初めの街:5
商人が冒険者ギルドから外に出ると、空はすっかり曇天模様になっていた。
「これは…一雨来ますかね。」
気持ち足早に目的地へと移動する商人は数ヶ月前のことを思い返していた。
(あの褐色の盗賊がいなくなっていたのは幸いだった……まぁ、仲間の金を無断で持ち出したんだからそれも当然か。)
商人はこの晩同席することのなかった少年の姿をおのずと思い起こしていた。
あのパーティの様子を見るにあの事実と取引のことは黙っている様子だ。
しかし、当事者本人にも話をしていないのには正直驚かされたが………
そんなことを頭の中で思い返していると、目的の場所へと辿り着く。
そこは街のはずれにある小さくボロボロの小屋……長年放置され、手入れなどされていない小屋周辺は草木が伸び伸びと育っており、外から中を確認することはできない。
そもそも、そこに小屋があると知らなければ存在すら気がつかないだろう。
「おう、待ってたぜ商人さんよぉ。」
小屋の中に入れば、三人の獣人がニヤついた笑みを浮かべて商人を出迎えた。
一人は猫のような風貌の獣人で、他二人は犬に似た獣人だ。そのうち片方には左目に傷があり、《アニキ》と呼ばれている。
どうあれ、薄汚い獣人の三人には変わりがない。
「……さて、早速商談と行こうじゃねぇかよ。」
《アニキ》と呼ばれている獣人が偉そうにこの場を取り仕切ろうとする。
多少腹が立つが、そんなことをいちいち顔や口に出したりはしない。そんな奴は商人には向いていないのだ。
「ええ、そうですね。まず、目的の人物ですが……」
商人は話しながら懐に手をかけると、そこから一枚の紙を取り出した。
開かれたその紙には碧眼金髪で長髪の少女が描かれている。
「ご同行願うのはこの女性……今では髪は短く切られ、頑強な鎧を身にまとっていますが……あのパーティに碧眼金髪は一人しかいないのですぐにわかるでしょう。この女性の名はクリステラ・ケラウヌス………ケラウヌス伯爵のご令嬢です。」
商人の言葉に獣人の一人が口笛を吹く。
たしかコイツは昨日人間の女性を襲い、衛兵のお世話になったと聞く。
「間違っても手を出さないでくださいよ?」
「わかってらぁ……俺らだって時と場所はわきまえてるぜ。」
時と場所をわきまえてないから衛兵の世話になんてなったんだろうがと商人は心の中で愚痴る。
いつの時代も異種族愛者の変態は多かれ少なかれ問題を起こすものなのだ。
「それで?具体的な策は?」
獣人の一人、猫に似た奴が商人に質問を投げかける。
「まず、この後彼等には私の所有する馬車を護衛するように依頼を出しています。彼等を連れてある程度街から離れたところに崖がありますから、その崖下に“何か不審な影をみつけた、魔物かもしれない”と言い誘導しますから、別の場所に潜んだ貴方達は後ろから奇襲していただければ……令嬢以外の他二人には口封じも兼ねて死んでいただきましょう。」
商人は地図を指差しながら獣人達に作戦を伝える。
「なるほど、では我々はこの地点に先に行き、お前の馬車から奴らが出てくるまで身を潜めていればいいんだな?」
「ええ、理解が早くて助かります。」
隻眼の獣人の発言を商人は肯定する。
「なら話は早ぇ!さっさとその場所に行っちまおうぜ。」
衛兵にお世話になった獣人の言葉を皮切りに三人はボロ小屋を後にする。
残ったのは商人一人だけだ。
「さて……私もそろそろ………」
「ぐふっ……!」
商人もこの場を後にしようと地図を丸めていると、小屋の外から先ほどの獣人の声と、何かが地面に倒れるような音がする。
状況から考えると先ほど出て行った獣人達が倒れた音だろう。
「な……なんだ!?」
あまりに唐突な出来事に商人は動揺を隠すことができない。
慌てて地図を丸め、小屋の入り口を凝視するのだが空にかかる厚い雲のせいで外を視認することができない。
商人は慌ててテーブルの上に置いていたオイルランプを手に取ろうとすると、物凄い勢いで商人の手に矢が突き刺さる。
「いぎぃぃぃっ!!あ゛あ゛ぁっ!!」
あまりの激痛に商人は膝から崩れ落ちそうになり、テーブルに寄りかかる。
矢は見事に手のひらを貫通し、しっかりとテーブルに縫い付けられてしまった。
