予兆
星空の跨ぐ夜に煌々と灯される篝火達。
炎の光に照らされる蜥蜴人の鱗は反射により輝き、雌達は舞を踊る。
雄達は豪快に魚や蟹を頬張り、歌うように喉を鳴らす。
悪童鬼達が居座っていた沼地を解放できたことにより、食料問題が解決した蜥蜴人は大いに喜んでいた。
「すごい盛り上がりですね。」
「みな、あの悪童鬼達に気を張っていたのです。」
宴の中心、篝火の前には蜥蜴人の長と、今回の作戦の功労者であるジャックと首無し騎士がいる。
椅子はジャックのぶんしか用意されておらず、首無し騎士は立ったままだ。
というのも、どうやら蜥蜴人達は暴れたりもせず、ジャックの指示通りに動く首無し騎士を見て、ジャックのことを上位不死者を従えることのできる力のある死霊術師や祈祷師だと思っているそうなのだ。
ジャックとしては説明するのも難しいし、都合が良いので思い込みをそのままにしている。常識として使役された魔物や不死者に椅子を用意するという発想はなく、決して嫌がらせとかそういうのではない。
「しかし、本当に助かりました。近くの街に使いの者もだしたのですが、なかなか悪童鬼退治には来てもらえず、困っていたのです。」
最寄りの街といったら、ちょうどジャック達が出立した場所だ。
話を聞く限りどうやら、首無し騎士の不死者討伐が被ってしまっていたらしい。
結果、美味しい話の方にギルドの冒険者が群がり、悪童鬼退治の依頼は見向きされなかったらしい。
「それは……なんとも………」
「いえ、依頼掲載料だけで済んだので我々は得したことになりますな。後で取り下げに行かなければ……」
クックックと蜥蜴人の族長が喉を鳴らして笑う。
本来こういうのはギルドに所属する冒険者としてあまりよろしくないのだが、街での通りがかりに悪童鬼に遭遇したついでということにしておこう。
「それにしても妙なんですよね、本来悪童鬼は森林に巣を作る傾向があるはず……いくらここは街道が近くても沼地に……ましてや脅威となる蜥蜴人の集落の近くに巣を構えるなんて……」
ジャックは悪童鬼の話を聞いたときから感じていた違和感と疑問を口にする。
この地に住まう蜥蜴人の長ならば何か理由を知っているのではないかと思ってのことだった。
しかし、得られた返答はジャックの期待に沿うものではなかった。
「ええ、私がこの地に生まれてから初めての経験でした。今まで起きたことのない事態だったからこそ我々も対応にこまねいていたところがあります。」
「そうですか……尚のこと解決できてよかったです。」
“悪童鬼の生態に変化が生じた”
“元々棲家にしていた場所に脅威となる存在が出現し、この地に逃げ延びてきた”
ジャックの頭の中では様々な可能性が考慮に上がるが、どれも結論として納得できない。
そもそも、結論づけようにも根拠となる情報が少ないのだ。
(首無し騎士の話では悪童鬼の群れの中に上位悪童鬼や悪童鬼の祈祷師はいなかったらしい……そもそもそんな奴らがいたら俺の作戦は失敗に終わっていた。)
ジャックは今回の悪童鬼駆除にあたって蜥蜴人に聞き込みをし、悪童鬼の行動を把握し、典型的な普通の悪童鬼しかいないと判断したからこそ今回の作戦を立案した。
ならばこそ、なんらかの理由で元々住んでいた住居を追われたとしても、奴らは本能に従って住みやすい森林などに居を構えるはずなのだ。
(次の街についたらまずギルドに報告しないといけないな……それに……)
ジャックは頭の中で街に着いたらやるべきことを整理していく……蜥蜴人達のおかげで良い発想が浮かんだのだ。
・
翌朝、蜥蜴人の集落を出立した二人は街へと続く道を歩いていた。
「死んでからというもの……昨日ほど物を食べれないこの身を歯痒く思ったことはなかったな……。」
集落を離れてからというもの、ジャックの持つ皮袋の中では首無し騎士は昨日のことをポツポツと呟いている。
どうやら昨夜、険しい顔をして黙りこくって立っていたのは別に機嫌が悪かったというわけではなく、周囲からただよってくる食べ物の匂いと戦っていたらしい。
しかし、自分が食べ物を口にしても最終的には口から出すか、喉から出すかしかなく、せっかくの食べ物を無駄にしてしまうために我慢していたらしい。
「不死者って食欲感じないんじゃなかったっけ?」
「食欲は湧かなくとも、美味しそうな匂いに鼻腔をくすぐられれば、食べてみたくもなる。」
たしかに、人間満腹でも好物などは無理にでも食べたいと思ってしまうものだ。
「アンタって………結構面白いよな。」
「あまり人を馬鹿にするものではないぞ。」
ジャックとしては率直な感想を述べたつもりだったのだが、どうやら皮肉に取られてしまったらしい。
ここはひとつ、話題を変えてみることにしよう。
「…………そうそう、次の街はしばらく滞在するかも」
「何故だ?やはり干し肉を半分も譲ったのは不味かったのか?」
「いや、それは別に問題ないんだけど……どっちかって言えば補充するのはスクロールのほうかな?」
「スクロールか……」
不死者の街から首無し騎士やあの聖騎士とのやり取り……あの街ではだいぶ《魔法の巻物》を消費してしまった。
出立前に店を覗いてみたが、生憎欲しいスクロールの在庫はなかった。
「それにしても……ジャックはかなり懐が潤っているんだな。」
首無し騎士の予期せぬ言葉にジャックは目を丸くする。
自分の懐が?潤っている?
