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初めの街:6

「こりゃひどい………」


衛兵であるクルト・ナタラは無惨に殺されている遺体を見下ろし、口を覆う。

手や肩、膝を矢で射抜かれており、心臓にはナイフが突き立てられたような跡がある。

表情には苦悶と恐怖が張り付けられており、今にも不死者(アンデット)として起き上がってきそうだ。


「おい、教会の聖職者殿はまだいらっしゃらないのか?」


「今、新人が呼びにいってますよ。」


クルト・ナタラの呼びかけにもう一人の衛兵、ドラ・トリモスが答える。

クルトとドラは入隊時からの同期であり、腐れ縁だ。その時から何故かドラは同期にも後輩にも敬語を使っており、距離を感じさせている。

そんな彼がまじまじと獣人(ビーストマン)の遺体を眺めながら何かを考え込んでおり、そのことを疑問視していたクルト・ナタラの視線に気付いたのかこちらに語りかけてくる。


「………この獣人(ビーストマン)、この前街で騒ぎを起こした奴ですよね?ほら、女性を強姦しようとして通りすがりの重戦士(ヘヴィウォリアー)に止められた奴。」


ドラ・トリモスがそう語る獣人(ビーストマン)へ視線を移したクルト・ナタラは納得したように頷いた。

確かにこの獣人(ビーストマン)はあの時の奴だ。連行先でも差別だなんだと駄々を捏ね、厳重注意だけしかできなかったことを歯痒く感じていたのだ、見間違えるはずがない。


「この獣人(ビーストマン)達、なんで死んだんでしょうね。」


ドラ・トリモスの言葉にクルト・ナタラは逆に疑問を感じる。


「そりゃなんでって……原因はコイツだろ。」


クルト・ナタラは商人の遺体の懐から丸められた紙を取り出すと、広げてみせる。


「この()()()()()()()()()()()()()()()()。ほら、《負傷反射(カウンター)》のスクロールだ………コイツが発動して、(ダメージ)がこの獣人(ビーストマン)にも跳ね返って………」


「いや、そりゃおかしいでしょ。」


クルト・ナタラの見解をドラ・トリモスは即座に否定する。


「確かに矢傷の位置やナイフの傷は獣人(ビーストマン)と商人で一致してます……しかし、《負傷反射(カウンター)》のスクロールが発動したというのなら、その最初の一撃目で普通攻撃するのをやめませんか?」


ドラ・トリモスの言葉にクルト・ナタラはハッとさせられる。

確かに攻撃が自分にも跳ね返ってくる状況で構わず傷を負わせるなど正気の沙汰ではない。

致命傷となるようなこの胸の刺し傷など尚更だ……これでは手の込んだ自殺や心中に他ならない。


「誰かが偽装したんですよ、これ」


「誰かったって……いったい誰が………」


そこでクルト・ナタラは第一発見者の少年のことを思い出す。

ボロ衣とフードを目深に身に纏った、()()()()()()()()()()()()


「おい……あの少年はどうした………?」


「さぁ?気付いたの時には居ませんでしたよ、してやられましたね。」


クルト・ナタラの震えた声の問いかけにドラ・トリモスはため息を吐きながら答える。

彼はこのことに先に気づいており、自分の早合点にならないよう、クルト・ナタラにも疑問を投げかけたのだろう。


「おい!路地裏の孤児をあたるぞ!あの少年が犯人だ!!」


「俺はここに残ります、聖職者が来た時に誰も居なかったらマズイでしょう。」


クルト・ナタラはドラ・トリマスの返答に頷くと、一目散に駆け出していく。


「………こんな偽装細工をするような人間が、通報時に限ってなんの対策もしないものなんですかね。」


一人残されたドラ・トリモスは4体の遺体が転がる小屋の中で小さく呟いた。



「今日はそんなに寒いのだろうか?」


首無し騎士(デュラハン)は煌々と燃える暖炉を見つめながら疑問を投げかける。

いや、実際には暖炉ではなく、朝帰りをした暖炉の前の小さな影に対してだ。


不死者(アンデット)だと気温の変動を感じないんだっけか?結構肌寒いよ。」


暖炉の前の影……ジャックは振り返ると首無し騎士(デュラハン)を呆れた眼差しで見つめる。

昨夜から続く曇天で、今朝はかなり肌寒い………だと言うのに、この首無し騎士(デュラハン)は肌着になりながら、下から貰ってきた冷たい真水で身体を拭いている。

街を出て初めの頃は身体を拭うのもかなり距離をとっていた癖に今ではなんの警戒もなくジャックと同じ空間でそれを行っている。

もちろん、相手は不死者(アンデット)であるから変な気など起こすことはないが、片手で自分の頭を持ち、自分の身体をまじまじと見つめながらもう片手で身体を拭いているその様は奇妙で、どうしても目を奪われてしまう。


「………そんな真剣になって拭かなくてもいいんじゃない?大して汚れてないように見えるんだけど。」


「いや!そんなことない!私はあくまで不死者(アンデット)であって死体だからな、油断してるとすぐ腐敗してしまうかもしれん……!」


ジャックの言葉を首無し騎士(デュラハン)は即座に否定する。

それにしても今日はかなり入念に身体を拭っているし、自分の身体の臭いを入念に嗅いでいる……。

何か気にするような出来事でもあったのだろうか?


