財宝を求めて
一年を通して霧が立ちこめる土地、リデオン森林。
かつては《リデオン王国》と言われ、周辺諸国に名を轟かせていたのも今では遠い昔……現在では森林とは名ばかりの枯れ木に包まれた呪われた土地とされている。
「悪いですが、あっしはこれ以上近づけないですぜ。」
森林近くまで荷馬車に載せてくれた男が後ろに声をかける。
荷馬車の中には軽装備に身を包んだ小柄な少年が降りる準備をしているところだ。
「いいって、初めからそう言う約束だったろ。」
盗賊姿の少年はそっけなくそう答えると、馬車の荷台から飛び降りる。
「しかしねぇ……俺のガキくらいの子をこんなところに置いてけぼりにするのはやっぱり気がひけますわ……そんなに金が必要なんですかい?」
男の言葉にピクリと反応した少年は振り向くと、舌を出しながら言い返す。
「俺、おっさんが思ってるような年齢じゃないから。」
背を向けて、スタスタと歩いていく背中に荷馬車の男は声をかけた。
「まぁ……死にはしないとは思いますが、くれぐれも気をつけて!」
______________4日前、リデオン森林近郊の町、《モトス》……そのとある酒場。
「そりゃ……一発逆転っつったら………やっぱ“失われた王国の隠された財宝”だよなぁ!」
顔を真っ赤にしながら飲んだくれる男が持っていたジョッキをドンっという音と共にテーブルにつけると、大声で吠える。
「ここから東に3日くらいで行ける場所にかつて栄華を極めた王国ってのがあったんだよ!300年前にな!今のこの国、《リペリシオン王国》ができるずっと前だ!!今じゃ《リデオン森林》なんて呼ばれてる薄汚い場所に、未だ手付かずの財宝が眠ってるって話だ!!」
男は一気にそう捲し立てると、またジョッキに入ったエールを煽る。
すっかり出来上がっている様子だ、もっとも、そのようにしたてたのは同じテーブルについている少年なのだが……
「へぇ……なんで手付かずだってのがわかるんだ?」
少年はすっかり上機嫌になっている男に質問をする。
探索は、その場所に着く前で9割型の成否が決まってくる。
その場所に適した準備や、対策が出来ているかどうかだ。そして、適切な準備をするためにはまず情報がいる。
そう、情報収集こそが肝要なのだ。
「あるだろ?そう言う迷宮とかでそういう宝物があるかどうかわかる魔法!えーっと……なんていったっけ……その……」
「遺物探知魔法?」
“遺物探知魔法”は音魔法の一つだ、吟遊詩人や魔物で言えば女型人形などが使う音魔法で定番の歌を使用した物とは違い、杖で地面をこづいた際の振動に魔力を乗せるという魔法。
罠や宝物……果ては探し人に至るまで魔力の乗せ方によって得られる情報が違ってくる。
「そう!そのソナーうんちゃらなんちゃらって奴!ソイツをリデオン森林内で使った奴がいたんだよ!そしたら……」
「その廃墟となった国跡を発見した……」
男は少年の言葉に頷きながらエールを飲み干すと、またおかわりを注文する。
これで6杯目だ、少年は財布の中身が心配になってきて、こっそり中身を確認した。
「でもな……今まで幾人もの財宝漁り、野盗、冒険者パーティが金銀財宝を求めて挑んだんだが、誰一人として廃墟の中に入れた奴がいねぇ……」
少年はその話に身を乗り出す、対策に必要な情報……それはどんな脅威が存在するのかだ。
男は少年が身を乗り出したのに更に機嫌が良くなったのか、上機嫌に話を進める。
「首無し騎士だよ!首無し騎士!!上位不死者である首無し騎士がまるで、王国を護る騎士みてぇに崩れた門の前に陣取ってんだとよ!!」
思いもがけない情報に少年は生唾を呑んだ。
不死者……この世に未練を残した……または、正しい方法で葬られることのなかった、生きる者を羨み、妬み、仲間に引き摺り込もうとする存在……
しかも首無し騎士と言ったらかなりの上位種だ……挑んで無事に済まされるものではない。
「まさか……全員死んだのか…?」
少年の震える声に男は首を横に振る。
