悪童世にはばかれん
沼地の端、蜥蜴人の集落からだいぶ離れた木々の中に、獣が泥を掘ったような穴があった。
その穴はウサギが掘ったものにしては大きく、猪が掘ったものにしては小さい……そんな中途半端な大きさの穴。
穴の周りには数体の緑肌の魔物、悪童鬼が木と石でできた歪な武器を手に持ち、面倒くさそうに見張りをしている。
中にはあくびをする者もおり、緊張感など感じられない。嫌々手伝いをさせられている子供のような表情。
そのうちの一匹の悪童鬼が自らの槍で地面に何やら記号を描いている。
それが何を意味するのか把握しようもないがその、悪童鬼は急に吹き出し、自ら描いたその記号を指差してケラケラと笑っている。
その記号を他の悪童鬼にも見せようと、ちょうど隣に立っている悪童鬼に話しかけようと振り向いたところで、その隣に立っている悪童鬼が 絶 命 し て い る ことに気がつく。
記号を描いて笑っていた悪童鬼は騒ぎながらその立ったまま死んでいる悪童鬼から離れると、他の見張りを呼びかける鳴き声を発する。
しかし、その呼びかけに応じて駆けつけてくる見張りなど何処にもおらず、あるのはただ脳天を矢で貫かれたような悪童鬼の死体ばかり。
生き残った悪童鬼は生まれて初めて抱く“恐怖”という感情に身を震わせ、巣穴の中から増援を呼ぼうとしたところで、意識を失った。
・
「こいつ……最期までちょこまかと走り回って面倒な奴だったな。」
「ソレデモ凄イ!オ見事!」
悪童鬼の死骸から矢を回収するジャックに向かって、若い蜥蜴人が惜しみない称賛の言葉を送る。
それもそのはず、見張りとして外に出ていた悪童鬼は一匹のこらずジャックのクロスボウによって駆除されたのだ。
「本当にすごいな……キミは弓戦士の訓練もしていたのか?」
蜥蜴人から目一杯の荷物を待たされた首無し騎士もジャックのクロスボウ捌きに称賛を送る。
まわりの蜥蜴人からは警戒されているために槍を向けられている。大量の荷物を持たされているのも容易に身動きを取れなくするためだろう。
しかし首無し騎士はその警戒を受け入れているのか、単に気が付いていないだけか、責任を持って荷物持ちに従事している。
「別に…盗賊って言っても、戦闘技術がないといざという時に困るから練習したんだよ。」
ジャックは嘘にならないように必要最低限の言葉で首無し騎士に質問の答えを返した。
戦闘技術が欲しかったから暗殺者の訓練を受け、技術を習得したのは事実だし、戦闘技術に暗殺者の役職を選んだのも、盗賊の技術で応用が効くものが多いというだけの単純な理由で、それ以上でも以下でもない。
「そんなことより、アンタはさっさと荷物を下ろして中に入りなよ。殿をつとめるんだろ?」
ジャックの言葉に、促され首無し騎士はそそくさと荷物を下ろし始めた。
やがて、首無し騎士が背負うのは背中ほどの大きさがある樽だけになった。
「今回の目的は悪童鬼の掃討だから……最奥まで行ったらわかってるね?」
ジャックの言葉に首無し騎士はこくりと頷くと、悪童鬼の巣穴の中からへと入って行く。
「じゃあ、残った蜥蜴人の皆さんは討ち漏らしになった悪童鬼を倒していってくださいね。」
「ワカッタ!」
「マカセロ!」
首無し騎士の背後から蜥蜴人達のやる気に満ち溢れた声が聞こえてくる。
(悪いが、一匹も譲る気はないぞ。」
首無し騎士は背中から聞こえてくる声に微笑むと、徐に短剣を取りだす。
この狭い洞穴の中では、剣も、メイスも思うように振るう事が出来ないからだ。
(先程の悪童鬼が持っていた槍でも拝借すれば良かったな。)
