死霊術師の警告
「……………何者だ?」
首無し騎士は困惑しながらも目の前の黒いローブの男に語りかける。
この男とジャックはどういう関係なのだろうか?何故急にこの宿屋へと訪れたのか?
「ジャックくん、この人がそうですか?」
「…………はい。すまん首無し騎士、死霊術師の訓練で俺の記憶を見せることがあったんだけど、それでアンタの存在がバレてしまった…」
ジャックは申し訳なさそうに首無し騎士へと語りかける。
どうやらこのローブの男には自分の素性がバレてしまっているようだ。そのうえで首無し騎士に会いにきている。
「………そんなに警戒なさらないでください。貴女のことは死霊術師のなかでちょっとした話題になっているんです、自我を保ったまま不死者となった存在だと」
「死霊術師のなかで話題……?なんでそんなことになっている?」
黒いローブの男……いや、目の前の死霊術師はニコリと微笑むと、首無し騎士を手招きする。
首無し騎士は彼のいう通りに部屋の中へ入り、部屋のドアを閉めると、もう隠していても仕方がないので皮袋から自分の頭部を取り出した。
「いやはや……素晴らしい、本当に上位不死者……首無し騎士だ…。」
首無し騎士の頭を拝見した死霊術師は感嘆の声を漏らす。
すると、彼は咳払いを一つし、話を元に戻した。
「貴女の元にやってきた聖騎士隊に多くの死霊術師が居たことを覚えていますか?」
「………ああ、彼らには世話になった。感謝してもしきれん。」
「……その死霊術師達が遠征から戻った後に貴女の話でもちきりになったのです。生前の自我がしっかりしている不死者……それも聖属性の効かない不死者など前代未聞で聞いたことなどありませんから。」
首無し騎士は死霊術師の言葉を聞きながら、なんとも言えない心境に眉を顰める。
確かに彼ら死霊術師には世話になったが、研究対象のように話が上がっているというのにはいい気分はしない。
「…………それで、結局貴殿の目的はなんなのだというんだ。」
首無し騎士は男の目的をはっきりさせようと、死霊術師に話の続きを話すように促す。
「失礼、前置きが長くなってしまいましたね。警戒なさらないで欲しいのは、私はいち死霊術師として特別な個体である貴女を一目見たかっただけなのです………それと、忠告をしにきました。」
「忠告?」
死霊術師は首無し騎士から視線を外すと、ジャックへと向き直る。
「ジャックくん、授業の中で死霊術師として実力をつけ始めると、不老不死を目指す者が出てくることはお教えしましたよね?そして、それは現代では禁忌であることも。」
「え?あっはい、確か不老不死を求めるあまり、人間性を捨てて死の魔術師になる者が出てくるっていう……」
「ええ、その通りです。私の長話を覚えてくれているとは、少し感動ですね。」
死霊術師はよくできましたと言わんばかりに小さく拍手をし、微笑む。
その様子にジャックは苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「…………しかし以下に禁じられ、違法となろうとも、不老不死というテーマと研究は死霊術師として魅力的なもの……無論、私だって興味がないわけではありません。できるならその研究に没頭し、死霊術の高みへと至ってみたい!」
首無し騎士とジャックは目の前の死霊術師の言葉にギョッとする。
もしや、この男はその研究のために首無し騎士へと会いにきたのだろうか?
…………しかし、その心配は杞憂に終わった。
「…………ですが、私はこれでも分別はある方だと思っています。…………いえ、死霊術師たるもの、分別がなければやっていけない。分別を持たねばと日頃から自分に言い聞かせているのです。………今回は多少、揺らいでしまいましたがね?」
死霊術師はまるで冗談を言うように二人に話しかけるが、まったく笑えない。
顔が引き攣るばかりだ。
「授業で話したように、死霊術は元々魔王軍が使っていた魔術形態を人の手で扱えるように改良したものです。死の魔術師となる者も現れることもあり、死霊術師の歴史は迫害の歴史でもありました……今でこそこうして一役職としていられますが、禁忌を破る者が現れたらまた迫害の歴史に逆戻りでしょう。」
死霊術師はそう語ると、また首無し騎士へと向き直る。
「しかし、死霊術師の誰もがこの誘惑に抗えているわけではありません。なかでは裏で隠れながら不老不死の研究をしている者もいるでしょう………そういった人々にとって、首無し騎士さん、貴女は劇薬なのです。」
「………劇薬?」
首無し騎士は死霊術師の思いもよらない言葉にそのまま聞き返してしまう。
すると、死霊術師はずずいと近づいてきて、首無し騎士の顔を覗き込んだ。
「ええ!まさしく劇薬です!《生前の自我を保ったままの不死者》など!!彼らが求めて止まない結果に相違ありません!!いや!死霊術師だけではない!多くの悪徳貴族!権力者にもいずれ来る死に怯え、不老不死を夢見る者は存在します!!」
死霊術師の“圧”に首無し騎士は壁へと追い込まれる。
騎士として生きてきた中でもこんなに“圧”を感じたことはない。
「私は忠告に来たのです!いずれ貴女の前に貴女の存在を求め、立ち塞がる者たちが続々と現れることでしょう!!時には狡猾で非情な手段で貴女を研究対象として捕縛する輩で出てくるはずです!!そのことをどうか、どうか肝に銘じておいてください!!」
「…………は……はい。」
あまりの“圧”に首無し騎士は小さな返事を返すと、死霊術師はスッと離れる。
「…………それではジャックくん、明日の試験頑張ってくださいね。」
死霊術師はジャックに一言そう告げたかと思うと、部屋のドアにてかける。
「…………キミはくれぐれも彼女の誘惑に負けて禁忌へと足を踏み入れないように。」
そう一言だけ警告し、宿屋を後にした。
・
死霊術師の出て行った後の部屋には嵐が過ぎ去ったような静寂が帰ってきていた。
「…………私が…劇薬……。」
首無し騎士は先ほどの死霊術師の言葉を思い返し、呟く。
危惧していたものとは多少ズレてはいるが、自分自身の存在が新たな問題を起こしている。
やはり、首無し騎士という存在は一刻も早くこの世から“退場”しなくてはならない。
「………そんなに気を詰めたってしょうがないでしょ、どっちみち俺らがすることは変わらずに王都の中央教会に向かうことなんだからさ。」
「………そうだな。」
首無し騎士はいっそここで燃やしてもらおうかと言おうとしたのだが、ジャックの顔を見て口をつぐむ。
それでは彼がここまでしてくれたことを全て水の泡にしてしまうからだ。
首無し騎士は自分の思考を変えようと、話題を変えてみる。
「そういえば、この街で殺人事件があったようだ……物騒だし、早く捕まれば良いのだがな。」
「……………そうだね。」
思いもよらないところから思いもよらない話が出てきて、ジャックは言葉を詰まらせる。
その殺人事件の犯人が今まさに貴女の隣にいるなんて口が裂けても言えない。
「………兎も角、明日の死霊術師の試験が終わり次第この街を発つことにしよう。へんな輩に目をつけられているとわかった以上、一箇所に長く留まるわけにはいかない。念の為に宿屋も変えて置こう。」
ジャックはそう語ると、荷物をまとめだす。
どさくさ紛れにどうやって切り出そうかと考えていた宿屋の変更も提案することが出来た。
「………いつも私のせいで迷惑をかけてしまって…すまないな。」
首無し騎士の言葉にジャックは少し胸を痛める。
宿屋の変更はかなりジャック個人的な都合が大きいからだ。
しかしそんなこと言えるはずもなく、ジャックは黙々と荷物をまとめると、首無し騎士を連れて宿を後にした。