「生きて帰った奴がいなかったら首無し騎士がいるなんてこともわからねぇだろ……逆だよ、逆、全員重症ではあったが挑んだ奴が全員生きて帰ってきたんだ。」
男の話に少年は首を傾げた。
不死者に襲われ、敗北したのに生きて帰ってくる?それはおかしい。
生きている者を自分と同じように死者の世界へ引き摺り込もうとする不死者が獲物を殺さないなんてあるわけがない。
「……その話、本当なのか?にわかには信じられないんだが……」
少年の言葉に男は語気を強めて叫ぶ。
「おおよ!あたりまえよ!!俺が嘘を付くような奴だとでも!!?コイツは敗走してきた冒険者パーティにこの酒場で!直に愚痴をこぼされた話だ!!間違っちゃいねぇぜ!!!」
顔を真っ赤にさせた男はべろんべろんになりながら椅子の上に立ち上がる。
…………が、酒場の娘によって運ばれてきたエールを目の当たりにすると、また上機嫌で席についた。
「まぁ!あんなとこには近づかないに限るわな!いくら手付かずの財宝が眠ってるっつっても不死者が居たんじゃ恐ろしくて声もでねぇや!」
男はそう言うと、またエールを口元に運ぶ。
「そうか、疑ったようなことを言って悪かったよ。勘定、ここに置いておくな。」
少年は静かに席を立つと、男の目の前に銀貨を置いていく。
「おあ!エール6杯に銀貨とは!にいちゃんえらく気前がいいな!」
男の驚いた様子を横目に少年は軽く片手をあげて反応する。
とりあえずは不死者対策だ……それが出来なければ今回の標的は諦めるほかない。
少年はそんなことを考えながら、酒場の出口へと向かう。
その途中、周囲のヒソヒソ声が耳に入ってきた。
「何を騒いでるんだと思ったら、アイツあれだろ?盗人のジャック……ほら、パーティの活動資金をちょろまかして追い出されたって奴……」
「ああ……あの白髪、黒い肌……間違いねぇよ。エールに銀貨を出してたってあいつが叫んでたし、その盗んだ金で遊んでんじゃねぇのか?」
盗賊という職業柄、周囲の音をよく聞こえるように訓練したおかげでこういう噂話が聞こえてしまう。
情報収集にはうってつけなのだが、陰口を言われるにはつらい聴力だ。
しかし、仕方がない……自分がパーティの活動資金を盗んだのは紛れもない事実なのだから。
_______________そして、現在。
ジャックは枯れ木に紛れて、崩れ去った門を見つめていた。
(たしかに……居る。)
暗く、静まり返ったその場所……崩れ去った門の前に確かに首無し騎士は存在していた。
疲労を知らない不死者だからだろうか、微動だにせず、動き出す気配すらない。
(情報通り……本当に廃墟の国を護っているみたいだ。)
町で集めた情報によれば、この《リデオン王国跡地》は高い城壁で囲まれており、その上後から補強したかのように高い杭柵が城壁の上から伸びている。
そのため、あの首無し騎士がいる城門以外からの侵入は困難。
城壁の一部を崩して中に入ろうとすると、音で気づかれ、ロープか何かで乗り越えようとしても体力が続かず、飛行魔法で飛び越えようとしても首無し騎士が投げた石などで撃ち落とされてしまうのだと言う。
まさに難攻不落、鉄壁の要塞……騎士一人が一つの城門を守るだけでただの一人も侵入を許さなかった廃墟。
これほどの国が、何故滅びたのか……300年前の大戦はそれほど過酷なものだったのだろうか。
300年前、闇の神々に祝福された魔王が世界の覇権を求めて大規模な侵略を働いた。
多くの村々や国々が犠牲となり、人々の嘆きによって光の神々の祝福を受け、何処からともなく一人の若者が姿を現す。
《勇者》と呼ばれたその青年は英雄達を引き連れ、魔王を堕ち滅ぼした。
俗に言う《最終戦争》と呼ばれた大戦。
情報収集と途中でこの《リデオン王国》もその《最終戦争》の参加によって滅びたと聞いた。
その魔王によって滅びた国を死んでもなお、闇の眷属である魔物……その中でも“死”や“闇”に最も近い存在である不死者になってまで護っていると言うのはなんという皮肉だろうか。
(すぐにその虚しい役目から解放してやるよ。)
ジャックは懐から投げナイフを取り出すと、強く握りしめる。
