初めの街:1
現在、首無し騎士の鼓動しなくなったはずの心臓がバクバクと悲鳴をあげているような錯覚に見舞われていた。
「次の者、前に。」
目の前の御車が門をくぐると同時に門兵がジャックと首無し騎士に呼びかけてくる。
首無し騎士は不安からか、自然とヘルムに両手を添えていた。
「通行証を拝見する。」
「王都の聖騎士、リリア・フォードリアスより王都の教会へ赴くように仰せ使った。この街にはその道中として立ち寄った次第である。」
ジャックは堂々とした様子で門兵に話かけると、冒険者ギルド所属の証とリリア・フォードリアスの手紙に同封されていた紹介状を門兵に渡す。
「……しばし待たれよ。」
門兵の一人がジャックから受け取った紹介状を持って奥へと引っ込んでいき、しばらくして戻ってくる。
「確認しました、どうぞお通りください。」
門兵はそういうとジャックと首無し騎士をすんなり通してしまう。
「ジャック、妙に言いなれた様子だったな…。」
「ああ言うのは妙に勘繰られないように堂々とした方がいいんだよ。じゃないと書状が本物でもニセモノや盗品を疑われて時間がかかったり、突き返されたりするんだから。」
ジャックの言い分に首無し騎士はなるほどと相槌を打つ。
自身も騎士時代は自信満々に対応していたのだろうが、今は自分が不死者であるという後ろめたさしかない。
「さて、まずは冒険者ギルドへ悪童鬼の一件を報告しないといけないね。」
ジャックの言う通り、二人の足は冒険者ギルドへと向かう。もっとも、首無し騎士には見慣れぬ街並みなのでジャックについていくしか選択肢などないのだが……
すると、ギルドへ向かう途中、首無し騎士は路地裏の影に何かを目撃する。
その何かの様子は昔も今も変わらない、人影が後ろ方向に引っ張られている様……”女性が路地裏に連れ込まれている様子”だ。
「ジャック、少し離れる。」
「おい!ちょっと!?」
首無し騎士はジャックから自身の頭部が入った皮袋をもぎ取ると、その路地裏へと向かっていく。
路地裏に入れば、先ほどの女性が今まさに強姦されようとしている最中であった。
「お前たち!何をしている!!」
その場にずんずんと近づいていく首無し騎士が目にした強姦犯は肌の見えないほど深い体毛、鋭くとがった牙と耳、突き出た鼻先………紛れもない獣人であった。
「貴様………!!」
ここで首無し騎士が前の価値観のままだったならば「奴隷が何をしているのか!?貴様の主人に責任が及ぶぞ!!」と言った叱咤をこの獣人に浴びせていただろう。
しかし、蜥蜴人との交流を持ったあとの首無し騎士は違う。彼女は一人の人間と対面するのと同様に獣人へ叱咤する。
「貴様!!強姦とは恥を知れ!愚か者!!」
「ああ!?なんだぁ?テメェ!!」
首無し騎士の怒号に獣人も威嚇のようなうなり声をあげ、とびかかってくる。
その瞬間、首無し騎士はおおきく足をあげると、とびかかってきた獣人に回し蹴りを炸裂させ、地面にたたきつけ、そのままの勢いで馬乗りになり、手足を拘束する。
「クソが!離せや!!」
「貴様!反省の色すら見えないとは!!このまま衛兵に突き出してやるぞ!!」
「はぁ!?反省だぁ??知るかよ!!この時期に雌と交尾すんのは当然だろぉが!!」
「そんな当然が通るか貴様ぁっ!!」
首無し騎士は獣人の苦し紛れの言い分に腹を立て、またも怒号とともに獣人に拳を振り落とす。
その拳の衝撃とともに拘束された獣人は意識を手放した。
「……うわっ」
獣人が気絶したところで、裏路地へジャックが到着する。
首無し騎士が獣人に馬乗りになり、奥の方で女性が小さくなって震えているというような光景を目撃したジャックは小さく声をあげた。
・
「本当にありがとうございました!」
「いえ、大事にならなくてよかった。」
駆けつけた衛兵に獣人を引き渡した首無し騎士とジャック連れられていく獣人を女性とともに見ていた。
「くそ!離せ!!あの鎧の女も捕まえろよ!!あいつ俺に暴力振るいやがったんだ!!俺が被害者だぞ!!」
衛兵に連れられていく獣人が首無し騎士の方を向きながら喚き散らしている。
「ふん、なんとも見苦しい奴だ!せいぜい重い罰をかせられるんだな!」
「…………いや、それはないと思うよ。」
首無し騎士の言葉をジャックが小さな声で否定する。
すると、同様に被害女性も暗い表情を浮かべていた。
「何故だ?強姦未遂だぞ?軽く済むわけがないだろう?」
