理解と後悔
沼地をしばらく歩いていると、開けた場所に細木と泥で出来た建物群が見えてくる。
「蜥蜴人の巣……。」
生前、村々から要請があるたびに幾度ともなく滅ぼしにいった光景が記憶と変わることなく存在していた。
首無し騎士の身体は自然と身構えてしまう。
「“巣”じゃなくて“集落”だよ。」
首無し騎士の手を取り、恐ることなく進んでいくジャックの口から訂正をいれられる。
しかし、首無し騎士はその言葉に返事をする余裕はない。近づき、襲われた際にどうやって切り抜けるかということを延々と考えていた。
(今現在、武器はジャックに没収されている……もし襲われたらまずこの子の身の安全を優先して遠ざけよう。それから私一人で蜥蜴人の対処を……)
首無し騎士のジャックの手を握る手は自然と力が込められていく。
もし襲われるとしたら先頭に立っていて尚且つ小柄なジャックが真っ先に狙われるだろう。その時にしっかり手を引いて初撃をかわさせなくてはならない。
そんなふうに首無し騎士が戦いの構図を描いている間に細木と泥の建物はどんどん近づいてきて、二人の視界には蜥蜴人が映るようになってくる。
見回りなのだろうか、石と木で出来た槍を持ち、集落の外周を行ったり来たりしている。
やがてその蜥蜴人も近づいてくるジャックと首無し騎士に気がつき、顔をこちらへ向け、じっと見つめている。
首無し騎士はいつ襲われてもいいように、ジャックを抱えて逃げる心構えをしていた。
「ニンゲン、何故キタ。」
「用件、聞キタイ。」
首無し騎士は蜥蜴人から発せられた言語に驚愕する。
彼等から発せられた言語はカタコトだが、間違いなく人の国家間で使われている公用語だ。彼女の記憶の中にある「クルクル」とか「コォーっ」と言ったような鳴き声ではない。
「俺たちは旅をしているんだけど、先程この近くで悪童鬼に襲われてね。戦闘で少し疲れたから休ませてもらえないかと思って立ち寄ったんだ。」
ジャックはそう言いながら首無し騎士の頭が入っている皮袋とは別の、ジャックの腰につけているポーチから先程剥ぎ取った悪童鬼の耳を目の前の蜥蜴人に見せる。
その耳を見た蜥蜴人は、相方と互いに見つめ合い、頷きあうと道を開けてくれる。
「ソレハ大変ダッタ。」
「大変ダッタ、休ムト良イ。」
「ありがとう、後これ休憩代くらいになれば良いけど。」
そう言いながらジャックが取り出したのは、旅用に新調した塊二つの干し肉のうちの片方だった。
「コレハ有難ウ!トテモ嬉シイ!!長ニ持っテク!」
あれよあれよ言う間にジャックと首無し騎士は蜥蜴人の集落に通されて行き、首無し騎士が心配していたことは何一つとして起こらなかった。
「ほら、言ったでしょ?大丈夫だって。」
「あ……ああ…。」
首無し騎士の目に映る蜥蜴人の集落の様子は平和そのもので、赤子をあやす雌の蜥蜴人、子ども同士で遊びながら、こちらを物珍しそうに観察する蜥蜴人。そして、ジャックが手渡した干し肉に喜んでいる蜥蜴人と様々だった。
「まるで……普通の村みたいだ………。」
昔、騎士団として辺境の村へと赴いた時に見たのと同じ光景。
この光景こそが、彼等が魔物ではなく知性のある亞人ということを雄弁に証明していた。
ただ、年老いた様子の蜥蜴人だけが、首無し騎士の記憶の中にある彼等と同じ目をしていた。
「ココ、俺ノ寝床。好キニ使っテ。」
案内された蜥蜴人はそういうと、干し肉を持った相方の方へと合流しにいく。
「今頃みんなで分け合いでも始めてるのかもな。」
ジャックはそう呟くと、持っていた皮袋の口を開ける。
「ほらね?魔物なんかじゃなくて、ちゃんと交流できるでしょ?」
「そう………だな…。」
ジャックの問いかけに首無し騎士の面持ちは暗くなる。
しかし、このままでは駄目だ。
「少し、周りをみてみたい……ジャック、頼めるだろうか?」
「勿論、アンタの価値観を変えるためにきたんだからさ。」
ジャックは首無し騎士の頭が入った皮袋を持つと、細木と泥で出来た家から出て行く。
外へ出れば、薄く切られた干し肉を美味しそうに頬張る小さな蜥蜴人が目に入る。
彼等はジャックから受け取った干し肉を雌の蜥蜴人や子供に優先して与えているようだ。