「はぁ……何でもいいけどさ、そんな強くこすってると…それこそ死体だから皮とか肉とか削がれちゃうじゃないの?」


「ゔっ………!」


ジャックの何気ない一言で、後ろの首無し騎士(デュラハン)の動きがぴたりと止まる。

ジャックはそんなこと気にせずに暖炉へと向き直ると、懐から取り出した二枚の紙を暖炉へとくべた。


「………………じゃあ、俺はまた死霊術師(ネクロマンサー)の訓練に出かけるから。」


ジャックは暖炉の中で先ほどいれた紙がみるみるうちに縮んで灰になっていくのを確認すると立ち上がり、部屋のドアに手をかける。


「おい……ちょっと………」


首無し騎士(デュラハン)の呼び止めが聞こえなかったのか、ジャックはそのままドアを開けると部屋を後にした。


「……………私は火が苦手なんだが……」


首無し騎士(デュラハン)はそう呟くと、煌々と燃え盛る暖炉の炎へと視線を移す。

はてさて、いったいどうやってこの火を始末しようか。



ジャックが冒険者ギルドへと顔を出すと、依頼掲示板(クエストボード)………の横にある小さな情報掲示板に人が集まっているのを目にする。

ジャックは彼らを一瞥すると、そのままギルド受付へと歩いていく。


「……何かあったんですか?」


「ええ、今朝配られた記事なんだけど昨夜に殺人事件があったらしくて……」


「へぇ…………」


ギルド受付の言葉にジャックは目を細めると、また情報掲示板の方へと視線を移す。

ジャックの視力であればここから記事の内容を読むのは容易だが、いかんせん今は人が多く、読むことができない。


「……………あの…それで本日の用件は……」


ギルド受付の言葉にジャックはハッとし、視線を受付に移す。


「ええっと、死霊術師(ネクロマンサー)の訓練を受けに来たのもそうなんですけど……ここの冒険者ギルドって、スクロールの取り扱いはしてます?」


「ええ、していますよ。」


ギルド受付の言葉にジャックはホッとする。

スクロールは一般的に魔道具店で購入するものだが、冒険者の場合、ギルドから購入することができる。

街によって取り扱っている所と取り扱っていない所がバラバラではあるものの、普通の魔道具店で買うよりいくらか割安になるので冒険者はスクロールを買う時はまず、その街の冒険者ギルドはスクロールを扱っているか否かを確認するのだ。


「そうですか、じゃあいくらか購入したいスクロールがありまして……」


「はい、承ります。」


ギルド受付はカウンターの下から紐で括られた本を取り出すと、カウンターの上に乗っける。

その動作を見届けたジャックは購入したいスクロールを口にしていく。


「欲しいスクロールは、どれも初級魔法のスクロールでして、まず聖属性魔法《淡い光(ペールライト)》、それから音魔法の《沈黙(サイレンス)》……あと闇属性魔法《影縫い(シャドウディテイン)》に、同じ闇属性魔法の《負傷反射(カウンター)》……この4枚ですね。」


ジャックの注文したスクロールをギルド受付はリストから探していく。

やがて、注文されたものと同じものを確認すると、スクロールが置いてある受付奥の棚へと歩いて行った。


「さて……スクロールを受け取ったら食堂で朝食でも食べるかな。」


思えばジャックは昨日の晩から食事をとっていない。

今はさほど腹は空いていないが、それは空腹すぎて最早空腹を感じなくなっているだけにすぎない。


「ジャック!!」


そんな時、不意に背後から呼び止められる。

ジャックは声だけでその相手を判断すると、面倒くさそうに振り返り、その相手の顔を伺う。


「なんだよクリス……だから俺は話すことなんて何も……」


ジャックが言葉を言い終える前にクリス・ケラウスはジャックに駆け寄り、肩を掴む。

流石に現役で盾戦士(シールダー)をやっているだけあり、肩を掴む力が強い。


「待って…痛っ…痛たっ!!強い強い強い!!」


「ジャック……記事はみた……?」


クリス・ケラウスの口調にジャックは目を逸らす。

彼女が現れた時点で用件は察していたからこそ、誤魔化して退却しようとしていたというのに……


「ああ……みたよ。」


ジャックは嘘をついた。

しかし、記事を見ていなくとも()()()()()()()()()()


「そっか………僕ら昨日の晩、あの商人の依頼(クエスト)を受けるはずでさ……指定された場所でずっと待ってたんだ。」


ジャックは俯いて呟くクリス・ケラウスをじっと見つめている。

クリス・ケラウスの声はか細く震えていた。


「そしたら……馬車に衛兵が来て……死んだって…殺されたって知らされて………パーティのみんな色々聞かれたよ………。」


クリス・ケラウスの言葉をジャックは黙って聞いている。


「知り合いが死んじゃうのって……なんでこんなに辛いんだろうね。」


この言葉を聞いた瞬間、ジャックは歯噛みしてしまう。

あんな奴のためになんでこの人は泣いているのだろう。

今すぐその涙を止めたくて、あの商人は貴女を父親に売ろうとしていたと伝えたくなる。

しかし、ジャックはその言葉を飲み込んだ。


「……………そうだね。」


ジャックは項垂れるクリス・ケラウスを前にそれしか言うことができなかった。

ましてや、自分が貴女のために殺しましたなどと口が裂けても言えるはずがなく、ただクリス・ケラウスに対する秘密がもう一つ増えるだけであった。

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