「アンタ、俺との約束はどうしたんだよ?」
ふいに聞こえてきた声に商人はびくりと肩を震わせる。
聞き覚えのある声だ……今もっとも聞きたくなく、この計画を知られるわけにはなかった相手……
「きさまぁ……っっ!!」
商人は痛みに抗いながら顔を上げると同時に雲の隙間から月明かりが差し込んでくる。
その光は見事に小屋の入り口を照らしており、一人の少年を浮かび上がらせた。
褐色肌の盗賊。
「アンタ、俺が金を渡した時にちゃんと契約したよな?伯爵には“娘はすでに死んでいた”と伝えるって」
商人は手から伝わる激痛に抗いながら、かつての約束ごとを思い起こす。
あの日、伯爵の命令により各地を回りながら家出したクリステラ嬢を探していた商人はあのパーティに遭遇した。
間違えようがなかった。何度も商談に屋敷へ赴いていたのだ。身なりを変えようが、顔が変わるわけじゃない。
「ああ……もちろんそう伝えたさ…だがな………伯爵との取引が出来なくなるなら話は別だ………。」
「なに?」
腕から伝わる激痛と、ジャックの問いかけに沸々と怒りが込み上げてきた商人は机に突っ伏しながら怒鳴る。
「あの伯爵野郎!死んだって報告したら私との取引をいっさいしなくなった!!!出禁にされたんだよ!!出禁に!!!元はと言えば家出されるようなお前が悪いくせによぉ!!!!」
「それはご愁傷様。」
この商人の言葉でジャックはことの顛末を把握する。
つまり、伯爵家への出禁を解除してもらうために、ジャックとの約束を破ってクリス・ケラウスに接触したというわけだ……あとは大方“死亡はあのパーティに偽装されたもので、自分は騙されていた”ということにしようとしていたんだろう。
「でも、アンタが俺との約束を破ったことには変わりないよ。その点で同情の余地なんてないね。」
ジャックは腰につけていた短剣を取り出すと、商人へと近づいていく。
「……!まて!!まってくれ!!!そうだ!金なら返す!!!いや!なら詫び金として倍出す!!だから!!!」
「もういらないよ。」
ジャックの端的で冷たい言葉に恐怖した商人は痛む手のひらから矢をギリギリと抜き取ると、近づいてくるジャックから離れようとする。
しかし、ジャックは商人が動き始めると小屋の入り口を占領し、逃げ場を無くす。
「た………たのむ!見逃してくれ!!もう本当に!今後一切あのパーティには関わらないから!!」
「駄目だ、信用ならない。」
ジャックはもう片方の手でクロスボウを構えると、そのまま商人の胴体を狙う。
「いぃぎっ!!」
放たれた矢から逃れようと体勢を変えるが、商人の肩に矢が突き刺さる。
「あー……もう痛みが長引くだけなのに。」
ジャックは痛みによって倒れた商人の足へ矢を放つ。
今度の矢は見事に膝に命中し、商人は叫び声と共に立たなくなる。
「アイツは第二の人生ってやつを楽しんでるんだから邪魔してやんないでね。」
ジャックがこのことを黙って、パーティから言われるがままに追い出された理由は何もこれだけではない。
冒険者界隈はその仕事柄、どうしても男所帯になりやすい。
パーティの中に女がいるというのは色恋沙汰や優遇など、それだけで不和を起こしかねないのだ。
だからこそクリス・ケラウスは男の真似をしており、ジャックが知ってもあのパーティにはこのことを黙っていた。自分のせいだと気負ってほしくないためにクリス・ケラウス本人にも黙っている。
ジャックがパーティ資金を個人的理由で持ち出したのは紛れもない事実なのだから。
「じゃあ、黙っててね。」
もはや芋虫のような動きしかできなくなった商人にジャックは近づいていく。
「ま………まって……やめ…………っっ!!」
商人の拒否も虚しく、ジャックの短剣はみるみると商人の動体を突き進んでいき、心臓へと辿り着く。
やがて商人の口から息が出てこなくなると、ジャックは短剣を抜き取り、小屋を出る。
ジャックは外に転がっている獣人三人を小屋の中に運ぶと、一人に短剣を持たせ、一人に弓を持たせる。
「じゃあ、おやすみ。」
ジャックは今度こそ小屋を後にすると、そのまま衛兵の役所へと駆け出して行った。




