初めの街:7
「では、今日の授業はここまでになります。明日はとうとう試験の日ですから、みなさん気を引き締めて挑んでくださいね。」
講師の死霊術師の挨拶が終えると、生徒の冒険者が各々帰り支度を始める。
「あ、ジャックさんちょっと…」
ジャックも他の冒険者と同じように帰り支度を始めていたところを講師の死霊術師に呼び止められた。
「なんでしょうか?」
「いえ、これは個人的な質問なのですが……」
講師の死霊術師に耳打ちをされたジャックは目を見開き、死霊術師の顔を凝視する。
そんなジャックを死霊術師は誘導し、別室へと連れて行った。
・
「これは………なんとしたことだ………っ!?」
首無し騎士の震える声が、皮袋から発せられる。
彼女が驚愕の声を上げた原因は身の前の《魔法の巻物》だ。
宿屋の暖炉の火が燃え尽きるまで見守った彼女はいつものように知見を広めるべく街へと繰り出していた。
そのなかで彼女は見たことのない店名に興味を惹かれ、入店する。
その名も《魔法具店》。
“魔法具”という聞き馴染みのない響きに彼女は興味を惹かれ、これも勉強だと入店したのだ。
そこで彼女が目にした摩訶不思議で奇天烈な道具の数々……音魔法《遺物探知》の効果と《空間把握》の効果が重複してある鈴の形をした道具や《毒耐性》の効果の付与された指輪など、魔法が込められたという古代遺物のような物が人の手で作られ、魔道具として売られていたのだ。
「これは……すごいな…こんなにも世の中の技術は進歩していたのか……!」
ずらりと並ぶ素晴らしい道具の中、首無し騎士はやっと見覚えのある商品を目にすることとなる。
《魔法の巻物》だ。
しかし、その値段は首無し騎士の知るところではなかった。
「ど……銅貨3枚……っ!?」
首無し騎士は破格の値段に声を震わせる。
手にとって中身を見てみれば、魔術式や魔法陣は無駄のない優れた施され方をされている。《汚物除去》の魔法であった。
「こんな……こんな高度なスクロールが…銅貨3枚……っ!?」
首無し騎士は手に持っていた皮袋で店内を見渡す。
まさかこの中にある商品は何かしらの曰くつき、或いは違法な商品なのではないだろうか?
しかし、こんな街の表通りに店を構える……言うならば販売許可の降りている信用のある店がそんなものを売るのだろうか?
首無し騎士は震える足で店のカウンターへと向かっていた。
「て……店主…っ!これは……このスクロールはこんなに安くて大丈夫なのだろうか……っ!?」
手渡されたスクロールをみた店主は目の前の重戦士風の客とスクロールを交互に見つめる。
「安いって……どこの店もこんなもんだと思いますよ?」
店主の困惑したような表情に首無し騎士はとうとう腰を抜かす。
「ちょっと!?お客さん大丈夫ですか!?」
こんな……このスクロールの値段が市場の適正価格……?いったい300年で世界はどれほど発展して行ったのだろうか……。
首無し騎士は店主の心配する声も聞こえず、よろよろと店を出る。
思えばあの教会で聖騎士達に貸してもらった寝巻きも、今目の前を通っている人々が纏う服も上物ばかりだ。
衛兵の胴当ても首無し騎士のゴツイだけの鎧より防御力が高そうだ。
「………改めて年月の長さを実感させられる。」
首無し騎士は改めて自分は時代に取り残された側の存在なんだということを実感し、通りを歩いていく。
「おっと、すみませんそこの重戦士の方」
道を歩いていると、不意に後ろから肩を叩かれる。
振り向けば、そこにいたのはこの街の衛兵だった。
「………私に何か用でしょうか?」
首無し騎士は内心狼狽えながら衛兵に質問する。
こんな時、生きている頃なら心臓の音が煩いのだろうが、自分の胸は静かなものだ。
と言ってもその静かな心音のせいでこんなにも狼狽えているのだが。
「いえ…もしくすると貴方は先日、獣人の強姦から女性を助けてくださった方ではないでしょうか?」
衛兵の問いかけに首無し騎士は安堵する。
どうやら自分が不死者だと気づかれそうになり声をかけられたわけではないようだ。
「ええ、割って入ったのは事実です…………もっとも、その後すぐあの獣人は解放されたようですが。」
首無し騎士の若干意地悪な返しに衛兵は少したじろいでいる。それでも、衛兵は怯むことなく質問を続けた。
「それは、我々の力不足で申し訳ない……しかし、その獣人に関連してまた事件が起きまして………今朝の記事でもう拝見したかもしれませんが、あの獣人殺されてしまったんですよ。」
「…………申し訳ない、その事件は初耳で……“私刑”とかですか?」
首無し騎士は内心で恐れていた言葉を口にする。
あの獣人の強姦事件のように法律が機能しない場合、発生しうるのが“私刑”だ。そして、その“私刑”は相手が悪人であるが故に歯止めが効かず、往々に殺しに発展することが多い。
暴力を誘発させうるのは“悪意”より“正義”である哀しき事例だ。
「いえ、そういうわけではなく……どうやら金銭目的の強盗に巻き込まれたようでして…こうやってあの獣人に多少でも関わりのある人物に話を聞いてまわっているわけです。」
衛兵の返答に首無し騎士は安堵する。
もしや“私刑”の犯人に疑われているのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、そういうわけではないようだ。
「重要参考人として、ボロ布を纏った少年を探しているのですが……心当たりはないでしょうか?」
「……………申し訳ない、存じ上げません。」
“少年”という言葉に首無し騎士の脳裏にはジャックの顔が浮かんだが、彼はボロボロの服など着ていない。
それに、悪童鬼討伐のおかげで彼はちゃんとそれなりに金銭を所有しているはずだ。強盗殺人を犯す理由がない。
「そうですか……もし怪しい人物を見かけたらご一報願えると助かります。」
「承知しました、この街に滞在している間に見かけましたらすぐに…」
衛兵の敬礼に合わせて首無し騎士も敬礼を返す。
「………この国では敬礼は頭の上に手を付けるのだな。」
衛兵が去っていく後ろ姿を見つめながら首無し騎士はボソリと呟く。
首無し騎士の知る敬礼は胸の前に手を当てるものだったからだ。
・
一通り散策を終えた首無し騎士は滞在している宿屋へと戻ってくる。
自分とジャックが借りている部屋の前まで来た首無し騎士はある違和感に気がついた。
「…………人の気配?」
ジャックが先に帰ってきているのだろうかと考えたが、それにしては部屋の中から感じる気配の数が多い。
最低二人……この部屋の中にいる。
首無し騎士はドアにかけていた手を剣に添えると、肩を使ってゆっくりとドアを開く。
すると、視界に入ってきたのはジャックと……もう一人、黒いローブに身を包んだ長身の男であった。