首無し騎士の純粋な疑問にジャックは首を横に振る。
「獣人の間ではこの時期に出会った女と関係を持つのは“常識”なんだよ……だからあの獣人の強姦が初犯なら厳重注意だけで解放されることもあり得る。」
「はぁ!?そんな馬鹿な話があるかっ!!?」
ジャックの話に首無し騎士は怒り混じりの声をあげる。
しかし、被害にあった女性が同じように暗い表情をしているところを見るに、それは本当のことらしい。
「そんな……そんなことが許されるはずがないだろう!?彼等も亜人種ならば同様に刑罰をかされるべきだ!!」
「元々奴隷として扱っていたからね……その後ろめたさからという観点もあるし……奴隷として獣人を扱っていた時に無理やり犯してた馬鹿な奴がいたせいで獣人同士だけでなく人間と獣人も関係を持っていいと考えるようになってしまったという観点もある……そのせいで獣人の特徴を持ちつつも顔が人間という半獣人も出てきてしまったし……」
「そんな森人みたいな……」
300年前も森精霊と人間が恋に落ち、森人と呼ばれる人々が存在していた。
しかし、半獣人というのは聞いたことがない……その頃はもし産まれても“処分”されていたのだろうと首無し騎士は気がつく。
「もし……もしそれが昔の人間のツケだとしても、現代の人々には関係ないだろう!?少なくとも強姦の罪が消えるのはおかしい!」
「強姦だけじゃないよ、店の食料を勝手に食べたり、道端で排泄したり……注意すれば“自分は獣人だぞ!?”とまるで特権階級のように威張り、威嚇する……だからこそ今じゃ多くの人から獣人は嫌われて、新たな差別に繋がってる………いや、身を守るための“区別”だっていう人もいる。」
「なんだ………それは…………」
ジャックの話に首無し騎士は困惑を隠せない。差別をなくそうとすれば、新たな問題が浮上してくる……これでは蜥蜴人の集落で培った価値観が意味をなさない。
「本来は亜人種が増えた分、法律を変えたりその土地の方に従ってもらうように呼びかけたりするべきなんだろうけど……どのみち俺らにはどうしようもないよ。」
ジャックは首無し騎士にそう語りかけると、手を引っ張って歩いていく。なんともいえない無力感と、何処へ向ければいいのかわからない強い怒り……そんな負債を後世に残してしまったという悲しみが首無し騎士の胸中をぐるぐると渦巻いていた。
・
「じゃあオレはギルドで死霊術師の訓練受けてくるから、アンタは知見を深めてきなよ………絶対にヘルム取っちゃダメだし、話をしないといけない時はできるだけ皮袋をヘルムに近づけなよ!」
「ああ……わかった。」
宿屋の部屋を確保すると、ジャックは早速冒険者ギルドへと向かっていった。
それを見送った首無し騎士は皮袋から頭を取り出すと、ベッドの枕元に置き、身体も横にする。
「…………なんだか世間を知れば知るほど、自分が嫌になってくるな………。」
獣人の件も相まって首無し騎士はそのことを強く感じられた。自分が信じて疑わず、従ってきた“正義”というものはいったい何だったのかと考えさせられる。
「しかし……ここで目を背けて逃げてしまってはそれこそ正義に反する……これも神からの思し召しかも知れん……そう、私が浄化されずにいたのは知見を広めて何かを成させようと…………」
首無し騎士はそこまで口に出すと、頭を持ち、胴体を起き上がらせる。
偉大なる神が自分を拒んだのはもしかしたら罪を精算させるため……そしてその罪がこの負債を後世に残してしまったことなのかも知れない。
首無し騎士は《リデオン王国》跡地にいる間、ずっと祈りを捧げていた……自分はいいから民は赦していただけないかと……
つまり、国民の罪は全て首無し騎士に精算の責任があるということなのかも知れない。
そのうちの一つが後世もたらしたこの負債。
「なんと重い罪だろうか……しかし、これから目を背けて逃げることは国民を受け入れてくださった神に対する冒涜になる。」
首無し騎士は立ち上がり、自身の頭を皮袋に詰め込むと、部屋をでる。
「まずは今まで何があったのかを知る必要があるな。自身の罪を知らなければ贖罪も何もできん!」
首無し騎士はそう言うと、宿屋を後にして街へと繰り出していく。
目指すは書店だ。そこで自分の知らない300年間に何があったのかを記された歴史書を見つけよう。
やるべきことが明確になった首無し騎士の足はとても速いものだった。
……………書店の場所など検討もつかないのだが。




