世界情勢
「それでは、死霊術師試験を開始します。皆さん、配られた杖を構えてください。」
講師である死霊術師の声が訓練場にこだまする。
この試験を無事に終えれば、ジャックもはれて下位死霊術師の資格を得ることができる。
「今回の試験では、下位死霊術師として必須である”自身の魂の操作”を見ていきます。この二日間の訓練を通して得た経験を存分に発揮してくださいね。」
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紙とインクのにおいが心地よく鼻孔をくすぐる店内で金属のこすれる音が聞こえる。
その音源の正体は窓の近くに設置されているテーブルに本を積み上げ、椅子に腰かけながら黙して書物と向き合っている甲冑姿の騎士であった。
この書店の店主は最近頻繁に通っているその騎士のことが一体どのような人物なのか気になりつつ眺めているが、熱心に本と向き合っている彼女の素性を探るようなことをすることはない。
だからこそ、視界の中央を占拠しているその騎士が人類の敵である首無し騎士であることなど知る由もないのだ。
(獣人のこともそうなのだが、勇者の死後に小さな問題が起こりすぎじゃないか?)
例えば大森林内での内乱、森精霊と闇精霊との間で争いが起こっている。
魔王軍との戦いではともに戦いあった仲だというのに、何故彼らは同族同士で争っているのだろう。
勇者を輩出した《クリミア聖王国》もそうだ。宗教観の違いで生まれたいざこざが大きくなっている。記事を見れば内乱一歩手前という様子だ。
獣人の国の中には300年前とは逆に人間を奴隷として扱いはじめる国が出てきており、それが各国との外交問題になっている。しかしかつて獣人を奴隷として扱っていた我々人間側は強く出られずに規制緩和というのが現状だ。
表立った問題がないのは比較的新しく出来た国であるこの《リペリシオン王国》と各地に点々とした部落で生活をしている蜥蜴人だけである。
(勇者が命をとして救った世界の現状がこれなのか……?)
勿論、最終戦争とまで言われた魔王との抗争時のほうがよかったとは口が裂けても言えない。
あの時代は多くの者が犠牲となり、人間も亜人種も大勢の犠牲者が出た。
戦争だけの被害ではない、それに伴う物資不足や飢餓によって生命力のない老人や力のない子供など弱いものから死んでいった……あの時代に比べればこの時代は豊かだし人口も目に見えて増えているように思える。
かつてこの地帯は焦土になっていたと記憶していたが、今ではこんなに発展しており、歴史書を見るまではわからなかったほどだ。
しかし、あの時代は少なくとも人間、亜人種間での争いなどなかった。
すべての者が勇者のもとで団結しあい、皆が兄弟だと思って魔王という巨悪に立ち向かった。
そうだというのに、何故いま、こんなにも争っている?
「すべては勇者の死後に起こっている………。」
勇者の葬儀が世界的に行われたという記述の後から小さないざこざ、争いが起こり始めている。
人間も獣人も森精霊や闇精霊さえ、勇者の死後にまるで柱が崩れたように問題が起こり始めた。
「あの青年は自身が人間だからと言って人間に肩入れしすぎず、すべての亜人種を平等に扱っていた………その彼の存在自体が抑止力となっていたのか……」
彼は誰かが問題を起こしたり、誰かが被害にあったなら人間も亜人種も関係なく助けたし、成敗しただろう。誰しも魔王を打ち滅ぼした強大な者に刃を向けられたくはない。だからこそ皮肉にも彼の寿命が世界平和の賞味期限となってしまったのだ。
「こんなこと……彼女たちが知れば悲しむだろうな……。」
かつての勇者のパーティメンバーたち……見事なまでに女性だらけだったあの面々を首無し騎士は思い出す。
(………そういえば彼女たちの中に森精霊がいたよな………?)
