ……先に私の身体がお釈迦になって終わりだ……)
ここから先は少しの負傷も許されない……。
首無し騎士はその覚悟を胸に、また剣を構えた。