その中でも赤子を持っている雌は更に優先されているように見える。
しばらくすると、年老いた蜥蜴人たちの順番になり、最後の方、細かい肉を若い雄達が分け合い、食べている。
その間に誰かが不平不満を言うこともなく、そこにはしっかりした秩序と知性が垣間見えた。
「私は……私達は、先入観と思い込みから大変な過ちを犯していたんだな。」
皮袋の中から首無し騎士の呟きが聞こえてくる。
先程の暗い面持ちからジャックは察していたが、首無し騎士は頭が柔軟だ。
こうして少し見ただけで現状をただしく認識し、過去の行いに対する罪悪感を抱くことができる。
首無し騎士よりも遥かに若い、現代の年寄りでさえも未だに蜥蜴人を敵視している者がいると言うのに、首無し騎士はすぐに受け入れたのだ。
「まぁ……アンタの時代は仕方なかったんだろうけどさ……でもそうやって反省出来るんだからやっぱアンタ偉いんだよ。」
皮袋のせいで首無し騎士の表情はわからない。
だけれど、まだ暗い表情をしているのだろう。
それは不死者特有の陰鬱な表情ではなく、首無し騎士がまだ人としての感情を持っているが故の表情なのだ。
「………彼等を見ていて思ったのだが…かつて亜人種とされていたのは森精霊や 矮人、小人だけだったが……他にも新たに亞人は増えたのだろうか……?例えば奴隷として主流だった獣人とか……」
首無し騎士の問いかけにジャックは顔を顰める。
「獣人……獣人なぁ………」
首無し騎士はジャックのにえきらない言葉に疑問を覚える。
前の街でも獣人……いや、奴隷自体をあまり見かけなかった。やはり獣人も何かあったのだろうか?
「そうか……いや、蜥蜴人を見てればわかる。私達は彼等にとても悪いことをした……。勿論獣人にも……こんなことで神に赦されようというのがおこがましかったのだな………浄化されずとも当然だ。」
「いや………う〜ん…………」
首無し騎士の後悔の言葉にジャックは歯切れが悪くなる。
首無し騎士は疑問にこそ思ったが、自分達の行いに擁護のしようがなくて言葉にできないだけだろうと飲み込んだ。
「ふふ……キミは良いやつだな。」
「いや、そうじゃなくて……」
ジャックがそう言いかけたその時、蜥蜴人の方から誰かが近づいてくる。
一人はジャック達を集落に通してくれた蜥蜴人。
もう一人は何やら綺麗な石をネックレスのようにして掛けている歳をとった蜥蜴人だった。
「長ガ、オ礼言イタイミタイ。」
案内してくれた蜥蜴人がジャックに話しかける。
つまり、このネックレスをつけた蜥蜴人が“長”ということだろう。
「旅の方、まずは貴重な食料を我々に分け与えてくれたことに感謝を送ります。」
長の流暢な公用語に首無し騎士が驚愕したのは勿論だが、それはジャックも同じだった。思わず目を見開き、口を開けてしまう。
「い……いえ!そんな、少しの間とはいえ休憩させていただくので…」
「いえ、それでも感謝をしております………ところで、休憩とのことですが、この者に聞けば悪童鬼に襲われたとのことで。」
急な話の転換に、ジャックは思わず身構えてしまう。
その様子をすぐに感じ取った蜥蜴人の長は言葉を紡ぐ。
「いえ、実は我々もあの悪童鬼には悩まされておりまして、もしよろしければどの辺りで襲われたのか教えていただければと……」
長のその言葉にジャックは安堵する。
集落の長として近くに魔物が出たとあれば、その情報を得ようとするのは当然だ。
「ああ…そういうことなら大丈夫ですよ、確か場所は……」
ジャックがそのまま話を続けようとすると、蜥蜴人の長は手で静止し、クルルルル……という音を喉で鳴らす。
すると、周りの蜥蜴人の中から屈強そうな若い蜥蜴人がジャックと長の周りに集まってくる。
「すみません、見回りや狩りをするのは若い衆ですから。」
「ああ……大丈夫ですよ。では、説明しますね。」
ジャックは周りの蜥蜴人の顔を一瞥すると、出会った場所と状況を説明する。
蜥蜴人達は
「ヤハリ、アノ辺リ。」
「飛ビ道具、厄介……」
と、口々に発音し、話し合っている。
