初めの街:2
「ではこちら、悪童鬼駆除の報酬になります。」
ジャックはギルド受付から金銭を受け取る。
蜥蜴人の集落では正式に依頼を受けたわけではないが、悪童鬼を倒した証拠である耳を持ってきていたために、それ相応の対価を受け取ったのだ。
「それと、死霊術師の役職訓練ですが、本日は午後から承っていますので、こちらの木札を持って訓練場の方までお越しください。」
「はい、ありがとうございます。」
ギルド受付から木札を受け取ったジャックはそのままギルド施設内に併設されてある食堂へと足を運ぶ。
こういった食堂はほとんどの冒険者ギルド施設内に常設されていて、食事は勿論だが冒険者同士の情報交換の場となっている。
街の酒場は街内部の情報には特化しているが、街近隣の状況や、魔物の変動などには疎い傾向がある。
その点で言えば酒場よりも冒険者ギルド内で情報を集めた方が効率的と言えるだろう。
「あの、お一人ですか?」
ジャックがギルドの食堂内に入るとすぐに三人ほどの若い冒険者に声をかけられる。
安い革鎧に、戦士の訓練を終えたばかりの者にギルドから配られる量産型の鉄剣。
駆け出し冒険者だろう。
「えっと……たぶん同じくらいの歳…ですよね?もしよければ僕らとパーティを組みませんか?」
「あぁ…いや……俺は………」
初心者冒険者はギルド食堂内で仲間を募り、パーティを結成するようにしている。
先輩冒険者の目が多くある場所で仲間を募れば初心者を食い物にしようとする悪徳冒険者に目をつけられにくいためだ。
例えば今回のように初心者冒険者が要注意人物に声をかけた場合……
「いや、ソイツはやめとけ。」
このように先輩冒険者が声をかけ、注意をする光景も珍しくはない。
しかし、その相手が偶然にもかつてのパーティメンバーであり、つい先日まで滞在していた街にいるはずの相手というのは滅多にあることではない。
「ロザン……」
ジャックに名前を呼ばれた軽戦士、ロザン・リクレイは忌々しそうに舌打ちをすると、ジャックに声をかけてきた駆け出し冒険者たちに声をかける。
「ソイツは所属したパーティの活動資金を持ち出すような奴だ。もっとまともな奴を仲間にした方がいいぜ。」
「ええ………」
「あぶな……いこ?」
ロザン・リクレイの言葉を聞いた駆け出し冒険者たちはそそくさとジャックから離れていく。
その後ろ姿を眺めたジャックは自分の顔を忌々しそうに見つめているロザン・リクレイに話しかけた。
「………なんでこの街に?」
「お前にゃ関係ねぇだろ。」
ロザン・リクレイはそれだけ吐き捨てると、ジャックに背を向け、依頼掲示板の方へと歩いていく。
相変わらず手持ち無沙汰になったり、何もやることがなくなったら依頼掲示板を意味もなく眺める習慣は変わらない様子だ。
(ロザンがいるってことは……当然クリスもこの街に来ているよな………)
かつてのパーティリーダーであるクリス・ケラウス。
ジャックがかつてのパーティメンバーの中でも一番顔を合わせたくない人物だ。
クリス・ケラウスに出くわすのと比べたらロザン・リクレイと出くわすことなどどうということはない。
彼ならば自分と出会した後、あの二人を遠ざけてくれるだろう。
(………だけどこのままギルド内に留まるとそれこそ出くわす可能性が高くなるなぁ。)
ジャックはギルドの食堂からサンドイッチをテイクアウトすると、死霊術師の訓練の時間まで街で時間を潰すことにした。
・
街の大通りに並ぶ店の一つに小さな書店がある。
その書店は店内であれば本を“買う”のではなく“借りる”ことができ、本を借りたのであれば店外に持ち出すことは禁じられ、店内に備え付けられている小さな椅子とテーブルで読むことを促される。
その小さな椅子とテーブルにはあまりにも似つかわしくない鎧姿の人物が皮袋を腕で囲う形で本を読んでいた。
「なるほど……奴隷解放を行なったのも、現行の法に改善を行なったのも魔王を打ち倒した後の勇者なのか……。」
首無し騎士は本を読みながら実に彼らしい行いだと重い、思わず頬が緩んでしまう。あの青年は当時から奴隷制度自体に嫌悪感を示していたようだった。
かつては当たり前のように受け入れていた奴隷という存在に疑義を呈したあの考えに当時人間だった首無し騎士は目から鱗が出るような感覚だったのを今でも覚えている。
「今思えば、彼の考え方は色々と先進的だったのかも知れないな……関わる者に偏見なく平等に接し、それを当たり前のように行なっていたのは私の知る限り彼だけだった。」