首無し騎士はそんなことを考えながら進んで行くと、ある場所で違和感を感じる。
これは夜目がきく不死者だからこそ気がついた違和感。
(道が二手に分かれている……。)
まるで一本道になっているような雰囲気を感じる洞穴だが、そんなことはなかったらしい。
普通なら影になって気が付かないであろう場所に細く小さい通路が枝分かれのように繋がっていた。
「これは……簡単な罠だが、こう暗いと簡単に引っかかってしまうな……。」
悪童鬼という魔物は頭がいい。
それこそ悪ガキぐらいの知性は持っている。
(最奥に続く道は間違いなくこの枝分かれした方の通路の方だろう………しかし、今日の作戦は掃討だ。この一本道に見える通路の先に悪童鬼が居ないとも限らない。)
しかし、居るとも限らない……なんなら罠でも仕掛けてあって、動きを封じられたところで退路から悪童鬼が攻撃を仕掛けてくるというほうが可能性がある。
「……悩んでいても仕方がないか、」
首無し騎士は背負っている樽の位置を整えると、隠されるようにされていた通路へと入って行く。
すると、しばらく歩いたところで悪童鬼が固まって座っているのを確認する。
どうやら首無し騎士の読みは当たっており、壁に開けられた小さな穴から侵入者が間違った道を通って行くのをいまかいまかと待ち構えているらしい。
首無し騎士は小さな通路をしゃがみながら歩き、悪童鬼に近づこうとするが、なにぶん鎧を纏っている身。
ガシャガシャという鎧の音て悪童鬼にはすぐに気づかれ、叫びながらこちらへ特攻してくる。
「やはりジャックのように上手くはいかないなっ!」
首無し騎士はしゃがみながら自身の足を前に突きつける。
場所が狭い通路である故に逃げ場などなく、先頭をきつていた悪童鬼はその鎧の足に顔面を蹴られ、よろめいた。
先頭が急によろめき、立ち止まったせいで、後から突っ込んできていた悪童鬼たちは次々によろめいた悪童鬼にぶつかり、転んでしまう。
その隙を首無し騎士は見逃すことなく、取り出していた短剣を悪童鬼の頭目掛けて振り下ろして行く。
悪童鬼達は醜く短い断末魔を上げながら絶命していき、奥にいた数体の悪童鬼達だけが難を逃れ、通路の奥の方へと引っ込んで行く。
「さて………」
首無し騎士は一度短剣を一度しまい、脳天に穴をあけられた悪童鬼を一体ずつ片手で引っ張って行くと、元の分かれ道へと戻って行く。
進むことのなかったほうの通路へと悪童鬼の死骸を投げ捨てると、地面が崩れ、落とし穴が出現する。
中には木の杭が殺意を露わに敷き詰められており、悪童鬼の死骸は見るも無惨な姿に変わっていた。
「………この様子だとこちら側に悪童鬼は待ち構えていないな…」
首無し騎士は心底こちらの道を確認しに行かなくて良かったと安堵しながら残りの悪童鬼の死骸を捨てていく。
死体が数体残っているが、やっと悪童鬼が待ち伏せをしていた通路が通りやすくなると、首無し騎士は奥へと進んで行く。
「かなり悪童鬼達には時間を与えてしまったな……。」
悪童鬼たちは巣に敵が侵入してきても、逃げるという選択肢を取らない。
故に悪童鬼の巣穴には“脱出用の別ルート”というものは存在せず、また普通の悪童鬼にその発想はない。
子供が自らの作った秘密基地を手放そうとしないように、悪童鬼達はただただ姑息な罠を仕掛けて侵入者を撃退しようとするのだ。
首無し騎士は悪童鬼達にそれは充分な時間を与えてしまった。
(全く悪童鬼達の声が聞こえてこない……何かを仕掛けて待ち伏せしているな。)
