焼却という返礼:1
闇妖精はいい……。愚かな邪神崇拝者とは違い、魔王様によって作り出された伏兵だから。
今の彼らは限りなく我々魔族に近い存在……。それゆえに凶悪であるし、魔王軍の命令系統に殉じる。
即ち、魔王様の側近であった自分……傀儡のアリスの命令も素直に聞くのだ。
「四班に分かれながら森妖精の国を包囲するにように陣形を組みなさい。私が奴等の結界を崩壊させると同時に突入しなさい。」
私の命令に、闇妖精たちは素直に頷き、移動を開始する。
闇妖精達の話によれば森妖精の国であるアールヴには国を守護する大樹がおり、その木に宿る一対女樹妖精が国に入れる者を選別しているのだという。
本来であれば魔物や魔人はおろか、闇妖精すら手出しできないと言うのだ。
結界をどうにかしようにもその一対女樹妖精が宿る精霊樹自体が結界内部に居るせいでどうにも出来ず、戦線は硬直していたらしい。
…………しかし、その硬直状態も今日で終わる。
「ほんと……貴女はずっと役に立ってくれるねぇ……首無し騎士。」
アリスの口角が歪に吊り上がる。
彼女は次にどんな表情を見せてくれるのか……今から楽しみだ。
・
どうしてこんなにも卑屈なのだろう。
ジャックは手元の籠に収容されている首無し騎士を見つめながら考える。
首無し騎士が妖精として存在していた時代について、当時を知る高位森妖精からお墨付きをもらったのだから、素直に喜べない者なのか……未だ彼女は何やら納得できていない面持ちで眉間に皺を寄せている。
それは、森妖精の国を観光してまわろうとしてからも続いていた。クリス・ケラウスやトト・ルトラに話を持ち掛けられても、上の空の空返事だ。
どうにも遭遇した問題の原因を自分のせいだと思い込むきらいがある……外的要因が元凶の大半を占めている事柄に対しても、「自分の責任」として背負い込むのだ。
なんとも面倒臭い……ジャックは首無し騎士のそういう気質に苛立ちを覚えていた。
首無し騎士が不死者ではなく妖精なのではないかと照明しようと動き始めたのも、彼女のこういう気質を改善するためにしていたことなのだ……解明してこれでは、骨折り損のくたびれ儲けもいいところだ。
なんとしてでも首無し騎士の気質を叩き直してやる……。
ジャックの闘志に火が付いたのだった。
「首無し騎士、あの店に入ろう。」
ジャックが指さしたのは、小さな食事処だった。首無し騎士は少し戸惑いを見せたようだが、他のメンバー……特にロザン・リクレイが「確かに、腹減ったな。」と肯定したこともあり、すんなりと入店する。
メニューには、野菜や果物を中心とした料理が挿絵付きで記されている。
果物盛りだくさんのいかにも甘味ですといったメニューにクリス・ケラウスは目を輝かせていたが、言い出しっぺのジャックとロザン・リクレイは少しテンションを落としてしまった。
どの町にも力仕事をしている男向けのがっつりとした肉料理がある物だが、どうやら森妖精の国にはないらしい……腹もちがよさそうなものと言えば、持ち帰り用のパンのみのようだ。
仕方がなくジャックとロザン・リクレイはそのパンを店内で食べれるか交渉し、注文した。クリス・ケラウスとトト・ルトラは果物をはちみつに浸けたものを頼んでいる。一緒に花の蜜を水で混ぜた見るヴォーレをいう物も頼んでいた。
「首無し騎士は?」
「……なに?」
ジャックの予想外の問いかけに、首無し騎士は戸惑う。
首無し騎士が食べ物を摂取できない。食事をしたところで呑み込んだ際に、咀嚼しただけの物が首からそのまま出てきてしまうからだ。
ただ食べ物を粗末にしているだけに他ならない。そのことをジャック達には既に伝えていたはずだ。
それなのに、こんな問いかけをされる意味を首無し騎士は見いだせずにいた。
「飲み込めなくても、味わうことはできるんだろ?」
「それは……そうだが……」
「じゃあ問題ないだろ。俺たちだって食ったら出すんだし。」
「やめて。」
ジャックの発言に、クリス・ケラウスが真顔で苦言を呈する。
ジャックの言い分を呑み込むのなら、”店内でそのまま粗相をする”というそれはそれでまずい人物になってしまうのだが……
「首無し騎士の人の下にさ、皮袋でも敷いちまえばいいんじゃね?」
「確かに……それなら僕も自然魔法で肥料とかにできますよ?」
ジャックの発言はともかくとして首無し騎士が食事に参加することには皆賛成のようだ。首無し騎士が戸惑っているうちにあれよあれよと話は進み、結局首無し騎士にもクリス・ケラウスと同じもの注文された。
しばらく待っていると、先にロザン・リクレイとジャックが注文していたパンがテーブルに運ばれてくる。
銀の葉に包まれたそのパンは、包みを外した途端に甘い匂いを漂わせる。
名を”レンバス”といい、薄いパンの間にナッツや干しブドウなどを挟んだ代物のようだ。味は甘酸っぱく、噛んだとたんに干しブドウの風味が鼻へと抜けていく。
「僕たちを待たずに食べ始めちゃったよ。」
「ま……まぁまぁ……」
ジトっとした目つきでこちらを睨んでいるクリス・ケラウスをトト・ルトラが諌めている。そうは言っても、腹が減っていたのだから仕方がない。
まぁ、断りもなく食べ始めてしまったのは事実であるため、二人にもレンバスを分けることにした。
「ほら、首無し騎士も」
「いや、私はだな……」
遠慮しようとする首無し騎士の口に無理やりレンバスを咥えさせる。今は文字通り手も足も出ないのだ。このアドバンテージを存分に利用させてもらう。
「どうだよ?」
「…………甘いな。」
久方振りに食べ物を口にした首無し騎士はとめどなく舌を刺激する感触をかみしめながら呟く。
食事というのは数少ない娯楽の内のひとつだ。それを奪われてしまっては、精神が疲弊してしまってもおかしくない。
首無し騎士が卑屈である傾向にあるのは、そういったことも原因のひとつなのだろう。
心なしか、顔の血色もよくなっているように見える首無し騎士を見て、ジャックはにやりと笑った。
ジャックだけではない。このテーブルについている仲間たちもみな、彼女の表情を見て微笑んだのだ。
「じゃあ……次は僕たちの……」
トト・ルトラがそう語った瞬間、周囲の空気ががらりと変わる。
その異変を感知した彼らは周囲を確認し、周囲の人物が空を見上げているのを確認した。
クリス・ケラウスが慌てて店外に駆け出し、森妖精達と同様に空を見上げると、絶句する。
「どうしたんだ!?」
「あ……あれ……」
遅れてジャック達も店外に駆け出し、天空へと視線をうごかす。
彼らの視線の先……半透明に見えるドーム状の結界の先に……太陽と重なるようにしてその影は存在していた。
「傀儡の……アリス……!」
彼女の来訪は休息の時は終わりだと、静かに告げていたのだ。