首無し騎士の行う正義が“そうあらねばならない”という偽善的な正義だとすれば勇者の行った正義は“自然と行われる”理想的な正義だった。
まるでそれが当たり前である価値観の世界からやってきたかのような………
そんな純真な彼だからこそまさか奴隷から解放した獣人が現代社会で問題や犯罪を横行させているとは夢にも思わなかったのだろう。その証拠に、彼の思考した改善法には異文化者への対応が記されていない。
(………いや、彼のことだ。犯罪を犯した者には人間、亜人種関係なく 法の元に平等に裁かれるものだと疑わず、分けて記さなかったのだろう。)
しかし、現代の人々にはその考えは普及していない。
勇者と世間の“価値観の違い”がここにきて法の抜け穴を広げてしまったのだ。
(現に勇者が天寿を全うしてからしばらくは何の問題もなく法は機能している……長い年月によって徐々に司法の判断がおかしくなってきている。)
首無し騎士は歴史書と併用して各地の報道記事のスクラップへと目を通す。スクラップによれば獣人の犯罪件数が増えたのは近年のことであり、それは獣人が多く住む地域との交流規制をほとんど取っ払った時期を皮切りに増えているように見受けられる。
(記事を読むとく限り、犯罪を犯した獣人も元奴隷の子孫である“古くから人間社会に住んでいた”者ではなく、“獣人の多く住む地域から新たにやってきた”者達だ……逆に古くから在住している獣人は新たにやってきて問題を起こしている彼らを嫌っている……。)
新たにくる獣人が問題をおこし、獣人自体の印象を落とすことで、古くから住む獣人たちまで警戒されてしまい、生きづらくなる……。
そりゃ古くから根付いている獣人にとっては良い迷惑だろう。
「はぁ………ジャックの言う通り、問題や禍根が大きすぎて一個人である私じゃやれることが無さすぎる……。」
しかも首無し騎士の場合一個人の前に一故人だ。不死者である首無し騎士では王国への働きかけすらできない。
これでは贖罪どころではない。八方塞がりである。
「………?なんだアンタら………おい!」
「うるせぇなジジィ!邪魔すんな!噛み殺すぞ!?」
何やら書店の入り口の方で店主と誰かが揉めているようだ。
しかも、その“誰か”の方の声に首無し騎士は聞き覚えがある。
嫌な予感しかしない。
「おう、ここにいやがったな?鎧雌。」
首無し騎士が本から声のする方へ皮袋の向きを移すと、先程衛兵に連れて行かれたはずの獣人がニヤニヤとした面でこちらを見下していた。
後ろには新規に二人ほど獣人がいる。
「………お前は衛兵に連れて行かれたはずだが?」
「はっ!?誤解だって理解って貰えたよ!俺たち獣人との文化の違いってことでな!」
「ほう……ではお礼参りも貴様ら獣人では当たり前の文化なのかな?」
「…………おいおい、差別主義者かよ。」
獣人たちはギロリと鋭い眼光を首無し騎士に向けてきている。しかし、生前、数多の戦線をくぐり向けてきた首無し騎士は動じることはなかった。
「すまない、店主。厄介ごとを招いてしまったようだ。」
首無し騎士は借りていた書物をテーブルの上に置いていくと、獣人の横を通り抜け、店を出ようとする。
「おい、どこいくんだよ?逃げようってか?」
獣人はそんな首無し騎士の肩をガシャリと音を立てて掴んで静止させる。
後ろにいる猫のような獣人もニヤニヤと笑っている。
「………貴様、まさか他人様の店内で荒事を行おうとしていたのか?獣人の文化では他人の家に迷惑をかけるという文化でもあるのかな?」
「こいつ……っ!上等だゴラァ!!」
ついつい売り言葉に買い言葉で相手を挑発してしまった。犯罪を犯し、反省も悪びれもすることなく暴虐武人に振る舞うこの男に自分はよほど腹を据えかねていたらしい。
昔もよくこういうところを父に咎められていた。
「待て、本気でやり合う気か?」
怒号を上げた獣人に右目に傷のある獣人から横槍がはいる。
「なんだよ兄貴!邪魔すんなよ!」
「お前……頭に血が昇って気付いてないのか?」
右目に傷のある獣人は諭すように語りかけている。
どうやらこの中では一番冷静なようだ、この場で暴れることに対する愚行さを説くつもりらしい。
「コイツ……全身から隈なく屍臭がしやがる……。」
「なっ!?」
首無し騎士は獣人の言葉に動揺し、自らの腕をあげて嗅いでみる。
そんな馬鹿な筈はない……この身体になってからというもの、その辺には気を配って身体を入念に洗っていた。
確かに旅に出てからというもの、なかなか身体を清めることはできなかったが、そんなに臭うほどの時間はたっていない…………はず………………………たぶん。
