初めの街:4
「_____闇魔法から派生した死霊術ですが、別名を魂魄魔法と呼ばれ、300年前魔王軍が使用していたものを人間である我々でも使用できるように改良したものが起源とされています。」
冒険者ギルドの訓練場にて眠たくなるような話が続いている。ジャックは講師となる死霊術師が高説する話をあくびをこらえながら聞いていた。
この冒険者ギルドに着くまでに全力疾走していたせいでなおのこと眠い。
「_____このように高位の死霊術師になったものが力と知識を求めるあまり、上位不死者である死の魔術師になるという事例が多くなり、不老不死の研究自体が禁忌とされ_______」
ジャックは浮いてくる奥歯をかみしめ、涙を拭う。
先ほどの話はこの魔法を取り扱う上で重要そうな項目だ。しっかり聞いておかなければ損をする情報。
「では、今日は死霊術の基礎である《記憶の送信》を実際に行使していきたいと思います。皆さん、触媒となる杖を出してください。」
ジャックを含めた受講生たちは用意された訓練用の杖を構える。
「これはすべての魔法に共通したことですが、魔法の触媒となるなら用意するのは杖じゃなくても構いません。あるところでは瓶を触媒にする魔女もいるようですからね。」
講師の言葉を聞きながらジャックは鼻で息を吐く。
どうやらこの講師は余程の話好きのようだ。次から次へと語りが止まらない。
情報収集の時はこの手のタイプは助かるのだが、抗議の時は話がべつだ。
話にどんどんまとまりがなくなってくる。
「では皆さん、構えた杖に精神を集中させてください。今回は初回ですから先生が補助いたします……そうですね、送ってもらう記憶は朝食の内容なんてどうでしょう?」
ジャックは以前トト・ルトラが言っていたことを思い出していた。
彼は魔法を使い始めていたころ、杖に精神を集中させるのが苦手だったという。そこでやっていたことが、”杖の先端を凝視する”ということだ。
視界を一転に集中させることで、入ってくる情報量を抑え、集中力をあげるのだという。おかげで魔法は使えるようになったが、周囲の状況判断がしづらく、何度も危険な目にあったのだとか……
勿論、今はそんなこともなく周囲の状況に合わせて支援魔法と攻撃魔法を使い分ける頼れる魔術師になっている。
(参考にさせてもらうよ、トト。)
ジャックは杖の先端を凝視し、一点に集中させる。
「おや……ジャック君、いいですね……そのまま身体を流れる魔力を感じて………」
遠くのほうから講師のアドバイスが聞こえてくる。しかし、ジャックにはその”魔力の流れ”というものがわからない。
「皆さん、魔力の流れがわからないという顔をしていますね、でも大丈夫です。そこは先生が補助します。」
講師の死霊術師がそういうと、杖を振り下ろす。
その瞬間、ジャックの胸から腕……杖にかけて何か温かいものが流れていくの感じる。
「心臓から杖にかけて、川の流れのようなものを感じたでしょう?それが魔力の流れです。その流れを意識して、杖の先端に集め、詠唱してください。」
ジャックは集中を切らさないように杖の先端を見続ける。
これは、盗賊や暗殺者とはまた違った集中の仕方だ…集中して意識を全方向に飛ばす盗賊や暗殺者に対し、魔術師や死霊術師は触媒の一点に意識を集中させる。
意識のコントロールを常に意識しているジャックでもこれはなかなかに難しい。
「記憶の送信!」
生徒の掛け声が訓練場にこだますると、杖から発せられた一筋の光が講師の死霊術師へと飛んでいく。
「ふんふん………ドク君は映像が曖昧ですね…伝えたいものを言葉じゃなく映像で呼び起こしてください。ランバ君はなかなかもう少し健康的な食事をとってください……ジャック君はなかなか筋がいい……君は記憶力がいいほうなのかな?記憶の色彩、視界の端まで鮮明だ……。」
