半獣人
眩い光とゴォォォっという何かが燃え上がる音でジャックは目を覚ます。
ジャックが死霊術師の試験に合格し、街を旅立ってから一夜明け、遠くに見える山々から日差しが差し込んでいた。
……しかし、ジャックを目覚めさせた光というのはあの一筋の光を放っている朝日ではない。
勿論、野宿のために用意した、もう炭しか残っていない焚火でもない。
ジャックに気を使っているのだか、単に人に見られるのを避けているだけなのか……ジャックが野宿をしている個所から気持ち離れたところで日課のお祈りをささげている首無し騎士が青い業火によって焼かれている光だ。
勢いよく舞い上がる炎はゴォォォっという音と共に空気を巻き上げ、彼女の身体をパキパキと蝕んでいる。
首無し騎士によればとてつもない痛みに襲われるという話であったが、足元に置かれた彼女の表情はそんなことを感じさせないくらい粛々としたものであった。
実際、炎を纏う彼女の肌に火傷の後のようなものは見受けられない。
ジャックがノソノソと起きはじめ、野宿道具を片付けていると首無し騎士を覆っていた炎はみるみるうちに小さくなっていき、収まる。
「………なんだ、起きていたのか?」
神への祈りが終わり、振り返った首無し騎士はジャックを見かけて声をかけた。
「アンタの炎の音で目が覚めたんだよ。」
「そ……そうか…それはすまなかった。」
ジャックの返答に首無し騎士は申し訳なさそうに視線を下に向ける。
別に責めたつもりではなかったのだが、どうにもこの首無し騎士は後ろ向きな思考が強い傾向にある。
まぁ、ジャックの言い方が悪いところもあるのだろうが……
ジャックの荷支度を終えた二人は次の目的地へと向かって歩き出す。
その目的地というのが、二つ目の街 《ドードリアン》だ。
「今回は特に目的もなく経由するだけだから、昨日までの街ほど滞在はしないと思う。滞在しても一日休むとかそれぐらいかな。」
ジャックは朝食の干し肉をかじりながら首無し騎士に話しかける。
首無し騎士も頷きながらジャックの話に耳を傾けていた。
当然ながら彼女が祖国の門番をしていた300年の間に新国されたこの国の街など首無し騎士には知る由もない。その《ドードリアン》という街に関してもどのような街なのか想像もできない。
知らないがゆえにどんなものが有名であるなどということも知らないため、経由するだけと言われてもなんの感想も浮かんでこなかったのだ。
「そうか、その街にはいったいどれほどで到着するのだろうか?」
「そうだなぁ……なんのトラブルもなければ二日くらいで…………」
ジャックと首無し騎士がそんな会話をしながら歩いていると、甲高い悲鳴が聞こえてくる。
その声を聞いた瞬間、首無し騎士は勢いよく駆け出して行った。
「………さっそくトラブル勃発。」
ジャックは呆れた様子で呟くと、駆け出した首無し騎士を追いかけていった。
・
「叔母さん!!叔母さぁん!!」
少女の腕の中でぐったりとなり、動かなくなる女性。
身体は捻れるようにぐにゃりと曲がり、マズルから上の皮膚は抉られ、吹き飛んでいる。その飛ばされた皮膚はというと、赤黒い血液と共に木の幹へへばり付いていた。
「グォォアァァァォォッ!!」
地響きを起こすほど鳴り響く雄叫びに、少女は咄嗟に両耳を抑えて疼くまる。
もう鼓動を感じない叔母の身体から放たれる血臭に少女は涙を浮かべていた。
どうしてこんなことになったのだろう?
今日はいつもと変わらない一日が始まるはずだったのだ。
呑気に寝ている父を起こし、朝食を作り、父が農作業へ出ていくのを見送ったら、叔母と合流して街道近くの森で薬草を摂る。
そしたら、村へ戻り、母の墓前で御祈りをし、家に帰る。
何の変哲もないただの日常になるはずだったのに、目の前にいる巨大な魔物の出現によって途端に破壊された。
魔物はズン……ズン…………と大きな足音を立てながら少女へと近づいてくる。
このまま逃げ切れるはずがない。迫り来る“死”の恐怖にただただ見つめることしかできない少女はかちかちと歯を鳴らし、思考を放棄した。
その瞬間である。
何処からともなく現れた騎士がマントを翻し、少女と魔物の間に割って入る。
その騎士は、目にも止まらぬ速さで抜剣したかと思うと、巨大な魔物の鼻先目掛けて切り付ける。
その一撃で巨大な魔物のマズルが吹き飛ぶが、そんなことはお構いなしという様子で、その騎士の頭を吹き飛ばした。
「ああっ!!」
少女は思わず声を上げてしまう。
しかし、どうしたことであろうか?その騎士は頭を吹き飛ばされたにも関わらず、まだ魔物の前に立ち塞がっている。
目の錯覚からなのか、頭のあったはずの場所からゆらゆらと青白い炎が舞っていた。
「巨大蜂の巣熊か……これはまた厄介な相手だ……。」
騎士は平然とした様子で呟き、剣を構える。
「お嬢さん!逃げるんだ!!ここは私が時間を稼ぐ!!」
頭のない騎士は何処から声を発しているのか、そう叫ぶと魔物へと切り掛かっていく。
《巨大蜂の巣熊》。
中級魔物とされる《巨大熊》が好物となる《軍隊蜂》の蜂蜜を摂ることに失敗した姿。