「こんだけ身体にこびりつくほどの屍臭だ……いったいどれほどの相手を殺してきたんだかわかったもんじゃねぇ………喧嘩を売る相手は選べ。」
どうやら右目に傷のある獣人は喧嘩をする“場所”よりも“相手”を選ぶ注意を説いたらしい。
じゃあ自分より格下の相手だったら店内だろうが道端だろうが他人様の家の中だろうがお構いなしだということだ。
(コイツら……ほんとに亜人種なのか……?前まで魔物だと思っていた蜥蜴人よりよっぽど野蛮だぞ………)
もちろんこういう輩が異常なだけで普通に適用して過ごしている獣人もいるのだろう。
しかし、やはりこういう奴らの方が目立ち、印象を落としているのも事実だ。
「兄貴!ビビってんじゃねぇよ!こんなやつただの雌だ!!獣人の雄が人間の雌に負けるかよ!!」
確かに基本的身体構造では人間はどの亜人種より下位に位置するだろう。
種族特有の効果などもない……よく言えばオールマイティ、悪く言えば器用貧乏だ。
「先に助っ人を連れてきたのはお前だろうに、その助っ人にさえ礼節をもたないとはな。」
「クソが!その減らず口黙らせてやる!!」
首無し騎士はまた獣人を挑発すると、誘導するように書店から出ていく。
一度衛兵に連れて行かれたというのに反省の色が全くない輩には少し仕置きが必要だ。
首無し騎士が店を出ると同時に獣人は首無し騎士のヘルム目掛けて思いっきり殴りかかる。
すると、ヘルムはガァァンッと言った軽い音を立てながら思いっきり向きが横にずれる。
「え………っ」
「不意打ちとはな。」
首無し騎士はヘルムが横を向いた状態のまま片手を動かし、殴りかかった獣人の首根っこを掴み、道路に投げ捨てる。
「痛っっつ!」
「どうだ?筋力で劣るはずの人間の女に片手で投げ飛ばされる感覚は。」
ドサっという音を立てながら獣人は道端に転がる。
もちろんただの人間の雌ならこんなことを難なくすることはできない。死んで不死者になったからこそこんなことが出来るのだ。
「テメェ……調子乗んなよ。」
地面に投げ捨てられた獣人は立ち上がると、首無し騎士に向き直る。
背後には同じように猫のような獣人が構えながら首無し騎士の隙を伺っている。
完全に傍観しているのは右目に傷のある“兄貴”と呼ばれていた獣人のみだ。
首無し騎士が先に動くか、獣人が先に動くか、互いに間合いを詰めていると、何処からともなく大きな声が響く。
「衛兵の皆さん!こっちです!!」
その“衛兵”という言葉を聞いた瞬間、獣人は慌ててその場を離れた。
「やべ!解放されてすぐまた捕まったら普通に捕まっちまう!!」
「ず……ずらかるぞ!!早く!!」
「テメェ!覚えてろよ!!」
獣人達の姿はみるみるうちになくなっていく。
すると変わりに、ニ人の人物が首無し騎士に近づいてきた。
「あの……あの時の不死者さんですよね?」
首無し騎士かけられた言葉に一瞬動揺するが、その二人の人物に対して見覚えがある事を思い出す。
「確か……みんなの浄化を協力してくれた人々の中にいた………」
「はい、改めましてクリス・ケラウスです。」
「トト・ルトラです。」
首無し騎士は二人の自己紹介を改めて受け、お辞儀をする。
たしか、三人組で聖騎士隊に同行していた冒険者の中の一組だ。
「改めて、イライザ・クロスライトだ。衛兵を呼んできてくれるとは……何から何まで世話になりっぱなしですまない。」
首無し騎士の言葉に目の前の二人は頬をかきながら苦笑いをする。
「実は、衛兵を呼んだっていうのは出まかせだったんですよ。」
「たまたま通りがかったら何やら見覚えのある方が絡まれていたようだったので……」
首無し騎士はそう言われて初めて二人から視線を逸らす。
確かに周りの何処にも衛兵の姿は見られない。いるのは遠巻きにこちらを観察している野次馬だけのようだ。
「それにしても不死者さんはどうしてこんなところに……?火葬されなかった後、あの街に留まっていたはずじゃ……」
「ああ、実はな……フォードリアス殿から……」
「待って!その前にさ……」
首無し騎士とクリス・ケラウスの会話を魔術師であるトト・ルトラが静止する。
「どうしたんだい、トト?」
「あのさ、場所変えない?ここ人すごいし……それに……」
トト・ルトラがちらりと視線を首無し騎士の首の上に向けると、それを追うようにクリス・ケラウスもまた首無し騎士の胴体の上を見る。
「みんな……ヘルムを横に向けたまま普通に話してるこの人のこと不審がってる……」
トト・ルトラに指摘されてようやく、首無し騎士はヘルムの向きを直した。




