初めの街:3
「あー……!イライラするぜ………!!」
冒険者ギルドをあとにし、街中を散策していた軽戦士ロザン・リクレイは乱暴に自らの頭を掻きむしると愚痴をこぼす。
「なんだって行く街行く街あいつの面を拝まなきゃならんのかね!!」
彼の愚痴の内容は先ほど遭遇した忌々しい裏切者、ジャックのことであった。
ヤツのことなどできるだけ考えたくないし、いつもは頭からすっぽりと消しているというのに、話題にでたり、こうして遭遇してしまうとイライラと共にしばらくは頭から離れなくなる。
裏切られたという想いが強まれば強まるほど、この感情を吐き出す場所を探してしまうのだ。
「なんでクリスは未だにあんなやつのこと……」
ロザン・リクレイの脳内に盾戦士でありパーティリーダーであるクリス・ケラウスの顔が浮かび上がってくる。
彼は未だにジャックの犯した窃盗には何かしらの理由があると信じて疑っていない。
「自分が見込んで連れてきたヤツだから信じたいってのもわからなくはないんだけど……そこはパーティリーダーとして受け入れてほしいよなぁ……」
そうでなければまた同じ轍を踏むことになる。
このパーティもいつまでも三人組で活動していくことは出来ない。いずれ限界が来る。
早急に新しいパーティメンバーを募る必要があるが、またあの裏切者と同類の奴が来たんじゃ本末転倒だ。
パーティリーダーがその点では頼りない今、自分が目を光らせておかなければならない。
足りないところを補いあう……それがパーティを組む意義なのだから。
「おや、貴方たしか以前に依頼を受けてくださった……」
考え事をしていたロザン・リクレイは不意に背後から声をかけられる。
その場にいたのは、以前依頼を請け負ったことのある王都の商人だった。
「これは、お久しぶりです。」
「いえ、こちらこそその節はお世話になりました。」
「聞きましたよ、なんでもあの褐色肌の盗賊が活動資金を持ち逃げしたとか……大変でしたね。」
「ええ……まぁ………」
ロザン・リクレイは商人の言葉に歯噛みする。
先ほどの冒険者ギルドでの一件のように他の冒険者へ注意喚起を行うと、当然噂は伝播する。
そうすればおのずとかつて知り合った人々の耳にもその噂は入っていくだろう。
「まさか私の依頼をこなしてもらった後にそんなことが起きていたとは……私もあの少年がまさかそんなことをしでかすとは思いもよりませんでした。」
「そりゃ……いえ、仲間だった俺らでさえも予想だにしていなかったことですから……」
そう答えながらロザン・リクレイの胸中ではやるせなさと情けなさが込み上げてくる。
なぜあんな奴のために自分がこんな想いをしなければならないのか。
「もし…もしですが、まだ金銭が入用でしたらまた依頼をお願いしたいのですが。」
「それは……本当ですか!?正直助かります!」
商人からの思わぬ申し出にロザン・リクレイは即座に食いつく。
渡りに船とはまさにこのこと、チャンスは逃さないように捕まなければ
「では内容は……パーティリーダー同行の時がよろしいですよね。」
「そうですね……では日が沈む頃にそこの冒険者ギルドで依頼内容の確認をしましょう。」
「ええ、それで大丈夫ですよ。」
一通り会話を終えたロザン・リクレイは去っていく商人を見送る。
資金調達のめどが立ってきた。これは他の二人も喜ぶに違いない。
「そうと決まれば、早めに二人に話をしとかないとな。」
ロザン・リクレイの足取りは軽くなって、パーティメンバーであるクリス・ケラウスとトト・ルトラを捜し始めた。
・
ジャックは驚愕していた。
確かに首無し騎士には自分の昔の交友関係などこれっぽっちも話していない。
単に関係がない話だし、何より彼らの話題はジャック自身が避けているものだったからだ。
だからこそまさかこんな形でそのツケを払わされることになるなど予想だにしていなかった。
首無し騎士は瞠目していた。
先ほどまで気軽に話していた恩人二人が、旅の同行者であるジャックを見た瞬間、部屋の空気が凍りついたのを感じ取ったからだ。
あの野次馬達から逃れるように自身が泊まっていた宿屋に移動したのは何か不味かったのであろうか?
