吸血鬼
ドードリアンの街内部と外界を分ける門には長蛇の列ができていた。
「どうなってるんだ?これは………」
その光景に困惑を隠せない首無し騎士とジャックは疑問のつぶやきを漏らす。
すると、ジャックのつぶやきが耳に入ったのか、前に並んでいる商人風の男がジャックに語り掛ける。
「なんでも、近くの森林に放置されていた廃墟の屋敷に上位不死者が現れたらしい。それで王都から聖騎士隊が派遣されたようなんだが、大敗して生存者だけで命からがら逃げてきたんだと………いっ!?」
そこまで説明した商人風の男はジャックの後ろに控えている首無し騎士を目撃し、顔を青ざめさせる。
上位不死者が出没したという話をした後に上位不死者に背中を向けていたと把握したのだから無理もないだろう。
「あ……こいつは大丈夫です、俺の使役不死者なので」
ジャックはそういいながら商人に冒険者ギルドのカードを示す。
この男が実は死霊術師でしたなんてことがない限り、バレることはないだろう。
「上位不死者を従えるほど腕の立つ死霊術師か……ならアンタ、ここでぼさっとしてる場合じゃねぇよ!!おい!!みんな!!この冒険者を先に通してくれ!!!」
「え!?いや、おい!?」
面倒なことになった。
いや、先ほどの説明を聞いたなら全然予想できた展開だった。自分の思慮の浅さに嫌気がさしてくる。
しかし、この長蛇の列を並ばなくていいというのは素直に喜ぶべきところだろう。
先ほどから首無し騎士もそわそわと落ち着きがない。
ジャックと首無し騎士は商人風の男に誘導され、列の前方へと移動していく。
「なんだ?」
「どうしたんだ??」
事情を知らない人々の困惑の声が聞こえてくるが、無事に門前の兵士のもとに辿り着いた。
「すみません、この街に聖騎士リリア・フォードリアス殿がいると思うのですが……」
そうジャックは断りをいれながらリリア・フォードリアスより送られた手紙を兵士に提示する。
兵士たちはその手紙を凝視すると、本物だと判断した様子だが顔を合わせて黙り込む。
その表情には悲痛な表情と汗がにじみ出ていた。
「確かに……聖騎士隊の皆様は現在教会におりますが……今は……その………」
兵士の一人が歯切れの悪い様子でやんわりと”いかないほうがいい”という旨を伝えてくる。
しかし、その言葉を聞いた首無し騎士は居てもたってもいられなくなり、駆け出して行った。
「おい!首無し騎士まて!!」
ジャックには嫌な予感がしていた。
上位不死者と遭遇し、”生還した”といっても”無事”だとは限らない。
聖騎士隊が教会で待機するのは珍しくないが、今回は意味合いが変わってくるように思えたのだ。
首無し騎士もそんな予感がしていたのだろう。脇に抱えている頭部から焦りがうかがえる。
そして往々にして嫌な予感というのは的中するものだ。
道行く町民の視線などお構いなしに首無し騎士は走る。
家々の奥に見える教会を目指して疾風のごとく走ったのだ。
やがて視界に入った教会の入り口では神父やシスターなどの聖職者たちが負傷した聖騎士だろう人々に治癒の祈りをささげ、回復させている。
「な……え!?嘘!!?不死者!!?」
入り口付近のシスターが猛スピードで向かってくる首無し騎士に驚き、腰を抜かす。
「大丈夫です!!こいつ俺のツレなんで!!!」
すぐに追いついたジャックが弁明をするが、首無し騎士は止まることなく教会の中に入っていく。
「フォードリアス殿!!フォードリアス殿はどこにいる!!」
首無し騎士は周囲の反応などお構いなしに教会内を歩き回る。
そして教会の中腹ほどで足を止めた。
「フォードリアス…殿………?」
首無し騎士の視線の先で横になり、シスターの治療を受けている人物。
腹からは臓物がまろび出て、千切れた両足の断面からは赤黒く染まった筋肉からとその隙間から白い骨が顔を指している。
吹き飛んだ下あごからコヒュー…コヒュー……と液体交じりの音で呼吸が駄々洩れていた。
このシスターの治癒の祈祷が途切れてしまえば、その時点で命の灯が掻き消えてしまいそうなほど衰弱していたのだ。
信じたくもない光景だが、シスターの横に置かれた名札が真実であると無機質に、残酷に、物語っていた。
「不死者が!!動くな!!!」
首無し騎士がリリア・フォードリアスの状態を唖然とした様子でただただ見つめていると、比較的軽傷であろう聖騎士たちが首無し騎士を包囲する。
しかし、それもつかの間のことですぐにその聖騎士たちの間から一人の男性が姿を現した。
「やめなさい、この不死者は大丈夫ですから。」
「貴方は………」
その男性に首無し騎士は見覚えがあった。
ジャックに首無し騎士の頭部が攫われた際、リリア・フォードリアスと共に捜索を手伝ってくれた見張り番の聖騎士だ。彼も周りの聖騎士たちに負けず劣らず、酷い怪我をしている。
「どうなっているんだ?何故こんなことになっている!!?」
「………この街、ドードリアン近郊の森林にある廃墟と化した屋敷に………上位不死者出現の一報をうけ、王都に帰還したばかりだった我々も聖騎士を再動員して出撃したのですが……」
彼の表情は話を進めるたびに険しいものへと変わっていく。
「その出現した不死者というのが、吸血鬼だったのです………それも、ただの吸血鬼ではなく……純血種の…………」
「なん………だと………?」
純血種……それは人間から吸血鬼になった者とは違い、かつて魔王軍幹部であった《始祖》と呼ばれた吸血鬼が自らの血肉だけを使い生み出した存在。
勇者によって滅ぼされた《始祖》と共に《純血種》も眠りについたが、すでに各地に散らばっていた《純血種》がいつか目覚める可能性を危惧し、”仮死睡眠状態の《純血種》は見つけ次第、聖なる太陽のもとにさらけ出し焼いて処理するように”と最終戦争時から通達がされていた。
「まさか……まだ残っていたというのか………?」
あの時代、首無し騎士が生者として存在していた時代……《リデオン王国》周辺だけでも多くの《純血種》の入眠身体を葬ってきた。
その残りが、現代目覚め始めているというのだろうか?