ありとあらゆる大魔法を使いこなした森精霊の魔術師………そういえば彼女の名前を歴史書でみた覚えがない。
これだけ魔法が発達し、魔道具などという代物が出回った世界だ……開発や技術の発展に貢献しててもいいものだが………
「他のパーティメンバーの面々は名を残しているな……どれも勇者の子供を産んだという記述だけだが………」
《クリミア聖王国》など、現王族は勇者の子孫なのだという。確かにあの王はなにかと自身の娘を勇者にアピールしていたな。
………しかし、森精霊の魔術師に関しては驚くほど記述がない。それこそ勇者の死後に姿をくらましたようだ。
(この時代で生きているとしたら彼女だけなのだろうな。)
できることならば一度あって言葉を交わしてみたい。きっと彼女も今のこの時代に言いたいことの一つや二つあるのではないだろうか。
………しかし、首無し騎士の旅路は《リぺりシオン王国》の王都で終わる。彼女にもう一度あいまみえることは二度とないだろう。
もし、本当に神が罪の清算を目的に首無し騎士を拒んでいるのだとしたら王都でも浄化されることはないだろう……しかし、その時は今度こそ焼いてもらうつもりだ。
神には申し訳ないのだが、やはり死者はこの世にとどまるべきではない。お叱りは永劫の苦しみの中でしっかりと受けるつもりだ。
首無し騎士は本をたたむと、それらを片手で持ち、店主の元へと歩いていく。
「すまない、長居してしまった。」
「いいえ、またご贔屓に」
「あ……いや、すまないがそれはできそうにない……じつは今夜にはこの街を離れるのだ。」
「おや……そうかい…そりゃ残念。」
首無し騎士は退店際に店主へと軽く会釈すると、冒険者ギルドへと足を運んだ。
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「ジャックさん……やはり貴方は才能が有りますね。」
死霊術師の目の前には薄く赤いオーラを纏わせ、対峙するジャックの姿があった。
ジャックはその姿のまま、軽く地面を蹴ると、死霊術師の視界から瞬時に姿を消す。
死霊術師が目の前から消えたジャックを捜そうと首を少し動かしたときにはすでに、背後に回っていた彼に杖で背中を小突かれる。
「自身の魂に働きかけ、身体能力を底上げする……。素晴らしい、死霊術師になりたてでここまでできる者など貴方が初めてですよ、ジャック君。」
「………そりゃどうも。」
この講師の話を聞いていた時に思いついたこの手法、暗殺者の役が戦いの主体であるジャックは自身の魂を操作するのなら、体外に出すよりも体内で完結させる方が自身にあっていると考え、この魂に働きかけ、自身の神経を興奮させる手法へとたどり着いた。
参考にしたのはスクロールにもなっている能力向上系闇魔法である身体向上だ。
「いいでしょう、これならば文句なしに合格判定を出すことができますね。」
「それは…!ありがとうございます。」
講師の死霊術師の言葉に思わず嬉しくなるジャック。
これでなんの憂いもなくこの街を去ることができる。
ジャックは死霊術師から合格印をもらうと、すぐにギルドカウンターへと赴いた。
「ジャック、試験は無事に終了したのだろうか?」
ギルドカウンターにて冒険者カードに死霊術師資格を記載してもらっている最中に聞き馴染みのある声に話しかけられる。
振り向けば、そこには予想通り頭を隠した首無し騎士が立っていた。
「勿論、いま新しい資格を印字してカードを発行してもらってるとこ。」
「そうか!おめでとう!!」
首無し騎士に祝福されたジャックは面食らってしまう。
そういえば資格を手にした時にこうやって誰かに祝われたのは初めてだ。あのパーティでは新しく資格を更新することなどなかったから。
「………どうも。」
ジャックは少し気恥ずかしくなり、顔を赤くしながら首無し騎士に礼を述べる。
「ジャックさん、お待たせしました。」
すると、カウンターから呼ばれたジャックは受付嬢に近付くと、新しく発行されたカードを受け取る。
「ありがとうございます。」
ジャックは一言だけ受付嬢にお礼を述べると、首無し騎士を連れて冒険者ギルドを出た。
「よし、あとはこのまま宿に戻って荷物を持ったらそのまま出立しよう。」
「え!?いいんじゃないか?そんなに急がなくても……君だって疲れているだろう?」
「そんな悠長にしてらんないの!」
首無し騎士は急いでる様子のジャックに申し訳なさを覚えてしまう。
もしかすると、前に王都へ急ごうとしていた自分に合わせてこんなにいそいでいるのではないかと思ったからだ。しかし、疲れを知らない不死者と違い、生身の人間であるジャックには適度な休息が必要なはずだ。
もっとも、ジャックが急いでる理由はかつてのパーティメンバーと一刻も早く離れたかったからということと、衛兵があの商人を殺した犯人を追っているからでしかない。
偽装工作をし、通報時も変装をしていたとはいえ、絶対にバレないとは言い切れない。
「ジャック……私のことは気にしなくていい、今日は休んで、明日出立しようじゃないか。」
「誰もアンタのことなんて気にしてないよ!」
首無し騎士とジャックはかみ合わない会話をしながら宿屋へと到着する。
そしてそのまま荷物を持ち出し、チェックアウトを済ませると、王都へと続く門へと歩き始めた。
ジャック達の影が小さくなっていったあと、二人の出ていった宿屋の真向かいの宿から三人ほどの人影が姿を現す。
「じゃあ、お世話になりましたー!」
元気のいいその声で宿屋の主人は笑顔で彼らを送り出してくれる。
「さてクリス、次はどこに行くんだ?」
ロザン・リクライは次の目的地をリーダーであるクリス・ケラウスに確認する。
「そうだね……あの商人さんの依頼も白紙になっちゃったし、また次の依頼を捜さないとだね。」
「そしたら……確か王都までの馬車の護衛依頼が出てたはずだよ。」
トト・ルトラの提案をクリス・ケラウスは頷いて受け入れる。
「じゃあ、ギルドに行ってその依頼をうけよう!」
「つまり、次の目的地は王都か……有名な冒険者とあったりしてな!!」
目的が定まった三人は冒険者ギルドへと歩き出した。