聖属性のエンチャントのついた投げナイフ。
今日この日のために集めた情報を元に買い求めた物だ。
この投げナイフが掠りでもしただけで、ゾンビやスケルトンなど低位の不死者ならその場で崩れ去ってしまうだろう。
(更に、これに加えて)
聖属性魔法《淡い光》の付与されたスクロール。
教会内でしか取り扱っていないこのスクロールを発動させ、武器に淡い光を纏わせ、聖属性を付与する。
これを聖属性がエンチャントされたこの投げナイフに付与し、威力を重複させる。
さらに、町の教会で貰った聖水を刃に滴らせる。
この三重付与により、あの首無し騎士を滅するのだ。
もし、滅せなかったにしても、怯み、行動阻害は免れないはず。
その隙に財宝を奪い、とんずらすればいい……滅せなかった場合、怯み効果は10分足らずだろうが、それだけあれば充分……宝物庫の場所など、だいたい相場がついている。
(であれば、狙うは鎧の防御が薄い場所……あの鎧ならば……股間か?股間だな。)
鎧は着て動かなければどうしようもない。そのため、稼働部など、どうしても守りの薄い“隙間”と言うものが生まれてしまう。
ジャックは盗賊の他に多少心得のある職業技術にて正確に狙いを定める。
息を整わせ、手のぶれを最小限に抑えながら……一息に放つ。
解き放たれた投げナイフは勢いを殺すことなく、一直線に狙いへと向かい………
(…………えっ)
キンッという鋭い音と共に、放たれた投げナイフはくるくると回転しながら宙を舞った。
一瞬の出来事。
投げナイフが狙いに届くその瞬間、微動だにしなかった首無し騎士は飛んできた投げナイフを片手剣で弾いたのだ。
まさに、研ぎ澄まされた最小限の動き……その寸分の狂いもない剣捌きが奇襲を防いだのだった。
(やばい……っ!次の一手を………っっ!!)
ジャックは続け様に用意していた同処理の投げナイフを首無し騎士に向かって投擲するが、時は既に遅い。
無防備の状態でさえも弾き飛ばされたのだ、もう既に戦闘体制に移行している首無し騎士に効果があるわけがない。
首無し騎士は腰に装備していたメイスで枯れ木を薙ぎ倒しながらジャックへと突撃してくる。
ジャックは跳躍しながら枯れ木の枝に登り、続け様に枯れ木の枝から枝へと跳躍する。
その際、投げナイフを首無し騎士の首……魂の炎が漏れ出ているとされる箇所目掛けて投擲した。
しかし、首無し騎士は片手で抱えていた自身の首を盾にするように振り回し、投擲されたナイフを弾き飛ばす。
「嘘だろ!?そんなのありかよ!!」
首無し騎士のデメリットである“片手が塞がっている”という問題を塞がっている原因を使って解決したのだ。
決して頭脳プレーなどとは口が裂けても言えないが、それでも考えられた対策ではあった。
ジャックは枯れ木に飛び移ると、また逃れようと跳躍の体勢に入る。
しかし、それを見越されたのか、首無し騎士は手に持っていたメイスをジャックの足場にしていた枯れ木に向かって投げつける。
すると、脆い枯れ木はその衝撃に耐えきれずに木の幹ごと崩れ落ちる。
(くそっ!飛び移る前に……っ!)
中途半端に崩れた体勢から飛び出した跳躍はやはり中途半端なもので、飛距離は全然伸びない。
それどころか、ちょうど首無し騎士の目の前、この不死者ならぼ難なくジャックを葬り去ることができるであろう距離と位置で地面に向かって落ちるしかないのだ。
地面に身体がつきさえすれば、その勢いで転がり、攻撃を逃れることができるだろう。
しかし、ここまで戦えばわかる。この首無し騎士はそれを予見できないほどの戦闘センスではないと……
ジャックの予想通り、首無し騎士は両手で抱え上げた自分の頭を落ちるジャックに向かって振り下ろす。
まるでダンクシュートのような頭突きがジャックの背中に直撃すると、その勢いのまま、地面に激突し、強打される。
「ここは……お前のような奴が来ていい場所ではない。」
薄れゆく意識の中、くぐもった声はジャックにそう告げたような気がした。
しかし、ジャックはそのことに思考を巡らせることがないまま、朦朧とした意識を手放したのだった。