焼却という返礼:2
「それでね、そこで勇者が言ったのよ。『僕たちの旅は最後には大団円になるって決まってる』ってさ」
「すごい!勇者様ったら覚悟を決めてたんだね!」
ディネリントとラエルノアの笑い声が精霊樹の中でこだまする。
300年ぶりの再会でいて、冒険譚のお土産付き。アールヴから出たことがないラエルノアにとって、どの話も新鮮そのものだった。
「それから!?」
「そう、そしてリデオン王国を出立した私たちは……」
ディネリントの話が波に乗ってきていたところで、先ほど上層部に移動したはずのアノーリオンが二人の前に現れる。
とても真剣な面持ちだ。その表情だけで、“旅の話を聞きにきた”というわけではないことは明白だった。
「なんか用だった?おじさん。」
「ああ、大事な話だ。」
「……私に国に帰って来いって急かしてたことと関係ある?」
「……ああ。」
その返答だけでディネリントの面持ちはだいぶ重くなる。
人間と森妖精を繋ぐ架け橋として大使になってほしい。
再三言われてきたこの要請をディネリントは突っぱねていた。
いづれは正式に拒否しなければならないと、頭では分かっていたが……どうしても億劫で、里帰りする足がどんどん遠のいてしまっていたのだ。
「あのね……おじさん。私はそういうのは……」
「魔王と直接対峙したことあるお前にしか聞けないことなんだ。」
アノーリオンの思わぬ発言に、ディネリントの耳はピクリと動く。
どういうわけだろう?どうも“大使”の件とは別件のようだ……。
「……どういうこと?」
「…………見てもらった方が早いだろう。」
アノーリオンはディネリント達に上へと上がってくるように促す。
ディネリントとラエルノアの二人は互いに首を傾げながらも、アノーリオンの後をついていった。
「何処から話そうか……実を言うとな、精霊樹は枯れる寸前まで来ていたんだ。」
「はぁ!?」
「えっ!!?」
上へと上がっていく道中で聞かされた衝撃発言に、二人は目を丸くする。
ラエルノアも驚いていたことを考えるに、一般の森妖精に周知されていないようだ。
「えっ!?はっ!!?いつから!!???」
「2000年前くらいには兆候があったし、一対女樹妖精からも申し出があった。」
「そんな前に……!?えっ……でもまだこうして精霊樹は生き生きと……」
ラエルノアの言う通り、精霊樹は変わらずアールヴの中心に聳え立っている……それどころか、ディネリントが最後に見た時よりも状態がいいように感じられるのだ。
「…………そうだな。見た通り、今の精霊樹はとても状態がいい。全盛期の頃と遜色ない…………300年前から徐々に状態を回復させていったのだ。」
「300年前……っ?」
アノーリオンはこくりと頷いて見せた。
300年前……勇者が出現し、魔王を撃ち倒したのと同時期。
間違いなく、この世の歴史における特異点だ。
話を聞かされている間に、精霊樹の上層部に辿り着く。
その場所はほのかに暖かく、優しい光に包まれていて……中心には女性の姿を模った木造のような存在が柱と一体になっていた。
「300年前からあのようにずっと眠っているんだ。」
アノーリオンの敬愛と哀愁を含んだ眼差しは彼女に向けられている。全ての森妖精にとって母と言うべき存在である彼女に……
しかし、そんな一対女樹妖精に別の存在を感知していた。
「…………魔王因子っ!」
一対女樹妖精本体を直視して、やっとディネリントは感じ取ることができた。
間違いない……この感覚は魔王と対峙した時に感じた物と同じ。
今現在、首無し騎士から漏れ出ている魔力の波長と同じ物だ。
“怠惰の安寧”……アノーリオンから聞いた状態と照らし合わせてみても、間違いない。
「そうか……やはり魔王のチカラだったか。」
予想通り……そう言わんばかりにアノーリオンは深く溜め息を吐く。
「どうすればいい?」
「“怠惰の安寧”は他者に害をなすような危険な能力じゃないし、イライザ……あ、さっきの首無し騎士も魔王因子を抱えてるけど、人格面に影響を与えることはない。ただ……」
ディネリントの脳裏に浮かび上がってきたのは傀儡のアリスの存在だ。奴は首無し騎士にずっと執着していた……その原因が魔王因子の有無に関係があるのなら……
「ここも狙われるかも……ねぇおじさん!国の結界はどうなってるの!?」
「結界……?それなら眠っていても変わらず精霊樹が出しているよ。」
アノーリオンの言葉にディネリントは胸を撫で下ろす。結界が作用しているのなら、明らかに敵である魔族はアールヴに入ってこれない。
手出しすることはできないのだ。
「ねぇ……お祖父様、ディネリント……あそこに……何か……」
ラエルノアの怪訝な言葉に、アノーリオンとディネリントは同時に振り向く。
視界に入った彼女は精霊樹の枝葉の隙間から空を見上げて何かを指さしていた。
結界の外……点のように小さな影……人影を……。
「噂をすれば……ってこと?」
嫌な予感というものは的中しやすいと誰かが言っていたが、こうも早く実現するものなのだろうか?