トト・ルトラは困惑していた。
まさかパーティ内で話題に上がることすら憚れる人物が、突然自分達の目の前にやってくるなど誰が予測できるだろうか?この場所が首無し騎士の宿泊している宿だということを鑑みるに、彼女の同行者というのはこのパーティの裏切り者で間違いないのだろう。
クリス・ケラウスは硬直していた。
ジャックが自分達を謀ってパーティの活動資金を盗んだという事をクリス・ケラウスは納得することができなかった。一度腰を据えて話をしてしなければならないと考え、街を訪れる度に彼の姿を探していた。
しかし、いざこうして目の前にその本人が現れると、クリス・ケラウスは彼を見つめることが精一杯で、一言も声を発することができずにいた。
そんな四人の中で一番最初に行動を起こしたのはジャックである。
彼は咄嗟に部屋のドアを閉めると、振り返り、宿の階段を下っていく。
「………ちょっ!!待って!!!」
逃げていくジャックをクリス・ケラウスは静止の言葉をかけながら駆け出していく。
「クリス!!やめなって!!!」
その後を追うようにトト・ルトラが部屋を飛び出していく。
宿屋の一室には未だ何がなんだか把握できていない首無し騎士だけが残されていた。
宿屋を飛び出したジャックは持ち前の暗殺者と盗賊の技術を駆使して気配を殺しながら建物の屋根へと登っていく。
しかし、気配を殺したところですぐに追いつき、視界にジャックを入れていたクリス・ケラウスには技術が通用せず、屋根伝いに逃げるジャックを目で追いながら街中を疾走していく。
「相変わらずあんな大楯を背負ってなんであのスピードが出せるんだよ!!」
ジャックはクリス・ケラウスの視界から逃れようと建物を飛び越えながら逃げていく。
視界から消えてしまえば技術の効果によってクリス・ケラウスはジャックの姿を視認することが出来なくなるからだ。
しかし、ジャックがクリス・ケラウスの視界から消える前にガァァンッという大きな音がジャックの耳に入ってくる。
「しま………っ」
音のする方へジャックの視線が強制的に誘導される。視界の中心ではクリス・ケラウスが柄頭で大楯を叩いていた。
盾戦士の技術の一つである《敵視》。一定の時間、相手の視線を自分に釘付けにする技術だ。
「ジャック!!僕はただちゃんと話をしたいだけなんだよ!!」
「そうかよ!でも俺には話をすることなんかないね!!」
ジャックはそう叫ぶとバックから煙玉を取り出し、クリス・ケラウスに向けて投げつける。
ジャックの投擲した煙玉はクリス・ケラウスの大楯へと命中し、その衝撃によってあたりに白い煙が立ち込めていく。
「ケホッ!ケホっ!!街中でこんなの使うなんて!!」
「いや!!街中で盾と剣を取り出したお前に言われたかないよ!!」
クリス・ケラウスは大楯で煙を撒こうと考えたが、盾が通行人に当たって怪我をさせてしまう可能性を想定し、取りやめる。
時間が経つと徐々に白い煙は薄まって行き、視界が確保できるようになったが、既にジャックの姿は無くなっていた。
「ジャック……」
クリス・ケラウスはそう一言呟くと剣と大楯を背負う。
「クリス……!無茶苦茶しすぎだよ!!」
「トト………ごめん。」
後から息を切らしながら追いついてきたトト・ルトラに叱責されたクリス・ケラウスは素直に謝罪する。
それと同時に正午を告げる鐘がゴーン、ゴーンと街中に響きわたるのだった。