冗談ではない。自分は最低限の金額しか持ち歩いていない。過剰な金銭は全てかつての仲間に返済してきた。
…………それも、一部は押し返されてしまったのだが。
「なんでそうなるんだよ。」
「なんでって……スクロールなんて高価な物をキミはなんの惜しげもなくポンポン使っていたじゃないか。しかもすぐ補充するときた。これで懐が潤っていないは無理あるぞ?」
首無し騎士の言葉にジャックは更に混乱する。
そりゃ一枚で金貨が何枚も積まれるような上位の魔法が込められたスクロールならまだしも、ジャックが使っているスクロールは銅貨3枚ほどで買えるような初歩も初歩の魔法が込められたスクロールばかりだ。
いわば傷薬や解毒剤を備えておくのと同じ、冒険者としての必要経費でしかない。
________________と、ここまで思考したジャックはあることを思い出す。
「なぁ……アンタの時代って初級魔法のスクロール一枚でどんぐらいしたんだ?」
「なんだ藪から棒に……そうだな……だいたい銀貨五十枚………いや物によっては金貨になる物もあったな……。」
ジャックは予想以上の金額に驚きを隠せない。
そりゃ首無し騎士から見ればジャックは富豪だ。
かつては魔法技術も発展しておらず、魔道具という概念すらなかった。その時代からすれば今は相当恵まれているのだろう。
「………ちなみに上位魔法のスクロールは?」
「はははっ!!上位魔法なんてスクロールに記せるわけないだろう!?」
「そうか、次の街に行く楽しみが増えた。」
ジャックは皮袋の中に笑いが聞こえないよう、必死に堪える。
是非とも上位不死者が腰を抜かす様を見てみたい。
「まぁ、買い出しはさておき……てか、そんな理由じゃ滞在が長引くなんて言わないよ。」
「じゃあなんだ?」
「死霊術師の資格でも取ろうかと思って。」
今度はジャックの言葉に首無し騎士が目を丸くする。
しかし、その表情は皮袋に包まれて見ることは出来ない。
「ほら、蜥蜴人達さ俺が上位の死霊術師だと勘違いしてたろ?で、そしたらアンタのことを警戒しなくなった……つまり、死霊術師の資格と技術さえあればアンタを連れ歩いて王都に入るのも用意ってわけ。」
ジャックは昨夜思いついたことを首無し騎士に説明する。
「しかし!それだとだいぶ時間がかかるんじゃないか!?それに、私を浄化してしまったら無駄になってしまうんじゃ……」
「なにも本格的に技術を習得しようってわけじゃない。死霊術師の資格を得る最低限の訓練だけするつもりだから日数もたいしてかからないし、資格さえあればあとはアンタが“操られてますよ〜”感をだしててくれればいいさ。」
「私に演技力なんてないぞ!?」
ジャックの言い分に食い下がる首無し騎士だが、別に演技力なんて求めていない。
要は“人を襲いません”という証明に使うだけなのだ。あとはジャックが右手をあげてと言ったら右手をあげるだけでいい。
「それに、パーティの役職の資格なんていくらあってもいいしね。」
暗殺者と死霊術師を兼任できる盗賊などメリットしかない。
魔術師と戦士を兼任する魔剣士の様に通名で呼ばれるようになるだろうか。
「だからその間、アンタはなるべく目立たずに現代常識を育んでね。」
「ふ……不安しかないぞ…………」
首無し騎士はジャックが資格を得て戻ってくるまで宿屋で閉じこもろうかと本気で考える。
しかし、何から何までジャックに頼ってばかりではいられない。せめて現代知識だけでも頭に入れておかないといけない。
首無し騎士の胴体の足取りは自然と重くなっていった。