しかし、首無し騎士はすでに死んでるが故に大抵のことでは死ぬことのできない不死者である。そのため、警戒はしつつもどんどん通路の奥へ奥へと進んで行く。
やがて歩いていくと、ロープがピンと張られているのを見つける。ちょうど地面から足首くらいの高さだ。
(あれじゃない……)
あんなに“見つけてください”と主張するようなものが罠ということはない、あれは囮だ。
悪童鬼の罠は姑息も姑息……悪ガキが思いつきそうなイタズラを殺意増し増しにしたような姑息な罠を仕掛けてくる。
首無し騎士は周囲を見回してみるが、他にも気になるものは発見できない。
そうなると、罠があるのはあのロープの先……
「仕方ない……出来ればこれは使いたくなかったんだが………」
首無し騎士はそう呟くと、来た道を戻っていった。
・
ロープを引っ張っている悪童鬼は今か今かと侵入者が通るのを見計らっている。
このロープを乗り越えた先には石槍を取り付けた板が天井からぶら下がっており、それをまた別の悪童鬼が引っ張っている。
また、飛び越えずにロープを跨ぐようであれば、片足を見せた瞬間にロープを両方で引っ張っている悪童鬼が切りつけにかかる。
飛び越えても跨いでもダメ。完全な作戦に悪童鬼達は笑いを堪えるのを必死に我慢していた。
ロープを引っ張る悪童鬼は今か今かと互いに見計らっている。
あの侵入者は女のようだったから少し痛ぶったら玩具にして遊ぼう。
あの気持ちいい遊びを久方ぶりに堪能できる。
その期待に悪童鬼達は涎を垂らし、ロープを引っ張る両腕に力が入る。
すると、ロープの上から何かがひょっこりと飛び出してくる。
腕だ。
ただの腕。
あの侵入者の腕じゃない、自分達悪童鬼の普通の腕。
ロープを引っ張っている悪童鬼達は互いに不思議そうに見つめあっていると、その腕の持ち主は普通にロープを跨いで姿を現す。
見るからに普通の悪童鬼。ただその悪童鬼はあの侵入者が頭につけていた凹んだヘルムを装着し、あの侵入者が持っていた短剣を所持している。
「アギャ?」
「アギャギャ?」
互いにロープを引っ張っていた悪童鬼達はロープを緩めながら互いにその悪童鬼に近づく。
このヘルムを被った悪童鬼はあの侵入者を殺したのだろうか?だからこその戦利品として短剣とそのヘルムをかぶっているのだろうか?殺したのなら玩具にできないのは勿体無いが、他にも戦利品はないのだろうか?
悪童鬼達は気になる事が尽きず、そのヘルムを被った悪童鬼へと近づいていく。
やがて天井の罠を吊るしていた悪童鬼もロープを離し、近づく。
すると、天井から吊るしていた罠は大きな音を立てて地面に突き刺さり、いきなり落ちてきた罠にびびった他の悪童鬼達は怒号の声を上げる。
しかし、ヘルムを被った悪童鬼だけは微動だにする事なく、周りの悪童鬼の鳴き声にも反応を示さない。
流石に不審に思った一人の悪童鬼がそのヘルムを被った悪童鬼に近づき、鳴き声をかけると、ヘルムを被った悪童鬼はいきなり手に持っていた短剣で近づいた悪童鬼を切り付ける。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?」
周囲の悪童鬼はいきなりの出来事に困惑し、すぐに臨戦体制に入ろうとするが、時はすでに遅く、ヘルムを被った悪童鬼は切りつけた悪童鬼に足をかけ、飛ぶと、反対方向にいた悪童鬼に切り掛かる。
後ろからざっくりと切りつけられた悪童鬼は汚い断末魔を上げながら倒れた。
その隙をついて一匹の悪童鬼がヘルムを被った悪童鬼の胸を石槍で貫く。