講師の死霊術師は受けた全員の記憶を精査しているようだ。三人分の記憶を受け止めているこの講師のほうが幾段も上手なことを感じさせられる。
「みなさんなかなかいいですね。ほんとに初めてか疑いたくなる精度です。」
死霊術師は生徒達を褒めながら話を続ける。どうやらこの講師はなかなか教え上手なようだ。
「このように、死霊術は魂魄魔法と呼ばれるだけあって、魂を操る事が基本です。初級としては今のように、“自身の魂”に働きかける魔法となり、中級になると、皆さんが想像しているような不死者の魂を操り、使役する魔法が使え始め、上級になると上位不死者や生者への精神操作魔法が扱えるようになるでしょう………しかし、この講義の初めのほうに話した懸念点から上級死霊術師は数える程度しかいません。」
講師の話を聞きながらジャックは懸念点を考える。
(初級では自身の魂を操る程度しかできないというのが死霊術師の基本常識であるならば、首無し騎士を連れて死霊術師と話をするような時は自分の等級のことは話さない方が得策だろう。)
「では、今日の講義はここまでになります。次は明日に同じ時間から行い、明後日の試験を合格したら皆さんは晴れて死霊術師見習いですよ!」
講師はそう語ると、訓練場を後にする。
生徒達も言われた反省点と注意点を復唱しながら各々訓練場を出ていくので、ジャックもそれにならい、退場する。
「あと二日か……二日間もあいつから逃げられるだろうか……?」
ジャックの脳裏に浮かんだのはクリス・ケラウスの顔だった。
あの人は自分がパーティを抜け出したことに未だに納得がいってないらしい。
それは主に口論になったのはロザン・リクレイとだったからでパーティリーダーである自分が実態を把握できていないのが我慢ならないのだろう。
その時にはもうすでにジャックはクリス・ケラウスを避け始めていたのだから。
(宿に戻る前に夕食でもテイクアウトして帰るか……首無し騎士に宿を変えることも伝えとかないととな……)
ジャックは余計な出費が増えそうな予感にため息を吐く。
仕方がない、もうあの宿はクリス・ケラウスに把握されている。
「________________では、依頼内容の確認を行いますね。」
不意に耳に入ってきた聞き覚えのある声にジャックは思わず身を潜める。
声のした方向に視線を向けると、先ほどまで脳裏に映っていた面々が冒険者ギルド食堂のテーブルに集まっている。
様子を見るに、なにやら個人の依頼を請け負っている最中のようだ。
(あっぶなー………またクリスに出くわすところだった…ここで俺が出て行ったら相談の邪魔になるし……少し高くつくけど夕食は別の店で……)
ジャックが踵を返そうとしたその時、彼らが依頼を受けようとしている人物に目を奪われる。
「依頼内容は、商品を積んだ馬車の護衛、期間は《リペリシオン王国》王都に着くまでの間……報酬は一日につき銀貨三枚……この内容で問題ないですか?」
「ええ、もちろん。前の働きであなた方が信頼のおける人達であることはわかっていますから信頼料も合わせてその金額で大丈夫ですよ。」
聞き覚えがあり、もう二度と聞きたくないと思っていた声にジャックは戦慄する。
何故、奴が彼等と……クリス・ケラウスに接触しているのだろうか……!!
「では今夜からよろしくお願いしますね。」
「ええ!よろしくお願いします!!」
商人とクリス・ケラウスが握手を交わす。その様子を見たジャックは冷や汗が止まらなかった。
(まずい………まずい!まずい!まずい!!あの野郎!!約束を破りやがったな!!?何が“商人は金銭を介した約束事は破らない”だ!!)
ジャックは困惑と焦燥感、なにより怒りで考えがまとまらなくなる。
しかし、やらねばならないことはハッキリとしていた。
ジャックは盗賊と暗殺者の技術を駆使して気配を殺すと、商人の後をつける。
この男は、このまま野放しにしていい人間じゃない。
ジャックはそう結論付けたのであった。




