消えた妖精
かつて、この地には妖精があふれていた。
草木、川、大気に至るまで何処にでも存在し、人々の良き隣人として生活を共にしていたのだ。
…………しかし、ある時その関係は一変したのだ。
天空にヒビが入り、漆黒の空間が広がると共に、巨大な腕が姿を現した。
卵を割った蛇のように、ずるりと落ちた醜悪な存在こそ、後に魔王と呼ばれた存在だ。魔王は数多の怪物達とともにこの世界に出で立つと、産声にも似た咆哮を轟かせた。
するとどうだろう?気さくで朗かだった手伝い妖精達は狡猾で歪な悪童鬼に変わり、花の蜜が大好物だった小さな妖精達は悪戯好きな堕小人へと変貌した。
人々の墓場からは死体が這い出て不死者となり、海を管理していた女人魚や男人魚達も巨悪化し、歌で人々を海の底に沈めていったのだ。
幸い、なんの影響も受けなかった妖精達もいたのだが、大半の妖精は魔王の影響をモロに受けてしまった。
それは勿論、我々森妖精も例外ではなかったのだ。一部の者はその姿が黒く染まり、闇妖精へと変貌した。
…………幸い森妖精は多少耐性があったのか、闇妖精となった者も見目こそ変われど内面は変貌などしなかった。しかし、時間が経つにつれ凶悪化しだし、今では全ての闇妖精達が残虐な性格に変わっている。
________「そして、首無し騎士も変貌してしまった妖精の一つだ。彼らは元々人々に死期が訪れたことを伝える妖精達だった……家族との別れや心構えを促させる心優しい者達だったのだ。」
アノーリオンは昔話を語り終えると、静かに首無し騎士を見つめる。
自分たちが知っている首無し騎士は不死者で、人の首を執拗に狙い、斬り飛ばす魔物だ。急に元は妖精だったと肯定されても、あまりピンとはこない。
「魔王の出現によって、ほとんどの妖精は奴の連れてきた魔物とそっくりに変えられてしまった…………影響を受けた妖精の中で我々森妖精意外に難を逃れた者がいたとは……」
「いや……私は……」
たぶん違う。
首無し騎士は300年前まで普通の人間だった…………魔王がこの地に降り立ってから生を受け、死んだ人間だ。
アノーリオンが言うように、妖精から変貌してしまった首無し騎士ではない……ハズ。
首無し騎士のそんな心情を読んだのか、ジャックがため息混じりに口を出す。
「先祖返り……っていうだっけか?ほら、一部の蜥蜴人が竜人間になるような……そういうことじゃないの?」
「なるほど……それがイライザの身に起こったと……可能性はあるかもね。」
「どっちにしろ、首無し騎士が妖精だった時代を知ってる高位森妖精様からお墨付きを得たんだ。俺たちの首無し騎士が妖精だってのには間違い無いだろ。」
ジャックの発言に、首無し騎士以外の全員が頷く。
ならばどうして、魔物を操る“傲慢の権能”に一瞬でも反応を示してしまったのか。
どうして自分は他の不死者から敵だと認識されないのか。
今まで人々が被った被害は自分が魔物であるせいではないのか?
首無し騎士の頭の中を疑問がぐるぐると回ってしまう。
「おじさん、話を聞かせてくれてありがとー!初めて聞く話で面白かったよ。」
「私も……」
ディネリントとラエルノアはアノーリオンに礼を言う。対するアノーリオンはと言うと「昔話をする老人は煙たがられると思っていたが……」と少し照れくさそうにして笑って見せた。
そして、軽く咳払いをすると「では、私はまだ仕事があるから失礼するよ。」とツタで出来た階段を登っていく。
「さて、じゃあ私たちは……」
「あ!はいはい!せっかく森妖精の国に来たんだから観て回りたいです!」
「僕も、珍しい魔導書とかあるかも……」
クリス・ケラウスとトト・ルトラの提案を受けて、少しアールヴを観光する運びとなった。みんなが観て回っている間、ディネリントはラエルノアに外の話を聞かせるのだと言う。
日差しが天空の頂点に立つ正午にこの大樹の下で待ち合わせることにし、各々行きたいところへ向かうこととなった。