やっと殺せたと思ったのも束の間、ヘルムを被った悪童鬼は180度首を回転させ、ヘルム越しにこちらを見つめると槍を掴み、そのまま迫ってくる。
「ギギェェーーッ!!!」
あまりの恐怖に石槍を捨て、逃げる悪童鬼であったが、背後から飛んできた短剣に貫かれ、絶命する。
ヘルムを被った悪童鬼はゆっくりと近づき、短剣を引き抜くと、頭に被っていたヘルムを外す。
「く………っ気持ちが悪い…。」
その悪童鬼の身体には似合わぬ美しく、青白い女性の頭部は心底嫌悪感を露わにした表情をすると、さらにその頭部を外す。
頭部が外された悪童鬼の胴体の首からは首無し騎士の首から出ているのと似た炎が揺らめいていた。
やがて、やってきた通路から首無し騎士本来の胴体が到着する。
悪童鬼の胴体は首無し騎士の意思通りに動くように本来の胴体に頭とヘルムを返すと、ゆらめく炎は首無し騎士の胴体へと帰っていき、人形の糸が切れたようにその場でばたりと倒れる。
首無し騎士の胴体は首から漏れる炎を隠すようにヘルムを被ると、手に持っていた頭を小脇に抱えた。
「本来の身体には頭をつける事が叶わないのに、首を落とした他者の死体には頭をつけて意のままに操れるというのは……なんとも皮肉な話だ。」
首無し騎士として復活した際、本能的に使い方を自覚することができたこの能力。
今の今まで使うこともなかったし、使いたくもなかったこの能力をまさか悪童鬼で初使用することになるとは夢にも思わなかった。
「く………っまだ感覚が残っている…」
首無し騎士は不快な表情を隠すことなく愚痴る。
あのプラプラした感触はなんとも言い難い気色の悪さだった。
「…………さて、やることをやってしまおう。」
首無し騎士は先程までの感覚を振り払うように奥の通路へと入っていく。
覗いてみればそこがこの巣穴の最奥、大勢の悪童鬼達が煩わしい鳴き声を上げている。
「あそこが最奥であるならば囚われた者などは居ないようだな。」
もし居たらジャックの立案した今回の作戦は取りやめなくてはならない。
取りやめないにしても“救出”という段階を挟まなくてはならなかった。
しかし、ここまでほぼ一本道で、出来の悪い牢屋も見当たらないのを見る限り、そういう人物はいないようだ。
それに、首無し騎士となってからイライザ・クロスライトは生者の気配に敏感になっていた。そんな首無し騎士が生存者を見逃すことの方が難しかったのだ。
「では……蓋を開けるか。」
首無し騎士は背負っていた樽を地面に置くと、蓋を開ける。
その樽はの中身はジャックの指示で蜥蜴人が近辺から採取してきたキノコや毒草を混ぜ込んだ毒液であり、その毒液は空気に触れた瞬間気化して下へ下へと溜まっていく。
「ほんと……ジャックはなんでもできるな。」
やがて最奥にいる悪童鬼達の煩わしい声が歪んだ悲鳴へと変わっていき、苦しげな呻き声へと変貌する。
その様子を確認した首無し騎士は地上へと戻っていく。
「この身体も役に立つことがあるとはな。」
不死者である首無し騎士に毒の類は通用しない。
その特性を活かした今回の作戦……ジャックは本当に頭が回る。
巣穴から出てきた首無し騎士は既にある程度離れていた蜥蜴人とジャックの方へと合図を送る。
「大丈夫だ、指示通りしてきたぞ。」
首無し騎士の言葉を確認した蜥蜴人達は感嘆の息を漏らし、胸を撫で下ろす。
「じゃあ穴を埋めるのは毒が抜け切ってからということで、今日は集落に戻りましょう。」
ジャックの呼びかけに蜥蜴人達は喜びを分かち合い、互いに抱擁し合う。
こうして、悪童鬼掃討作戦は無事に幕を閉じたのだ。