「我々も準備を怠ったわけではありません……万全の準備をしき、挑みましたが………御覧の有様です………。」
彼は下唇を噛み、うつむく。
彼らの練度が決して低いわけではない、ソレは純血種の吸血鬼を相手にしてこれだけの生存者がいるという事実がすべてを物語っていた。
300年前、とある国が入眠体の処理に失敗し、起こしてしまったときは兵士や国民の9割が下等吸血鬼と化し、勇者一行が踵を返し、救援に向かわなければ吸血鬼の王国へと成り下がっていたところだったのだ。
「フォードリアス隊長がかつての文献を参照し、純血の吸血鬼が最上位の闇魔法である《即死》を扱うことを突き止め、その対策をして挑んだというのに………そんな話ではない、単純な火力で…………」
聖騎士たちは胸に下げたペンダントをぎゅっと握りしめる。
それはかつて勇者パーティに属していた聖女が始祖の吸血鬼との戦闘を得て大量制作した”加護のペンダント”であった。込められた加護は《即死拒絶》。
闇魔法でも特に協力と言われ、対象を即座に死に至らしめる即死の魔法を拒絶するペンダントだ。
勇者でさえも聖女の祈りと加護のチカラがなければ《始祖》に瞬殺されていたという事実が恐怖を増大させる。
「………首無し騎士殿からもフォードリアス隊長を説得してはくださいませんか?」
「…………何?」
「隊長………怪我の回復が終わったら……また挑みに行く気なんです……あとは我々が対処するといっても聞く耳を持たず………」
「なんだと!?馬鹿を言うな!!!あんな状態では騎士に戻れるかどうかすら……………」
万物の怪我を治す神の奇跡である”治癒の祈祷”も聖職者という人の身で扱うには限界がある。
それこそ練度によって治せる箇所、速度に差が生まれ、尚且つ負傷個所の時間が過ぎれば過ぎるほど治らなくなる。
リリア・フォードリアスは隊長として最前線にいたのだろう、他の聖騎士に比べ、明らかに集中的に攻撃されている。あの状態では、生命維持に必要な個所を優先すると、脚や腕などに障害が残ることは免れない。
その状態でまた純血種に……いや、下等吸血鬼に挑むなど…明らかな自殺行為であり、無謀もいいところだ。
しかし……彼女の意思の強さも心情も理解できる。聖騎士として、強大な脅威が無辜の民へ迫っているというのに、指を銜えてみてはいられない。
騎士ならば、この身が果てるまで、人々を守るという責務があるのだ。
「…………すまないが…私でも彼女を説得するのは難しいだろう。」
「…………そうですか。」
「だが……フォードリアス殿を戦場に立たせずに済む方法はある。」
この瞬間、ジャックは察したのだろう。余計なことを言うなと首無し騎士へ視線で訴えかけている。
しかし、首無し騎士にその意図は通じない。
「……純血種の吸血鬼がいなくなればいいんだ。私が一人で赴く。」
首無し騎士の言葉にジャックは顔を覆った。
「首無し騎士殿が!?」
「私も上位不死者だ。それにすでに死んでいる私なら《即死》は通用しないし、300年前に入眠体とは言え、奴らを葬っている。弱点なら君たちより熟知していると自負しているぞ。」
首無し騎士は自身の胸に手を当て、周りの聖騎士たちを見回しながら話をする。
「………俺は絶対に付き合わないからな。」
「わかっている。それに今回ばかりは生者であるジャックはついてこないほうがいい。」
首無し騎士はそう語ると、聖騎士にその廃墟までの道順を聞きく。
「本当に一人で大丈夫でしょうか?やはり我々も援護だけでも……」
「いや、その必要には及ばない。あなた達には大恩があるのだ……それに今は英気を養い、この街を守る存在が必要だろう。」
そういうと、首無し騎士は一瞬リリア・フォードリアスのほうへ視線を移し、微笑むと森林へと歩き出した。
リリア・フォードリアスの目は行くなと暗に語っていたが、聞く気はない。
今は不死者の騎士だが、それでも騎士だ。自分にだって矜持がある。
それに純血の吸血鬼にもし力及ばず負けたとしても、ただ燃えて永劫の苦しみに堕ちるより、人々を守り、騎士として朽ち、永劫の苦しみに堕ちたほうが耐えられそうな気がした。
そんな打算を少しでも思い浮かべてしまう自分に嫌気がさしながらも、首無し騎士の歩みは重くなることはなかった。