返り討ちにされた巨大熊は働き蜂たちによって中の臓物を抜き取られて行き、軍隊蜂達の移動要塞へと成り果ててしまう。
巨大熊の鉤爪まで侵食した蜂の猛毒は掠めただけでも獲物を死に至らしめるが、例え毒の耐性を持った者でも巨大熊由来の純粋な剛力によって無事ではすまない。
何より、巣となっている巨大熊の穴という穴から出てくる軍隊蜂が厄介この上ない相手だ。
しかし、不死者にとってはそう不利な相手ではない。
まず即死に至らしめる猛毒だが、既に死んでいる不死者には効果がない。
いくら蜂が群がろうとも、関係がないのだ。
こうなると、もうただ動きの単調な巨大熊を相手にしているのと同じだ。
首無し騎士は薙ぎ払うように繰り出される腕を剣でいなしながら切り落としていく。
切り落とした腕の付け根からは多数の軍隊蜂が湧き出し、首無し騎士へとまとわりついてくるが、関係ない。
鎧の中に入り込んでくるのが不快な程度だ。
首無し騎士はまとわりついてくる軍隊蜂を無視して巨大蜂の巣熊へと一気に距離を詰める。
必死の抵抗か、巨大蜂の巣熊は穴という穴から大量の軍隊蜂を吐き出しながら、残ったもう片方の腕を首無し騎士へと振り下ろす。
「目眩しのつもりかっ!」
首無し騎士は、振り下ろされた鉤爪をひらりと躱わし、巨大蜂の巣熊の両脚を切断する。
「ブゥォォゥゥゥウッ!!」
もうマズルもなく、羽音を雄叫びに偽装することも出来ないのか、羽音そのままの状態で首無し騎士へと威嚇する軍隊蜂。
首無し騎士は巨大熊の死体から逃げ出そうとする軍隊蜂を足で丁寧に踏み潰しながらマントと鎧を脱ぎ始める。
「…………これだから虫系の魔物は面倒で苦手なんだ。」
首無し騎士は自らの身体を這いずり回っている軍隊蜂を掴み、潰しながら愚痴をこぼした。
「あ………あのぉぅ…………」
虫を潰している首無し騎士の聴覚に羽音以外の音が聞こえてくる。
そちらの方へ視線を向ければ、先ほど助けた少女が木の陰からこちらを見つめていた。
あの耳と、尻尾を見れば獣人なのだろうが、それにしては見た目が人間に近すぎる。
道に転がっている獣人の死体と見比べても違いは一目瞭然だ。推測だが、噂に聞く半獣人という者なのだろう。
「すまない!まだ近づいてくれるな!!蜂に刺されたら死んでしまうぞ!!」
首無し騎士は木の陰から見つめている半獣人へ警告を促すが、彼女は目を見開き、その場から動こうとしない。
あの様子を見るに、腰が抜けて動けないでいるのだろう。
首無し騎士は自身に群がっていた軍隊蜂を全て潰したことを確認すると、へたり込んでいる半獣人へと近づいて行く。
「もう大丈夫だ、怪我はないか?」
首無し騎士が半獣人に怪我の有無がないか確かめようと声をかけると、彼女は悲鳴を上げて後退りをしてしまう。
首無し騎士はそんな彼女の反応に先程倒した軍隊蜂の生き残りが居たのかと後ろを振り返るが、何かがいる様子はない。
生き残った軍隊蜂は残らず退散したようだった。
「あのねぇ……上位不死者が近づいてきたらそれ自体が恐怖なんだよ。」
半獣人の背後、木々の隙間からジャックが姿を現す。
「まったく……やっと追いついた………アンタ速すぎ。」
「す……すまん。」
ジャックは呆れた様子で首無し騎士に小言を言うと、へたり込んでいる半獣人に声をかける。
「安心していいよ、あの首無し騎士は俺の使役不死者ってことになってるから、アンタを襲う心配なんてない。」
「使役……不死者………?」
半獣人は数回ジャックと首無し騎士を交互に見つめると、大きな息を吐いて脱力し、ジャックへと視線を向ける。
「あっ!あの!!助けていただいてありがとうございます!!」
「えっ!?あぁ?うん??」
ジャックはいきなり向けられた感謝の言葉に面くらいながら返事をする。
使役した不死者が助けてくれたのだから助けるように指示をしたのがジャックだと判断したのだろう。だから、ジャックに感謝の言葉を述べた。
ジャックは理屈を理解しつつも、否定したいのだが、首無し騎士を使役しているという体になっているため、否定できないという何ともややこしい事態に困惑し、首無し騎士へと視線を送る。
当の首無し騎士は、そんなこと気にしていないのか、脱ぎ捨てたマントや鎧に蜂が残っていないか確認しながら回収している。
(あぁんの…………っ)
あの首無し騎士が手柄になど興味がなく、ただ助けられたことに満足する質だというのは薄々勘付いてはいたが、ここまでとは……
手柄を横取りされたような物なのに多少何か思うことはないのかとジャックは呆れてしまう。
「すまない……到着するのがもっと早ければな………。」
ジャックの思いをよそに、首無し騎士は転がっていた獣人の遺体へ祈りを捧げている。
「…………叔母さん。」
その様子を見た半獣人の少女も実感が湧いてきたのか、大粒の涙をこぼし、泣き始めた。
ある日突然、魔物に襲われて命を落とす。
そんな理不尽に憤りを覚えながらも、こればかりはどうしようもないと、ジャックは歯噛みするのだった。