次第に公用語は使われなくなり、蜥蜴人達は鳴き声のようなもので話し合いを進めて行った。
「申し訳ない、みんな対策に夢中になってしまって……」
唯一、蜥蜴人の長だけが、ジャックに公用語で応対する。
「いえ、お構いなく。」
ジャックは笑顔を浮かべながら、その光景をただ眺めていた。
すると、ジャックの後ろ……細木と泥の家から首無し騎士の胴体が姿を表す。
「グククルル……クロロ。」
「そうですね、やはり早めに悪童鬼は始末してしまった方がいいでしょう。」
「あの……!」
突然の発声に周りの蜥蜴人は戸惑い、あたりを見回す。
やがて、声がした方向、ジャックの方へと視線が集まった。
「ちょっと!」
「私もその討伐に同行させていただけないだろうか!!」
ジャックの静止が挟まる余地もないまま、首無し騎士は蜥蜴人へと語りかける。
「声ノスルトコ……可笑シクナイカ?」
「人間ノ雄ノ子カラ雌ノ声スル……?」
蜥蜴人達は戸惑いを隠せない様子で、ジャックと首無し騎士の身体を交互に見つめる。
すると、首無し騎士は徐にマントのフードと凹んだヘルムを外し、正座する。
「アンタ何やってんの!?」
ジャックの言葉叫びは更に大きな鳴き声にかき消され、消えて行く。
「不死者!!不死者ナンデ!?」
「化ケ物!集落ニ紛寄セタ!!!」
「嵌メラレタ!?罠!!!」
周りはどんどんパニックになって行く。
女子供は遠く離れ、一ヶ所に集まり年老いた蜥蜴人が雌と子供を守るようにこちらを威嚇している。
先程までジャックの話さ内容を聞き逃さないようにこちらを見ていた若い蜥蜴人達は敵意のこもった瞳でジャックと首無し騎士を睨みつけ、武器を突き出している。
「アンタ何してくれちゃってんの!!??馬鹿なの!?ねぇっ!!!??」
慌てふためくジャックから首無し騎士は自らの頭が入った皮袋を奪い取ると、頭を取り出し、膝の上に乗せる。
そして、第一声…………
「すまなかった!!!!」
首無し騎士は自らの頭と胴体を傾け、蜥蜴人達に謝罪する。
そのあまりにも不死者が取らないであろう行動に、槍を向けていた蜥蜴人たちは困惑する。
「そちらにいる年配の蜥蜴人方、それと長には更に強く謝罪したい!私は、あなた方を殺していた時代の人間だ!!」
首無し騎士は姿勢を崩すことないまま、頭だけを蜥蜴人に向けて更に言葉を紡ぐ。
その首無し騎士の言葉に年老いた蜥蜴人達の瞳が更に険しくなる。
「恥ずかしながら、私は先程までここにいる少年に説かれるまであなた方のことを卑しい魔物だと思い込んでいた!この謝罪も、私の身勝手な行いだと重々承知している!しかし、謝罪しないという選択肢は私にはどうしても取る事ができなかった!!この償いをしたいという思いも、自分勝手なものだとわかっている!!たが、私はあなた方に贖罪がしたいし、困り事ならチカラになりたい!!!」
首無し騎士は再度、頭を下げる。
「殿でも囮でも構わない!私を悪童鬼討伐に同行させてはくれないだろうか!」
武器を向けている若い蜥蜴人達は戸惑い、互いに目を合わせている様子だ。
しかし、奥の方にある年老いた蜥蜴人はやじのように声を上げている。
纏まりがなくなり、一人の年老いた蜥蜴人が、一人の若い蜥蜴人から武器を奪い、首無し騎士に向けたところで、蜥蜴人の長がその年老いた蜥蜴人を止める。
「私達こそ、それこそ貴女の時代には人間に対して敵意を向け、殺害や略奪を行なっていました……今は互いに水に流してより良い関係を気付けるように歩んでいるのです。ご協力、感謝します。」
蜥蜴人の長がそう語ると、年老いた蜥蜴人が抗議するように声を上げる。
「たしかに不死者です。しかし、敵意もなく、我々に謝罪までしています……私には殺す理由が見当たりません。」
長の言葉をきいた年老いた蜥蜴人は武器を投げ捨て、後ろへと後退する。
「では、悪童鬼討伐作戦を、私の家で行います。若い衆と、客人方は私の家まで着いてきてください。」
長の言葉に呼応し、若い蜥蜴人は歩いて行く。
「………さっきのは本当に自分勝手だったよ、俺まで殺されるところだった。」
「…………………すまない。」
立ち上がった首無し騎士にジャックは嫌味を言った。