結界の外にいたのは……紛れもなく傀儡のアリスであった。
・
「傀儡の……アリスっ!」
籠の中から首無し騎士の忌々しげな声が聞こえてくる。
今度は何を企んでいるのか……リペリシオン王国でおきた出来事を思い返して、沸々と怒りが込み上げてくる。
すると、首無し騎士の片目から黒い炎が炊き上がり、金属で出来た籠をみるみる溶解してしまう。
口に入っていたレンバスも一気に炭化してしまった。
「あつっ!!」
急な温度上昇に、ジャックは持っていた籠を思わず手放してしまう。
すると、籠は首無し騎士の頭を乗せたままころころと転がり落ち、溶解した隙間から彼女の頭は外に出てしまった。
しかし、首無し騎士の頭は綺麗に天空を見上げる形で止まると、上空にいる傀儡のアリスを再度睨みつける。天に昇る黒い炎は、奴に手を伸ばしているかのように揺らめいていた。
「ふふふっ!滑稽な姿ねぇ!」
「誰のせいで!!私の身体を返せっ!!」
傀儡のアリスの挑発に、首無し騎士は炎を吹き出しながらくってかかる。散々他人に迷惑をかけ続けるあの魔族のことになると、首無し騎士はだいぶ冷静さを失ってしまう。
そのためか、首無し騎士の言葉を聞いて、傀儡のアリスが不敵に笑ったことに気が付かなかった。
「なんでだ……?なんで身体を返さない?」
違和感を覚えたのはジャックだった。
今現在、首無し騎士の中には魔王因子が二つ宿っている……。そのうちの一つが“傲慢の権能”だ。
ディネリントの話では魔物や魔族を支配する効果を持つのだという……であるならば、首無し騎士に身体を返せと命令された傀儡のアリスは問答無用で身体を返却するはずなのだ。何故そうならないのだろうか?
「ジャック……何か変だよ。」
「ああ……」
隣にいるトト・ルトラは既に杖を構えている。何をされるかわからないからこそすぐに対抗できるように準備しているのだ。
「対抗……っ!」
ジャックは再度目を凝らしてアリスを見つめる。
かつて奴は“憤怒の炎”に対する対抗手段を用意していた。ならば今回も“傲慢の権能”に対して何かしらの対策を講じていても不思議ではない。
「あれか……っ!」
ジャックの視力がアリスの両耳を捉える。耳の穴に何かしらの魔道具が嵌められており、おそらくアレで首無し騎士の言葉をシャットアウトしているのだろう。
「何言ってるかわからないけどぉ……何を喋ってるかは想像に難くないねぇ……」
傀儡のアリスは尚も煽るように言葉を紡ぐと、空間に穴を開ける。
その穴は見覚えのある……自由収納空間だ。
「返してほしければ、返してあげるねぇ。」
傀儡のアリスがそう呟くと同時に、自由収納空間から黒い炎で燃え盛る身体が投下された。




